腹が立って仕方がねぇ!3

 ——付与術師エンチャーター

 その戦闘職ジョブ名に、ベリルはしかめ面を向ける。

 今までに判明していたパーフェクトオーダーの情報。その中で他者を一時的に強化する事は判明している。

 もちろんギルド本部は前科持ちの付与術師に焦点を絞り、片っ端から調べあげていた。魔術を使って記憶を漁ったり、過去の行動を再現させたり——。

 全ては空振りに終わり、骨折り損に終わった訳だが。


 他者に魔術を与える異能の力。

 それと付与術師の系統は似ている。が、一般的な付与術師はせいぜい人や物に一時的に耐性を付けるだけだ。良くやっても、せいぜい五行属性の一つを加えれば上出来。

 比べて先程の一級品の魔術。

 さらに何種類も自由に、強力無比に、他者に付与するなど不可能だ。一般冒険者としての域を遥かに超えている。


「モルメス国でも付与術師の血筋を受け継いだ、特別な家系が居る。それら以外に我々が神と崇める偶像は居ない」


 ガロンが駄目押しする。

 あの兵士はパーフェクトオーダーと直に会ったような言い方をしていた。十中八九——ホワイトウッドからの来訪者に間違いない。が、気になる点がいくつかある。


「だとしてもだ。どうやって赤の他人を付与術師と見抜ける?」


 奴は外見を偽装している。これは明らかだ。

 戦闘職装備丸出しなら、とっくに素性が割れている。


「付与術師に限らずだが。例えどんな変装をしていようと、我々には生産職にたずさわる者が分かる。恩恵の延長で備わる常時耐性だ」


 選定や鑑定の魔術。それの戦闘職ジョブバージョンと言った所か。


「証拠に、お前達四人の中に生産職の者は居ない」


 まぁ、ガロンの言う通りだ。

 鍛治職の才能があれば、一か八かの賞金稼ぎなどしていない。無論、ベリル達の本職をガロンは知らないので、当てずっぽうでないのは確かだった。


「付与術師ねぇ。ホワイトウッドには掃いて捨てるほど居るから絞りきれねぇけど。つーかお前、よく生きてたな。見かけによらずアンデッド種……。それとも心臓を二つも持ってるのか!? だったら一個くらい闇市で売っぱらっても——」


 グヘヘと。ベリルは邪悪な笑みを浮かべ、唇の端から涎をポタポタと垂らした。

 新たな異界の住人というのは、良くも悪くも関心の的だ。取引した心臓の行く末が、魔術医療機関の発展となるのか。またはグルメな亜種族の口にパクりと運ばれるのか。その行く末までは知ったことではない。肝心なのは心臓に付く、値札の数字だ。


「生憎だが心臓は一つしかない。少しの間、気を失っていただけだ」

「んだよ。小遣い稼げると思ったのに。つまんねぇ奴だな」

「俺も次に目覚める時は、あの世だと思っていたが……っ!」


 起き上がろうとしたガロンが腹部を抑え、また腰を落とす。立ち上がれるほどの余力は残っていないようだ。

 違和感を感じたのか。手の平と腹の傷口を交互に見つめ、不思議そうに首を捻った。

 広げた手には、凝固した血の欠片しか付着していない。


「出血が止まっている? お前が治癒したのか?」

「このあたしに天使の輪と羽が付いて見えるか? だとしたら、脳みそだけがあの世に旅立った事になるぞ」

「ならどうして傷口が塞がっている。あの出血量で、なぜ俺は生き延びている」


 確かにガロンの裂傷は酷いものだった。本当に死んでいたと勘違いするほどに。

 ベリルは足元に停滞するもやを、尻尾で払った。


「場所が良かったのかもな」


 最深部に続く扉から魔素が薄く漏れている。

 ダンジョンとガロンの相性も良かったのだろう。結果として魔力は活力に変わり、ガロンの生命を繋ぎ止めた。


「そうか」


 納得したガロンが目を逸らした。

 ベリルの姿をもう一度を見て、また明後日の方向を向いた。


「何キョロキョロしてやがる。ミストナはお人好しだから、あぁ言ったけどな。あたしはお前らを信用してねー」

「……あれだ。言い辛いが、目のやり場に困る」


 ベリルが自分の姿を一瞥いちべつした。

 特製の戦闘メイド服は溶かされ、節々に大きな穴が開いてた。ただでさえ通常時から大きく開けた胸元は、細糸一本で繋がっている。

 逞しく育った胸は、それこそ溢れ落ちそうになっていた。


「あぁ忘れてた! またデカ狐に嫌味を言われるじゃねぇか!」

「——これを着ろ」


 ガロンが苦痛を押し殺しながら黒いシャツを脱ぎ、放り投げた。それはそれでボロボロなのだが、胸元に巻き付けるくらいには使える。

 ふわりと飛んで来たシャツを——ベリルは尻尾でパシンと叩き落とした。


「何をする」

「こんな汚ねー服を誰が着るか。裸の方がまだマシだ」

「では、その脚の手当てに使え。薬草を染み込ませているから治りが早くなる」

「いらねーって言ってるだろ。こんなもん唾付けときゃ治るんだよ。獣人の回復力を舐めんな」

「……お前が気にしないのなら、もうそれで良い。名はベリルと言ったな。ペレッタの事も含めて礼を言う。強いだけでなく——獣人よ」

「だっ!?」


 ゾワゾワと尻尾の毛が逆立つ。

 そこから走るむず痒さが、全身を駆け巡る。


「誰にモノを言ってやがる! あたしは今、気が立ってんだ! 本当にあの世へ行きてーのか、てめぇーは!」


 「グルルル」と牙を見せつけるが、尻尾は懐いた犬のようにブルンブルンと揺れている。


「事実だ。お前がその気なら、その男を問答無用で殺す事が出来ただろう。それをせずに、兵士としての矜持きょうじに付き合った」

「ケッ。あたしは遊びたかっただけだ。何もしなくても死ぬ奴の世話なんか知るか。あと、褒めても何も出せねーぞ。パンツはまたどっかいっちまったし、あたしはノーブラ派だ」


「そこまで聞いていない」と、前置きしたガロンが続けて口を開く。


「あの虎人少女の声は聞こえていた、『俺を守れ』と叫ぶ声が。だとすれば、最初の過度な挑発は攻撃対象を俺から逸らす作戦。それを踏まえて——お前は優しき獣人と思った」

「……ん?」


 それは全くの間違いだ。

 興味の失せた獲物ガロンの事など、戦闘開始数十秒で忘れていた。とは言え、勘違いしているのなら都合は良い。

 ベリルはニヤリと受け入れる。

 考えても見れば、ミストナからの命令と被っている。小うるさい説教も回避出来て万々歳だ。


「まっ、まぁな。あたしはやれば出来る女。麗しのメイド狼だからよー、ダァーハッハッハ!!」

「本当にすまなかった。お前達に敵意を向けた事を深く謝罪する」

「だがな。お前を守れとは言われたが、あたしがその約束を守るかどうかは、また別の話だ」


 ガラリと表情を変えて、ズカズカと歩み寄る。冷たく突き放す眼差しで、ガロンを睨んだ。


「道中の威嚇。本気の殺意だったな?」

「……違いない」

「ホワイトウッドのダンジョン内では、あらゆる罪が適応されねー。それがこの街の不変のルールだ」

「ギルドで説明は受けた」

「お利口さんだなぁ。だったらあたしが今から腹いせに、お前の心臓を踏み抜いても————文句は言えねー。そうだろ? 王子様」

「好きに、殺してくれ」

「へぇ」


 首を掴み、地面に叩きつける。

 されるがままのガロンの上に、ベリルはまたがった。


「噛み付こうが引き裂こうが、どう殺しても構わない」

「決めるのはあたしだ。獲物が上から指図すんじゃねぇ」


 筋骨隆々な胸元から割れた腹部までじっと見つめる。下から舐めるように顔を近づけ、首筋までゆっくりと移動した。


「最初に食う部位でも決めているのか」

「黙ってろ。質問するのはこっちだ。お前の行動は全部、ペレッタの為だったのか?」

「……そうだ。このダンジョンで国を裏切り、チェスター達を殺し、ペレッタを逃がす為にここへ来た」

「あたし達に危害を加えるつもりは?」

「脅しはしたが、退かせる一心だった。殺気を放ったのは兵共の目をあざむく為。あのミストナという少女はとんだ頑固者だった。こちらの意図など考えない。まるで、まるで出会った頃のペレッタに、良く似ていた……」

「……」


 脳内に浮かんだイメージは、シミひとつない白。言う事は本当だ。間違いない。

 最初にペレッタをかばったのも、ミストナの提案をかたくなに断ろうとしたのも、これまでの行動は全て、愛するペレッタを思っての事。


「最後の頼みだ。ペレッタと友達になってくれ」

「断る。友達ダチってのは、他人に頼まれて作るもんじゃねー。勝手につるんでるもんだ」

「……間違いないな」

「ケッ」


 顔を上げ、バツを悪そうに口を結ぶ。

 見下ろすガロンは、とても嬉しそうに泣いていた。


「結果的にペレッタを救えた……。それだけで俺は満足だっ」

「ペレッタの心はまだ野生の動物には程遠い。繋がれたペットみてーなもんだ。気の迷いで元の巣モルメスに帰ったらどーする」

「ペレッタ自身が決める。煮詰まった人間の行動を、他人が止める事など出来やしない」

「違ーねぇが……。首根っこを掴んで、その場をしのぐ事は出来る。性根を叩き直して再教育だ。洗脳と監禁に置き換えてもいいぜ」

「……だが」

「そんな面倒臭い子守まで、あたしらは見ねーぞ。真っ平ごめんだ。だからお前が責任をとってペレッタの側に居ろ」


 そこまで言って、ベリルはガロンから離れた。


「俺を殺さないのか?」

「まだ言うか。ったく、胸糞悪い。死にたきゃ勝手に死んで来い」

「俺はお前達に殺意を向けた。殺されて当然だ。モルメス国の兵士は——」

「あのなぁ。クソみたいな騎士道精神なんかドブに捨てて、今の自分の格好を見てみやがれ。お前は今モルメス国の兵士か?」


 ガロンが自分の体を確認した。

 剣は折れ、全身甲冑フルプレートはすでに膝下にしか残っていない。どこを探しても、モルメス国の紋章は見当たらない。


「あたしにはな。ダンジョンに現れたにしか見えねーよ」

「モルメス国の鎖は断ち切られた……か。しかし下半身を自ら見せつける、露出狂には言われたくないがな」

「うっせー。変態なら変態らしく、助けた礼に金貨の一枚でもケツからり出しやがれってんだ」

「ホワイトウッドの硬貨も、モルメス国の通貨も生憎持ち合わせていない」

「変態で一文無しの無職ってか。ったく、いっちょ前にホワイトウッドの冒険者支度が出来てるのが鼻につくぜ」

「これがホワイトウッドの基本的な服装なのか?」

「初心者は上半身裸がこの街のルール。よく覚えとけ」

「随分と変わった街だ。分かった。肝に命じておく」


「クククッ」と溢れる笑いをせき止めながら、ベリルはその場にあぐらをかき、頬杖をついた。


「聞きたい事がまだある。礼の代わりに答えろ。あいつが言ってた神の話だ」

「我々のダンジョン恩恵は鋼に関する魔術だ。あの男が見せた剣を召喚する魔術や、属性魔術には度肝を抜かれた。あれは祖国の物ではない」

「らしいな」

「奴らは……ホワイトウッドから来た使に会っていたらしい。俺とペレッタは謁見えっけんすら許されなかったがな。そいつが神——付与術師だったのだろう」


(ここに来て情報が溢れ出しやがった。奴は目撃者を口封じしてきたんじゃねーのか?)


 これまでに毛ほどの情報も出回っていなかった。

 過去の犯行から見ても、今回の件は警戒心が気薄過ぎる。

 モルメス国は新参の異界。恐らく今回も、金や政治的な絡みは無いだろう。それとは別に尻尾を出してまで、派手に動く理由があったという事だ。


(——焦ってるのか?)


「会ったのはいつだ?」

「ゲートが出来てすぐだったか」

「二週間前か。他には?」

「何人かの貴族とも密会していたようだが、内政がひっくり返った時期でもあった。詳しくは分からない。そいつとペレッタが関係しているのか?」

「そのイカれた神が魔術をバラ撒いて、話をややこしくしてんだよ。パーフェクトオーダーって名称だ。街の高額賞金首で、最高ランクの懸賞金が賭けられてる。あたし達はそいつを追ってんだよ」

「すまない。俺が知ってるのはここまでだ」

「待てよ——」


 ぐちゃぐちゃに散らばった記憶の中で、何かが動いた音が聞こえた。

 ベリルは口を尖らして、指を折り曲げる。


(前国王だろ。んで、隠し子のペレッタ。元側近兵士のガロンこいつ。あと、もう一人……あたしは誰かの名前を聞いたはずだ)


 最深部でペレッタが言っていた人物。

 それは。


「思い出したぜ! ペレッタの叔父——ソフロムなら、そいつを知ってるんじゃねーのか?」


 さすがこのあたし様。と、胸を威張るベリルに対して。ガロンの表情が険しく変化していく。


「奴も神なる人物と謁見えっけんした貴族の一人だった。その日から……より傲慢に。いや、邪悪になった」

「邪悪だと? ソフロムはペレッタの唯一の肉親だ。守りたがっているんだろ? この依頼だってソフロムが、あたし達の上に振った仕事だ」

「違う! ソフロムがペレッタを守る事など、絶対にあり得ぬ!!」


 急な大声にベリルは犬耳を塞いだ。


「うるせーなぁ。傷口が開くぞ」

「ソフロムは国王側の人間。俺の直属の上司だった……にも関わらずだ。奴は国王とペレッタを疎ましく思っていた! 革命派をそそのかし、反逆のきっかけを作った張本人だ! 何年も俺は奴が企だてた計画を極秘裏に狂わせてきた——だが、今回は止める事は出来なかった。穏健派の貴族が、ことごとく潰された……」

「ペレッタはソフロムの本性を知らなかったのか?」


 苦虫を噛み締めて、ガロンが首を振った。


「言えばソフロムが強行手段に出る恐れがあった。それほどに赴任してからは綱渡りのような均衡だったのだ。言える訳がない」

「ははーん。ようやく分かったぜ。ミストナから聞いてずっと不思議だった。こういう護衛仕事は、普通ならギルド本部に頼む。知名度も成功率も段違いだからな」

「ならなぜソフロムは、お前達に頼んだ?」

「そりゃまぁ、ちょっと調べたら分かる。あたし達が入ってるアニマルビジョンって団体は、


 思わずベリルは吹き出して笑った。

 一部では『猫の手を借りたくても、アニマルビジョンにだけは借りるな』などと比喩されている。

 そんな汚名団体の経歴を知ったソフロムは、最初から信用などしていなかった。

 国民にバレた時の保険として、アニマルビジョンに依頼しただけ。

 これならペレッタ暗殺の成否に関わらず、後々に協定を結ぶであろうギルド本部とも体面が保てる。


「最初から失敗させる気だったのか」

「だな」

「抜け目の無い奴め」

「ソフロムもホワイトウッドの魔術が扱えるのか?」

「あぁ。噂の範疇になるが、誰よりも適正があったようだ」

「ふーん。じゃあ、これで最後の質問だぜ」


 立ち上がったベリルが、首元にぶら下がった防塵ゴーグルを掛け直した。

 遠く——。

 出口を睨み、右手に鉄パイプを召喚する。


「そこまで用意周到な悪の親玉が、ペレッタの遺体を自分の目で確認しに来る確率は?」

「——っ!!」

「周りは敵だらけ。ぶっ倒す。繰り返す。またぶっ倒す。そこから信頼なんて言葉は生まれやしない。似たような経験があるからよく分かる。確率は、百パーセントだ」


 言いつつ、ベリルはニヤニヤと笑う。

 これらはあくまで予想であり、確定事項では無い。腹を空かした狼の願望がふんだんに混じっている。

 パッと。壁面の鉱石が通路を真紅に照らした。飢えた瞳と同じ色。

 ツイている。ベリルは舌舐めずりをして地を蹴った。


「待て、ベリル! 俺も連れて——」


 声を置き去りにして、ベリルは加速する。


「来い、来い、絶対に来いっ!! このあたしが行ってやるんだからなぁ!!」


 欲求不満なベリルの願いに呼応するように。

 洞窟全域を崩しかねないが、出口の方から響いた。

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