恋愛最前線
「あんたどこに手を入れてるのよ!?」
「ほーぅ。サラシを巻いててもあたしには分かるぜ。この感触……アンダーを考えると乳サイズはDってとこだな。こりゃミストナの完敗だ! ダァーハッハッハ!」
「このエロ狼! 私の胸は一切触ろうとしないくせに、他人様の胸をまさぐるな!」
「あ? お前のは触れるほど無いだろ」
「あ、る、も、んっ!!」
と、ミストナは一昨日と比べて、本当の本当に一センチ大きくなった自分の胸を確認させようと詰め寄るが、憎たらしいベリルはペレッタの向こう側だ。
右に左に。ペレッタの背中で器用に立ち回るベリルに手が出せない。
「早く離れなさいよ!」
「んだよ。スキンシップだろーが、スキンシップ。不満があるならあたしの胸を触っていいぞ。等価交換ってな」
ベリルがダンスのリードを取るように、ペレッタの手を強引に奪い取った。
今度は自分の番だと、開けた豊満な胸に指を埋もれさせる。
「ほれほれー」
ムニュムニュムニュ……と執拗に揉ませているが、顔が赤く変化しているのはもちろんベリルでは無く、純真無垢なペレッタの方だ。
「いいか処女、あたしの乳を揉みながらよく聞きやがれ。あたしは気持ちいい事が好きだ。体に触るのも触られるのも嬉しいし、楽しい。お前はどうなんだ?」
どう言って良いものやら……。そんな困惑するペレッタだったが。次第に顔がふやけ、気恥ずかしそうに口をパクパクと動かした。
「その、えっと、女性の胸を触るのは初めてで……少しだけドキドキ……しています」
「だろ? 一発もやったこともねぇガキが、生きるか死ぬかなんてクソみたいな事を考えるな。そんな小難しい話なんざ、パンに挟んで食っちまえば良いんだよ。生きてるならな、まずは気持ち良くなってからだ。全てはその後なんだよ」
何言ってんだこいつ。と、殴り飛ばしそうな衝動に駆られつつも、ミストナはベリルの真意が分かった気がした。
ベリルなりに『身体と向き合ってみろ』という事なのではないだろうか。自分を大切にしろといった深い意味合いで。
確かに性的欲求という衝動は、どんな生物であろうと生きていく上で欠かせないものだし、生命の根本に迫る部分だ。
この狼女は不意に核心を突く時がある。まぁ、下品な言い方には違いないが。
「ちなみにだけどよ、あたしは毎晩寝る前に鉄パイプを召喚して三回くらいイってから——」
訂正。このバカメイドはそこまで深く考えてはいなかった。
ミストナは素早くベリルの背後に回り込み、短いスカートと灰色の尻尾をバサっと捲り上げ、
「——ハッ!!」
生尻に正拳突きをめり込ませる。
「ぐぅあっ!!」
海老反りの格好で、臀部を抑えたベリルが壁際まで飛び跳ねていく。
「またパンツを落としてるじゃないの! このバカメイド!」
「——ペレッタ。ベリルと全く同じ考えとまでは言えませんが、根底の部分では
「生きて、また一緒にダンジョンに行きますですよ! ペレッタさん!」
二人もペレッタの背中をそっと後押しした。
ミストナは確信する。
生きる意思を持った今なら、さっきは失敗した魔術が発動出来るはずと。
「このダンジョンの想いを込めて魔術を唱えなさい。自分の気持ちに正直になった今なら出せるはずよ」
ペレッタの目に生気が宿った。
迷いの無い、明日を見つめる瞳だ。
「私は——私は生きたい!! 生きていたい!!
真の篭った声が響く。
すぐにペレッタの肩の上に魔術陣が出現。ホワイトウッドの文字で『——自分の進むべき方向を照らす。戸惑いを払う炎——』と、書かれた術式が浮かび上がった。
その中から小さな白い火種が出現し、空中にふよふよと漂い始める。
小さくとも輝きは強い。暗闇を遠くまで照らせる“
「やったじゃない、ペレッタ! おめでとう!」
「う、うぅ……ううぅ……ミストナさんっ!」
泣き崩れそうになったペレッタに、ミストナは飛びつく。そのまま。地面の上にも関わらず、二人はしがみつくように抱き合った。
「安心して泣きなさい。あんたはもう王女じゃない、ただの冒険者なんだから」
「……うぅ、うわあああん!! わあああああーーーん!」
「よしよし、いい子いい子」
泣き声の全てを受け止めるように、ミストナは抱擁する腕に力を入れる。
この震えるか細い体に、どれだけの苦悩を詰め込んでいたのだろうか。どれだけの葛藤を押し殺し、このダンジョンにやってきたのか。
その切なる想いがじんじんと伝わり、ミストナの目にも自然と涙が込み上げた。
「死なせない……。絶対に死なせるもんですか。ペレッタはまだうちのパーティーメンバーよ。だったら、私は仲間を見捨てたりはしない!」
ペレッタは克服した。死の運命から逃れるために考え、決断し、選択肢を増やした。
例え『逃げる』という不恰好な手段であっても、ミストナは偉いと勇気を讃えて、頬を擦り付ける。
それで良い。自ら命を投げ出すよりは遥かに——。
「ところで、何を考えたら魔術が出たの? 今後の参考に聞かせてくれないかしら」
馬乗りのまま、ミストナは尻尾を振って聞く。
「それは、あのっ」
「膨れネズミのシーン? この魔術を授かった時? それとも……もしかして私の事を想像して発動したとかっ!? だったら凄く嬉しいなって!」
もしかすると、ペレッタがこの魔術を使う度に自分を想像してくれるかもしれない。
それは他者の思い出に一生刻まれるという事だ。真の冒険者を目指す身として、これ以上の名誉は無いだろう。
(伝説とは人知れず語り継がれると聞くわ……まさに今の私じゃない! 最っ高ね!!)
『むふふっ』と。ミストナはマウントを取りながら、腕を自信満々に組んだ。
理想像を追いかけ、苦労してこの街に来た甲斐があるというものだ。
「……ガロンを想像したら出ました」
頬を染め、指を甘噛みし、ペレッタは目を逸らした。
「…………はっ?」
一体いつの間に——。
ペレッタの周りにキラキラと光るエフェクトと、ショッキングピンクじみたオーラが見える。
いつからここはベッドの上で、それも事後のような雰囲気になったのだろうか。いやいや待て待て。さっきまでは感動のシーンだったはず。それがどうしてこうなった。
「あれ? あれれれー?」
すっと立ち上がり、深呼吸を一つ。
ポンポンと埃を払って、虎耳に何か付いていないか触ってみる。別におかしな物は付いていない。よし。確認終わり、異常無し。
「ごめんなさい。最深部の影響かしらね、不思議よねー。なぜか、これから殺しにかかってくる奴の名前が聞こえたわ。も、もう一度言ってくれるかしら?」
同じく立ち上がったペレッタが、ミストナの両手をギュッと掴んだ。
(っ!? なによ、この力強さは……)
ミストナは一歩後退りしながらも、ペレッタの満面の笑みをとりあえず受け入れる。
「私はガロンを愛しているのです! あの方の為に私は生きていきたい!! そう思ったら魔術が出ました!」
「そう。やっぱりガロンだった。聞き間違いじゃなかったのね。背も高いし、
「そんな……て、照れちゃいます」
「このこのー。お似合いよねーー……って、言ってる場合かああああーーっ!! なあああああああぁぁぁんですってーーっ!!!!」
頭を掻きむしりながら、ミストナは天に向かって咆哮した。
「ふぇぇえええっち!? えっちですです!?」
「なんと大胆な——」
「ダーハッハッハッハッ。元気になった途端に色気付きやがって……あ? 待てよ、待て待て待てっ!? あたしはガロンと戦いたいんだよ! どーすんだミストナ! おい、聞いてんのかっ!!」
と、色恋話を騒ぎ立てる仲間達。
恥ずかしがるペレッタに両手をブンブンと振られ、後ろからはベリルに肩を大きく揺さぶられる。
つまりだ。
ペレッタはこのダンジョンを探索しながら、ずっとガロンの事を考えていた。脳内お花畑ならぬ、脳内ガロンだらけ。
ペレッタの生きる希望の答えは、愛。それも自分を殺そうとしている相手に対してだ。
生い立ちを考えれば分からなくもない。が、この状況は非常にまずい。何がまずいかと言うと……圧倒的に面倒臭い。
「ちなみに聞くけど、ガロンを助けないとどうなるの?」
「死にます! あの方の居ない人生など考えられません!!」
「……へ、へぇー」
即答だった。頭の中がこんがらがったミストナは、もはや反論の言葉すら浮かんでこない。
(ここまでややこしくなるなんて、想定外にも程があるわよ! あの憎たらしいガロンも一緒に助けないと、自殺するですって!?)
ミストナの瞳がぐるりと白目を向く。
この説得に至るまでの過程が、鹿野の言っていた成功率三割の壁と思っていた。だが、違う。
本当の勝負はここからが本番だった。
目の前にぶら下がっていたはずの金貨十枚が、軍馬の尻尾にくくり付けられて、猛スピードで遠ざかっていくのが見える。
(ど、どうしようかしらね、この後の展開……。ガロンを気絶させて街まで連れて行ってもいいけど……)
ちらりと後ろを伺う。
するとベリルは真っ赤な目で『ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……』と、小言を繰り返しながら、こちらを睨んでいる。
「ガロンとダンジョンに行きたい! ガロンとまたお喋りがしたい! ガロンと食事をしたい! 私の心はあの人で溢れています!!」
タガが外れたようにペレッタは叫ぶ。もうこの元お嬢様ときたらお構い無しだ。
ミストナも自覚する事は多々あるが、完全に振り切った女というのは怖い。欲深く恐ろしい、厄介な魔獣みたいなものだ。
「ちょっとこっちへ来い」
踏ん張ったが足に力が入らない。ベリルに尻尾を引っ張られ、ペレッタからずるずると引き離された。
「おい、分かってるだろうな?」
「……な、なにかしらね」
耳打ちして来たベリルの目をまともに見れない。
「とぼけるんじゃねーよ」
「ちょっとだけ、頼みを聞い——」
「嫌だ。あたしはガロンと戦う。それとも何か? お前はリーダーの癖して約束を破るのか? あぁ?」
と、ベリルが牙を立てながら言う。
——これはダメだ。完全に火が付いている。そうでなくても襲われる以上は、死闘を避けられない。命を狙う相手に手を抜けなど、仲間としてチームのリーダーとして、言えるわけがなかった。
「だったらあんたの好きな賭けで決めましょ。コインの裏か表で。私が勝ったらガロンだけは相手にしないで、後日戦う……とか」
「賭けるのは良いが、勝負内容も賭けの報酬もあたしが決める。異論は認めねー」
「ぐっ……」
「そうだなぁ。ガロンがこっちに協力する素振りを見せたら、お前の作戦に従ってやる。んな、もやしみてーな奴と戦っても楽しくねーからな」
「あんたねぇ! 今までの奴の行動見てたら、そんなの不可能に決まってるでしょ!」
「だったら問答無用でガロンに襲いかかる。それでも良いんだな?」
「……うぅ、分かったわよ」
「交渉成立だ」
「一体何の話をされてるのですか?」
ペレッタが不思議そうに尋ねてきた。
あんたが面倒臭くしたこの状況についてよ! とは、さすがに言えるはずもなく、
「ガロンを攻撃しないっていうのは……その、約束できないの」
「そんなっ!?」
「私達だって危ない目に合うのよ。命のやり取りだから」
「そういうこった。あの男で処女卒業は諦めな。街に戻ったら手頃な男を紹介してやるぜ」
「そういう問題ではありません!」
「こればっかりはどうしようもないのよ……」
激しく落ち込むペレッタに、かける言葉が見つからない。
ミストナはペレッタを守り抜いてダンジョンから脱出しなければならない。そんな状態で、ベリルとガロンの衝突を抑えるなど不可能だ。
——ドォオオン!!
と、それまで物音一つ立てなかった扉が、激しく揺れ動く。
その場に居た全員が扉に向かって、緊張の走った体を向ける。
「全く。間の悪い連中ったらありゃしない」
恩恵を受けてから十五分。居座る事を禁じた最深部が、一時解放を始めたのだ。
本来ならば、次のボス戦をどちらのパーティーが戦うかを決めるいざこざが始まる訳だが……今回は別。
中から姿を見せたのは、鬼気迫る剣幕のチェスター。そして四人の兵士。
その中にガロンは居ない。取り逃がした時に備えて、外で待機しているのだろうか。
ひとまず、ペレッタとガロンの色恋沙汰は置いておく。『ガロンをどう扱うか』は、対峙した時の状況で判断するしかない。
「まずはチェスター達をなんとかしなくちゃね。——内政の事しか頭に無いボンクラ達に、どっちが狩られる側なのか分からせてあげるわ」
ミストナはペレッタを抱きかかえ、侵入して来た兵士達を睨みつけた。
「さっきは舐めた真似してくれたなぁ〜、おチビちゃんよぉ?」
チェスターが片眉をあげながら、嫌味を言ってきた。
すでに兵士達は、全員が剣を抜き切っている。全身に灯った魔力も先の数倍だ。
「——ホワイトウッド公認、アニマルビジョン所属。“星屑の使者”の権限を持って、今ここにペレッタを私達の庇護下に置くものと宣言する!」
「はぁ〜?」
「よく聞きなさい! この発言はホワイトウッドを取り仕切る、ギルド本部上層部と何ら遜色の無いものよ! ゲートで繋がった異界。あるいはダンジョン内に置いて。私達はダンジョン法の元、任務を遂行する為なら如何なる手段を用いても許される!」
「じゃあこっちはモルメス国の規律だぁ。時と場所を選ばず、死刑宣告者は即座に処刑せよ。逃亡に加担した者も……同じく処刑だ!」
「ふん! あっそ!!」
そう来るとは思っていた。ミストナは『いーっ』と、牙を見せて仏頂面を作る。
これだから新しい異界の住人との接触は面倒だ。モルメス国の法律など知らないし、チェスターの言い分が本当かどうかも怪しいが——。
「ミストナさんっ」
お姫様抱っこされているペレッタが、不安な顔を向けている。
「大丈夫よ。私達はアニマルビジョンの一員、すっごく強いんだから」
「まっ、その中でも万年最下位だけどな」
「殆どあんたの借金のせいでしょ!?」
「借金じゃねーよ…………分割払いだっつーの!」
と、ベリルが胸元に手を突っ込み、勢い良く腕を振りかぶった。
向かってくる兵士達の足元に転がる、いくつかの灰色の魔石。そこから煙幕が四方八方に飛散した。
「ツバキ!」
「八枚札——
ゆったりとした袖に手を入れたツバキが、札を投げる。
宙にて固定。即座に頂点から青白い半透明の結界が展開され、兵士達を煙ごと大きな立方体の中に閉じ込めた。
「行くわよ!」
飛び上がったミストナ達は結界の上を走り、出口へと向かう。
足下から聞こえたチェスターの怒号に目をやると、煙幕の切れ目から魔術陣が見えた。
兵士の一人がなんらかの魔術か
(あれは——)
詳しく観察している暇はない。
素早く駆け抜け、出口である扉の前に降り立ち、ミストナはツバキを見上げた。
「ツバキとラビィはこいつらの足止めをして!」
「方法は
「手加減無用!! 好きに、派手に、よ!」
「承知致しました」
「がんばりますです!」
数ではこちらが負けている。ペレッタを抱きかかえて移動する分、集団戦は明らかに不利だ。
ならば、適度に分断させた方が突破率は高いだろう。
それにツバキなら、ラビィの面倒も安心して任せられる。
「二人とも頼んだわよ! ベリル、あんたは何するかわかんないから付いて来なさい! 」
「へいへいっと。あたしはガロンと戦えるなら、裸でパンケーキを焼いたって良いぜ」
「それはあんたの日常生活と殆ど変わってないでしょ! 誰も得しないわよ!」
と、いつものつっこみを入れている場合でもないが、
「お願いしますベリルさん! 私はガロンを信じています!」
ペレッタも負けじと惚気を発動させる。
「知るかよ。こっちは売られた喧嘩を買うだけだ。あぁ? 最初に売ったのはあたしの方だっけ? どっちでも良いか」
「どうか命だけは!」
「お前の国の神にでも祈っときな。鎌を担いだ処刑人が、白馬の騎士様に変わるようにってな」
「ガロンを酷く言わないで!」
あーだこーだ言い合う二人を見て、ミストナは頭が痛くなった。
腕の中で暴れる
「あぁ、もう! 戦闘バカに、恋愛バカ! どうして私の周りには、こういう奴らばっかり集まって来るのかしら!」
一切合切の不満を込めて、ミストナは扉を蹴り開けた。
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