ミストナとモルメス国の視察団5

 ◇◆◇◆◇◆


(思ったより冒険者が居たわね)


 ミストナがペレッタ達と合流して二時間。

 洞窟内の通路は、奥へ進むほど足場が悪くなっていた。まるで巨大な蛇の体内に迷い込んだかと勘違いするほど、上へ下へ斜面が形成され、右や左に道がうねる。


 視界も酷くなる一方だ。

 壁面に嵌め込まれた黒い魔石の影響なのか。影の色が濃さを増し、気を抜けばぬかるみに足下をすくわれ兼ねない。

 魔石による酸素の循環は行われているはずだが……飲み込む唾にも息苦しさを感じる。


 もちろん、幻獣モンスターの討伐難易度も徐々に上がっているった。思い切って言えないのは、あの膨れ鼠以降ミストナ達は一切の幻獣モンスターを見かけていないため。

 数メートル進む事にも悪戦苦闘するペレッタに対して、先行するベリル達にとってはこれしきの悪路など、何の影響も無かった。

 一瞬の閃光と戦闘音が間隔を置いて、洞窟内を駆け巡る。それだけだ。

 べリルが本物の犬のようにヨダレを垂らして、追い掛けた銀貨。それが何の価値も無いモルメス国の紋章と分かって、問答無用で幻獣モンスター達に八つ当たりを始めたのだろう。


 ——予期せぬアクシデント(ベリルは除く)も無く、先行するミストナ班はもうすぐ最深部へと到達する。


 これまでにすれ違った他の冒険者は三組。全員がダンジョンの奥から引き返す者達だ。

 年季の入ったローブに身を包む、深いしわの年配冒険者。彼は双子の孫に両手を引かれながら、急かされるようにダンジョンの手解きをしていた。

 活気に満ちた真新しい防具を纏う、若き冒険者の五人組。出口まで競争しているようで、挨拶も早々にミストナ達の脇を駆け抜けていく。

 一人で歩いていた青年は少し悲しげな目をしていた。感傷に浸るように岩壁をなぞりながら、ゆっくりとスタート地点の方角を歩いていく。ここに大切な思い出があったのだろうか。


 ホワイトウッドの冒険者達に対し、ペレッタは柔らかな微笑みと、モルメス流の挨拶を返していた。

 今では寂れた“戸惑いの洞窟”ではあるが、所縁ゆかりのある冒険者達が内部を探索している。


 だからだろう。とミストナは尻尾を左右に揺さぶりながら納得する。

 後方の兵士達がまだ仕掛けて来ないのは、ダンジョン内の冒険者の数を把握出来ていないから。

 不意に現れる目撃者を無くし、ペレッタを暗殺した事自体——いや、存在そのものを闇の中へ放り込む気だ。


(この手は離さないわ。絶対に)


 かく言う虎娘。ミストナが何をしていたかと言えば——ひたすらにペレッタの手を握っていた。

 合流し直してから、ずっとだ。


 ペレッタが小石の転がる物音に驚き、つまずいた時には「あぶなぁぁいいーっ!」と、泥除けの布みたく下敷きになり。

 安物の飲料水が込められた魔石。そこから吹き出る水の飲み方がわからなくて、ドレスが濡れそうになった時も「おりゃあああーーっ!」と、身体を滑り込ませて顔面で飛沫しぶきを受け止めた。


 このお姫様は冒険者として。いや、良くこれで日常生活が送れていたな、とミストナが思うほど甘ったるく、鈍臭く、不器用だった。

 だけど。それが愛おしく見えた。昔の自分もこうだったかもしれない、とペレッタに姿を重ねて。


 度重なる不運がミストナを襲う中。それでも繋ぐ手だけは決して離しはしなかった。


 これらのバカな行動に何の意味があったのか、聞かれればミストナは返答に困ってしまう。

 ただ、体が勝手に動いてしまった、何もせずには居られなかった、としか言いようがない。


 ペレッタの説得は——まだ終わっていないのだから。






「ここが“戸惑いの洞窟”。最深部への入り口よ」


 洞窟の最奥は突き当たりになっていた。

 ミストナが見つめる直立の岩壁。そこには巨大な両開きの、神々しい扉が埋め込まれている。

 土色の岩壁とは一線をかくする、真っ白で無機質な表面。時折波紋が広がるそれは、何でもかんでもありそうなホワイトウッドの街ですら見かけない、未知の素材で出来ていた。

 宝石のような大小様々な魔石も嵌め込まれおり、小さくも鋭い輝きを放ち続けている。


 ミストナは頭の中で洞窟内部の地図を拡大した。

 この扉の向こうが、ダンジョンの核となる最深部のはずだ。


「こんな大きな扉、どうやって開けるのでしょうか……」


 ペレッタが扉を見上げながら呟いた。

 大型魔獣と呼ばれる四メートル級のゴーレムですら小さく見えてしまう大扉。ゴーレムだけではない。この入り口を前にすれば誰だって小人気分を味わえる。


「ここから先はこの洞窟と切り離された空間に繋がってるはず。ゲートみたいなものだから簡単に開くと思うわ」


 扉に鼻を付けたミストナがクンクンと匂いを嗅いだ。塗装に使われる薬品の匂いも、焼け付く魔術痕の匂いもしない。

 微かに。森林の中のいるような不思議な感覚が脳に浮かび上がるだけだ。


「ダンジョンとはこうも人の世と次元が違うものなのですか。幻獣を生み出すだけでなく造形物まで——。一体どのような考えで、どのような意思を持って、この扉を作ったというのでしょうか」

「そんなの決まってるじゃない。私とペレッタの、よ」

「……はいっ。間違いありませんね」


 寂しそうな笑顔で応えるペレッタ。

 彼女にとっては待望のダンジョン探索であり、同時に人生のゴール地点だ。

 ミストナは複雑な心境でそれを受け止めた。


 そんなぎくしゃくした雰囲気の中。『バン!』と乱暴な音がした。

 ベリルだ。狼メイドが欠伸あくびをしながら前蹴りで扉を開けた。

 そして眩い光の世界——次元の狭間へと片足を踏み入れた。


「こら! 空気を読みなさいよ。良いシーンだったのに」

「話が長ぇーんだよ」

「ここに着いてからまだ三分も経ってないでしょ」

「神族の信者でもそんなに祈らねーよ。歯磨いて、ペッと吐いたら終わりだろ」

「そんな片手間の信仰心の奴が居たら、逆に神に襲われるわよ!」

「襲う? ピロートークは帰ってから聞いてやるよ」

「エッチィ話じゃない!」


 ミストナの怒鳴り声が届いたかどうかといった所で、後ろ手を振るベリルが真っ白の空間へと姿を消す。

 続いて、ツバキとラビィも扉の中へ入っていった。


「私達も行こっか」

「……」


 ミストナが手を引く。が、細い手は動かない。


「どうしたの?」


 うつむくペレッタは、その場から進もうとしなかった。


「ミストナさん達はここで引き返して下さい」

「……嫌よ」

「これ以上は人の目も付きません。もし、兵士達がミストナさんに手を出してしまったら——」

「一発でも手を出されたら、二倍の十二発にして返すわ。だから大丈夫だって」

「計算が合って……って、そういう問題ではありません!」

「絶対にいーや!!」


 ミストナは地団駄を踏んで反抗した。

 これまでの道中はお膳立てに過ぎない。ここからがダンジョンの見せ場なのだから。

 ——諦めてたまるか。


 強引に手を引っ張り、閉まりかけた扉に手を添える。しかしペレッタも抵抗する。お尻を引っ込めて、体重を後ろに持っていった。

 負けてたまるか、とミストナ。、抵抗するお尻を鷲掴む。そして、扉の中へ無理矢理に押し込もうとした。


(手を離しちゃったけど、これはセーフ! 影の場所しか歩けない遊びと同じで、息を止めてる間はルール上問題ないわ! 今決めた!)


「ペレッタって意外と頑固で、お尻大っきいのね!」

「ミストナさんこそ乱暴です! あと、お尻は小さいです!」

「私は虎だからちょっとくらい大っきなお尻に噛み付いたり、大っきなお尻を叩いても良いのよ! ——くっ、くるし」

「都合の良い時だけ動物側にかたよらないで下さい! あと、お尻は絶対に小さいので!」

「あ……ちょっとヤバい、一回休憩がてら手を繋ぎ直してもいい? じゃないと酸欠で死ぬ……」

「どういう病気ですかっ!?」


 非力だと思っていたペレッタだったが、どうやら尻の力は強いらしい。

尻強しりつよのペレッタ』と、ミストナは頭のメモに新たな二つ名を書き足した。


 獣の腕と次期王女の尻が、押し問答を繰り返す最中。土を強く踏み締める音を虎耳が拾った。


「——そこまでだ」


 冷たく鋭い声。

 重厚な鎧を纏う長身体躯の男、ガロンだ。

 ミストナが振り向くと、十名の兵士がすでに追い付いていた。ガロンは兜の奥から目玉だけを下に動かして、視線をこちらに向けた。


「何よ? レディの後ろに黙って立たないでくれる? あんたが真性の変質者じゃなければね」

「約束通りお前達はここで引き返せ」

「私達は最深部を調べに来たのよ。ここで帰ったら意味が無いでしょ」


 こいつらにはまだ本当の目的を話していない。

 適当にあしらって、ペレッタを説得する時間を稼がないと。


「もう遊びには付き合ってられぬということだ」

「遊びじゃないわよ。ダンジョンの調査は歴としたホワイトウッドの仕事…………なんだから」


 ミストナは言葉を詰まらせる。

 会話の途中にも関わらず、ガロンは腰に刺した剣の柄に手を伸ばし、薄い刀身を露わにした。


「お前の言い分は理解した」


 絶対に分かっていないだろ、とミストナは尻尾をへの字に折り曲げる。

 ガロンはそのまま剣を両手で構えた。足は前後に少し開き、重心はやや後方。ミストナの経験上、左右への攻防にも対処出来る基本的な剣術の姿勢だ。


 教科書通り——だからこそ手強い。ミストナは目を細める。

 奇襲やからめ手を混ぜながら戦うミストナにとっては苦手なタイプだ。突発的に何らかの魔術を絡められたら、それこそ対処に苦しむだろう。


 注意しなければならないのは、やはりその薄過ぎる鋼の刀。切っ先に伝えられた鋭い魔力圧は、その辺りの一般冒険者の比では無い。

 ガロンの揺るぎない双眸そうぼうからも、たゆまぬ鍛錬から培った自信と、それを過信しない剣への誇りを感じる。


(思ったより強そうじゃない。実は剣がペラペラでしたってオチは……期待出来そうに無いわね)


 ベリルの言った通り、この男が一番の強敵かも知れない。ミストナはゴクリと唾を飲み込んだ。


「引き返さぬなら斬り殺すまでだ」

「ガロン! 他の冒険者に手を出すのはやめてください!」


 ガロンの前に飛び出そうになったペレッタを、慌てて引き止める。


(どこいくのよ! 進む方向が反対だって!)


 ペレッタが行かなければならない場所は、この扉の向こうだ。そして、人目はもう無い。

 こんな所でガロン相手に隙を見せたら、ペレッタは二秒もかからず斬り殺されてしまう。


「誰が誰を殺すですって? 不可能に決まってるでしょ」


 冷たい言葉を挑発で返す。

 ぐっしょりと汗ばんできた右手を固く握りながら。


「そうか。では、試すとしよう」


 ガロンは大きく上段に構え、裂帛れっぱくの気迫をほとばしらせた。

 逃げ道を塞ぐように他の兵士達も、おうぎ状に広がる。


「ペレッタ——先に行ってて」


 ミストナは踵で扉を小突き、隙間を開け、ペレッタを光の中へと押し込んだ。


「っ!? ミストナさんっ!!」

「大丈夫。私に任せて」


 驚くペレッタの顔色が薄赤く染まっている。

 ここまで来れた興奮からか、それとも体力を消費した焦燥からか。どちらにせよ立派な顔付きになっていた。

 出会った頃は病弱な印象が付き纏っていたのに。


(あんたはもう立派な冒険者の顔よ)


 ミストナは笑顔で見送った後、扉をすぐに閉める。


「小賢しい。中に入っても寿命が少し伸びるだけだ!」

「うるさい! 声が大きい!」

「今すぐペレッタを置いて立ち去らぬか!!」

「近い! 唾がかかる!」

「女子供だからと言って手加減は出来ぬぞ!!」

「誰がそんな事頼んだのよ! バカ! バカ丸出しのアホのバカ!! あんたは何でペレッタを守らないのよ! 二年間付き添っていたんでしょ!?」

「——ペレッタから聞いたのか?」

「そんな事はどうでも良いのよ! あんたの二年間の護衛の集大成が、ペレッタの暗殺だって言うのなら……私は全力で阻止する」


 ミストナは牙を剥き出しにして威嚇した。腰を落とし、左腕の鉄甲を立て、握った右拳は脇腹へ。

 拳闘士の構えだ。

 振り下ろされるであろう初撃の太刀筋を見切り、ムカつくガロンの顔面に“説教の右ストレート”を浴びせる。自分の描く理想像イメージをぎゅうぎゅうに押し固め、妄想を確定事項へと改変する。

 ——来るなら来い!


「……待てよ。ガロン」

「なんだ! 邪魔をするなっ!」


 臨戦態勢のミストナの視線が横に逸れる。

 鼻持ちならない副隊長のチェスター。その男がだらりと構えを解いて、ガロンの顔を覗き込んだ。

 ニタニタと不愉快な表情。ベリルとは違い、ねちっこく気色の悪い笑い方だ。話しかけた瞬間に、敵と思われて切られれば良かったのに……という、ミストナの願いは叶わなかった。


「ペレッタは予定通り殺すが、こいつら獣人は両足だけを切り落としたい。あとは止血して色々試したい事がある。分かるだろ、ここは俺に譲ってくれよ、なぁ?」


(……は? 何言ってんのよ、この出しゃばりアンポンタン)


 ミストナの標的が、ガロンから即座にチェスターへと切り替わった。聞き間違いで無かったのなら、とんでもない事を口走ったはずだ。


「勝手な判断をするな!」

「——捉えろ」


 咄嗟にミストナは尻尾を立てて、すぐに反応出来るように警戒した。が、どうやら自分の事を言われた訳ではなかった。

 広がっていた兵士の八つの切っ先は、一斉にガロンへと向けられる。


「反逆行為だぞ! 貴様ら!!」


 さすがのガロンも四方八方から九人の味方に囲まれては、対処の使用が無い。

 怒号を発し周りをいさめようとしているが、視線は左右に泳いでいる。


「バカか。最初から誰もお前の意見なんざ聞いちゃいねーんだよ!!」

「——っ!?」


 剣の腹でガロンの頭がブン殴られた。

 鎧の上からでも分かる分厚い体躯だ。ガロンは倒れない。だが兜は吹き飛び、大きく切れた唇から血がドクドクと流れ出た。


「座れ」

「……やめろっ」

「座れ!!」


 チェスターがガロンの長髪を掴み、頭を引きり下ろす。強引な形で、ガロンは地面に片膝をついた。


「頼むからよぉ〜。お前は大人しく黙って見てろ。なぁ〜?」

「何を考えている……」

「大人しく、だ!!」


 そのままチェスターはガロンの顔を地面に叩きつけた。完全に這いつくばった大きな背中に、二名の兵士が足を置く。


(仲間割れ? 下克上? ガロンってあんまり信用が無かったのね)


 一連の状況を見守っていたミストナ。その前に気分を良くしたチェスターが立ち塞がった。


「なぁ、ちっちゃい獣人ちゃん。すこーし俺達と良いことしようぜ〜? なぁ〜? 大人しく言う事を聞くってんなら、足が生えたまま可愛がっても良い。このダンジョンを出る頃には無くなってるけどな」

「——死ね。クズ」

「お? なんだって?」


 ミストナはチェスターの汚れた目を睨み上げた。

 この男はガロンと違って隙だらけだ。同じ剣で同じ構えのはずなのに、魔力や威圧感がまるで違う。


 汚らしい顔の何処に、この拳を叩き込んでやろうか。正中線の上から下まで打撃跡のあざを繋げる。それも良い。

 もしくは鉄腕のカイナを召喚して、両側から挟み潰しても——と、ミストナは頭の中で、どう痛めつけるかの算段シュミレーションを組み立て始める。


「おいおい。ビビって話せなくなったか!? 可愛いとこあるじゃねーか!」

「聞こえなかったのならもう一度同じ事を言ってあげる。息をしないで。同じ空気を吸いたくない。私の視界に入らないで。気持ち悪くて寒気が走る。声を出さないで。虎耳から色が抜け落ちる」

「……あ?」

「あんたからはガロンよりも、あの膨れネズミよりも、もっともっともーーっと不快な臭いがするわ。ホワイトウッドで生き恥を晒す前にって言ったのよ!!」

「この小娘!! 後悔させてやる!」


 乱暴に振り下ろされた剣を、ミストナは左腕の鉄甲で受け止める。互いに込めた魔圧がぶつかり合い、衝撃波が空間に波を立てた。

 真っ二つに斬られはしない。

 ミストナの鉄の籠手はホワイトウッドなら簡単に手に入る装備品の一つだが、左腕に絡みつく危険色の魔力は揺るぎない物だ。


(こいつっ!!)


 しかし——想定していたよりも、骨の芯に響く衝撃をミストナは感じた。

 これはチェスターの力量ではないだろう。単純にこのモルメス国産の薄い剣。鍛治職人の腕が良いせいだ。

 武器に頼りきった攻撃がさらに許せない。ミストナは力任せに受けた剣を弾き返した。


「ふん!」


 主人との繋がりを失った剣は、チェスターの焦った頬を掠め、後方の岩壁へと深々と突き刺さる。


「あぁ!?」

「遊びには付き合えないって言ったわよね。それはこっちのセリフなんだから」


 血を拭うチェスターは、ミストナが少女だからと舐めてかかっている。そんな鈍った剣に仕留められるほど、柔な鍛え方はしていない。

 これでも血反吐を吐いて何年も鍛錬してきたのだ。

 血の類は主に。鍛錬後に『お疲れ様ですっ』と駆け寄ってくるラビィに抱き付いて、流れた鼻血の数々だが。


 それにしても。と、ミストナは違和感を覚えた。

 チェスターの忙しなく動く眼球、ピクピクと不自然に動く指先の仕草。


(……こんな挙動不審な奴だったかしら?)


 不穏な展開を察したガロン以外の兵士達が、一斉に魔力を高めた。

 ミストナは視線で牽制を飛ばしつつ、どうすべきか思案する。

 腹いせにここで暴れ回ってもいいのだが……さすがにこの人数の相手をするには骨が折れる。

 もしかするとこいつらの会話から得られるかも知れない、と期待していたペレッタの心の合言葉キーワードも出てきそうにない。


 そうと分かれば、最優先するべきはペレッタとの接触だ。


だって、私はさっき言ったわよね。あんた達はそれを冷静に考える事も出来ないの? 脳みそ詰まってるのかしら」

「何!? どういう意味だ!?」


 剣を取りに行くこともせずに、怒り任せで拳を振り上げるチェスター。

 不敵な牙を見せ、ミストナはニヤリと笑う。


「本当にバカね。この扉の向こう——最終試練の場はが決まってるのよ。ってね」

「あ? ……ああああああああぁぁぁーーっ!?」

「当たり前でしょ。寄ってたかって突入したら誰でもクリア出来るようになっちゃう。それをこのダンジョンは望んで居ない。ダンジョンのルールは絶対よ。例え勇者だろうと破れない。勉強不足なあんた達は指でも咥えて待ってなさい」


 迫り来るチェスターにミストナはその場で小さな宙返りを決めた。流れる風景の中、捉えたのはガラ空きの広い銀の的。モルメス国の胸当て。

 両足を揃え、限りなく足を折り畳み、有りっ丈の力で————踏み抜くっ!!


「おっりゃあああああーーーー!!」


 それは至近距離で発射された大砲のような衝撃だった。限りなく圧縮した脚力と魔力の猛反発。

 そこまでしても、頑強な鎧には傷一つ入らない。だが——支えとなる者は別、ただの人間だ。

 チェスターは造作も無く、胃液を撒き散らしながら鎧ごと後方へと吹っ飛んだ。


「おぐぅぅっーーーー!?!?」

「にししっ!」


 蹴り込んだ反動そのまま。ミストナは唇を両指で目一杯広げ『イーッ!』と、牙を見せつける。

 すぐに肩が背後の扉にぶつかり、最深部への道が開かれた。


「じゃあねぇー。クズな護衛さん達っ」


 ミストナは手を伸ばしてくる兵士達をからかいながら、最後のとして、光の中へと吸い込まれていった。

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