ミストナとモルメス国の視察団2

(はい、取った。はい、私の勝ち。もうこのポジションは誰にも譲らないからね)

 ミストナは鼻歌を歌いながらペレッタの横に並んだ。並ぶというよりガロンとペレッタの間にぐいっと体を割り込ませて、立ち位置を奪い取ったという表現が適切だが。少し強引過ぎる気もするが仕方ない。親交を深めるには互いの距離感が何よりも大事だ。近ければ近いほど相手の事が理解出来る。それが真っ直ぐな性格であるミストナの考えだ。

 興味が湧いた者(物)にはすかさず手を伸ばす。匂いを嗅ぐ。じゃれるように触れ合う。許される範囲でいじくり倒す。ミストナ流——『他人と無理矢理に仲良くなる方法』だ。

 相手がどう反応するかはあまり気にしない。もし嫌われた場合は、また好かれるように挑戦すれば良いだけの話。

 半ば危険因子とも呼べるミストナの有り余る好奇心。これは獣の血の影響が強く作用していた。

 ミストナの髪色は毛先までもが危険色——黄色と黒の縞模様に染められている。虎の血を濃く受け継いだ証拠だ。人間ノーマルの立場から見れば近過ぎる仲間との距離感。それもミストナの中に潜む群れの本能が深く関わっている。

 お気に入りのラビィと五年間も寝床を共にしているのも血筋のせいかな——と、ミストナは冷静に自己分析した。決して『寂しがり屋だから』とか、『五年前は夜中に一人でトイレに行くのが怖かった』とか、そういう理由では無い。確かに……トイレだけは着いて来てもらっていた。それは認める。猫耳と尻尾を丸めて、事実として潔く認めるしかない。しかし——これには深い訳があった。

 ラビィもトイレに行きたいだろうなと思って、ラビィがオネショをしたら困るだろうなと思って、あくまで善意で誘っただけだ。お化けという不確定な存在に超ビビっていた、という事ではない。絶対の絶対に。

(……もう克服したもん)

 ミストナは『うんうん』と感慨深く頷き、成長した今の自分を褒め讃える。

「さぁ、行きましょ」

 余計な考えを切り離し、ミストナは今の任務に集中した。

 か細いペレッタの手を引いて、洞窟の奥に向かって歩き出す。ぎょろりと一斉に動く二十の目玉——突き刺さる兵士達の視線など気にも止めずに。仲間の三人に目配せして、洞窟内を先行するようにうながす。見慣れない冒険者に囲まれるペレッタへの配慮だ。

「最初に見た隊列フォーメーションから察するに、ペレッタはあの男達に守られてるのよね?」

「はい。あの方達は私を護衛して下さるモルメス国の兵士です」

 壁面に埋め込まれた鉱石が、様々な色の発光を繰り返している。それらに照らされるペレッタの顔色は薄青色や朱色だったりと、歩を進める度に印象が移り変わっていく。

 しかし、視線だけは遠く前だけを見据えていた。

「ふーん。そうなの」

「……」

 ミストナは首を捻って後方——大幅に距離を取って、やっと歩き出した兵士達に目をやった。

「だとしたら素晴らしい配置ね。あんなに護衛なんて見た事がないもの」

「……ガロンの判断で後方を重点的に守ってくれていると思われます。世間知らずな私と違って、とても優秀な兵士達ですから」

「そっか。じゃあ頭も良くて、よっぽど腕の立つ連中なんだ。私にはまるで——退みたいに見えるけど」

「……いえ。そのような事はあり得ません」

 皮肉交じりの事実を投げ掛ける。ペレッタは顔色一つ変えずに、次期王女としての風格を思わせる淡々とした口調で返答した。

「冗談よ。彼等が私達の実力を認めてくれたのかもしれないわ。先に行かせた三人あいつらは強いし、私だって超強いからね」

 ニギニギと。繋ぐ手の平を緩急を付けて揉み遊ぶ。ペレッタは少しくすぐったそうに肩を震わせ、はにかんだ様子を見せた。

(……落ち着いてるわね。心の蓋を開けるには時間がかかるかも)

 とりとめのない会話を続けながらも、ペレッタの眼球の動きから、唾を飲み込む喉の動きまで見逃さない。何でも良い。何か打ち解ける為の手掛かりはないか、と。

 仮に心の鍵キーワードを見落としたら、取り返しの付かない事態に陥りかねない。

 隊長のガロンに、副隊長のチェスター。あの憎たらしい兵士達の目的をミストナは知っている。護衛というのは名ばかりの——人気の無い所でペレッタを始末するただのだ。ペレッタ自身も、残念ながらそれを望んでいる。

『どんな思いで次期王女は歩いているのか』

 それらを知り、最善の説得を施す事がペレッタ救出作戦への一番の近道——


 ——ズゴォンンンンンン!!


 鈍い振動が進行方向の先からやってきた。

 二人の小柄な少女の体をビリビリと振動させ、後方へ駆け抜けていく。ベリル、ツバキ、ラビィ。先の露払いを頼んだ三人が、何らかの幻獣モンスターを倒した音だ。

「ミストナさんのパーティーはお強いのですね」

「ここは初心者向けのダンジョンだからね。普通の冒険者からすれば何の苦にもならないわ」

「そうなのですか」

「それにダンジョンにおいての“強さ”なんて、性質や敵によって変わるものよ。私達だって全てのトラップに対応出来るかと言われたら絶対に無理だしね」

 ペレッタの真剣な眼差しを確認し、ミストナは話を続ける。

「ホワイトウッドには海中のダンジョンだってあるし、そもそもどれだけ強くても『一定の種族はお断り』なんて、ワガママなダンジョンもある。好き嫌いもあれば、エネルギー——お腹だって空かせるわ」

「ダンジョンは冒険者の全てを糧にする、と聞いた事があります」

「そうね。、または。この大陸に伝わる古い絵本には、そんな事が書いてあったりするわ」

 ミストナの愛読本“冒険者の流儀”。その一説に記された言葉だ。

「……私は何も知りませんでした。本来ならホワイトウッドの歴史を調べてダンジョンに突入しなければいけないのに。恥ずかしい限りです」

「無知を恥じる事は無いわ。そこに探究心が生まれるなら、ね。ペレッタもこれからダンジョンの事を知っていけば良いのよ。せっかくこの街と繋がったんだから」

「これから……ですか。そうですね」

 そっとペレッタは視線を下げた。どれだけ気丈に振る舞ったとしても、ペレッタはまだ籠から飛び出たばかりの少女だ。塞がれた未来を示唆する言葉が、瞼の上に重くのし掛かったのだろう。

「自分と向き合って少しずつ強くなって、そして色んなダンジョンを探検する。それがホワイウッドでの正しい遊び方よ」

 ミストナは尻尾を振りながら得意気にレクチャーする。かと言って、ミストナも人のことは言えないだろう。ホワイトウッド歴一ヶ月の新人なのだから。だが今は先輩面した方が何かと都合が良いので、その件はしれっと黙っておく。

「強くなるというのは、ダンジョンをクリアして魔術を授かったりしながらですか?」

「一般的にはそうね。実を言うと、私もどうにか強くなれないかなと思ってラビィと長旅の末、この街にやっと辿り着いたの。だけど——」

「だけど?」

「“強さ”だけが“絶対”じゃない。それだけは忘れないで。先輩からのアドバイスよ」

「それではミストナさんが思う、ダンジョンに置いて一番大切な事とは?」

 ミストナは前方にぼんやりと見える仲間達を尻尾の先で指した。

「決まってるわ。仲間を事よ」

「頼りまくる、ですか?」

「うん。それだけ私があいつらを信じてるってことよ」

「ミストナさんは個人の強さより仲間とのチームワーク、つまり総合的なが大事だと言いたいのですね。素晴らしい考えです」

 これだから新人冒険者は何も分かっていない。ミストナは大袈裟に、そして嬉しそうに首を横に振った。

「違うわよ」

「え?」

「おんぶと抱っこ」

「……はい?」

 きょとんと不思議そうな顔をするペレッタ。 恐らく話の真意が分かっていないのだろう。

「そのままの意味よ。あの狼女にいっぱいおんぶと抱っこしてもらうだけよ。そこに強さや力は関係無いわ。人を一人支えるくらい誰でも出来るでしょ?」

「……すみません。それとダンジョンをクリアする関係性が私にはわかりません」

 ミストナは付け足すように優しく口を開いた。

「個人だろうが仲間との総合力だろうが、過剰な強さっていうのは時に周りが見えなくなる。そんな力に溺れるくらいなら、私は仲間におんぶや抱っこをせがみたいって話よ。ダンジョンっていうのはね、戦闘やクリアする事も一つの目標で大事なことよ。でも“それだけがダンジョンの全てじゃない”。食べれる物を探したり、皆でバカな事に挑戦したり、それで失敗して大笑いしたり——そういうのが楽しいんじゃない?」

「……楽しい」

「楽しむって事は何をするにしても大切な事でしょ?」

「そうですね。私は知識ばかりを詰め込んでダンジョンの本質を忘れていたのかも知れません」

「それに例え何度逃げ出したって、ダンジョンはずっと待っててくれるわよ。ダンジョンはもの凄く強い存在なんだから」

 一度深く何かを考えたペレッタが柔らかな笑みを見せた。

「私はクリア報酬ばかりに目がいって、利益中心でしか物事を考えていませんでした。私の世界のダンジョンは厳しく、クリアする事に重点を置いていたと聞き及んでいましたから……」

「ホワイトウッドにはそれこそ色んな種類のダンジョンがあるわ。幻獣も出てこない迷路のようなダンジョン。ピクニックみたいな平穏なダンジョン。温泉がいっぱいあるダンジョンだってあるんだから。今度一緒に行って洗いっこしましょ」

 ふとミストナは繋ぐ手の平に少しの温もりを感じた。この正体は分かる——ペレッタのダンジョンに対する好奇心だ。

(鹿野の未来予知によると、生存した未来のペレッタは冒険者としてホワイトウッドに貢献すると言っていた。この子の本質は生粋の冒険者。きっと心からダンジョンが好きなんだわ)

 もしかしたら物凄く簡単に、少しのダンジョンの影響で——ペレッタの心の砦を崩せるかも知れない。

 ミストナは小さな可能性に微かな希望の光を見た。

「どうかしましたか?」

「ううん。ペレッタにもダンジョンの楽しさをもっと知って欲しいなって思って。ダンジョンだけじゃない。賑やか過ぎるこのホワイトウッドの全てを楽しんで欲しい。人生は楽しくなくっちゃね」

「……父もそのような性格であったならば良かったのですが」

「ペレッタのお父さん?」

「はい。私の国の偉い人……でした」

 ペレッタが心の突っかかりを吐き出した。事故に見せかけて暗殺された前国王の事だ。

「私は物心ついた時から父とは一切の面識がありませんでした。これは全て叔父から聞いた話になりますが、父は政治に関しては完璧な方と聞いています。ですが、それらを独裁や横暴と感じる第三者が居たことも事実でした」

「そっか」

「父が少しでも貴族の方々に歩み寄り、ミストナさんの言うように楽しい——友好関係を築けていたらなら今頃は……」

 言葉の通りペレッタは父親との接点はない。むしろダンジョンを渇望するペレッタを軟禁状態におとしいれた張本人だと、ミストナは知っている。しかし悔やむように、哀れむように。ペレッタは父親を想って目元にうっすらと涙を浮かべた。

(優しい子ね)

 ミストナは仕事を抜きにして、このペレッタという少女を守りたくなった。『他人を思いやる』これはミストナが目標とする“真の冒険者”に必要な素質だ。同族を見つけた感覚に近い。

 前国王の行き過ぎた愛情は到底理解出来ない。が、『子供を絶対に守る』という部分に置いては同意出来る部分がある。流し見した資料映像から想定するに、国民からの不満は無かったと感じる。市場の商人と客は笑顔と活気に溢れ、街中には多くの子供連れの親子が楽しそうに歩いていたはずだ。

 ならば前国王が諸悪の根源とは言い切れないのではないか? 良き国を作る為に、一人寂しく憎まれ役を買っていた可能性もある。あくまで想像の範疇だが。

 ミストナはその父親の想いを少しだけ汲み、家庭事情については知らないフリを通す。悲しげな表情を浮かべる愛娘——ペレッタが少しでも笑顔でいられるように。

「ペレッタの国の事はよく分からないけど、ダンジョンも政治も結局は仲間との信頼関係が一番って事なのかもねっ」

「はい。犬耳のベリルさん、あの方はとても……その、えっと……とても……楽しそうなお仲間さんですね」

 たどたどしいペレッタの頬が徐々に赤く染まる。

 今回のミストナ班にとって最大の恥である『レッド・ベリル、ノーパン事件』を思い出したのだろう。あの時、ペレッタも目の前に居たはずだ。

「アイツに至ってはただのバカよ。カケラさえ視界に入らないようにしてくれると助かるわ。昨日だって大型飛竜を——」

 そこまで言って、ミストナは虎耳を折り曲げる。

「飛竜? 空を飛ぶ竜の事ですよね? それがどうかしたのですか?」

「……あははは! あははははっ!! ちょっと飛竜と仲良く遊んでたの。尻尾に触ったり牙を撫でたりしてね。それだけそれだけ」

 脳内に復活した悪夢を鉄拳でゴリゴリとすり潰しながら、ミストナは静かに肩を落とした。

「ホワイウッドは色々な種族が手を取り合っていて、とても素晴らしい街だと思います」

「まぁね、笑えるくらい多過ぎるけど。話は変わちゃうけどペレッタはダンジョンに潜るのって経験がないでしょ?」

「はい。やっぱりそう見えてしまいますか」

「他のダンジョンならいざ知らず、こんな洞窟内でドレスにヒールを履いてればね。ベリルみたいによっぽど強くてバカな奴か——もしくは何も知らない初心者くらいなもんでしょ」

「すみません」

「謝るくらいなら装備服くらい着てくればいいんじゃない。ダンジョンもその方がきっと喜んでくれるはずよ」

「それは……」

 ミストナは口ごもるペレッタから手を離し、肩に腕を回す。少女同士が自然にじゃれ合うような素振りで、優しく耳元に牙を近づけて——

「それは出来なかった。着替える事も許され無かった」

 小さな声で囁く。

「——えっ?」

 驚くペレッタに頬擦り——獣人が感謝や友好を示す行為——をしながら話を続ける。

「静かに、ね」

「あなた達は何者ですか?」

「言ったはずよ。私達は超可愛くて超強い“真の冒険者”。それ以外の何者でもないわ」

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