ミストナとモルメス国の視察団
◇◆◇◆◇◆
ペレッタから強引に手を取ったミストナは「にししっ」と笑い、腕をぶんぶんと振る。熱く流れる獣の血がペレッタの冷え切った心に少しでも届くように。
ペレッタは困惑こそ示しているものの、手を振り払う様子は無かった。大きく開いた目はゆっくりと
(この子……思ったより良い顔してる)
ミストナの描いていたイメージが払拭された。絶望という沼に首元まで浸かったような焦燥をペレッタは浮かべていると思っていた。
だが実際は違う。
頬は薄赤い色を帯び、生い立ちに似合わない意志の強さを感じる。瞳だ。瞳の奥底に、しっかりと根を張った芯を感じる。
しかし——と。ミストナの胸の内が
(いや……良い顔と言うのは大きな間違いね。これは死ぬ事を自ら受け入れた決意の表情と捉えるべき)
ミストナは歯痒さを飲み込んだ。
絶望とまではいかなくても、多少の不安が感じとれた方がまだ良かったのかも知れない。その方が説得するにはいくらか都合が良い。
ふと、鹿野の言葉が湧いて出た。
『ミッション達成率は他の冒険者で一割。ミストナ班で三割』という叩き付けられた未来。
(——三割上等。やってやろうじゃない)
ともあれ、ペレッタから手を離したミストナはひとまず
難癖だろうが恐喝だろうが当たり屋だろうが、最初はどう思われたって良い。
あらゆる手段を用いてこの団体と会話を重ねる。自分という存在を認識させ、刷り込む。その第一目標は突破した。仮に全てを無視されていたら計画は鎮座。
寝る前に
(それにしても疲れる。こいつらの敵意は半端じゃないわ。これじゃホワイトウッドで彼女は出来ないわよ)
ミストナは背中にひしひしと突き刺さる視線を無視し、ペレッタとの会話を強引に進める。
「私達はギルドの
もちろんギルドの話などデタラメだ。一切この件に関与はしていない。だが全てが嘘ではない。この街に着いて一ヶ月。潜ったダンジョンは数える程度。個人的な気持ちとしては、いつでもどこでもダンジョン自体には興味が有りまくりな訳で。
例えそれが初心者御用達ダンジョンの“戸惑いの洞窟”だろうと、ミストナの好奇心は尻尾と共に
「わ、私は——」
返答を
ミストナの前に、再び厄介なあの兵士が立ちはだかる。
「姫に気安く触るな」
二歩、三步と。重苦しい威圧感に負けたペレッタが後方に下がった。
ミストナはその男をじろりと見上げる。
大きな身長……だとは思わない。巨人の種族と比べる訳では無いが、パーティーにはデカ——いや、華奢な狐のツバキが居る。狐耳を換算するとツバキの方が背丈は大きいだろう。勝った。出会った時点でこの男はチーム、“星屑の使者”に負けているのだ。敗北を知るが良い。
自分の背の低さを棚に上げながら、ミストナは改めて男を凝視した。
(若くて長身で厚い胸板。兜の隙間からは彫りの深い目元と黒髪。そして堅物そうな性格。恐らくこいつがガロン。さっきから話の邪魔ばっかりしてきて
表情に出すことは無かったがミストナは心の中で子供のように舌を出す。このガロンという男の詳細だけは渡された資料に記されていた。二年間ペレッタに付き添っていた元側近兵士、と。
他にも三人ほど護衛の個人情報があったのだが、周りを見る限り容姿は一致しない。情報には載っていない顔ぶればかりだ。
雇い主である鹿野に今回の情報を流した内通者。その内通者の立場が弱いのだろうと、ミストナは推測する。
(ガロンをどう扱おうかしら)
虎耳をピコピコと折り曲げる。
残された猶予は長くない。ペレッタと距離を縮める為には最短最速で仲良くならなければならないというのに。
そもそも上の命令だからと言って二年間守り抜いた女の子を殺すような奴は、何百回人生をやり直しても異性のタイプに当てはまる事はない。
ガロンはこの男共の中で一番気に食わない奴だ。これが仮に単なるペレッタ奪還任務であったのならば、今すぐここで
その薄い鋼で紙飛行機を作って、這い
だがそれは無理からぬ話だ。
ミストナは悟られぬように。秘めた敵対心を見せないように。馬鹿で無邪気な一般冒険者のフリを続けるしかない。
「もしかしてさっきのムカデを横取りされて怒ってんの? それなら報酬の魔石をあげるわ。それで良いでしょ」
「魔石などいらぬ」
「良いから良いから。女の子の好意と思って受け取ってよ。それとも妬いてるのかしら? 実はペレッタが彼女だったりして」
「良い加減に————っ!!」
言い争うミストナとガロンが驚愕の表情を示し合わす。すぐに最後尾にポツンと取り残されたペレッタの方向を二人は注視した。
敵だ。それも恐ろしく明確な殺意を周囲に撒き散らして。
おそらく壁面のほんの少しの凹凸に身を隠しながら。あるいは転がる岩の影に息を潜めながら。ミストナ含め、大勢の目を掻い潜り——敵は近づいて来ていた。
兵士達は思っただろう。これほど気配を断てる
ミストナさえも思った。この事態は何かの間違いだと。
ダンジョンには希少幻獣——突発的に出現する超難敵がいる。冒険者達の間で、いわゆるレアと呼ばれる
この“戸惑いの洞窟”は現在の所、注意するべき点は無いと資料には書いてあった。だからこその初心者向けだ。
ミストナの脳裏を掠めた
——ではなんだ。
ダンジョンのきまぐれで新種の幻獣でも誕生したというのか。ペレッタに飛び掛かったその影の正体を確認して、ミストナは大口をあんぐりと開けた。
飛び掛かる影は人型。獣の尻尾を持っていた。そして見覚えのある……いいや、忘れたくても忘れられないほど目に焼き付いた、白と黒を基調とした色合い——異性を欲情させるような布地の少ない“戦闘仕様のメイド服”の裾をはためかせている。
敵の正体は狼の獣人——レッド・ベリル。またの名を“
「なあああああああああーーーっ!?!?」
素っ頓狂な声を出し、ミストナは呆気に取られた。
ベリルには後方で待機しとくように命じたはずだ。指示違反極まりないが、百歩譲って兵士達に襲い掛かったのならまだ分かる。
それなのに。バカメイドは絶対に守らなければならないペレッタに向かって、宙から身の丈と同じ長さの鉄パイプを振り降ろそうとしていた。楽しむように鋭利な牙を見せ、防塵ゴーグルの奥から真っ赤な瞳を滾らせて——。
「——ちぃ!!」
大きな体躯に似合わず、流れるような身のこなしで動いたのはガロン。素早くペレッタの前に回り、宙から襲いかかる
「ハッハッハーーッ!! お前ら運が悪かったな! このあたしに目ぇ付けられて五体満足で帰れると思うなっ!」
一歩遅れてミストナが飛び出す。
「ゴラアアアアアァァ!! バカメイドーー!」
着地したベリルの尻尾を掴み、無我夢中で入り口の方向に走る。駆け抜ける。恥も外聞もなく敵前逃走する。
地面にバウンドし喚き散らすベリルの声を無視し、一団と距離をとった所で大きな岩陰に獣人の形をしたゴミを放り投げた。
「いてててて!! 何すんだ! この
ミストナは息も整えぬ内に、首元にぶら下がった防塵ゴーグルを掴みベリルを引き寄せる。
「願わくば今すぐ尻尾と犬耳を引き千切って、別人にしてやりたいわよ! ってか、なりなさいよ!」
すぐに岩陰から護衛達を確認する。
こちらを見つめているが、追い掛けては来ない。何やら話し込んでいるというか、揉めている様子だ。
「なーに怒ってんだよミストナ。さっきお前が言ったんだろ。護衛達は全員ぶっ飛ばすって。あたしに任せてみな、一分だろうが一週間かけようが好みの時間で終わらせてやる」
「最終的にはよ、最終的には! 今はその時じゃないの!」
「んだよ。それを早く言えっつーの」
「言ったわよ! あんたはどっかで拾った汚ったない骨みたいな何かで耳掃除ながら『へいへい』って返事したじゃない!」
「そうだったか? じゃああれだ。耳掃除してたから良く聴こえなかったんだな」
「適当に返事するなーーっ!」
作り上げた状況が木っ端微塵に破裂した。
「っていうか、何で護衛じゃなくてペレッタを一番に狙うのよ! それはどう考えてもおかしいでしょ。助ける人を襲ってどーするの!」
「決まってるだろ。他人の為に動ける奴が一番強ぇー。それを見極めただけだ。兵士を狙ってもかえって邪魔になるから助けに入らない可能性がある。な? あたしはエロくて賢い、麗しの狼女だろ」
「とぅーっ!!」
呆れを通り越した為、ベリルの尻に蹴りを叩き込む。
威力は八割程度。二割ほど力を弱めたのはほんの少しだけ『それはそうかも』と、関心したから。ベリルという女は無茶をして生きて来ただけあって、渡って来た修羅場が桁違いだ。そこから得た洞察力は凄まじいものがある。
使う方向が間違っているのが難点だが。
アニマルビジョンのトップである鹿野クリフォネアが数々の騒ぎを起こした
尻を
「もしガロンが助けに入らなかったらどうする気だったのよ」
「誰もカバーに来なかった時は、鉄パイプを直前に離してたって」
「ふん。どうだかね」
ベリルはニタニタと笑いながら、手の平に鉄パイプを出現させては消滅を繰り返した。ベリルのたった一つしか使えない固有魔術は、ミストナと同じ系統の武器召喚。鉄パイプだ。中は空洞になっており、長く真っ直ぐで余計な装飾はない。
ミストナは少し羨ましく思う。
召喚武器である
対して鉄パイプは単純にして扱いやすく、攻防共に優秀。手軽な代物だから低コストというメリットがある。
「本当だって。結果的にペレッタに飛びつく形にはなるけど、きっと胸を揉みまくってケツを鷲掴みにするレベルで済んだはずだ。約束する」
「はい条例違反。あんたの家は明日から牢屋の中だからね。宿に帰ってこないでね」
「んだよ、面倒臭ーなぁ。じゃあペレッタを今すぐ拉致して逃げりゃ良いじゃねーか。それか護衛を全員ボコったら良い。それで今回の仕事は終わりだろ」
「ペレッタは本気で死ぬ気なのよ。どんな事情かを把握して説得しなきゃ自殺する可能性がある。鹿野はそれを
「死なないようにペレッタの全身を縛って監禁し続ける。で、毎日耳元で囁くんだよ『ベリル様に尽くします。この身を一生捧げます。代わりに闘技場の賭け券を買いに行きます』って。お手伝いさんがホームに出来たぜ。良かったな」
「どこの洗脳集団よ。ダメ。絶対ダメ!」
ミストナの真っ直ぐ過ぎる作戦に、ベリルは口をへの字に曲げる。
「おいおい、厄介な仕事ばっか持ってくる鹿野の依頼だぞ。理想論ばっかで上手くいくかよ。足元掬われても知らねーからな」
ベリルの言う事も間違いではない。それは分かっている。だけど——簡単に
「ダンジョンには人を変える強い力があるって、私は信じてる。だから……今は私の作戦に協力して。お願い」
真っ直ぐに赤い瞳を見つめる。
ベリルはすぐに視線を逸らし、照れくさそうに欠けた犬耳を
「分かったよ、従ってやるよ。ただし条件がある。
「——もし戦う時が来たら、ベリルが希望する奴と戦わせてあげるわ」
交渉を成立させるには対価が必要だ。
ベリルは“悪童”と呼ばれるだけあって、争いを好む『血に飢えた狼の血筋』を色濃く受け継いでいる。ベリルの胸の中は言わば膨大な燃料庫。そこに好みの静電気が少しでも走ろうものなら、たちまちに大爆発する。三分料理も驚く、お手軽ワンタッチで戦闘狂の出来上がり。じゃじゃ馬の手綱を上手く操るのが、アニマルビジョンとしてのミストナの役割だ。
『ラッキー』と言わんばかりに、ベリルは口笛を吹いた。
扱い易いのか、にくいのか。気まぐれなのがベリルの性格だ。
岩陰から兵士達を覗き、いやらしく舌なめずりを始める。これから食らう獲物を品定めするように。
「あいつだ。あたしの鉄パイプを防いだあの背の高い男とやらせろ。それと仕事終わりにチーズが山盛りに乗った熱々のピザと酒。それだけあれば、あたしの世界は事足りる」
「あんたって本当にチーズ好きよね。実は鼠人じゃないの」
ガロンか……と、腕を組んだミストナに妙な引っかかりが湧いた。
あの護衛達は人目が離れた場所で、ペレッタを殺害する事だけを今まさに考えている。
だからベリルが襲った時に周りの兵士達が微動だにしなかった理由は分かる。ホワイトウッドの異常者がペレッタを殺したのなら、その事実を上に報告すれば良いだけだ。
無事ミッションクリア。万々歳でホワイトウッド名物『白い木々達』片手に、モルメス国に帰れるだろう。
しかし——ガロンは違った。咄嗟の判断で何故かペレッタを守った。
考えられる可能性としてはミストナとベリルを赤の他人と思い込み、簡単に次期王女を見捨てるような素振りを護衛職として晒す訳にはいかなかった。不誠実な噂が国に広まらない為の演技。言わば保険の意味合い。
武勲もあり得る。この手でペレッタを殺したという手柄を貴族に報告し、自分の階級を上げる。モルメス国の兵士制度がどういったものかは知らないが……。二年間の専属護衛が身に付き、習性として身体が自然と動いてしまった。この線も捨て難い。
が、これらはあくまで可能性だ。憶測でしかない。考えても
「いいわ。あんたはあの男——ガロンと戦いなさい。理由は?」
ガロンの咄嗟の動きは魔力を高めてから体を動かしたようには見えなかった。獣人並みに反射速度が速い。勘も良く視野も広い。好敵手に違いない。
状況次第ではツバキかベリルに相手をしてもらおうと考えていたところだ。
「あの男があの中で一番強い。んで、一番の大嘘つきだからだ」
薄ら笑みを浮かべ、ベリルは真っ赤な瞳を光らした。
「嘘つき、ね」
狼女、レッド・ベリルは並外れた嗅覚を持っている。魔術ではない。卓越した技能だ。それは単なる匂いだけの話にとどまらない。呼吸に混じった一定の成分。滲み出た汗。それらが相手の挙動と合わさりベリルに嘘を教える。
それは
相手を出し抜かなければならない賞金稼ぎとしては、これ以上の技術はないだろう。
「今の攻防で何か読み取れたの?」
「まだ追い詰めてねーから細部まではわからねー。だけどアイツから立ち込めた嘘の匂いは相当のもんだ。早く喰らいたくて濡れてくる」
「ガロンの嘘って何かしらね」
後半の言葉を聞こえないフリをしていたミストナの頭に「ぽふん」と柔らかい何かが乗った。
息を荒くするベリルが、気だるそうに胸を預けている。
とても羨まデカい。
「さぁな。姫の生首ぶら下げて、帰ったら貴族共を皆殺しにでもするんじゃねぇのか。新生ガロン王様の誕生ってな」
「縁起の悪い事を言わないで。とにかく今は『待て』よ。次勝手に手を出したら
「そしたらあたしは大ムカデの女王様になってやる」
重苦しい視線を集める中、ミストナは平静を装ってペレッタ一行に近づいていく。当然だが兵士達の表情は固い。手はいつでも剣が抜けるように剣柄に添えられている。
「ごめんなさい!!」
ミストナの大きな第一声で、天井から細かな土がパラパラと降ってくる。
「このバカメイドは私の仲間なの。あんた達に襲われてるって思って……先走っちゃった。許して。ね?」
右手と左手は
そして決死の上目遣い——必殺、ぶりっ子ポーズを決めてはみるが……返答は『冷たい表情』のみだ。
(ラビィにはいつも成功してるんだけど……おかしいわね。こいつら目が腐ってるんじゃないかしら)
これはモルメス国に美少女を見る目が無いせいだと決めつけ、この敵対状況を作った張本人。そっぽを向いてるベリルの脇腹を小突く。
「ほら。ベリルもごめんなさいして。出来るわね? 三歳でもごめんなちゃい。ってちゃんと言えるわよ。ね? ベリルちゃんは出来るわよね?」
「バカにすんな。あたしだって謝る事くらい出来んだよ」
「そう。安心した。あんたに三歳児並みの知能があることについてじゃないわ。あたしの言葉が聞こえた事についてよ。さぁ、早く」
ベリルは一歩前へ出て、
「むさ苦しい野郎共。パンチラしてやるから——許せ」
メイド服の短いスカートを両手で掴み、何の恥じらいも無くたくし上げた。
スカートの横からチラリ。などという上品で
「ハッハッハ! こいつら間抜け面で食いついてやがる。これでチャラだな、むしろお釣りの金貨を貰ってもいいぞ」
「見せるな、バカメイド!」
体を一回転させて、尻尾で狼の尻を叩く。
「んだよ。これでも一部の野郎には高く売れるんだぜ? 予約だって入ってる」
「良い事聞いたわ。あんたとその性犯罪者予備軍を捕まえれば少しは生活が楽になる」
「あれ?」と、ミストナは兵士達の顔色を伺った。
先までの緊迫した空気が薄れ、ヒソヒソと小声で話し合っている。『色気の力恐るべし』という事か。それにしても、たかが下着くらいで動揺し過ぎだとミストナは思う。
こいつらは仮にも護衛中の兵士だ。全員の容姿を見るに青年、あるいは成人以上。女性に不慣れな童貞じゃあるまいし。
中には明らかにデレデレと鼻を伸ばしている奴もいる。ベリルの尻尾が揺れるたびに連動する、スカートから目が離せない奴まで。
「……まさかっ」
ミストナはそぉーと、ベリルのスカートの中を覗く。
「ななななな、なあああああーーーーっ!?!?」
「うるせぇな。次はなんだよ」
しゃがみこむミストナは手で顔を半分覆いながら、ベリルの顔とスカートの中を交互に確認する。
ここはまだベッドの上で、夢の中かもしれない。そう思って、ベリルの周りをゆっくりと回ってからもう一度。スカートの中を確認する。
——やっぱり何もない!!
「あんたパンツはどうしたのよ!? 何も
「あぁ? ホームを出る前には確かに穿いてたはずなんだけどな。途中で落としたのかも知れねぇ。アーハッハッハッ!」
「バカ! どうやったらパンツなんか落とすのよ!」
乙女が一番守らなければいけない絶対要塞が崩れた。だというのにベリルは微塵も気にせず、あっけらかんと爆笑している。
「大丈夫だって。こんな事もあろうかと、見えても良いように全部剃ってる。用意周到だろ?」
「なおさら丸見えでしょーが!」
だから兵士達はいやらしい表情を浮かべたという訳だ。獣耳と尻尾以外は殆ど人間の体系。相性が良ければ
スタイルも良く、黙っていたら美人という風貌が男達の趣向に合ったのだ。
(帰ったら鍵付きのパンツを買わないと)
こんな事もあろうかと、ラビィのポーチの中には下着類を忍ばせてある。女パーティーの
そこでツバキとラビィの歩いてくる姿が後方に見えた。二人には別ルートの通路に護衛達の仲間が居ないか探って貰っていた。
「この狼人がベリル。あの大きい狐人がツバキで、小さい方が兎人のラビィよ。私がリーダーを勤めてるわ。女四人パーティーなの」
「……」
(ったく、いつまでも警戒心が強いわね。さっきまでデレデレしてたくせに。引きちぎるわよ)
変わらず返答は無い。むしろガロンは背中を向けて、歩き出そうとしている。
「ふーん。まぁ良いじゃねぇかミストナ。今からホワイトウッドに戻って、こいつらの悪評をバラまいて来ようぜ。“戸惑いの洞窟”にタチの悪い異界の連中が居るから気をつけろって。ギルドの奴らも駆けつけるかもな」
兵士達はすぐに顔を見合わせた。
そりゃそうだろう。奴らは極秘裏にペレッタを殺す気なのだから。邪魔者は少ない方が良いに決まってる。
「すみません。我々はホワイトウッドに来たばかりで緊張しているのです」
仲間の無礼を庇うように、次期王女
「ガロン。暫くの間だけホワイトウッドの方々と触れ合うのも良い機会では無いのですか? ホワイトウッド側にもモルメス国が良き異界の民だと、知らしめる事が出来ます」
「しかし。どこの馬の骨と知らぬ輩と同行するなど」
「例え価値観が合わない馬の骨でも、口と耳さえ機能していば会話が出来ます。会話が出来ればこちら側も、一滴の水程度は得る物がありましょう」
「……」
ミストナの目の下がピクリと痙攣した。
これがペレッタ流の、モルメス国流の説得方法なのかは知らないが、物凄く失礼なやり取りをされている気がする。だが、これは追い風だ。ツッコミは置いておく。
一人の兵士が痺れを切らしたように前へ出た。
二十代半ば、ガロンより少し年上の顔付きだ。兜の隙間から見える片眉は上がっており、唇を尖らし、首を捻る。
自分以外の他種族を上から見て小馬鹿にしているような、いけ好かない表情だ。
「俺は副隊長のチェスターだ。よろしくな。獣人ちゃん」
「ホワイトウッドの冒険者との会話は控えろ」
「固い事を言うなよガロン。ここまで関わったんだ。ダンジョンは道連れ。そうだろ」
「黙って指示に従え」
「こんな辛気臭い洞窟だ。女が多い方が花があって良いだろうよ。なぁ、皆もそう思うだろ?」
チェスターはガロンの肩をぽんぽんと叩き、ぼそぼそと耳元で何かを囁く。
それを聞いてガロンは「好きにしろ」と小声で答えた。
「ミストナちゃんと、えー、ベリルちゃんだったな」
「えぇ。宜しくね、チェスター」
「あたしの名前は覚えなくて良い。あたしもお前のクソみてーな口から吐き出た、クソみてーに臭ぇ息がかかった、クソみてーな
「ごめんなさいね。この子は空気を吸うたびに心が腐り果てていく悲しい流行り病にかかってるの。現在はホワイトウッドの
ミストナは両指を絡めて祈る。神ではなくダンジョンに。このバカの口が二度と開きませんようにと、心から。
「良いって良いって、生意気な女の方が俺は好きだ。愛しがいがある」
チェスターはベリルがスカートをたくし上げた時に一番鼻の下を伸ばしてた奴だ。ミストナと話しているにも関わらず、視線はベリルの谷間に釘付けだ。
不愉快だがこれは完全にベリルのメイド服が悪い。大きな胸が悪い。そう、デカい胸が全部悪い。
「俺達の国では亜人種は貴重でな。勝手に話しかければ罰則。手を繋いだだけでも極刑——運が悪けりゃ死刑だ」
「そうなの。堅苦しい世界なのね」
「だからこの機会にじっくり観察させて貰ってもいいか?」
「えぇ。見るだけならいくらでも構わないわ。私もあんた達の装備がカッコいいからじっくり見たいし」
「お前らー! 決定だ! ガロンの了承も得た事だし彼女達は今から俺らのパーティーに入る!」
(……は? 私はペレッタだけをパーティーに誘ったのよ。それなのにあんた達のパーティーメンバーに逆加入ですって? 今すぐ鼻を三回へし折ってやろうかしら)
震え出した右手を左手で
「因みになんだけどよ」
「どうしたの?」
「こっちに近付いてくるあの綺麗な狐耳の姉ちゃん。あの服の中は人間と近いのか?」
「……ツバキね」
さっき紹介したでしょ。と、ミストナは呆れた眼差しでチェスターを見る。
「そうそう! ツバキちゃん! ベリルちゃんもいやら……美人だけど、俺はあっちのデカい方がタイプだ。で、どうなんだ? 体は毛むくじゃらなのか?」
「ツバキもラビィも見えない部分は殆ど
面倒なので聞かれる前に言っておく。
「うちと違って話の分かる隊長さんだ。ちっちゃいのに」
「……あとツバキには間違っても『デカい』なんて言わないでね。礼儀正しく接して。普段は優しいけど、間違って狐の尾を踏んだら殺されるわよ。私の虎の尾なんかじゃ済まないから」
「ほぅー、ご忠告ありがとよ。ツバキちゃんは物静かに見えて勝ち気な性格なのか。おー怖い怖い」
言いながらも、チェスターの顔は真反対だ。好物を見つけたように鼻の穴を広げて、気持ち悪い笑みを浮かべている。
「じゃあ最深部まで仲良くしようじゃねぇか。ちっちゃなリーダーちゃん」
「……えぇ」
小さい小さいと連呼され
狼女への仕返しは後で考えるとして、今はチェスターのキナ臭い言葉に注意しなければならない。
人気の無いダンジョン。少女の暗殺を目論む兵士達。ツバキとベリルの全身を舐めるように見定めるチェスターの目付き。
これだけの悪条件が揃ってデートの誘い文句だけというのなら、全力で謝った後に裸で逆立ちしながらホワイトウッドを一周したって良い。
まぁ、そんな甘ったるい展開にはならないだろう。頭の中で虎の唸る声が、うるさいくらいに聞こえているのだから。
(最深部まで、ね。その後はどうするつもりか簡単に想像がつくわ……
隊長ガロン。副隊長チェスター。次期王女ペレッタ率いるモルメス国の視察団——十一人。
ミストナ、ベリル、ツバキ、ラビィ率いるチーム“星屑の使者”——四人。
それぞれの思惑を胸に。一行はダンジョンの最深部を目指す。
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