迷惑な訪問者2
「その異界名はモルメス国と言います。亜人も存在していますが
「異界ってどこもそんな感じよね」
鹿野の説明と同時に、写真資料がテーブルの上に浮かび上がった。
人々の営みの様子。この街でも見かけたことのあるような住居や施設。肉料理からカラフルな果物等々。どれも似たり寄ったりだったが、この街と大きく異なる点をミストナは見つけた。
節々に見える材質の多くに『
(生産系の魔術がダンジョンクリアの恩恵なのかしら。腕の良い鍛治師が多そうね)
「ホワイトウッドとゲートが繋がったのは二週間前。モルメスの国王はこちらに対して好意を示してくれました。友好関係を築く為に大型飛竜を使いに出し、物資等のやりとりをしていたのですが……その王は一週間前に亡くなりました。貴族達の反乱によって。今はその貴族の代表者と連絡を取り合っています」
「ちょっと待った! どこかで聞いた事がある国名だと思ってたら、モルメス国ってあの墜落した飛竜が運搬していた所じゃない」
「えぇ。その通りです。
「うーん」
ミストナは
過去の犯罪履歴を調べても
「話を戻します。モルメス王は血筋を残していませんでした。残していないはずでした。ですが、世間から隔離していた隠し子がいたようで。そのお姫様が……明日ホワイトウッドのダンジョンを視察されます」
浮かびあがった映像の女の子に目を向ける。
このどこか寂しそうな表情は幽閉されるように育った証だった。
「お姫様……ね」
言葉に余韻を残しながら、ミストナは口を固く結ぶ。
「何事も無ければ正式に王の座に就任するらしいので、今は次期王女様と呼んだ方が相応しいですね」
「そう。別に良いじゃない。偉人ならダンジョンの活性化にも期待出来るし。まさか護衛しろとか?」
「ご名答です」
「どうして? 次期王女だったらその国の強い護衛が付いて回るでしょ。あっちの大方の種族は
種族差別は異界だけに留まった話ではない。亜人溢れるこの街でも排他的な一面はある。ホワイトウッドにおける種族の人口比率は、
ミストナ自身も心無い言葉の一つや二つ投げ掛けられた事はある。その度に鉄甲が赤や青。時には七色に染まったりもした。
「その護衛が……問題なのです」
「まさかっ!?」
「次期王女は——ダンジョンの中で、仲間の兵士達によって殺されます」
「なんですって!!」
思わず身を乗り出した。
テーブルに足の
「貴族達は王の血筋を根絶やし完全に国を奪い取るつもりです。これは独裁と言われた前王の世代交代を求めた生易しい反乱でありません。政権交代を求める貴族の革命でした。そして——ペレッタさんは全てを知っています。知っていて、彼女は処刑されるつもりなんです」
「……」
「ミストナさん。どうかお考えを」
返事をする前に、改めてまとめられた資料に食いつく。
同時期に異界の核であるダンジョンも不安定になった。より良い冒険者達のエネルギーを求める為。異界はゲートを出現させホワイトウッドに定着させる。
ペレッタは王の座に着く前に国民へのアピールを示さなければならない。その一環としてホワイトウッドへの
そこが——処刑台だと分かっていて。
「一つ聞くわ。異界の政治に首を突っ込むなんて鹿野らしくないんじゃない? 大金を積まれても眉一つ動かさないタイプの人種でしょ」
鹿野は困り眉を更に下げて、ランチボックスから取り出したクッキーを摘んだ。
「ミストナさんも食べますか?」
「遠慮しておくわ。もう牙も磨いて、研いだ後だし」
こう言った異界の揉め事はよくある話だ。
自分達の力量を過信した勘違い異世界住人が、こっちの世界を一方的に利用したり。あるいは侵略を企てるのは。
——このホワイトウッドという、特殊な街の歴史を良く調べずに。
「貴族の反乱。王の暗殺。血族の淘汰。そこまでは異界の内政事情。モルメス国のダンジョンに自由に入る事が出来るなら、こちら側は何も問題はありません。むしろアニマルビジョンやギルド本部は異界民事不介入を貫かなければならない立場なのですが……」
「見えた、ってことね」
「はい。このままだと、本来ホワイトウッドに流れ来るはずだった異界の方々が激減する恐れがあります」
鹿野クリフォネアの
その本は他人に見える事は無いので、確認の使用がないけれど。
「今も未来詩っていう魔術を発動してるのよね?」
「えぇ。目の前に浮かべています」
「なら、次に私が言う言葉が分かる?」
強く。ひたすらに強く『今すぐ死ぬほど帰って欲しい』と念じ、口に出そうとした瞬間——
「ミストナさんが引き受けてくれるまで死にませんし帰りません! ね! フェルニールさん!」
「鹿野様の為なら何年でも居座り続ける覚悟。すぐにでもパーティーメンバー全員分の家具の手配をここに」
「それだけはやめろ」
こう来るのだ。唐突に試したにも関わらず脅威の精度。もはや鹿野の未来予知は疑いようが無い。
「ていうか、なんで私達なのよ。他のアニマルビジョンの隊員を使えば? もしくはギルドの上位パーティーに依頼するとか」
「未来とは“選んだ道を真っ直ぐ進めば、最短最良の結末に辿り着く”という確定的な事象だけで成り立ってはいないのです。不規則に変動する不確定未来というものがあります。今回の場合は飛竜が墜落した事をきっかけにガラリと後者に変わってしまいました。ミッション達成率をあらゆる角度から占った結果、他の隊員だと成功率は一割ほど。しかしミストナさん達では三割以上に跳ね上がります」
「それでも三割なのね」
尻尾の先を弄りながらミストナはボヤく。
「そしてアニマルビジョンにとって最大のメリットは問題の姫君——ペレッタさんを冒険者として生かす事です。彼女は冒険者としての素晴らしい才能が溢れています。これから遠くない未来でホワイトウッドに定着した数々のダンジョン内にて活躍をしてくれます。あくまで、生きる意志を持ってくれたらの話ですが……」
「あくまでダンジョン的な意味合い、でね」
「その為の
ダンジョンとは気高い探究心、大富豪の物欲、弱者の反骨精神、はたまた連続殺人者の快楽まで。冒険者達の欲望の強さに比例して活性化する。
血の一滴から消費した魔力や精神力。冒険者の全てを食らい、存在している。
これが『ダンジョンは生き物』や『ダンジョンは誰かの夢』と
鹿野はいつだってダンジョンの存続しか考えていない。副産物として冒険者を見ている悪癖を感じる。“ダンジョンの為のアニマルビジョン”と、“冒険者の為のギルド”。両者の決して埋まる事の無い温度差の正体は、この価値観の違いのせいだ。同じコップに入れた水と油。やがて鍋に入れられて一つの料理に見えたとしても本質的な部分で溶け合う事はない。
だからと言って冒険者を強制的にダンジョンに放り込み、殺し合いをさせれば活性化するというのは間違いだ。多少は色付くかも知れない。しかし純粋な探究心こそ、ダンジョンは最も輝く——らしい。人智を超えた別次元なので、あくまで噂の
どちらにせよだ。善意だろうが悪意だろうが人々が夢を見れる場所を守り、たった一人の
それなら結果オーライと言える訳で。
「今すぐ決めるのは難しいわ。だってお姫様がダンジョンに潜るのは明日でしょ。いくらなんでも急過ぎる。皆とも相談しないといけないし」
鹿野がランチボックスの奥をゴソゴソと探り、何かを掴んだ。テーブルの上。ミストナの方に向かって手を近づけ——幸福を示す金属音が二つ鳴る。
「金貨っ!?」
あまりの神々しさに、ミストナは目を強く
このボロ宿の全ての部屋をひっくり返して、何度上下に振っても出てこない代物だろう。
「ま、眩しすぎるっ」
「急な案件と言うことをこちらも重々承知しております。受けてくださるのなら前金として金貨を二枚。残りの八枚は成功報酬として——」
「やります! やらせて頂きます!」
食い気味に返答し金貨をひったくる。
その輝きを肌で感じ頭がとろけそうになった。この金貨一枚でパーティー一ヶ月分の食費が
「んっふっふー! これで飛んで行ったラビィの下着を買い直せるわ。いや、小さなステージを買ってレースのカーテンを付けて音楽もかけて夜の
それだけじゃない。この狭い宿からの引越し。スペアの防具。気になっていたが手が出せなかった古書。わがままな仲間達にだって贅沢させてあげられる。
ベリルにはいつだってギャンブル禁止令を出していた。だけどこれだけのあぶく銭があれば四人で少し遊ぶくらいは構わない。器量の大きさも大人の女性の嗜みだ。
真夜中の二時過ぎ。ミストナはソファの上に立ち上がり金貨を天に突き上げた。
「承諾ということですね。ありがとうございます」
鹿野は頬に手を当てながら目を細めた。
きっとこの鹿女にはこの未来が見えていた。掌の上で踊らされるのは
金貨一枚=銀貨百枚=銅貨千枚。
激安であるこの宿の値段は、一ヶ月で銀貨三枚(食事とお風呂は別。キッチンは一階で共有。トイレは有り)
平均的な四人パーティーの一週間分の食費も同じような値段だ。大食らいのツバキのせいで倍以上の食費がかかってはいるが。
ただ、このホワイトウッドは冒険者の街と
ラビィに持たせている一番安物の魔石も平均で銀貨四枚前後。ミストナ班からすればとても高価なものだ。
「受ける以上は頑張るけど、こっちにも条件があるわ」
ミストナは上下関係の一切を取っ払って、鹿野の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「なんでしょう?」
「私達の好きにやらせて」
「それはもちろん。アニマルビジョンとして獣のように存分に暴れて下さい」
「その方がダンジョンも活性化するしね」
「あくまで街の中ではなく、自動修復するダンジョンの中でお願いしますね。ミストナさん」
迷惑な真夜中の来訪者、鹿野とフェルニール。
彼女達は話がまとまるとすぐに
「……」
ミストナは三人が並ぶベッドにもぞもぞと入って、ぼぅと窓から差し込む消えそうな月明かりを見つめる。
「お姫様か」
何度も聞いたはずの言葉にチクチクと胸が痛んだ。痛みを気にすれば頭に不安が広がる。あまり考えないようにしていたつもりだったけど、身体は良く覚えているものだ。
「んんっ……」
爆睡する全裸のベリルが寝返りを打ち、顔が間近に迫った。どうやら掛け直したシーツがまたお気に召さなかったらしい。風邪を引かれても困るのでもう一度シーツを引っ張った。
「どこまであんたは全裸主義なのよ」
呆れるように言ってみるが、ベリルは眠りの中。
大きな灰色の尻尾をパタパタと遊ばせ、顔はどこか満足気。楽しい夢でも見ているようだ。
ベリルの趣味と言えばギャンブル、喧嘩、お酒。あるいはそれら全部を引っくるめたどんちゃん騒ぎ。ただそれは空想の世界であって、現実のベリルはスースーと寝息が聞こえているだけで大人しい。
「寝てる時だけね。美人に見えるのは」
ミストナは自分とは違う、大人びた表情をまじまじと見つめた。
(私も早く大きくなりたいな)
ツバキとベリルは同い年のはず。にも関わらず背は大きいし、女性としての象徴は申し分ない。
「なーにやってんだミストナ……飛竜なんか落として。バカじゃねーのか……」
モゴモゴと寝言を言ったベリルに、ミストナは目を丸くさせた。
「なっ!? それはあんたでしょ」
苦笑しながら、曝け出された豊かな胸の谷間にうずくまった。
引っ付いて眠る事で心身共に安らぎを得る事が出来る。群れ生活の名残りを利用した獣人特有の回復術だ。ベリルは昼間に散々暴れた。痛みを分かち合い癒してあげなくては。
(大丈夫。今は仲間が居る。不満も不安も全部吹き飛ばしてくれるバカな仲間達が)
正義とは何か。
その答えが——この先に待っているような気がした。
「明日は仕事よ。おやすみ、バカメイド」
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