メイド服を着た狼女

 ——ミストナが飛竜を引っこ抜く数十分前。


「ふざけんじゃねー!!」

 狼の獣人少女、レッド・ベリルは悪態をついた。汗が止まる事の無い湿度と、硫黄の匂いが立ち込める暗闇の中で。

 真っ赤な瞳を暗闇に光らせ、がっちり閉じた乳白色にゅうはくしょくおり——牙格子きばごうしを鉄パイプで力任せに殴りつける。

「なんであたしがに閉じ込められなきゃいけねーんだよ!」

 弾かれた鉄パイプを握り直し、やたら滅多にぶち当てる。それでも上顎が数ミリも動く気配は無い。

「この野郎……歯抜けドラゴンにしちまうぞ」

 片眉を怪訝けげんに上げ、物言わぬ檻に凄みを効かせる。トンと肩に担いだ鉄パイプ。そこに禍々しい血の色に似た魔力が集まり、揺らいだ。

 ——増幅。——増幅。——増幅。

 体内に蓄積された魔力を絞り出し、長年の相棒に伝えていく。

「あたしを本気にさせたらどうなっちまうか……身の程を知って後悔しろや! クソドラゴン!」

 ベリルは性悪な笑みを浮かべたまま、得物を頭上に振りかぶり…………ドロリと。

「あぁ? なんだ?」

 衝突寸前でピタリと止まった鉄パイプ。

 粘着質の高いオイルのような液体——よだれと火炎油が混ざった物——が、ベリルの欠けた犬耳に滴る。乱雑に広がった長い銀髪にも伝わり、戦闘仕様に改造されたメイド服ににじんでいく。

「おい! 染みが残ったらツバキにまた嫌味を言われるだろ! 何してくれんだよ!」

 と、天井に向かって文句を垂れた。

「……チッ」

 タイミングを外し、口腔内に飛散する魔力。

 興が削がれたベリルは、不機嫌に舌の上で胡座あぐらをかいた。

「ったく、状況はどうなってやがる」

 この飛竜は五番街のゲートから一番街のギルド本部に向かう運送屋だ。滞空時間が短かった事を考えれば、不時着した場所は想像につく。

(あたしが飲み込まれそうになって、すぐに喉奥で暴れてこいつを落とした。つーことは墜落地点はまだ五番街のどっかだ)

 ベリルは狼の尻尾をパタパタと振りながら、顎に手を置いた。

(あのクソデカい衝撃。で、この口が開かない事を考えれば……地中に埋まりやがったか。体全部、それとも長い首だけか。つーことは、どっちにしろ牙を砕いた所で固い岩盤にブチ当る)

 立ち上がり、苛立ちを込めて牙を殴る。

「けどよ、ここはホワイトウッドだ。亜種族が魔術をぶっ放す乱痴気騒ぎの街だろうが! 誰でも良いから早く救出しやがれっつーんだよ! 早くしてくれねーとこっちはに間に合わねーんだよ!」

 聞こえるはずの無い叫び声を出した後、ベリルの視界に微かな光が映った。発生源は飛竜の喉奥からだ。暗闇だったはずの口腔内にが広がっていく。

「やっべえぇぇーーっ!」

 吹き出る熱波に支配される空間。ベリルの白い肌がチリチリとひりついた。

「冗談じゃねぇぞ!!」

 手当たり次第にブヨブヨとした感触の喉を殴りつける。

 身体に伝わる飛竜がもがいているであろう振動。そんなものはベリルにとって関係が無かった。迫り来るから、生き残れるかどうかの瀬戸際だ。

「あっちぃぃぃいいい!!」

 襲ってきた炎の波を、片手で鉄パイプを回しながら直撃を拡散。同時に、魔力を全力で解放し相殺を図った。

「丸焼けになっちまうだろうが! あたしは食われるより食う方が好きなんだよ!」

 そりゃ誰だってそうだろ、と突っ込む者は誰もいない。ここは一人虚しい大型飛竜の口腔こうくう内。

 短かすぎるスカートの端切れを焦がしながら、ベリルは炎が収まるのを耐え忍んだ。

「くそったれ……」

 プスプスと身体中がすすまみれになった後。ベリルは犬耳と尻尾を動かして、正確な重力の向きを確かめた。

(喉の奥が上に続いてる。こうなったら飛竜の喉を通り抜けて、手頃な場所で土手っ腹に穴を開けるしかねーな)

 ベリルの戦闘職ジョブは棒術を得意とする超前衛職フルアタッカー。防御に秀でた重装備アーマーでは無い。

 本物の竜の火炎魔術を何度も正面から受ける事は難しい。辛うじて身を守れた魔力には限界というものがある。一日に生産される絶対量が決まっている。

 同じ炎の威力だとして、あと二回。最後の気力を掘り絞っても三回防ぐのが関の山だ。

 そう考えていた時、足元がぐらついた。

「——おっ?」

 今までにない振動にベリルの体が前歯の方へ引き寄せられる。方向からしてこの現象の正体は分かった。飛竜の頭が地上に向かって凄まじい力で移動している。

「ダーハッハッハッハッ! さすがはレッド・ベリル様だ。このあたしが呼べば、幸運の女神だって走ってベッドに飛んで来るってな!」

 ベリルが高笑いを止めぬうちに、大きな振動は終わった。

 メイド服にいくつかの細い光の直線が当たり、飛竜の牙の隙間から待ちに待った外界の日光が覗き込んだ。



「ちんたらしやがって。それでもこの街の住人か?」

 外からざわざわと小声が聞こえる。何やら揉めている様子だが、ベリルはあえて不満が聞こえるように大口を叩いた。

「ったくよー。この麗しの身体が黒焦げになったらどうするつもりだったんだ。発情期の野郎共が悲しむだろうが」

 牙の隙間が少しずつ開いていく。ちらりと見えた石畳の色からして予想通りの五番街。それも冒険者通りだ。

「たかが飛竜を引き抜くのに何時間かかってんだ。そんなに弱っちいならあたしが教育してやる。まずは前払いで金貨を用意……あぁ!?」

 そこまで言って、ベリルの顔が引きつった。

 目の前に映る飛竜の大口を開いた第一救出者。その者は慈愛に満ちた幸運の女神——ではなく、鬼人オーガのような表情でドス黒い怒りを前面に溢れ出した虎人の少女だった。

「よ、よぉミストナじゃねーか。四時間ぶりってとこか」

「……」

「買い物はどうだったんだ?」

「……」

「そういや、ラビィの初めての大人用下着を買うとか言ってな。どんなもんを買ったんだ? あたしが男受けするかどうか判定してやるよ。ほれ、出してみろ」

「……死ね」

 冷たく突き放すように告げられる死亡宣告。

 ベリルは目頭を押さえながら、この縞々少女の機嫌をどう取るか考えた。

(よりによってミストナが居やがるとは……幸運の女神はどこ行ったんだよ。一発やったら即逃げのビッチじゃねーか)

 ベリルはそろりと外の風景を伺う。

 まずは仁王立ちして腕を組むミストナ。この街に来て一ヶ月の新米冒険者ぺーぺー。現在は同じパーティーのリーダーをしているがペチャパイのくせに口うるさい。

 横に並んでいるのは幼馴染である着物姿のツバキ。呆れ顔で閉じた目をこちらへ向けており、いつもより背がデカい気がする。

 ツバキに肩車されおろおろと慌てているのはロリ兎のラビィ。ミストナの従者と名乗るとりあえず飯が美味い奴。

(毎朝毎晩、嫌でも顔を合わすこの三人がどうしてオフの日に揃ってやがんだ。暇人かお前らは。いや待てよ、もしかしたら…………この展開、ばっちり読めたかもな)

 これだけの大騒動を起こしたら知った顔も集まるというものだが、そんな考えは微塵も無い。

 ガラッと表情を変え、ベリルは偉そうに踏ん反り返った。

「お前らあたしが好き過ぎてストーカーしてたんだろ? モテる女は辛いぜ」

「……殺す」

 ミストナの右拳に危険色の魔力がこもった。

(違ったか。ワンチャンあったと思ったんだけどな。となると、やっぱ飛竜を落とした事に怒ってやがるのか。ほとぼりが冷めるまでどっかの異界に隠れるか? いやダメだ。どこに隠れようとデカ狐にはバレちまう。逃げたら最後……待ってるのは地獄の折檻。となると、ここは——全力の言い訳しかねぇ)

 ベリルは歪な笑顔を作りながら、なるべく穏やかに口を開いた。

「聞いてくれよミストナ。この飛竜の調子が悪そうだったから助けてやろうと思ったんだよ。そしたら飲み込まれそうになってな。いやぁ、大変だったなぁ」

「……」

 ミストナは喋らなかった。むしろさらに魔力が膨れ上がった気がする。

(ミストナを陥落させたらこの場は収ると思ったが……しゃーねー。デカ狐に切り替えるか)

 ベリルはツバキの方に向き直し、

「そしたら暴走して撃墜……いや、で墜落するとはあたしも運がねーよなぁ。でもよ、結果的にこの広い冒険者通りに落ちてラッキーだった。そう思うだろ? ツバキ?」

 しどろもどろしながら丸め込もうとする。

「幸運という言葉は、建物を十棟ほど半壊させた時に使う言葉なのですか?」

 ツバキは辺りを見回して、怪訝な表情で肩をすくめた。

(ツバキもダメか。こうなったら……パーティー唯一の良心、ラビィに賭けるしかねぇ!)

「なんつーかさぁ、仲良いよなあたし達。朝起きてバラバラに出掛けたのに、こうやって昼には顔を揃えるんだから。なぁラビィ」

 吹けよ追い風! 起これよ奇跡! 藁をも掴む思いでベリルは最期の突破口に挑んだ。

「ベリルさん、大丈夫です?」

「——っ!?」

 そこにはいつもと変わらない、笑顔の眩しいラビィがいた。

「さすがロリっ子担当のラビィだぜ!」

「ロ、ロリッ子? です?」

 ミストナがラビィに甘々なのは明白。ここから有る事無い事を絡めていけば、どうにか虎と狐の機嫌を直す事が出来るはずだ。

「いやー聞いてくれよ。実は今日、四番街にある異界のカジノで大イベントがあるのを忘れててよ。思い出したのが昼前だ」

「カジノ……です」

「歩いて向かってたら日が暮れちまう。そこで名案が浮かんだ。飛竜に飛び乗れば移動も楽チンほいほいってな」

「ギルド本部と契約してる飛竜を、許可なく利用するのは違法のはずです……」

「細けー事は良いんだよ。それで——」

 ふっ。とミストナが口を挟むように片手を上げた。

「ラビィ」

「は、はいです!」

「ゴミとは喋らなくて良いわ。それより燃えるゴミの日って明日だったわね?」

「その通りです」

「ちょうど良かったわ。すぐに狼のゴミが出せて」

「ちょっと待て! そりゃあたしの事か!」

 身を乗り出したベリルに対し、ミストナは牙の間に飛び乗って胸ぐらを掴みあげた。

「他に誰がいるって言うのよ! このゴミクズバカメイド! あんたが飛竜を落としたんでしょ!」

「マジで飛竜の様子がおかしかったんだって! それは本当だ、嘘じゃねーよ!」

「だとしても、こんな大騒動を起こす戦闘行為を認めてない!」

「緊急事態だったんだよ! こっちは食われかけたんだぞ!」

「そのまま消化されて、デロデロのドロドロになったら良かったのよ。ツバキ、飛竜の口を締めてちょうだい。そして結界で厳重に塞いで」

「おい!?」

 ベリルの身体がブンと、喉奥に放り投げられた。

「承知致しました」

 即座に視界が闇に閉ざされる。

「待て、てめーらっ!? 出せ! 出せコラァ!!」

 例え地上に出たとしても、ベリルが牙格子の中から出る事は許されなかった。



 ◇◆◇◆◇◆



 牙の隙間からベリルの喚き声が漏れている。聞きながら、ミストナはがくりと肩を落とした。

「まさかベリルが大型飛竜を落とすなんて……」

 頭を抱えるミストナからは生気が消えている。これから駆けつけてくるギルドの職員にバレたら多額の請求。最悪の場合ベリルはまた牢獄送りだ。

「全く。ベリルには困ったものですね」

 目を瞑ったままで表情は読み取りづらいが、ツバキの口調はいささか軽々しくも感じる。

「あんた本当にそう思ってるの? 心なしか楽しそうな顔に見えるけど」

「申し訳ありません。呆れた気持ちが半分。そして、飛竜を落とすほど逞しく育ってくれた気持ちが半分ほど」

「あんたはベリルに甘すぎるのよ。ベリルに前科がいくつ付いてるか知ってて言ってんの」

「一、二、三……四回かと」

 ツバキは顔を背けながら言った。

「十二回よ!」

 ミストナは拳を振り上げながら叫んだ。

 狼人の少女、レッド・ベリル。パーティー随一の問題児。過去の素行を少し調べた結果、こいつは度々の大騒ぎを起こしていた。乱闘を仲裁させるはずが、本人が一番暴れまわってギルド支部の建物を次々と崩壊させた事もある。

 良く言えば豪快で破天荒な性格。悪く言えば大雑把で乱暴者。一部の界隈で付いた通り名がのレッド・ベリルだった。

 それでも今まで牢屋に放り込まれる程度で済んでいるのは、曲がりなりにも高額賞金首を捕まえたという実績がある為だ。簡単に言ってしまえば並みの冒険者より、戦闘力が抜き出ている。今回の場合だって飛竜の口の中に入って暴れ回るなど一般冒険者なら死に直結する事態だ。

「そろそろ重罪に問われてもおかしくないんだからね。本当に……死刑になったらどうするのよ」

 ミストナは不安そうな顔をして、尻尾を丸める。

「そうなった場合はミストナが守ってくれると信じています」

「……無茶な事を言ってくれちゃって」

「貴女はわたくしが認めた唯一の指導者りーだーですから。絶対にミストナはベリルを見捨てません」

「仲間だし……それはそうだけど……」

「でしたら何を不安がる事があるのでしょうか」

「それとこれとは状況が違うでしょ! 揉め事が起こってから対処するんじゃなくて未然に防ぐの! 本当あんた達って常識はずれというか、イカレてるというか。ぶっ飛び過ぎなのよ」

 肩を竦めながらもミストナの尻尾は揺れ動いていた。

 どんな時でも仲間から信頼されるのは嬉しいものだ。

「あぅ……」

 ツバキの肩からヨジヨジと降りたラビィが、心配そうに牙に垂れ耳を当てた。

「ミストナさん、ベリルさんが少し可哀想そうです」

『ラビィ〜早く助けてくれよ〜。次に焼かれたら骨だけのアンデッドになっちまうよ〜』

「あわわわ! 大変です! 大変です!」

「狼女の声に耳を貸しちゃダメよ。それに死んだら死んだで平和になって良いじゃない」

 優しいラビィを引き離し、ベリルにはまだお仕置きを受けてもらう。

「ベリルは飛竜の炎などで死ぬような鍛え方をしていません。もっと酷い炎を三日三晩浴びせ続けた事もありますから」

 ツバキが嬉しそうに言った。

『ふざけんな。あの時の拷問をあたしはまだ忘れてねーからな』

「拷問ではありません。修行です」

『強制的に柱に括り付けて、炎をぶっかける事を拷問って言うんだよ!』

 ベリルの恨み節に、ツバキはクスリと笑って応えた。

「あんた達ってよくこの街で生活してこれたわね……不思議で仕方ないんだけど」

 狐と狼が幼馴染だという身の上話を、軽くではあるが知っている。

 ミストナは一ヶ月前にこの街に来て、すぐにこの二人と出会い、パーティーを組んだ。そして今では一緒に同じ屋根の下で暮らしている。

 ツバキとベリルの上下関係はツバキの方が上だろう。姉役というか、なにかとベリルの世話を焼いている節がある。ベリルが着ているメイド服だってツバキの手編みの品だ。

(私とラビィの関係と同じようなものかしらね)

 考えながら、涙を浮かべ始めたラビィの頭を撫でる。

「仕方ないわね」

 ミストナが渋々といった表情で飛竜の口を開け、ベリルを外に引きずり出した。

「ほらバカメイド。優しくて可愛いラビィに感謝しなさいよ」

 ブスッとした表情で地面に立つベリル。

 小柄なミストナとは対照的に、バカみたいに短いスカートからすらりと白く艶かしい足が伸びている。ツバキほど大きくないがそれでも百八十センチはある。

 開いた胸元からは豊満な胸の谷間が覗き、動き易さというより脱ぎ易さ重視の戦闘メイド装備服。異性の視線をわざと集めているとしか思えない、いやらしい恰好をしている。

 右の犬耳の先端が欠けているが、灰色の尻尾と共に大きく立派だ。新鮮な血を浴びたように赤い瞳。大きな口からは鋭い犬歯けんしが見え隠れ。はっきりとした目鼻立ち故に、口を一ミリも開かなければ女前と呼べる顔をしている。

 まぁ……その全てはベトベトのすすまみれで、見るに耐えない汚らしい姿だが。

「けっ。この薄情者共め。あたしを殺す気か」

「殺す気だったのはあんたでしょーが。飛竜が私に直撃してたらどうするつもりだったのよ。真横に落ちたのよ。真横に。信じらんない」

「そんなもん避けれねー奴が悪いんだよ——おぐっ!?」

 間髪入れずにベリルの腹に飛び蹴りをお見舞いした。狼女は呻き声を上げながら、くの字の体制のまま地面を二回ほど盛大に跳ねた。

「ふん。これは旅立ったラビィのブラとパンツのかたきよ」

 やっぱり助けるんじゃ無かったかも知れないと、ミストナはだらりと尻尾を下げた。

「で、何したらこんな大きな飛竜を突き落とす事態になるって言うのよ」

 ベリルは身震いしてヨダレと燃えカスをまき散らした後、面倒くさそうに口を開いた。

「だから言っただろ。四番街のカジノがある異界まで、歩いて行くのがダルかったから飛び乗っただけだ。そうしたら、飛竜コイツが急に暴れだしたんだよ」

 真っ昼間から如何わしい場所に出向く事自体が不健全。しかもベリルには留守を命じてあった。その事は本拠地ホームに帰ってから怒るとして、

「で?」

「ちょっとぶん殴って落ち着かせてやろうと思ったら、あたしを咥えて上昇しやがったんだ。ムカつくから口の中に入って牙の一本でも抜いて売り捌いてやろうと思ってな。知ってたか? こいつらの牙は欠片でも闇市で高く売れるんだよ。へへっ」

 前言撤回。やはりこのバカメイドには例え休みの日であろうとも、首輪を付けておかないといけなかった。

「死ね! いや、殺す! この開いた地面の大穴にあんただけ戻りなさい! すぐに埋めてあげるから!」

「嫌に決まってるだろ!」

「私はね、こういう“伝説の剣を抜く”的なイベントがあるダンジョンに来週行く計画してたのよ! 楽しみにしてたのに!」

 と、どこかのダンジョンの最終試練を思い出しながらミストナは地団駄を踏む。

「ミストナ。仮にですが、ベリルの言う話が本当でしたら街の密集した地区や真夜中に墜落していた可能性も。早期に異変を察し被害を抑えるために、この開けた冒険者通りに着地させた。そう取れるのでは?」

 見るに見かねたツバキが割って入る。劣勢のベリルに少しだけ助け舟を出したのだろう。

「もっと他の方法があったはずよ。ツバキが言ったのは結果論。たまたまの、偶然の、奇跡でしょ」

「その奇跡に免じてベリルを許してあげてください。空のように寛大で、海のように慈悲深い、許容の大きなミストナなら受け止められるはず」

「空のように……海のように……」

 ミストナの尻尾が激しく揺れ動く。

「さらにミストナは一等星のような光り輝く唯一無二の可愛さも誇っています」

「……んっふっふー。そうかしら? そんな事は言われるまでも無い事実で生まれる前から熟知していた世界の常識だけど? もぅ、しょうがないわね。ツバキの言う事を一理認めるわ」

「誠にありがとうございます」

 自信満々に腕を組み、ミストナは何度も頷く。

 家族仲間の失敗を許すというのもまたリーダーにとって必要な資質だと、同意出来る部分がある。決して、絶対に、煽てられたからとかではなく。

 当の張本人。ベリルは地べたにあぐらをかいて尻尾を明後日の方向に向けて不貞腐れている。その姿にまたイラっとしたが、幸い負傷者は見当たらない。

 ホワイトウッドに来て日の浅いミストナには信じられないが、この程度の事故などここでは日常茶飯事の部類に入る。

 三日前のゴーレム種率いる『地神外滅亡教』と、ハーピィ軍団が連なる裏組織SSS組『スカイスカルサクリファイス』の全面抗争。その時は巨石を精製し上空に次々と放り投げるゴーレムを、ハーピィはそこら中に竜巻を起こして迎え撃った。その時の被害を考えれば二十分の一程度。まだまだマシな気もしてきた。

「さて」

 ミストナは気を取り直して、飛竜の鼻筋に飛び乗った。

「飛竜の体調を確認しておかないと」

 額まで走り寄り大きな瞼をこじ開ける。

「——っ!」

 ミストナの表情が途端に曇った。

 気を失った飛竜の大きな瞳孔の奥底に、複雑な術式が描かれた六芒星の魔術陣が小さく浮かび上がっていた。陣はこの街の醜悪を混ぜ込んだように、怪しく黒く揺らめいている。

「“完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダー”の魔術陣……」

 ——現在、巷を賑わす冒険者の連続発狂事件があった。

 ギルドから発行された賞金ランクはA級。危険度、報酬ともに最上位にあたる高額賞金首ハイリスト

 その名付けられた総称を、ミストナはポツリと口にした。

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