夢を掴む腕

 長い首を地面に突っ込んだままの五十メートル級の大型飛竜。長く伸びる尻尾の真ん中辺り。

 大きな鱗の隙間に指を引っ掛けながら、ミストナは歯を食いしばる。

「こら! 助けてあげるから大人しくしなさいってば!」

 大木に押し倒されるような、はたまた激流に吸い寄せられるような。大きな力の波が右に左に押し寄せる。ミストナの気も知らず混乱を見せる飛竜がとんでもなく長い尻尾を揺さぶり続けている。

「んぎぎぎぎ!」

 そうはさせまいとミストナは右足で石畳を踏み砕き、地面との固定化を図った。

「ドラゴンさーん! 出てきて下さいですー!」

 ラビィもすぐ後ろに着いて、一生懸命に鱗を引っ張っている。

「うーん! うーんっ!」

 性格も体質も力仕事に不向きなラビィが役に立っているかと言われれば微妙な所。

 だがしかし。

「ラビィが見てるんだもの。カッコいい所を見せなくっちゃ!」

 轟々と闘志を燃やすミストナ。

 虎耳少女のやる気を最大限に引き出す効果を考えれば、ラビィの直向きな姿は非の打ち所がないほど完璧な援護。

「それに比べてあんた達と来たら……」

 じろりと続く後方を見据える。

 不満の矛先は先ほど力尽くでまとめあげた冒険者達。

 集まった人数は二十人ほど。同じように必死の形相で奮闘している。種族の割合は三分の一が人間ノーマル。次点でミストナと同じ獣の耳や尻尾が生えた獣人。その他は角が生えた魔族やエルフなど。角が生えた大型犬らしき魔獣も噛み付いて列に加わっている。

 最後尾には大衆屋台で見かけた四メートル級ゴーレムが尻尾の先を離すまいと、どっしりと構えていた。この街の人種比率の縮図に近い。

 発破はっぱをかける意味も込めて、ミストナは冒険者達にげきを飛ばす。

「あんた達もっと力を入れなさいよ。煮て焼いて腐ってもダンジョンの冒険者でしょ」

「どこのゾンビ料理だよ、猫娘」

 ミストナの尻尾の毛がゾワゾワと逆立つ。

 反論したのはラビィの後ろに居た強面のオーク種の男。外回り用と思われるスーツを着こなしているが、筋骨隆々な胸板や上腕のせいでピチピチに伸びていた。

「だれが猫ですって!? 私は虎よ!」

「変な柄の猫だろ」

「よく見なさいよ! 耳だって少し大きくて丸いし、尻尾も長めでしょ! 猫と一括りにしないでよ!」

「……同じじゃねーか」

 キィー! と小さな牙を見せながらミストナはオークを睨みつける。

 悲しい事にこの街の住人にはという生き物の存在があまり知られていない。理由は野生動物の個体数が極めて少ないからだ。圧倒的に魔獣の方が自然界では幅を利かせているため、管理された家畜以外の野生動物は人目のつかない山奥に集まっている。

 それでも過去の歴史を少し調べれば虎という動物を知る事も出来るのだが、獣や獣人の細かな特徴を他種族が覚える利点が無かった。

 場所によっては猫と犬の獣人の区別がつくだけで、酒場の一興として持てはやされるとかされないとか。

「この機会に覚えておきなさい! 黒と黄色の縞模様は由緒ある虎の証なの!」

 せっかくのアイデンティティが奪われてたまるかと、ミストナはふくれっ面で猛抗議をする。

「そんなことよりこっちはスーツがブチ破れてもいいくらいに身体強化の魔術を連発してる! だけど飛竜から流れてくる訳のわからねー魔力が干渉してすぐに解けちまうんだ! 一体どうなってんだよ!」

「あれれー? それはあんたのレベルが低いんじゃないのー? このの獣人であり、そしての獣人である、私には何も感じないけどー?」

 小バカにするような言い方でミストナは舌を出した。

「それはお前がろくな魔術も覚えらんねー、の獣人だからだろ」

「……なっ!」

 非の打ち所がない完璧な文句に、ミストナは面食らった。

 獣人は他の種族と大きく異なった特徴を持つ。それはダンジョンをクリアしても、報酬の一つである“魔術等の恩恵”を授かる事が出来ないという点。

 獣の血が絶対に拒絶してしまうのだ。

 様々な試練が訪れるダンジョンにおいて、このデメリットはあまりにも大きかった。真っ暗の洞窟で蝋燭のような火を起こす事も出来なければ、砂漠のようなフィールドで一滴の水すら産み出すことも出来ない。環境を打破するにはその場でどうにか調合、あるいは調達するか、魔術道具アイテムを使用するしか方法が無かった。

 戦闘能力以外は特筆すべき長所もなくギルドのパーティー募集では「獣人? 前衛職アタッカーは余ってるからいらないよ」と、門前払いを受ける事もしばしば。

 巷では残念系種族と呼ばれることもある。それ故にアニマルビジョンという組織の知名度は一般の冒険者にとって低いのかも知れない。

「と、とにかくもっと力を入れて引っ張ってよね! 人里を襲っていやらしい事ばっかりする、荒くれ者の血筋だって事を今ここに証明しなさい!」

「それはいつの時代の話だ。こっちは嫁と七人の子供を養うために毎日毎晩営業と冒険者の二足の草鞋わらじだっての。つーかよ、そういうお前こそ力抜いてんじゃねーか?」

「そんな訳でないでしょ! 私はこの子のパンツが吹き飛んで行ったからレベルマーーーックスに決まってる!! 見て分かりなさいよ! 察しなさいよ! お願いだから返してよ!」

「パンツ? ズボンの事か? そんなに焦るって事は……ダンジョンのクリア報酬でもらった防具の一種か?」

「ふん。その辺で売ってるエッチィ下着よ」

「なんだそれは」

 短パンの裾がクイクイと引っ張られた。

 視線を下げると、飛竜の尻尾から完全に手を離したラビィが顔を真っ赤にしている。

「そ、その話は内緒にしてくださいですですっ!!」

 様々な人種の冒険者達が一団となり飛竜を助けまいと躍起やっきになる。格好もバラバラだ。剣士ソードマン重戦士アーマー。非力であろう魔術師ウィッチー神官プリーストまで参加を見せている。

 ミストナは改めて正面を向き直し、『にししっ』と笑った。

 ダンジョンと同じだと感じた。目標が重なれば種族の壁などいとも簡単に超えて仲良くなれる。そんな不思議な魔法が、この街にはたくさん詰まっている。

「よしっ。もう一度合わせて引っ張るわよ。せーーのぉぉおおおおおおおおっ!?」

 合図と同時に飛竜が大きく暴れだした。

 ミストナ含め、全員の足が地面から強制的に離され、大通りを右に左に振り回される。

「なんでこんなに暴れるの!? どうどう! 少しは話を聞きなさいよ!」

 ブンブンと宙を強制的に泳がされるミストナは、ガラス板のような鱗に顔をくっつけながら叫んだ。

 ギルド本部と契約している竜の知能は辺りに居る魔獣の比ではない。むしろ人間ノーマルを凌駕している種類も多く居ると聞く。そんな賢い飛竜が、たかがホワイトウッドの言語如きを理解出来ないはずがない。

(まだ声が通らない。墜落して気を取り戻すかと思ったけど、かなりの重症ね)

 どう対処すべきか思案するミストナの鼻先に、一呼吸で胃もたれを促すような異臭が掠めた。

「この匂いって……油!?」

 硫黄臭を含んだ硝煙の匂いも微かに混じっている。竜が腹の中で生成する火炎油の匂いだ。

「早くしないとやばいわ」

 ミストナの頬に冷や汗が滑り落ちる。

 それらの意味する所。即ち飛竜は地中で火球系統の魔術を準備し始めている事実。振動から察するにまだ暴発はしていないようだが、それも時間の問題だ。

(最悪の場合——混乱した飛竜がフルパワーで火炎球を打ったなら、行き場の無くした地面の中で爆発。この飛竜の頭が吹き飛びかねない。そして暴走した体内魔力に引火すれば……この辺りは火の海になる)

 思い立ったが即行動。

 鱗から手を離し、ミストナはくるりと地面に着地する。そして最高のスタートダッシュを決めるように、一直線に飛竜の横っ腹に向かって駆け出した。

「ミストナさん!」

「ちょっとだけこの子には静かになってもらうわ!」

 走りながらミストナは体内の魔力を圧縮し、拳に集中させる。危険色の蒸気が鉄甲に激しくまとわりついた。

「伊達にちっちゃい頃から、訓練を受けてた訳じゃないっつーの!」

 滑り込むように間合いに入ったミストナが、獣の如く襲いかかる。

 狙うは鱗が付いていない白い脇腹。分厚いゴムのような弾力を持った、竜種の中ではまだ柔らかい部位。攻撃が通りやすい急所の一つ。

(貫通しないように気をつけて——)

 インパクトの瞬間だけ、最大の威力を込めるように——拳を放つ!

『スパン!!!』

 高速で打たれた右ストレートは、風船を破裂されたような軽快な衝撃音を起こした。

 飛竜の大きな脇腹からすれば小さすぎる攻撃箇所。しかし小さな打撃の円は、瞬く間に腹全域に大きな波紋を起こす。撃ち抜くのではなく打ち広がる。

 地中から聞こえた飛竜の呻き声に目を細め、ミストナはもう一度拳を握り直した。

「流石に丈夫ね。もう少しだけ強めにいくわ」

 着地したミストナはより深く腰を落とし、拳闘士としての構えをとった。集中し、先より強力な魔力を拳に注ぎ込む。

 ミストナの戦闘職ジョブは拳闘士。

 流派は祖国の軍隊格闘技をベースに、虎の獣人としての個性を組み合わせたもの。柔軟で素早い動きから繰り出される攻撃は打撃系等の技に留まらず、関節技から寝技までお手の物だ。

 対人型だけを想定した武芸とは違い、変則的な魔獣から一定の魔術にも対応している。

 相手を確実に仕留める為なら牙と爪を刃物より尖らせて、切り裂く事も可能。ミストナの戦闘術は勝つ為だけに抜きん出ていない。生き抜く事に特化したに近い超実戦向けスタイル。

「これならどうよ!」

 飛び上がったミストナが膝蹴りを放つ。素早く宙にて切り返し、同じ箇所に岩をも砕く右ストレートを浴びせた。威力を確実に通すための連続打撃。

「——っ!?」

 じんと骨の芯に響く反動。ミストナは思わず鉄甲を見つめ直した。

(ここに来ての魔術ですって!?)

 飛竜の白かった脇腹が黒く厚く覆われていく。

 その見た目は表面に一切の角が見当たらない、なめらかで艶やかな漆黒の装甲。硬質化の魔術とは使用者の実力にも左右されるが、鍛え抜かれた鋼をも超す強度を皮膚の表面に展開する事が出来た。

 渾身の拳が弾き返された感触から察して、そうとうな強度だ。

(何のためにめちゃくちゃ固い鱗じゃない部分を狙ったと思ってるのよ!)

 飛竜の視覚は地面の中。加えて混乱もしているはず。

 しかし、ピンポイントで硬質化されたとなると、意思とは裏腹に発動する自動防御魔術が複合していると思われる。

「地面に頭を突っ込んだ相手に手も足も出ないって……笑えない冗談ね」

 汗を拭ったミストナは思案する。

(皮膚を硬質化する魔術って、どのダンジョンをクリアしたら貰えた恩恵だったかしら。かなり時間がかかるし、難易度もめちゃくちゃ高かった気がするけど)

 疑問を浮かべながらもミストナは攻撃の手を緩めない。早く気絶させて、そのうちに頭を引っこ抜く事が最優先事項だ。

『ズドドドドドドドドドドドドド!!』 と、拳と脚で連打の猛襲。飛竜の巨体はジリジリと後退するが、肝心の硬質化を打ち砕くまでには至らない。小さな亀裂が入る度に修復機能が働き、無かった事にされていく。

「はぁ!!!」

 いかりが突き刺さるような鋭い回し蹴り放った後、しなるにブーツが弾かれた。

「ちょっと!?」

 無闇に振りまわされた飛竜の尻尾の先が掠ったのだ。

 途端に重量を見失い上昇する身軽な身体。建物すら見下ろせる上空にて後ろを振り向くと、掴んでいたはずの冒険者達が同じように散り散りに吹き飛んでいた。

「……もう手段を選んでいられないわ」

 新たに集まりを見せ始めた群衆の片隅に着地。

 その中にいた大巨人、一つ目巨人サイクロプスの肩を借りミストナは中央に舞い戻る。

「来なさい! カイナ!!」

 走るミストナの両隣に虎の絵が描かれた魔術陣が現れた。すぐに陣は危険色虎縞の発光を示し——中から鉄製の大きな指が覗いた。

 約百五十センチ。ミストナと同じ大きさの、甲冑から腕だけを拝借したような巨大な鉄腕が二本現れた。

「これが私の固有魔術オリジナル両腕カイナ。正式名は空の落ちこぼれ星屑の腕

 ミストナが勢い良く両拳を打ち合せる。呼応して——ガギン!! と、頭上で二本のカイナが同じように鉄拳を合わせた。

 他の種族と違って獣の血が混じった者はダンジョンクリアで魔術関連の恩恵を受ける事が出来ない。しかし生まれ持った、たった一つの固有魔術を持っている。それがミストナの場合は召喚武器であり、それぞれが遠隔操作可能な巨大な鉄腕だった。

 宙に飛び上がったミストナがまだ硬質化の皮膚に届かない距離で、振りかぶった右腕を撃ち抜く。

「一発っ!」

 並走する右の鉄腕が、猛速度で飛竜の土手っ腹を殴りつける。激しい衝突音と火花を散らしながら弾かれるが、大きな亀裂が黒い装甲に走った。

「二発っ!!」

 左のストレート。

 同じ攻撃箇所に左の鉄腕が追撃し、硬質化した黒い装甲は卵の殻を潰したように大きな凹みを作った。

「そして最後は——この私よ!!」

 弾かれた左の鉄腕の影から、牙を剥き出しにしたミストナが目を光らせる。

 修復する前に! 膨大な危険色を伴った拳は流星をも掴みかねない速度で、真っ直ぐに二連撃を浴びせた箇所へ。

「行っけぇぇええええええーーーーっ!!」

 ——ドゴオォォォンンンンン!!

 修復が間に合わなかった装甲は砕け散り、辺りに飛散。

 連動して飛竜の胴体が大きく揺いだ。そのまま。膝をつき寝そべるように地に伏せる。

「どうよ!」

 華麗に着地を決めたミストナは、ドヤ顔をギャラリーに向けて腕を組んだ。

 目を開けずに待つ。これだけやったんだ。あって当然だ。虎耳を抑えたくなるほど多くの拍手が。うるさいくらいの賞賛の声が。

(んっふっふー。良いのよ。恥ずかしがらずにこの実力を認めてくれても。星屑の使者のリーダーであるこの私にかかれば、大型飛竜の一匹や二匹くらい朝飯前なんだから……真正面から戦ってないけど)

 黄色と黒の髪をさらりと撫でながら、ミストナは期待していた反応を待っていたのだが——。

(何よもったいぶっちゃって。早く歓声を浴びせ——)

「この猫娘! 飛竜を殺したぞ!!」

「なっ!?」

 全く予想していなかった言葉が返って来た。

 ミストナは大口を開けてキョロキョロと周りの様子を伺った。

「いくらなんでも可哀想だろ!」

「俺ちょっとギルドの奴らに通報してくる!」

 冒険者達からは続々と批難の声が飛んで来た。

「ちゃんと加減したわよ。ほら確認して! 死んでないってば!」

 飛竜に近付こうとしたミストナへ、

「あの獣人追い討ちをかける気だ! 取り押さえろ!」

 耳の側からブチブチと血管が切れる音が聞こえる。

「……いくらでもかかって来なさい。あんた達も飛竜と同じように埋めてあげる……ってそんなバカな事してる場合じゃない! つべこべ言ってないでさっさと飛竜を引っこ抜くわよ!」

 着火しかけた怒りの感情に、事態収束という冷水をぶっかけてクールダウン。

(今くだらない事を言った連中の前科を調べあげてやろうかしら)

「ん?」

 囲うギャラリーに一本の道が出来ているのが見える。

 特別な存在に怯えるように。または強者に道を譲るかのように。ざわざわとその道は広がっていく。

 中央を平然と歩き近付いてくる者は、豪奢な着物を羽織った狐人の女だった。

「大きな墜落音が聞こえたので何事かと見に来てみれば……ミストナとラビィではありませんか。一体何をしているのですか?」

「ツバキじゃない!」

 絶好のタイミングで現れたのはパーティーメンバーの一人、シチダイラ・ツバキ。

 長い金色こんじきの髪を搔き上げる身のこなし一つをとっても優雅な様であった。切れ長の目に真っ直ぐ通った鼻筋。それらが相まった表情は繊細かつ美麗で、凍てついた彫刻にさえ見間違える。

 日常生活の殆どを目を瞑って過ごしているが、それでも誰かにぶつかる事は無い不思議な感覚を持った少女。

 パーティーでは器用に立ち回りを見せる前衛&後衛オールラウンダーを担当。戦闘職ジョブ札術師ふだじゅつし

「リーダーが困ってる時に駆け付ける。さすがツバキね、ちょうど良かったわ」

 ゆっくりと近付いてくるツバキに対し、ミストナの視線はどんどんと上昇していく。

 ツバキの最大の特徴は手入れを欠かさない光沢を帯びた大きな尻尾でも無ければ、きらめきを放つ尖った狐耳でもない。

 大きな、大き過ぎる背丈だ。

 狐耳を換算しなくても二メートル。成人した男性獣人にも引けを取らない、女性の狐人には珍しいサイズ。

「ちょうど良いですか……なるほど。昼食はこの飛竜という訳ですね。シチダイラ家の名をかけて全て食べ切って見せましょう」

 そして、ド天然でもあった。

「そんなしょーもない事にわざわざ家名を賭けるな!」

「まさかっ! ミストナはわたくしに飢え死にしろと!?」

 絶望するツバキのお腹から『ぐぅ』と、大きな音が聞こえた。

「ほら、お腹のペコもこう言っております」

 まるで赤子を宿したようにツバキはお腹を慈しむ。

「ただの腹の虫を赤ちゃんみたいに言うんじゃないわよ。見て分かるでしょ、この飛竜はギルド本部と契約している。食べちゃダメ」

「ですが私は先ほど起きたばかりなので朝から何も食べていません。まずは朝食を食べて、すぐに昼食も食べなければ。あぁ、言ってるうちに晩御飯がきますね。食に預かり——食に終わる。誠に良い言葉でございます」

「一日を食べることにしか費やしてないじゃない!」

 それだけ食べる事に貪欲なツバキだが、着物の下は物凄く痩せていて、出るとこは羨ましいほどに出ている。

 きっと栄養分の全てが、背丈の成長に回っているんだと勝手に納得した。

「竜も蜥蜴も似たような生き物。尻尾ならばすぐに再生するのでは? この機会に一口だけでも——」

「全然違う! ダメ! 待て! お預け!」

「……誠に残念です」

 体格に似合わず、ツバキはシュンと項垂れた。

「それよりあんたも手伝ってよ。今がチャンスなの」

「私は力仕事には不向きでして」

「何の為にあんたの体はそんなにデカイのよ」

「デカっ!? 私は華奢な狐です!」

「どこがよ。前から思ってたけど、あんた本当に私と同じ十四歳なの? 年ごまかしてるんじゃないの?」

「同じでございます! 今すぐ訂正して下さいまし!」

「もぅわかったわかった。華奢な狐で良いわよ、大っきいけど。引っこ抜いたら油揚げでもなんでも好きなだけ食べて良いから手伝いなさい」

 その刹那。ツバキの金色の魔力が体面から迸った。動作を見せずに地を蹴り上げ、着物姿は真上へと。

 宙にてツバキはゆったりとした袖口に両手を入れ、いくつかの札を指の間に挟み取り出した。

「八枚札——籠鳥檻猿ろうちょうかんえん

 両腕を開く。同時に札が四方へと飛ぶ。

 半径三十メートル離れた場所で、それぞれ頂点の役割を持って札が固定。瞬く間に青白い障壁面が形成され、四角い簡易結界が出来上がる。飛竜も建物も冒険者も、一切を閉じ込める形で。

「ミストナ。先ほどの約束は守ってくださいまし」

 トンと着地したツバキに、

「いやいや。本気出しすぎ」

 ミストナは呆れた顔を向けた。

「皆の者!! ホワイトウッドの誇りに賭けてこの飛竜を救出するのです! それまでこの結界から一歩も出れないと知りなさい!」

「あんたねぇ……」

 それじゃあギルド職員も入れないだろうとミストナは肩を落とす。

 人の事を言えた義理じゃ無いけど、ツバキという女はたまに無茶をする事が多々ある。

 これは流石にやり過ぎだろうと注意しようした時——ぞろぞろと群衆が飛竜の尻尾の方へ集まりだした。

 ダウンさせて暴れなくなったからか。あるいはツバキの持つカリスマ性(軟禁状態)が、縮こまっていた冒険者達の琴線に触れたのか。

「ギルドの連中が来たら俺は即逃げるからな! それまでだからな!」

 文句を言いながら尻尾に整列する奴までいる。

「……あいつは後で調べて捕まえようかしら」

 述べ七十人に近い冒険者が新たに隊列に加わった。

(私が声をかけた時には出てこなかったのに。ツバキのスタイルが良いから? それとも可愛いより美人系の方がこの街では人気があるっていうの?)

 複雑な心境を飲み込みながらミストナも最前列に並んだ。

「死ぬ気で引っ張りなさいよ! 行くわよっ、せーーーーーのっ!!」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっーー!!」」」」」


 怒号とも置き換えれる咆哮と共に、冒険者達がドミノ倒しのように倒れた。

 まるで巨大な芋でも引き抜くかのように飛竜の長い首がすっぽりと地面から抜けたのだ。

 次々と尻餅を突きながら各々は歓声を上げる。

「やったわ! これで飛竜を助けれた!」

 虎耳と尻尾をピンと伸ばし、ミストナは喜びの拳を天に突き上げた。すぐに飛竜の頭部に駆け寄り、無事な事を確認する。

「良かった。まだ頭は爆発してない……ってことは」

 ミストナの尻尾がひょんひょんと左右に揺れた。

「んっふっふー。飛竜救出作戦の主な手柄は私達——星屑の使者って事になるわね! これってギルド本部からいくら貰えるのかしら!」

「報酬ですです?」

 駆け寄ったラビィがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「そうよ! 吹っ掛ける額次第では買い物し直してもお釣りがくるかも知れないわ!」

 ぐぅ。と、側に居たツバキの腹が鳴った。

「油揚げ以外にも……先ほど見かけた生きの良い人食いトマトなる新商品を、ペコが食してみたいと言っているのですが——」

「まっかせなさーい! 新鮮な人食いトマトだろうと、死亡ニンジンだろうと好きな食べ物を買ってあげる。今夜の晩御飯は豪華になるわよ」

「さすが我らの指導者りーだーでございます。聡明な判断に感謝してもしきれません」

「腕によりをかけるです!」

 意気込むラビィはミストナ班の料理長を担当している。丁寧に作られる料理は絶品だ。

 むむむっと献立を考えるラビィの脇を、ツバキはひょいっと抱えて肩車した。

「今夜は品数が多くなります。私も手伝いましょう」

「ツバキさん、ありがとうございますです」

「ろくな賞金が見つからなくて貧乏生活まっしぐらだったけど、これでようやくじゃがいも地獄から抜け出せるわね」

 一件落着。あとはギルド職員の到着を待ち事後処理を済ませるのみ——三人はそう思っていた。

『ちんたらしやがって。それでもこの街の住人か』

「……は?」

 平穏を遮るように、ミストナの虎耳が聞き慣れた声を拾った。方向はあろうことか、埋まっていた飛竜のからだ。

「ねぇツバキ」

「なんでしょうか?」

「もしかして……もしかしてだけどね。うちの狼メイドって本拠地ホームにいるわよね? 朝方ラビィと出掛ける前に、アイツにはキツく留守番しとくように言ったんだけど。ちゃんとお座りしてたわよね」

「はて? わたくしがさっき目を覚ました時には誰もりませんでした」

「じゃあ今、この飛竜の口の中から聞こえた声っていうのは……」

 ミストナが唖然としながら閉じられた牙を指差す。

『この麗しの身体が黒焦げになったらどうするつもりだったんだよ。発情期の野郎共が悲しむだろうが』

 牙の向こうでまた同じ声が聞こえる。空耳かも知れない、という一筋の願いすらも打ち砕かれた。

「おや、馬鹿ベリルの声が聞こえるようですが」

「う、嘘よ。信じない! じゃあ何? もしかして、もしかしなくても……飛竜を落とした原因ってベリルのせいな訳!?」

「まぁ、可能性は大かと」

 ツバキが顔を反らしながら苦笑いする。

「はああああああああ!?!?」

 ミストナの頭の中の景色が音を立てて砕け散った。「本格的なローストチキンを食べたのは何日ぶりかしら! すごく美味しいわ!」「ラビィ、サラダばっかりじゃなくてお肉もいっぱい食べなさい。将来は体も胸も大きくなって愛され乙女体系にならなきゃ」「ツバキも遠慮しないでどんどん食べて。胃袋の限界に挑戦したって今日は許すわ。なんて言っても臨時収入が入ったんだから」

 経済的に苦しいミストナ班に訪れるはずだった、ささやかな安らぎは妄想に終わった。

「あああああああ!!! このクソバカメイドがああああああああああーーっ!!」

 ミストナは閉ざされた牙の前で、ガシガシと頭を掻きむしった。

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