始まりはいつも騒がしい2

(私はラビィとチューしようと思ってただけ! それなのになんで豪速球の飛竜とチューしなきゃいけないわけ!? こんなの当たれば即死でしょ!)

 ピクピクと目の下を痙攣させるミストナは眼前の飛竜を前に動け出せずにいた。それもそのはず。正常な思考回路を遮断し、ミストナは瞳の奥で全く別の景色を見ていた。

 ——過去五年間に及ぶラビィのはにかんだ笑顔。はしゃぐ姿。恥ずかしがる仕草。

 ——街に来た当初に買い漁った健康器具(バストアップに関する魔術道具アイテムや飲み薬)に騙されるまぬけな自分。

 ——そしてこの街で出会い、現在は本拠地ホームで留守番している仲間の面白おかしい光景。

 大切な思い出から、どうでも良い雑念までもが、白馬に乗った自分自身と共に脳内を「あはは。あはははははーー」と駆け巡る。

 その中で。ポツンと一つの疑問が湧いて出た。

(そういえば……なぜ私はこの飛竜が迫って来た事に気付かなかったのかしら)

 これは同じように周りで突っ立っている多くの冒険者達にも言える事だ。目視で、音で、匂いで、本来ならばもっと早くに回避行動が取れたはずだろう。

 に姿形がに見えていたらの話だが。

(まさか……透過魔術+消音魔術+気配探知不可魔術で限りなく姿を消していた!? 確かに大型飛竜はデカいし、頭も良いし、カッコいいし!? どこかのダンジョンをクリアして得た隠密系統の魔術を覚えてても不思議じゃ無いでしょうけど!? でもその魔術をフル稼動させて落ちてくるなんて普通は有り得ない——って、そんな分析してる場合じゃ!!)

 ハッ! と我に帰ったミストナは急いでラビィの胴体を抱えた。すぐに下半身に全神経を集中させ——ありったけの脚力と魔力を爆発させるが如く、真横に跳躍した。

「おりゃああああああああああああーーっ!!」

 間一髪で直撃を交わしながら、ミストナの視界に竜の顔がはっきりと映った。普段なら悟りを開いたような飛竜の鋭い双眸そうぼう。いつもは透き通った瞳のはずがうつろで半開きとなり、牙の隙間からは大量の涎が糸を引いていた。

(意識の混濁? あの大型飛竜が?)

 そのまま。投擲された一本の槍のような超前傾姿勢で、飛竜は石畳と正面から激突した。

『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォーーーーーーンンンンン!!!』

 大砲が破裂したような轟音が虎耳の奥をつんざく。同時に浮いている状態であったミストナの体は紙屑のようにコントロールを失った。

「あっ、ああああああああああ!?!? ちょっと待ってよおおおぉぉーー!!」

 衝撃波で木っ端微塵に大破するウインドウのガラス。空に巻き上がるテントの布。吹き飛ぶ屋台達。崩れ落ちる周囲の建造物。

 それらは一塊の爆風となり爆煙となって、逃げ遅れた冒険者達を阿鼻叫喚の悲鳴ごと街中の至る所へ吹き飛ばした。


 開店からたった数時間で半壊した新店舗。

 綺麗に飾られた数々の商品は跡形も無い。ましてや通りに面していたウィンドウ壁面は綺麗さっぱり屋根の下敷きとなっていた。

 その中で、一際大きな瓦礫が動いた。

「……」

 無事だったミストナが、片手で瓦礫を持ち上げていた。

 二階建ての木造だから落下物が少なくて良かった——と、そんな事はこれっぽっちも考えていない様子だった。先ほどまでの無邪気な瞳とは打って変わり、死んだ魚のような目をしている。

「……」

 視線をあげる事もなく後方に瓦礫をぶん投げ、目の前のカウンターの上におもむろに立つ。辺りをゆっくり確認すると、行き場を無くしたつむじ風がまだ踊っている最中だった。——パシン。と、くしゃくしゃに成り果てた開店セールの広告紙がミストナの顔に虚しく張り付く。

「……くっ!」

 ミストナは顔を歪ませる。

 顔がはっきりと写るくらいにピカピカに磨いた胸当てや鉄甲は傷だらけ。おまけに短パンの中まで埃まみれになってしまったが、目立った外傷は一つも無い。無傷だ。

 しかし喜ぶことは無い。猫耳をお辞儀させ、尻尾を逆に丸め込み、この世の終わりを迎えたように顔を歪ませ続ける。

 パーティー内では指揮官リーダー&前衛職アタッカーをミストナは担当している。そして種族は機敏さが売りのネコ科の獣人。不用意に吹き飛ばされたとしても、尻尾と片手が自由なら空中でバランスを取り直す事も容易だった。運良く店のガラスウィンドウを突き抜け、床と固定してあったカウンターに片手をかける。すぐに脇に抱きかかえていたラビィをカウンター下のスペースに押し込み、自分も覆い被さった。

 これで崩落や飛来物からの二次災害からは逃れた。この程度のトラブルでミストナに外傷を負わせる事は出来ない。心の傷は全くの別問題として——。

「……無い」

 呟いた直後、プルプルと震えるラビィが這い出て来た。

「び、びっくりしましたです。でもミストナさんのお陰で助かりました、ありがとうござい——」

「……無いの」

「どうかしましたですか?」

「私の、可愛いラビィの、素敵なお洋服達が」

 ミストナは震える右手をゆっくりと広げる。そこには千切れた紙袋の紐しか握られていなかった。

 爆風をもろに食らった瞬間だった。夢と希望を守っていた紙袋の薄っぺらい防御力はいとも簡単に破れてしまい、中身が全て上空に舞い上がる。『ちょっと待ってよおおおぉぉーー!!』という叫びも虚しく。ミストナの手からヒラヒラと旅立ってしまったのだ。

「うっ……うぅぅ……せっかく、買ったのに……可愛い刺繍も入れて……ひぐっ」

 我慢していたミストナのまん丸な目から、涙がポタポタと落ちた。

 急いで探しに行くというのは? その解答には無謀という言葉が適切だ。小物を捜索するにしてはこの街は広大で複雑過ぎた。細かな裏路地含めて全ての道を捜索する頃には何ヶ月も経過している。それに五番街を飛び出て他の地区に行ったのならば、土地勘は皆無に等しい。

 では、落としたものが街の公安を担っているギルドに届く可能性は? 答えはゼロか、あるいはその少し上。

 拾得物など、この雑多な街の誰が届けるというのだ。それならギルドに頼んで『街に散らばったエッチな下着を探し出せ!』的な捜索ミッションを緊急依頼した方が遥かにマシだ。

 その場合は買った以上の支払いになってしまうが……。

 ミストナ班の現在の財政は尻尾に火が付いた状態。今回のラビィへのプレゼントだって個人的なヘソクリから絞りに絞ったお金だ。パーティー内の経費からちょろまかしたものではない。これ以上の無駄金は、逆さに吊るされても出す訳にいかなかった。

 詰んだ。詰んでしまったのだ。ミストナが楽しみにしていた今夜の『ラビィの過激な下着ショー!』は、今ここに完全消滅したのだ。

「……」

「また一緒に買いに行きますですから。ね? ミストナさん」

「……いやあああぁぁぁーーーっ!!」

「ふぇ!?」

 突然取り乱したミストナにラビィが目を瞬かせる。

「今日が良いの! ずっと楽しみにしてたの!!」

「お、落ち着いてくださいです」

「真っ赤な初ブラジャーを着て、モジモジと頬を染めるラビィの姿がぁあああーーっ! モジラビィがああああああ!!」

「モ、モジラビィ!?」

「着てる方が恥ずかしい紐みたいなパンツがーーーっ!」

「着てる方が恥ずかしいってどういう事です!?」

 初耳の言葉に、ラビィも同じように取り乱す。

「返してーーっ! 返しなさいよーーっ!」

「声が大きいです! しぃーです!」

「夜の着せ替えごっこ大作戦がーーっ!! 初夜があああああああああああーーーっ!! エッチ兎があああああああーー!!」

「あわわわ!! ミストナさーーーん!!」

 ミストナは瓦礫だらけの一帯で、人目もはばからず天に向かって泣き喚いた。そして思い直す。ここは亜人が自由に闊歩し、魔獣と魔術が飛び交う街【ホワイトウッド】だと。それ故に、飛竜が何らかの事情で落ちてきても全く不思議ではない。

 しかしだ。だからと言って買ったばかりの宝物を潔く諦められるほど、ミストナの乙女心は成熟しているはずもなく。

 ミストナは青い空に拳を突き上げながら、

「こんなのって、こんなのって理不尽過ぎるわよーーーーーっ!!」

 この街の雑多な部分を改めて再認識した。


 ◇◆◇◆◇◆


 超他種族街。または数多のダンジョンを保有する超巨大迷宮都市。などと、周りの国々から冷ややかな視線と、後ろ指を指されているのがこの【ホワイトウッド】という街だ。国という体裁は無く、独立街として成り立っている。

 この街が異常と騒がれる大きな理由は異界への入り口ゲートに原因があった。種類は大きく分けて二つある。

 一つが直接ダンジョンに繋がる【直行型ダンジョン】と呼ばれる別次元。

 もう一つが【異世界経由型ダンジョン】と呼ばれるものだ。

 この小さな異世界には人間ノーマル含む様々な亜人達が住んでおり、一つのダンジョンが根ざしている。そこから多くの異界の住人達がホワイトウッドを行き来している。逆も然り。

「許せない……」

 鉄甲の下地、はみ出た布切れの部分で目を擦ったミストナが巨大な飛竜にしかめ面を向ける。

 落ちてきた飛竜もどこかの異界からやって来た魔獣の一種だ。ホワイトウッドの大部分を仕切っているギルド本部と契約を交わし、暇な時はこうやって運送業を手伝っているのだろう。本職はきっとダンジョンの冒険者に違いない。

 ホワイトウッドは言わば経由点。魔獣問わず、この街に出向く大半の者達は冒険者なのだから。

 屈強である大型飛竜が場所も考えずに、隠密系の魔術を乱発しながら街中に落ちるなんて只事ではない。そんな舐め腐った病気なども聞いた事がないし、仮に新種の病気だったとすれば医学を極めてでも殲滅してやる。

 そうでないのなら『誰かの手によって落とされた』と考えるのがこの街では妥当な線だ。

「誰の仕業よ! 今すぐブラジャーとパンツを弁償しなさい!」 と、わめき散らしたものの実行犯が名乗り出てくる訳もなく。

「……はぁ」

 目の前に映るのは長い首を地面にすっぽりと埋めて、もがき苦しんでいる飛竜の姿が。

 ミストナは虎耳を掻きながら、

「正義って何かしらね。こんなめちゃくちゃな街で通すべき正しい行いって何かしら」

 自分自身に問う。

 所詮自分は十四歳の小娘だ。英雄なんて大それた者を目指す考えはない。だけど正しい事をすべきとは思っている。ただ種族が違えば食べる物も寝る場所も違う。価値観が違い過ぎるのだ。

 それは周囲の崩壊した建物を見ても分かる。

 高級そうな商業施設が詰まっていたであろうコンクリート製の高層ビルもあれば、一本の巨大すぎる大木のど真ん中をくり抜いた弓使いアーチャー専門店だってある。誰がどの素材で作ったか皆目見当のつかない、半透明でゼリー状のかまくら式カフェも。

 色も素材も外観の統一感などは全くの無視。異界と交わり過ぎたこの街は良く言って自由で独創的。悪く言えばしっちゃかめっちゃかだ。

 何が大切で、誰が誰を好きで、何を考えているかなんてわかる訳がない。

 これは種族が同じであっても言える事。仲が良くても腹の中では正反対の事を思いながら、舌を出しているなんて良く聞く話だ。では、この街で本当の正義とはなにか。

 機械のように法律を遵守する事が正義か。

 他人に迷惑をかけない事が正義か。

 同種族だけを守るのが正義なのか。

 大多数の意見を聞く事が正義なのか。

 ミストナはこれらが最善の答えじゃない事を知っている。暴力でしか解決出来ない事件があった。一方的な権力を駆使しなければ止められない事態というものがあった。綺麗事だけで生きれるほど人生とは整った道ではないのだ。上がっては下り曲りくねる激しい茨の道。落とし穴のような裏切り、槍の雨のような唐突な事故だって身近に潜んでいる。

 どう考えても、ミストナには正解が分からない。

 分からないから歩き続け、ラビィと共にこの街に辿り着いた。そして今もその答えを探し続けている。

 正義とは——。

「うーん。今回のケースはどう対応すればいいのかしら」

 腕を組み、右に左に尻尾を振って考える。

(買い物を邪魔した礼に、この飛竜を解体業者に連れて行くってのはどうかしら。少しはお金が戻ってくるかも)

 頭を逆に捻り、

(そうね。まずは服代を弁償させる為に、この飛竜と契約しているギルド本部に抗議しに行くっていうのは? 街の滞在歴が短いからって、新人冒険者ルーキーって決めつけるあの連中。前から気に食わなかったのよね)

 しかし、どちらの行動を考えてもミストナの身体が動く事は無かった。

(正義が何かはまだ知らない。だけど私には信念と置き換えても良い理想像がある)

 古い絵本。『冒険者の流儀』という絵本に書いてある勇者の姿だ。いつも前向きで、仲間を信じていて、弱者を見捨てない。いつの時代でも言い伝えられているような優しい主人公像。

 夢物語の背中を追いかけて、ミストナはこの街に立っている。だから心のままに、獣の本能に従い——動き出す。

「ラビィ、私はこの飛竜を助けるわ。ギルド職員が駆け付けるまで間に合わないかもしれないから」

「ミストナさんならそう言うと思ってましたです! 協力しますです!」

「ありがとう。ラビィは埋もれたり、大怪我した人が居ないか確認してあげて。この街の住人は寝ても覚めても冒険者ばっかりだから大丈夫だとは思うけど」

 ラビィの背中を見送って、ミストナは伏せ状態の飛竜の背中に飛び乗った。背中には輸送用の鉄籠が括り付けられている。その鉄柵——つまり天辺に立ち、腕を組む。

 上から見ると辺りの状況が分かりやすい。

 周辺の建物は全て半壊したと思っていたらそうでも無かった。街の地脈に備え付けられた防御系統の魔術。半透明の防御壁シールドが素早く作動した建物は以前と変わらない姿を残している。

 眼下を一瞥すると、事態が読み込めず辺りをいまだに警戒している冒険者達がちらほらといた。落下地点の近場にも関わらず、地に伏している者は誰もいない。

(ほらね。ここの住人は、この街は強いのよ。こんなそよ風程度じゃ何度でも立ち上がるわ)

 ミストナはにやりと笑った。

 ここは冒険者の巣食う場所だ。魔術で、体術で各々はうまく対処したのだろう。

 そう言えば爆風で空高く吹き飛ばされた者達はどうなったのだろうか。泣き喚いていた人達が大勢居た気もするが……た、多分大丈夫ね。と、あやふやながら納得する。

 そしてミストナは、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「すぅーーー…………聞けえええええぇぇぇぇ!!!」

 大気を震わす大声をもって吠える。

 地上で目を白黒させる冒険者達が一斉にミストナを見上げた。

「ギルドの職員が駆け付けるまで、“アニマルビジョン”所属、パーティー名:“星屑の使者”がこの場を取り仕切る!」

 誇らしげにポケットから取り出したブローチ。そこに刻まれた爪と牙の紋章を見せ付けながら言った。

「ふふん。あんた達これ見て分かるでしょ? 分かったら協力してもらうわよ」

「アニマルビジョン? 星屑? そんな名前知るかよ! 早くギルド職員を呼んでこいや!」

「つーか、アニマルビジョンってなんだよ! それよりこの飛竜は何で落ちてきたんだよ! お前の仕業か!」

「……え?」

 群衆から浴びせられる有る事無い事が入り混じった野次。

 ミストナは目をパチパチとさせながら、手に持ったブローチを何度も見直した。

「結成して約一ヶ月。私達のパーティー名が知られてない事は分かるわ。だけどアニマルビジョンが知られてないってどういうことよ!」

 ミストナは効力の無さを呪い、鉄柵に向かって地団駄を踏む。これが仮にギルド本部の立派な紋章だったら野次は無かったはずだ。

 咳払いを一つ置いて。

「いいわ。知らないなら教えてあげる。アニマルビジョンっていうのはホワイトウッドに認可されたダンジョン専門の組織よ。初陣、攻略、クリア報酬、地質調査、難易度の制定、ギミック対応、中に潜む幻獣の生態調査。そして“ルールを破った冒険者達悪党”の狩りもする。ギルド本部も同じような事をやってるけど、あっちは冒険者だけを考えて動く組織。ダンジョンを見据えて動く私達とは根本的に立ち位置や目線が違うの。その中で私達は“賞金稼ぎ”専門のパーティーをしてる。個人の依頼からギルドの任務ミッションまで、賞金が出れば何でもこなすパーティーよ。そして同時に——ギルド本部の連中と同じように、街の治安維持活動に首を突っ込む権限がある!」

 長台詞を言い切った直後、ミストナは後ろを向いて大きな溜め息を吐き出した。

(ギルドギルドと連呼して……これじゃあまるで他人の威を借りる虎じゃない! これも全部アニマルビジョンの宣伝不足のせいよ!)

 意味の無かったブローチを乱暴に仕舞い、ミストナは再び顔付きを変えた。

「さぁ勇敢な冒険者達よ! この飛竜を助けたいと思う優しき冒険者達よ! 私達アニマルビジョンに力を貸しなさい!」

 眼下に集まった数十人は顔を見合わせる。そして不思議と薄ら笑みを浮かべた。

「これ見ろよ。この怪我が無かったら手伝ったんだけどよぉ。へへへ、腕が痛くて上がらねぇんだ」

 一人の剣士装備の男が指差した左腕。注意深く見ると僅かな擦り傷が伺えた。到底、気にするほどのレベルとは思えない。

「……はぁ?」

 ミストナの額の血管が膨れ上がり、ヒクついた。

「俺もだ。突き指——いや、これは指が折れちまってるな。残念残念、怪我さえして無けりゃな」

 隣にいた男も同じような事を言い大笑い始めた。

 ミストナがまだ少女だからか。それとも唐突に仕切り出した生意気さが鼻に付くのか。あるいは全てが気に入らないのか。取り巻きの数十人も同じようなものだ。口を開く事も無くやりとりを伺っている。

「すぐに引っこ抜かなきゃ死んじゃうかもしれないっていうのに……分かった。傷を治せば手伝ってくれるのね」

 ミストナは瓦礫の上を慎重に歩いていた相方に目を向ける。

「ラビィ! ちょっとこっちに来てこいつらの傷を治してあげてくれるー?」

「分かりましたです!」

 二つ返事でピョコンと飛び出したラビィが、男達を前にする。

「あの、怪我してる人は近くに寄って下さいです」

「なんだ?」

 がま口のポーチから小さな緑色の魔石を一つ取り出し、両手の上にちょこんと乗せた。

「——さん——さん、お願いを聞いて下さいです。この人達の怪我を治してあげて下さいです」

 冒頭の部分をごにょごにょと誤魔化しながら、魔法陣がラビィの足下に広がる。その範囲に入っていた先ほどの男達の傷口が淡く光を帯びた。

「兎の嬢ちゃん回復ヒールが使えるのか。おぉ、昨日の喧嘩の傷も治ってら。ありがとよ」

「えへへへ、です」

 精霊術を用いた初級治癒魔術。大怪我などは治せないがラビィは魔石を媒体として、様々な回復系統の魔術が扱えた。精霊術とは精霊の機嫌が成功率に左右するらしく、現在のお願い成就率は八割程度。

 一連の様子を見守っていたミストナは頷く。

「これで約束通り手を貸してくれるわね?」

「じゃあ俺達はこれで帰——」

 ミストナは言い切らせる前に飛竜の背中から飛び降り——いや、勢い良く蹴り降りた。

 着地の間際に体を三回捻り、勢いを増した拳を地面に思い切り叩きつける。

 ズンンンンン!!

 重厚な衝撃音が石畳に響き、四方八方に亀裂が走った。

「一度しか言わないからよく聞きなさい」

 群衆を前に。鉄甲に付着した砂粒を落としながら、ミストナは悪魔じみた顔を浮かべた。

「約束を破る相手を間違えてはいけないわ。さっきの擦り傷が回復出来ないほどの複雑骨折に変わっても——知らないわよ?」

 そのあまりの破壊力を目の当たりにして、一同は訓練された兵隊のように揃って首を縦に振った。

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