A級賞金首

完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダー

 このふざけた二つ名が賞金首リストに記載され、各ギルド支部に貼り付けられたのは三ヶ月前。とある一人の冒険者が起こしたが事の始まりだった。

 冒険者ギルドに登録された階級ランクは中堅。ダンジョン内での戦闘技術だけで言えば申し分無く、冒険者としての志も高い五人編成のパーティーが居た。

 前触れは無かった。

 一人の盗賊シーフ職の男が物音一つ立てず、ゆるりと短剣を抜く。灯した魔力は高難易度ダンジョン内の幻獣モンスターに向けるほど殺気が篭っていた。いや——それ以上。

 愛する人を殺された。親を殺された。それらの恨み辛みを軽く凌駕するほど、盗賊シーフは力をみなぎらせていた。

 そして。談笑中であった四人の仲間を——躊躇ちゅうちょなく背後から切り捨てた。

 おびただしい量の鮮血が宙を染める。

 ダンジョンクリアの恩恵である身体を高速で移動させる魔術。斬撃を飛ばす魔術。蜃気楼で立ち位置を誤認させる魔術。仲間から見れば見慣れた盗賊シーフではなく、強大なに映るような、幻覚系統の魔術を使っていた可能性もある。

 とにかく盗賊シーフはありとあらゆる己の力を使い、突き刺し、切り落とし、えぐり抜いた。怖いほどに美しく見事な惨殺劇手際だった。

 なぜこの話が詳細に知られる事となったのか。

 それは人目を避けた路地裏でも無ければダンジョンの奥深くでも無い。犯行現場は白昼堂々、多数の冒険者が集まるの建物内だった。盗賊シーフはすぐに取り押さえられたものの様子は異常者そのもの。涎を垂らし、焦点は合わない。まるで非合法魔薬ドラッグを過剰にキメ込んだ廃人に陥っていた。

 ギルド支部内を戦慄させた狂気は、一瞬で消失してしまったのだ。

 不可解な動機に悩んだギルド本部の職員は、当初は人間関係のもつれと判断する。毎週同じ被害が相次ぎ、瞳の奥に同様のを確認するまでは。

 その後。今だに意思疎通が不可能な盗賊シーフは容疑者から一転して被害者へと変わった。

 やがて発狂を始める人種は人間ノーマルを超え、状態異常に強い耐性を持つ耳長族エルフ妖精族ピクシー。様々な亜種族が六芒星の標的にされた。

 時期にどの被害者にも共通するが見えてくる。

 三日〜四日前に言動や態度が高圧的になる。

 戦闘や魔術に関して類稀なる実力を発揮する。

 そして問題である——発狂。

 最終段階に至った際の錯乱状態と凶暴性は高く身内すら関係が無かった。器物損壊、暴行、殺人等々の行動を起こす。その被害総数は現段階で優に百を超えている。

 その標的がついにこの五十メートル級の大型飛竜に向けられた、という事だ。

(何が幸福の届け人よ。一時的な力が付いたからって何なの? 最高に頭がイカれたハイ状態だから? そんなの幸せでも何でもない。サンタさんに土下座させてやりたいくらいもったいない名前だわ)

 ミストナはグッと拳に力を入れる。

 事態を重く見たギルド本部はアニマルビジョンや魔術協会と協議を行い、賞金額の引き上げを急ぎ足で決定。

 そして最上級のA級賞金首リストと街中に指名手配される事となった。

「もし、この飛竜が墜落していなかったら……」

 ミストナの尻尾の毛がゾワゾワと逆立つ。

 ツバキが言ったように、ベリルがちょっかいをかけなければ遅かれ早かれ本格的に暴走を始めていた。五十メートルを超す巨体に、灼熱の火球。加えて隠密魔術。本気を出した飛竜の暴力は尋常なものでは無かっただろう。

 それでもベリルは知らなかったようなので、偶然の結果には違いないが。

「誰か回復術師ヒーラー神官プリーストは居ない? この飛竜に状態異常回復の魔術を掛けて欲しいの」

 名乗り出た優しい冒険者達に飛竜を任せ、ミストナはベリルの横に降り立った。

完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダーの痕跡があったわ」

「だったら野次馬レベルの回復魔術ヒールで治りゃしねーだろ。やられた奴らは誰一人として、まともに口が効けねーしな」

「分からないでしょ。この子は攻撃性を見せてない。本格的に発狂する前に眠らせた訳だし」

「ブン殴って昏睡させたの間違いだろ」

「うるさい」

「これを機にまた調査してみるか? もうガキの子守やら素材集めの手伝いやらはうんざりだぜ」

 その問いにミストナは不機嫌な表情で、ベリルの尻尾をペチンと叩いて答える。

「んだよ」

「……無理に決まってんでしょ。相手はA級の高額賞金首ハイリスト。簡単に捕まったら苦労しないわよ」

 ミストナは二週間前にこの賞金首リストの事を調べていた。ミストナが新設したチーム名“星屑の使者”はダンジョンクリアを目的とした一般的な冒険者パーティーではない。本業はホワイトウッド公認の賞金稼ぎハンターだ。

 ならば簡単な仕事ばかりでは無く一攫千金が狙えて街の平和にも多大な貢献が出来る『大物を捕まえたい』と常に考えている。

 知り合いの探偵と共に完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダーを探っては見た。被害者の素性を調べ直し、ギルド本部に保管されている被害状況の資料も読み返した。だが、毛ほどの手掛かりも掴めなかった。

 先立つ経費を無駄にする事も出来ず、現在は宙に浮いた状態だ。

「被害者の意識は治らない。この特殊な魔術も一定の潜伏期間を経て発動する。悪党を野放しにする気はさらさら無いけど……。獲物の尻尾が出るまで指を咥えて見てるしか出来ないわ」

「この飛竜から何か情報は得られねーのか? ギルド本部が開示してない情報お宝が先に見つかるかもな」

「あんた、たまにはいい事言うわね」

「けっ。を抜いとけ」

 ミストナとベリルは飛竜の背中を軽快に駆け上がる。背中に残せていた巨大な鉄籠のシートをめくり、中に降り立つ。

「魔石と本ね。いや、これは……」

 籠の中は安価な魔石と古い本で溢れかえっていた。本を手に取りパラパラとページをめくってみると、解読不可能な異界の文字が書いてある。

 古風な表紙と堅苦しい挿し絵から察するに、歴史書物といったところだろう。あとは特産品と思われる食べ物や複雑な鋼細工が数十点。

「魔石も大したもんじゃねーな。異界特有の代物かもしれねーがこれならホワイトウッドでも代用出来る」

 大量の魔石に埋もれるベリルが、高価な物がないか次々と鑑定を始めている。

「おっ、これは流出防止の烙印らくいんが入ってねー。安いけど闇市に流せるぜ。これもだ」

 バカメイドが開いた胸元に魔石を放り込む姿を見て、

「一つでも何か盗ってみなさい。縛り上げてストレス発散用のサンドバッグとして街中にレンタルするから」

 ガルルと、釘を刺しておく。

「そ、そんな事する訳ねーだろ。あたしならこの身体で楽に稼げるし。もちろんエロい意味で、だ」

「自信満々に言うんじゃないわよ」

 鉄柵に括り付けられた宛て札に目を通す。これはホワイトウッドの文字で送り主は『異界・モルメス国』と記載されてあった。宛先は予想通り大型飛竜が契約している一番街に拠点を置く『ギルド本部』だ。

「この五番街から飛竜は出てきたのよね。モルメス国か。聞いた事がないわ」

 他の地区ならともかく五番街のゲートは全て調べ尽くしている。それでも分からないとなると新たに定着した異界だろう。これらの大量の本や魔石は、この街と異界が親交を深めるための初期資料。

 こうやって異界と友好関係を築き、冒険者達が自由に互いのダンジョンへと挑む体制を整える。その初手となる架け橋に完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダーは横槍を入れたのだ。

(冒険者だけならいざ知らず、ギルド本部の連中に喧嘩を売るって事はって意味よ。とても正気の沙汰とは思えないわ)

 異界は核となるダンジョンにより多くの冒険者を潜り込ませたい。ホワイトウッド側は異界から冒険者達を誘導して街に固定されたダンジョンに突入させたい。利害関係は一致しているが、それだけじゃないのが人の世というものだろう。

 どの世界にも悪意は蔓延はびこっている。それらの思惑を幾度となくホワイトウッドは跳ね返してきたのがギルド本部の超実力者達だ。

 上層部はギルドの上位組、ランカー達が名を連ねる。一騎当千。百戦錬磨。血に飢えた猛者どもの関係に横槍を入れたのだ。その辺の意切ったチンピラ紛いが間違っても出来る事ではない。

「無差別……私怨……完全なる幸福の届け人パーフェクトオーダーの狙いは何なのかしらね」

 虎耳がピクリと動いた。

「来た!」

 空を切る警笛のような金切り音が、ミストナに緊張を知らせる。

「ベリル! あんた達三人は先に本拠地ホームに戻りなさい!」

「あぁ? あたしは何も悪い事なんかしてねーよ」

「良くそんな事が言えるわね! あんたは前科が山ほどあるでしょ! 疑われて身動き取れなくなったら私まで生活しにくくなるの! 実際に落としちゃったんだから」

「やなこった。あたしはこれからカジノに——」

「ツバキ。強制連行」

 言うが否や、ラビィを肩車させたツバキが隣に現れた。

「承知致しました」

 ベリルの尻尾を素早く掴み、ズルズルと引きずって行く。

「おい! 離しやがれ! お前はいつからミストナの手先になったんだよ!」

「手先じゃありません。大切な仲間ですよ」

「ならあたしの事も丁寧に扱いやがれ! 扱いが雑なんだよ!」

「丁寧に、ですか。では久し振りに夜伽よとぎの作法をじっくりと優しく教えてあげましょう」

「おい、やめろ! 離せデカ狐!」

「デカッ!?……まだ飛竜の体液の匂いが残ってますから、まずは身を清める為の湯浴み。いやを百回ほど行いましょう。私はそれを眺めながらラビィと共に油揚げを食すと致します」

 ズルズルとツバキは狼女を引きずっていく。

「私が帰るまでバカメイドを見張っといてねー! あとカジノ用の不必要なお金も回収しといてー! 頼んだわよー!」

 最後にベリルが鉄柵に顎を打ち、間抜けな声を出しながら三人は姿を消した。

「さて、ギルド本部の連中にはなんて説明しようかしら」

 ミストナは尻尾を丸めながら、地上へ降り立った。



 ぐったりと横たわる飛竜の横で、上空を見据える。

 ギルド本部の職員が来るとすれば誰だろう。ギルドのトップランカーのパーティーメンバーか、あるいは雇われ冒険者か。

「げっ」

 予想が外れた。

 焦げ茶色の翼を広げ、猛スピードで滑空して来た者。装いは深緑の軍服に近い装備服だった。きっちりと締められた襟首には所属している組織、アニマルビジョン正隊員の紋章が付けられている。

 ギルド本部とは全く関係の無いの人物——いわゆる同僚だ。

「ミストナ様ではないですか」

「久しぶりね……フェルニール」

 鷹人の女——フェルニールが軽く会釈をした。

 見開き気味の鋭い眼光に威圧感を受ける冷淡な顔立ち。本人曰く、威嚇しているつもりはないのだが周囲からはひそやかに『怖い怖い』と囁かれている人物だ。

 彼女の主な役割は空を高速で移動できる機動力と広い視野を使った、オープンフィールド型のダンジョンに現れる幻獣モンスターの調査。

 別名——『空の制圧部隊、隊長』

 言わば組織としては身内とも呼べるフェルニールだが気を付けなければならない。

 余計な口ベリルの事を滑らさないように。

 アニマルビジョン内での評価が下がるのは良い。ベリルの過去の悪行のせいで落ちようの無い最底辺だ。しかし下手につけ込まれ生活出来ないほどの支払いを請求される事は頂けない。絶対に阻止せねばならない。

「てっきりギルドの職員が来ると思ってたけど、まさかあんたが来るなんてね」

「遅くなり申し訳ありません。ミストナ

「敬称は要らないって毎回言ってるでしょ」

「そういう訳には」

「い! ら! な! い!」

「そう言わずに」

「私はあんたより年下でアニマルビジョンに入ったのも最近なのよ!」

「ですが——」

「あぁもう! わかったわかった。好きに呼びなさいよ」

「では、引き続きミストナとお呼びします」

 がっくりと肩を落としながらミストナは恨めしそうにフェルニールを見やった。

 この鷹女と会ったのは五度目くらいだろうか。その度に『様付け』を注意しているが、一向に辞めてくれる様子は無い。見た目通り律儀で真面目な性格。悪く言えば融通の効かない堅物とも言い換えれる。だからこそこの場はのらりくらりと躱すのが得策だ。

 フェルニールが辺りを見回し、被害状況を確認する。

「ミストナ様が事態の収拾を?」

「す、少しだけ協力したって感じかしら。あははははー」

「さすがです。通りで被害が少ないはず」

(あんたの目の前に直撃しそうになった第一被害者がいるっつーの!)

 と、口に出そうになった思いをぐっと胸の中に留めた。ペラペラと経緯を話せばうっかりボロが出てしまう。

(それにしても。これで被害が少ないって言うのは……)

 吹き飛んだ冒険者達の事は置いておくとして、下敷きになった怪我人はいない。しかし防壁魔術の発動が間に合わなかった周囲の装備店や魔術道具店は衝撃の余波で数十棟が崩壊している。

 新店舗の店主らしき人も店前で頭を抱えている。可哀想に。まぁ保険に入っていれば優秀な魔術師ウィッチーやらがやって来てすぐに建て直せるはずだが。

「ってかあんた、今って言ったわよね? 同じような被害があったの?」

 フェルニールが神妙な面持ちでうなずく。

「五番街の四箇所で大型飛竜の墜落事故が同時に起きました。ギルド本部の職員はそちらの対処に追われています。私もダンジョンに突入していたのですが——連絡を受け対応を」

 思っていたよりも事態は深刻で、しかも早急に進んでいるらしい。

 からすふくろうの獣人。鳥類の獣人達が遅れてやってきた。これがフェルニールのパーティーなのだろう。被害状況の把握や飛竜の種族と名前の確認などてきぱきと指示を出す。

「やはり完璧な幸福の届け人パーフェクトオーダーの魔術陣が」

 飛竜の瞳を確認しながらフェルニールが呟く。

人間ノーマル、亜人、魔獣、そして大型飛竜。犯人が次に手を出すとしたらどの種族だと思う?」

「検討がつきません」

「ホワイトウッドの地脈に足をつけていない異界の住人。悪意を跳ね除ける神族しんぞくの直系。希少種族にギルドランカー。そしてダンジョンの主人あるじ達。犯人は自分の力がどこまで通じるか試してるように見える。勘だけどね」

「……」

 唇を真一文字に結び、フェルニールは何かを考えている。

「で、どうなのよ。何か手掛かりを掴んだなら教えなさいよ。このこのー」

「アニマルビジョンもギルド本部と連携して調査をしているのですが」

 そこまで言ってフェルニールは首を振った。

「そう。残念ね」

 後の事は任せるしかない。そう思い、きびすを返した時だった。

「そう言えばミストナ様は一人だったのですか? 仲間はどこに?」

「っ!? あは、あはははは。本拠地ホームで大人しくしてるんじゃないかしら……今は」

 最後の言葉を小さく言って、顔を引きつらせた。

「あの狼と狐が大人しく? そう言えばベリルにはグリフォンを墜落させて、歓楽街をめちゃくちゃにした前科があったような……」

「ちゃんと今はしつけてるから! 前みたいに悪さはしてないわよ、本当よ! じゃあね!」

「ミストナ様、お待ち下さい——」

(これ以上話してたらボロが出るわ! その前に逃げる! 逃げる事は間違いじゃないって“冒険者の流儀絵本”にも書いてたもん!)

 フェルニールの言葉に虎耳を塞ぎながら、ミストナは冒険者通りを駆け抜けた。

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