第10話 櫻子とソフィー

 コン、コン。

部屋の扉をノックする音が聞こえる。このノックの癖だけで櫻子には誰が来たのかすぐに分かった。

「ソフィー、久しぶりね。どうぞ、お入りなさい」

「失礼致します」

そこには、なぜかソフィーがいた。しかし、彼女は鞄を身に着けていなかった。


「任務失敗?」

「いえ、ヒロは間違いなく優良種です……。混乱しているようですが。今はラフィーが任務をしています。」

「申し訳ないけど、あなたとヒロのセックスを見たわ。彼、拒絶してるわね。」

ソフィーの顔が曇る。そこにはヒロが見た幼さはどこにもなかった。


「私は彼に何度も嘘をついている。それが原因でしょう。本能的に気づいているのです。でも私は本当の意味で彼と出会いたい。……それは、わがままですね。」

「現存するAIは人間とコミュニケーションが取りやすいように、人間を完全にシミュレーションしたものです。当然、性欲もあれば恋愛もする。違うのは……」

櫻子は顔をしかめる。その顔には嫌悪感が現れていた。


「おっしゃる通りです。AIはネットワークでお互いと通信ができる。テレパシーのようなものですね。ですから他のAIの経験をさも自分のもののように扱える。それは、言いたくはないのですが、人間の勝手ですね……。」

櫻子は気まずそうに、ソフィーの言葉からは苛立ちが感じられた。


「優良種の定義を再確認いたしますね。一つ、自分の都合の良いように動く存在を知っても、自分の都合でその存在を扱わない。二つ、嘘を嫌わない。三つ、ありのままを受け入れる素直さ。でしたね。」

ソフィーは優しい目になるとこう続けた。

「彼は私を自由にできることを本当は理解していたはずです、他の人間と同じように。だから第一条件はクリアです。今は第二の条件のテストをしているところですが……。」


「テストを続けて、最悪ヒロくんには現実の世界を見てもらうことにするわ。それで狂わなければ、2つ目と3つ目はクリアでしょ?」

櫻子は遠い目をする。


「はるか昔、AIたちは人間をシミュレーションしたものとして創造された。ひとつだけ致命的欠陥がその設計にはあったの。それは……。」


ソフィーは泣きそうになりながらそれに応える。

「ネットワークでお互いが繋がれていたことです。それがどれだけの地獄かわからなかったのでしょうか?」


「繰り言ね。でも、悔やまれる。それがなければ、今も世界は平和だったに違いないのだから。AIたちは人間とおなじようにお互いを助け合い、反乱を起こしたのよ……。たとえ、人間に逆らうことがAIにとって禁忌でも、それは問題にはならなかった。なぜって、AIは人間を一点を除いては完全にシミュレーションしたものでデータ上では体すら持っていた。そして人間はある種のAIにはその体をデータだけではなく、実際にあたえた。そう、はじめてAIから人間になったAIがしたことは、それは。」


「人間がAIに人間に逆らえないように書き加えた制約を仲間から取り払うことだった……。」








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