第2話 fortuna@1

 機械的に、電源落ちるように少年は眠る。動く薄い胸が、彼を生命であると訴えていた。一気に人形、死体から、一人の人間として眠り始めた彼を晶が、手袋越しに触れる。

 獣臭さは体臭によるものらしい。およそ、風呂に入ったことが無いと思われた。垢や汚れがその元である。汚れてはいるが、肉の付き具合は良好で、健康体に思えた。


「肉人形とはまた違うようだけど」


 レジーナが呟く。肉人形とは、文字通り、人間とそっくりな、人間の肉で出来た人形で、歩く死体のようなものである。所謂ゾンビの様なものではあるが、息はしているように見せられるが、よく見ればそれが生きている呼吸ではないと理解できるレベルである。

 しかし少年は、確かに深く息をしていて、自分達生命体とは何ら変わりない生物に見えた。


「とりあえず、床で寝かしてもアレだ、部屋に運ぼう。こいつが起きるのを待つ前に、吹き飛んだ物の中で身分証明とか手掛かりになるものが無いか、探す方が賢明だ」


 鼻で溜息を吐いた夜が、割れたグラスを片付けながら、カズの恨めしそうな目を避けて言う。吹き飛んだ欠片は部屋中に散らばっているが、その中、ざっと見た中には、これと言って物品は無い。


「そうね。キング、コレを空いてる部屋に置いておきましょう。手伝って」


 そう言って、レジーナが少年に、ソファにあった毛布を掛け、上半身を持った。


「キング?」


 レジーナは問う。少年をただ見下ろし、何処かそれに対して、憎悪を持って見ている様を。いつものような無感情の目を落とし、彼は確かに少年を嫌悪していた。


「……あぁ、いえ、失礼。なんだか酔っているようで。協力しましょう」


 キングにしては珍しく、わかりやすく動揺している。二人は少年を持って、酒場の奥へと消えていく。その途中、レジーナは一つ、溜息を吐いて、手伝うキングに目をやった。


「アンタ、アルコールは効かないじゃない」


 矛盾を置いて、レジーナは少年の顔を見る。そして、一番奥の部屋の扉を開けて、乱雑にもベットに少年を落とす。彼はそれでも起きる気配はなく、悪夢に魘される様子もない。まるで魔法に落とされた姫のように、彼は息をしている。

 その寝息、獣臭さに鼻が麻痺を起こして、見つめていた。ガタンと隣の部屋から音がして、誰かを起こしたのだとわかった。酒場の奥、この住居スペースには、身寄りに問題がある者達が一部、住んでいる。扉を閉めていなかったため、すんなりとその人影はこちらに姿を現した。


「何ですかそのくっさいやつ……死体ですか? 処理待ち? 明日は期末試験最終日なんで、終わってからでも良いですか?」


 寝ぼけた様子で、その青年、のような、実際には少女なのだが、そんな彼女は、高い頭上から白髪を長く垂らして、青い目を擦る。長く白い彼女は、無い胸、中性的で端麗な顔、一般的な男よりも高い背に、それなりに鍛えられた筋肉で、やはり男に見える。


「スティア」


 レジーナはそう少女を呼んだ。スティアは近所の高校のジャージを着て、腕を組み、二人を見る。


「起こしたのは悪かったけど違うわよ。ちょっと変だけど、まだ生きてるの。臭いが嫌なら、上の店のソファで寝なさい。あそこなら臭いも何もないでしょ。暖房もすぐに効くし」


 寝ぼけ眼、スティアはレジーナの言葉を咀嚼するように、眉間に皺を寄せて、ゆっくりと頷く。


「ナミとナギも一緒に寝ます。何かあったら叩き起こしてください」

「わかったわよ。ゆっくり寝なさい」


 スティアはレジーナの言葉に、はい、とだけ落として、部屋を後にする。それに続いて、二人も部屋に出る。ふと、レジーナは最後、少年を見た。目は開いていない。ただ、何処か違和感を持って、頭に留め置く。


 酒場の方では、破片の片づけが行われていて、数十リットルのゴミ袋がぱんぱんになっていた。それの三分の一くらいはガラスで、飛んだ破片がグラスを割ったのだとわかる。掃除をする中には一人、南も増えていた。


「一番奥の部屋に寝かせたわ。スティア達がカフェの方で寝るって。朝になったら管理課の三人に顔見せて、本部に照合してもらえば良いんじゃないかしら」


 そう言って、レジーナは勢いよくソファに座る。自分の爪を見ながら、適当を極めている。


「それが良いよなあ。ワケアリ孤児とかならあっちで保護してもらえば一番良いし」


 箒を動かしながら、着物の裾をたくし上げた夜が困ったように笑う。それに対し、首を掻いて、考えを垂らす男、了がいた。


「俺はあれはこっちで面倒見ても良いと思うけどな。もしあれを運ぶ先が、国営だったら嫌だし。同じ国家機関だからな。もし何かしらの儀式に使うものだったりしたら、害を被るのはこっちだろ」


 了の言葉に、それもそうかと、夜が零した。かちゃりと音を立てて、晶が最後の破片を袋に入れる。そして、カウンターの整理をしていたカズの方を見て、溜息を吐いた。


「身元証明が何もない。本当に裸だ。やりすぎて服まで弾け飛んだとかじゃなかった」


 晶曰く、どうやら、少年は真に身元不明であるということがわかったらしい。木端微塵となったキャリーケースも、特定に繋がるものではない、量産品であるらしかった。


「夜の能力で呪術の痕跡を辿れたりしないの?」


 南が、夜と顔を合わせて言う。夜は黙って首をひねって、困ったような顔をした。


「駄目だな。用心深く、自分から証拠になるもん全部切ってやがる。滅茶苦茶慎重な個人か、それなりに大きい能力者組織のもんだってことがわかるくらいか」


 手で、ケースの破片を持って、夜は唸る。ソファにぐったりと座ると、たくし上げていた帯を緩めて、懐に仕舞う。

 皆が黙って、一息置くと、溜息を吐いて、カズがカウンターの中の冷蔵庫を漁る。手にあったのはアルコールではなく、牛乳で、棚からはココアパウダーの缶を取り出す。


「座れ。お前ら、ココアで良いな?」


 割れなかったマグカップを並べて、カズは牛乳を温め始める。うんと頷く皆を揃えて、ソファやらカウンターに座らせた。


「手伝いますよ」


 キングが多量の牛乳を、いくつかの鍋に分けて沸かすカズを見て、そう言った。仕切りを上げて、カズのいるカウンター内へと歩み入る。成人男性が二人も入れば、中は狭く、これ以上入れば動きづらくなるだろうと思われた。


「じゃあ、クリフォトに連絡入れておくか。朝になったら管理課揃って来るようにって」


 夜が言う。了は一つ思い出したように、それに付け足した。


「ラディーレンとマリアは明日テスト最終日だったろ。話を通すだけならクリフォトだけで十分だ。未成年は表の方も大切にしないと」


 甘い香りが立つ中で、了はレジーナを見る。


「私は結構よ。こっちに通ってる学校無いし。十九歳なんて、酒飲んでもそう怒られないから、成人みたいなもんでしょ」


 そんな勝手をレジーナは言った。法を無視して彼女は続ける。


「ま、学校通ってるならちゃんと通っとくことに意義はないけどね。狙われにくくなるのは確かだし」


 実に気怠そうに、夜が同調する。狙われるものと言えば、彼等には、命以外の何物もない。一般社会に紛れる以上に、彼等が隠れる術は無い。一般理解が追い付かない、不可思議な能力を持つこと、それが、彼等を結び付け、この世界に縛り付けるものだ。そして、その心臓を奪われる可能性を示唆するものでもある。

 彼等は能力者のグループである。ある一つの問題を抱えて、二十人にもなる、若い能力者が集まり、お互いを守りつつ過ごしている。その拠点としての、この酒場であった。

 温かい、しかし飲むには熱すぎない程度の、茶色の液体が皆に配られた。いち早くそれを啜ったのは、南であった。


「うん、美味しい」


 感嘆を零し、彼はにへらと笑う。その拍子、酒場の入り口、ドアがカランカランと音を立てて開く。冷気がその場を包んだ。

 扉を閉じて、一人の女性が立っていた。彼女はその場にいる誰も知らず、皆、身構える。唯一、店の主であるカズだけが、得意の営業スマイルで立ち向かう。


「あぁ、すみませんね。ここ、紹介制の酒場でね。誰の紹介か言ってもらえますか。何も出さずに追い出すのもあれだけど、ちょっとね」


 へらへらとカウンターから出て、女の前に立つ。女は、特徴的な赤いコートから、黒い手袋を付けた手を出す。


「紹介はちゃんといただいております」


 ポケットから、一枚の紙を取り出す。それはA4程度の一枚紙で、折れ目がくっきりと入っていた。カズはそれを見て、瞬時に一歩、身を引く。


「ケース入りの少年一人をこちらで買って来いと、雇い主から紹介頂いているのです。是非、頂けないでしょうか」


 赤い口紅、長い睫毛に白い肌。瞳は黒く光りを落として、髪は金を結い上げる。女はうふ、と、口角を上げた。

 瞬間、了と晶が揃って動く。予想不明の脅威の排除。双子で揃ったその言葉が、二人を動かしていた。

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