第5話 イチゴの王様



 僕らは、学校から少し離れた場所にあるファミレスに来ていた。意外と穴場なのか、うちの学校の制服姿の人は見当たらない。


 おずおずとメニューを広げると、そこには甘味の楽園が広がっていて、ここに来た目的も忘れて思わず「うわぁ」と感嘆の声が出てしまった。ちょうどイチゴフェア期間中らしく、色々な大きさのイチゴパフェやムース、アイスクリームの写真がキラキラと輝いている。

 うちはいつも夜ご飯遅めだし、一番大きいイチゴパフェを頼んでもいいかもしれない。でも、和菓子好きとしては、きな粉餅や抹茶のムース等が入った和パフェも捨てがたい……うーん、でもイチゴ食べたいなぁ……


 どれにしようかなぁとニコニコ考えていると目の前に座っている黒髪の彼女が無慈悲にぶった斬ってきた。

「もう決まった?店員さん呼ぶわよ」

「待って!早くない?これだけはちゃんと考えて決めたいから!」

「ごめんなさい、もうボタン押しちゃったわ」

「うそ!まだ僕全然決めてないよ!?」


 店が空いているからか残酷にも店員さんはすぐに来てしまった。僕がウンウンと悩んでいる中、烏谷さんと柊斗くんがドリンクバーを頼んだのを聞いて、はっと息を呑む。


 ……まさか、二人とも飲み物だけなんて。

 普段ご飯の時しかファミレスに来ることがないから、そんな発想、なかった。


 ここで自分だけデザートを頼むのはちょっと恥ずかしいなとモジモジしていると、柊斗くんが僕の視線の先の写真を指差した。

「あとこの、”生クリーム城の王様ストロベリーパフェ”ってやつも一つお願いします。以上で。」

 僕が頼もうか悩んでいたパフェだ。どうして分かったんだと、横にいる柊斗くんにバッと顔を向けると、彼は「さっきからずっとこれガン見してたじゃん」と、カラカラ笑った。

 ”さすが、僕以上に僕のことを分かっている男だ……!”と感服すると共に、このファミレスに来るまでの間ずっと仏頂面をしていた柊斗くんが久々に笑顔を見せたことに嬉しさを感じた。





「それで、さっきの続きだけれど。」

 氷のたくさん入ったアイスティーを一口飲んで烏谷さんが切り出した。

「私、あのマルウェアの犯人を捕まえたいの。それで、水無瀬くんに協力してほしいと思って。あの時に先陣切って対応してくれたし、詳しいんでしょう」


 その言葉に僕は、そういうことか、と苦笑する。

 昔から、パソコンをよくいじってるというだけで、ハードの修理を頼まれたり、チャチャッとWebサイトを作ってと言われたり、色々無茶振りがあったが、ついに、サイバー犯罪者を見つけるのを手伝って、まできてしまった。


「烏谷さん、あのね……その、」

 何をどう言ったらいいのか悩んでいると、柊斗くんがイライラしたように、はぁ、とため息をついた。

「ドラマの見過ぎじゃねーの。オレらみたいな子供が、ネットの犯罪の犯人なんて見つけられるわけないだろ。そういうのは大人に任せておけばいいんだって。やりたいなら一人でやってろよ。湊太を巻き込むな。」


 言っていることは至極正論だが、彼がこんなに人に噛み付くところを見るのは久しぶりで、驚いた。

 一見すると体育館裏でカツアゲとかしてそうな風貌のため(前にこれを本人に言ったらバシバシ叩かれながら大爆笑された)、苛立っているだけで結構迫力があって、あの烏谷さんもさすがにたじろいでいる。


 僕はこれ以上彼女を怖がらせないように、できるだけ優しい声を出すように努めた。

「し、柊斗くん、ちょっと言葉きついよ〜。烏谷さん、ごめんね。でも、サイバー犯罪って、普通の犯罪よりもずっと、犯人を見つけるのは難しいんだよ。犯人が日本人とは限らないし、自分が見つからないように色んな小細工をしているんだ。きっと専門の人たちがなんとかしてくれるから、それを待とう?」


 この世の中で毎日大量に起こっているサイバー犯罪の犯人が見つかった例なんて、全体からするとほんのごく一部だ。専門の人でさえ見つけるのが大変なものを、何の知識もない僕らが見つけようだなんて、彼女には申し訳ないけれど、無謀すぎる。

 

 困り眉の僕に、烏谷さんは「あなたも、他の大人たちと同じことを言うのね。」と、きつい眼差しを向けた。


 いくら美人でもこんな目をされてしまうとさすがに背中がひやりとするなぁ、と思いながら、ふと気になった疑問をぶつけた。


「そもそも烏谷さんは、犯人を見つけてどうしたいの?」


「どうしたいのかはよく分からないのだけれど……、クラスメイトが今も苦しんでいる姿を何もせずにただ見ているだけなんて我慢できないの。……私には、柚月にファイルを開くように言ってしまった責任もあるから」


 そう俯きながら答える彼女に、僕自身の姿が重なった。



 ……あぁ、彼女は僕と似ている。

 

 二人とも、自分のすぐ近くにいた人のことを守れなかったことに責任を感じている。ただ違うのは、僕はただ意気消沈している一方で、彼女は何かしらの行動を起こそうとしている点だ。

 


 隣の柊斗くんはホットコーヒーを啜りながら苦い顔をする。

「気持ちは分からないでもねーけどさ、何の目的もないのに犯人を見つけようだなんて、それって小山内柚月のためでもなんでもなくて、ただ自分のモヤモヤした気持ちを晴らしたいだけだろ。そんな自分勝手な欲望のために協力してくれなんて、おかしな話だな」


「……どうしてそんなひどいことが言えるのかしら!そうやって穴を見つけてそこを突いて丸め込もうだなんて、ずる賢い狐みたいな人ね」


「狐のことをバカにするなよ、このカラス女!」


 ファミレスで、狐とカラスの喧嘩が始まってしまった。

 




 僕は二人の間に入って喧嘩を止めないといけない立場であることも忘れ、烏谷さんのなんとか前に進もうと行動しようとする姿勢に心を動かされていた。

 

 もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。


 今までも、理不尽なことや憤りを感じることは多々あった。

 街で突然相手からぶつかってきて舌打ちをされた時。仲の良かった友達に裏切られた時。客から無茶なクレームをつけられて困っている店員さんを見た時。映画館で隣の人の喋り声で映画に集中できなかった時。


 そんな時、いつだって、なにかしら理由をつけて、行動することを選択してこなかった。

 ”そういうものだ。仕方がない。このムカムカした感情も時間が経てばいずれ忘れるさ。”


 そうやってずっと気にしないふり、見ないふりをして逃げて来たし、実際それで良かったと思うこともたくさんある。

 でも、こうして、理不尽なことに対して実際に行動を起こそうとしている人を目の当たりにして、ここで僕も一緒になって行動すれば、自分の中の何かが変わるんじゃないかと、そう思った。

 

 これは、間違いなくチャンスだ。




「目的が必要ならさ」

 口から漏れ出した声に、二人の騒ぎ声がピタリと止んで、視線が僕の方を向く。

「犯人を見つけて言ってやろうよ、僕たちの平和な日常を壊しておいてのうのうと生きられると思ったら大間違いだって。それに、僕たちが行動することで、小山内さんも勇気付けられて元気が出てくるかもしれないしね」


 烏谷さんがその大きな目をぱちくりとさせる。

「それは、協力してくれるということ……?」


「うん、そういうことに……なるね」


「ありがとう!!水無瀬くんならそう言ってくれると思ってたわ!」


 今日初めて見る烏谷さんの笑顔に、胸が疼いた。

 クールな彼女も素敵だけど、やっぱり女の子は、笑ってる姿が一番可愛い。


 

 柊斗くんも、しょうがないな、と呆れたような笑顔を見せた。

「すごいこじつけみたいな目的だな……、別に湊太がいいならそれでいいけどさ。でも、犯人を見つけるなんて、どうすんだよ」


 僕が、それなんだよねぇ、と苦笑いしていると、すっかり表情が明るくなった烏谷さんから耳を疑うような言葉が発せられた。



「私、知ってるのよ。あなたが時々第二国語準備室でセキュリティ?とかのこと調べてること」

「……え?」


 まさかそのことが彼女の口から出てくるとは想像もしておらず、表情を固めたまま、ぎぎぎ、と顔を柊斗くんから彼女の方に向けた。

 どういうことか分からないといった顔をしている僕に、烏谷さんは説明をする。


「前に第一国語準備室にプリントを届けに行った時に、あなたが隣の部屋に入っていくのが見えたの。それで気になって宮田先生に聞いたら教えてくれたわ」


 それを聞いてうなだれると同時に、メガネの中で目尻にシワを作りながら「他の人に言ったらまずかったかい?ごめんなぁ」とほわほわボイスで言う姿が頭に思い浮かんだ。


 今まで柊斗くんにでさえ言わないようにしていたのに、僕の努力は一体なんだったんだ。あの人はほんと、こういうところが緩いんだから……!

 

 頭を抱えてウンウン唸っていると、柊斗くんが「湊太、昼休みどこか行くこと多いなって思ってたけど、そんなことやってたのか?」と、寂しげに覗き込んできた。

 それだけでも心がチクチク痛んだのに、更に烏谷さんが「あら、天城くんは水無瀬くんのお友達なのに、知らされてなかったのね」と煽り出したものだから、体の上に巨大な岩がズシリと乗った感覚がした。


 烏谷さんにガンを飛ばす柊斗くんを見て、狐烏合戦が再び勃発するのは防がなきゃと、恥ずかしい気持ちを抑え込んで、『WHITE MAGE’S CAVE』のことと、何で今まで黙っていたのかを話した。


 柊斗くんはさすがに怒るかなと構えていたが、「いざという時に力を見せたらヒーローっぽいって……!湊太らしい理由!」と肩を震わせて笑い出して、正直に言ったことを後悔した。


 期待で目をキラキラさせる烏谷さんが身を乗り出してくる。

「それじゃあ、そのホワイトなんとかってサイトを見たらマルウェア作成した人の見つけ方とか書いてあるの?」


 いつもは落ち着いていて無表情の彼女が、徐々に感情を露わにしてきて、少し胸が暖かくなるのを感じながら、やんわりと否定する。


「ううん。そんなダイレクトに書いてないし、マルウェア作成者が何かミスでもしていないと、マルウェアを調べたって作成者の情報はそう出てこないよ。マルウェア自体も手元にないし、結構難しいかも……」


「……そう。でも、そのサイトのセキュリティが詳しい人たちに今回のマルウェアのことを聞いたら、何か情報を得られるかもしれないわよね!」


「うん。その可能性はある!」


 解決の糸口を見つけたと、上機嫌になった烏谷さんを微笑ましく眺めながら、ふむ、と口元に手を当てる。


 あそこは知らない人同士であっても、きちんとした質問には親身になって返してくれる人ばかりだから、投稿すれば何かしらのレスは来るだろう。

 問題は、僕は今まで投稿をしたことがないということだ。今までずっと外から見ていたコミュニティの輪の中に突然入って行くのは、なかなか勇気がいる。そんなことを言っている場合じゃないのは分かるんだけども。



 僕が渋い顔をしていると、それを見た柊斗くんがまた烏谷さんに噛み付く。

「協力してって言っておいて、湊太の情報に頼りっきりじゃんか。お前は何か役に立つ情報あるのかよ」


 彼女は、「何の手がかりもなしに協力を頼むほど、私もバカじゃないわ」と、得意そうに、ふふんと鼻を鳴らす。


「すごい情報があるの。授業後の事情聴取で由良先生から聞いたんだけど、先生、授業の途中で呼び出されてたじゃない?あれ、娘さんからの電話だったらしいのよ」


「それのどこがすごい情報なんだよ、今回のことと関係ないだろ」


 眉間にシワを寄せる柊斗くんに、それがあるのよ、と返す。


「実はね、先生の娘さんも柚月と同じマルウェアに感染したんですって。それでパニックになって学校に電話がかかってきたみたいよ。」



 僕は、はっとして隣の金髪の彼と目を合わせた。

 そうか、だから由良先生がマルウェアの感染画面を見たとき、うろたえていたのか。今さっき自分の娘から聞いたばかりのマルウェアの感染挙動が、そのまま目の前で起こっていたから。



「それと、もう1つ驚いたのが」

 烏谷さんの喉がごくんと動き、まん丸の目が僕を真っ直ぐに見つめる、



「偶然かもしれないけど……先生の娘さんも、”ゆづき”って名前らしいの」


 アイスティーの氷が溶けて、カランという音が響いた。



「それって……、”ゆづき”っていう名前の人が狙われてるってことか!?」

 柊斗くんが身を乗り出し、ホットコーヒーの表面がゆらゆらと揺れる。



「まだ2人だけだからなんとも言えないけど、あり得る話ではあるわよね。これなら犯人が日本人の可能性も高いわ」



 その言葉に、遅れて、僕の中で何かがふつふつと沸いてくる。

「……もし本当にそうなら、すごい情報だよ」


 まるで、真っ暗闇でどこをどう進んでいいか分からないでいたところに、一筋の光が差し込んだようだ。

 それが事実なら、うまくいけば、もしかしたら、犯人をおびき出す方法があるかもしれない。


 


 その時、「大変お待たせいたしました」と僕のイチゴパフェが運ばれてきて、僕らはしばし口をつぐんだ。



 目の前に置かれた、真っ白なお城の中で輝くイチゴの王様は、期待を込めるかのようにじっと僕を見つめていた。

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