運命に翻弄された女たち・愛の歴史秘話

月星 妙

第1話 亡霊となったホワイトレディ

 玄関ドアを思い切り叩く音がする。


「キャシー!! 大変なことになった」


 窓からは穏やかな日差しが差し込んでいる。朝、夫を仕事へと送り出し、生まれたばかりのこの子にミルクを与えていた時だった。子供を抱きかかえながらドアへ駆け寄る。


 ドン・ドン……。ドンドンドン……。しつこいくらいにドアが叩かれる。


「はーい。今、ドアを開けますね」


 ドアの外に立っていた男は、顔にすすをつけ、真っ黒な顔で目だけをギョロギョロとさせている。何故か体を小刻みに震わせており、恐怖に怯えているようにも見える。じっとその顔を見ると、そこに立っていたのは夫と仲の良いジャンだった。


 夫のロジャーとジャンは、Liberty Fuel Companyで炭鉱坑夫として働いている。




◇ ◆ ◇


 ロジャーは、ワイオミング州の南西に位置する町の小さな肉屋で働いていた。マット・ディモンのような人懐こい笑顔の彼は女の子からとても人気があった。


 私がうちのお使いで肉を買いに行くとちょっと照れて、はにかみながら対応してくれる。優しい笑顔が印象的な彼。



 「キャシー。君は特別だよ」


 店主にバレないようにいつもこっそり肉を多めにサービスしてくれる彼はそう言ってウィンクをする。彼とのアイコンタクトにドキドキが止まらない。私は彼に……恋をしていた。当時、私は17歳。彼は21歳だった。


 私の家は地元では名家と言われ、父は新聞社経営で財をなしていた。ロジャーの家は貧しく、彼は15歳の時からこの肉屋で働いている。彼の白いエプロンは、いつもけものの血で汚れており、生臭い匂いが漂っていたけれど、そんなことは私にとって、どうでもよいことだった。


 ある日、ロジャーが私をデートに誘ってくれた。私は、うれしかった。親に内緒でデートに出かけた私たちは、二人で小川のあるキャニオンでピクニックをし、ゴロンと草原に横になって空を眺めた。


 ふわふわと流れる、わたあめのような雲を二人で眺めていると、彼は私の手をそっと握ってきた。


「キャシー。あの雲のように、僕に自由が許されるなら、君をさらってしまいたい。僕は、君が好きだ」


 ロジャーの右手が、力強く私の左手を握りしめる。


「君を好きになってはいけない事くらいわかっている。僕の家は貧しくて、君の両親が交際を許してはくれないだろう。それでも……僕は、君が好きで、あの雲に君をのせて、どこか遠い所に行きたくなる! …… 君をさらって、一緒になるなんて、絶対に許されないのはわかっているのに……君とこうしていると叶わない夢をみてしまうよ」


「ロジャー。私もあなたが好き。お父様が許してくれなくても構わないわ。あなたさえいれば私は幸せになれる」


「キャシー。本当かい? 本当にいいのかい?」


「ええ、ロジャー」


 ロジャーは、体を起き上がらせると、横に寝ている私の上に覆いかぶさり、くちびるにキスをした。私たちは、知っていた。この小さな街の出来事はどんな些細なことでもすぐに噂になることを。


 きっと、今日のこのデートもお父様の耳に入り、私は二度と肉屋にお使いに行くことも、こうして会うことも禁じられる。


「キャシー、馬を用意する。明日の夜、二人でこの街を出よう」


「わかったわ。明日の夜、迎えに来てくれるのね。あなたと一緒なら怖くないわ」


 私たちは、こうして故郷を離れ、このLatudaの町へ流れ着いた。

そして、ロジャーは坑夫の職を得た。





◇ ◆ ◇



「ジャン。どうしたの? 何があったの? 」


ジャンは、私の問いかけに、肩を震わせながら嗚咽おえつした。


「ロジャーが……炭鉱内で事故があって、ロジャーが……ロジャーが死んだ」


「うそよ。嘘です!!……あの人が死んでしまったなんて! 」




◇ ◆ ◇


 1800年代後半、開拓時代のアメリカ西部はゴールドラッシュと呼ばれ世界中から一獲千金を求める人々が大勢押し寄せて来ます。現代とは違い、ガンマンやアウトロー達がいた、そんな時代に起こった悲劇です。


 ユタ州スプリングキャニオンの炭鉱町の1つにLatudaという町がありました。現在はゴーストタウンとなっており、人は住んでいません。キャシーと夫のロジャーはこの街に暮らしていました。


 Liberty Fuel Companyに炭鉱夫として働いている夫を持つ彼女のお腹には新しい命が宿り、数日前に誕生を迎えたばかりでした。ロジャーは子供のために一生懸命働き、二人は貧しいながらも幸せな日々を送っていたのです。


 しかし……幸せな生活は長くは続きませでした。


 その日、いつものように夫を仕事に送りだし、生後間もない赤ちゃんにミルクを与えていた時に訃報が入ります。つい先ほど送りだした夫が、坑内事故に巻き込まれ亡くなったというのです。


 彼女は、正気を失い、その場で倒れてしまいます。愛する夫を失い悲しみにくれた彼女は、しだいに理性を失くしていきました。生きる希望を失い、可愛い我が子を川に投げ捨て殺めてしまいます。そして、自らも炭鉱会社の軒下で首をつります。


 その後……彼女たちの住んでいた家やその近郊に白い服を着たホワイトレディと呼ばれる幽霊が目撃されるようになります。




◇ ◆ ◇


「ギャー。出たぞ!! 銃で撃て」


 バーン・バーン!! 拳銃が何発も打ち放たれます。


「赤ん坊を抱いた女が……こっちに来るぞー」


 白い影のような女が赤ん坊を抱いて、若い男女に近づいて来ます。その姿は愛する夫を出迎えるかのように優しい微笑みを浮かべています。


 愛する家族と過ごした彼女の家のあと。若い男女は、玄関から勝手に入り、肝試しをしていたのです。


「ちくしょう。拳銃じゃだめだ。俺が持ってきたダイナマイトでぶっ飛ばしてやる!! 」



◇ ◆ ◇


 100年の月日が流れ、彼女が住んでいた家に、ホワイトレディの話を聞きつけた多くの若者たちが、肝試しにやってきました。そこで彼らはホワイトレディと呼ばれる幽霊を目撃します。


 恐れおののいた彼らは、恐怖のあまりダイナマイトでロジャーとキャシーの家を吹き飛ばしてしまいます。


 二人の家を吹き飛ばした若者たちは、そのまま車で逃走します。



 2017年に取材した時、二人の家は土台だけを残し、木っ端微塵こっぱみじんに吹き飛ばされていました。そこに残されていたのは、愛を選び亡霊となってもなお、愛する夫を待つキャシーが実在していたという歴史の破片だけです。



 「キャシーとその子供の魂が、ロジャーとともに安らかに眠りにつきますように」と願わずにはいられません。



 歴史の中に消えた忘却のゴーストタウン。悲しい運命の中で自らの命を絶った一人の女性。


 運命に翻弄され歴史の中に埋もれた女たちの真実の物語ストーリーです。

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