Wake up 導かれし者たちよ

阿賀野

召喚→謁見

 身体中に痛みを感じて目が覚めた。

 ひんやり、と冷たく固い床の上に寝巻きのジャージ姿で転がっていることに気づいたその時だった。


「竹内さん、竹内達哉さん。おはようございます。どうぞこちらへ」


「······誰?」


 横になっている俺のそばに深緑のガウンを羽織った見知らぬ男が、膝をついてこちらを見つめていた。


「こちら側の王国の役人の一人、ショーヘイと申します。竹内さんは初めての召集ですので、なにがなんだかわかっていないと思いますが、丁寧に説明させていただくので、どうぞこちらの応接室へ」


 見た目からも名前からも日本人かと思ったが、話の内容と微妙に違和感を覚えるアクセントから察するに実は違うのではとも思われた。切れ長の三白眼の男、ショーヘイの手が指す方には木製の扉があった。あの奥が応接室だろう。

 俺は関節を軋ませながら立ち上がり、ショーヘイと名乗る若い男についていった。




 * * * 




「たしかに夢にしては出来すぎか」


「ですから、これは夢ではないのです。竹内さんは眠っている最中に、我々の、こちら側の世界に導かれたのです」


おわかりになりましたか、とテーブルの向かい側の男、ショーヘイは念をおした。

 とはいえ、さすがにこれは


「理解しがたいことは承知しております」


 俺の思考を遮ったショーヘイの表情は実に役人らしい、なんども同じ質問をされ続け、それに答え続けたことが汲み取れる、冷静でこちらを諭すような顔だった。


「ですがここから起きること、正確には今起こっていることも、紛れもない事実です。あなたは実体をもって生きている。お腹もすけば、眠くもなる。怪我をすれば痛いし、心臓を刺されれば死ぬ。

 ですから、細かいところはおいといて、とりあえず現状を受け入れてください。そうでないと不利益を被るのは他でもないあなたです」


 口ぶりは丁寧だが、目付きや語気から分かる。こいつは自分が圧倒的優位にいると確信してる。事実、右も左もわからない俺とこいつじゃそのとおりだが、やはり少々いけすかない。


「わかったわかった。たしかによく分からんが、まずはあなたの言うとおりだとしよう。だけど、もう一度整理させてくれ。えっと、ここはつまり夢の中の世界」


「そちら側の主観ですと夢の中のように感じるとは思いますが実際は」


「ああ、そうだったな。俺の言い方が悪かった。ここは現実。だからそうだな、眠っている最中にワープした別世界ってところか」


「ひとまずはその認識で結構かと思われます」


 なんだこいつ。ひとまずは、なんて偉そうに。ちょっと違いがあるならちゃんと説明しろよ。


「それで俺たちはあんた方の指示に従って悪魔退治をしなければいけないと」


「ええ、私たちの討伐依頼を受けてもらいます」


「強制的にね」


「個体レベルではそう感じてしまうかもしれませんが、我々の国とあなた方の国との間にはこういった契約が昔から結ばれているのです」


「なんともはた迷惑な話だな。昔の人の決めごとに従うなんて」


「日本にも法律がありますでしょう」


「法律は知らされてた」


「公の場で教えないのは、あなたの国の独自の判断です。我々に毒づかれてもお門違いと言うものです」


 よくもまぁこうつらつらと言葉が出るものだ。こちら側なまりと思われる日本語がかなり達者だ。


「ほう、ショーヘイさん。あなた難しい言葉をいっぱい知ってるじゃないか。よく勉強できてんじゃん」


「あなた方と多く関わる仕事ですので」


「だけど一個間違った言葉があったぜ」


「それは失礼しました。よろしければ教えてくださいますか」


「俺たちのことは"個体"じゃなくて"個人"と呼んでくれ」


 な? と目を見開いてみる。失礼にあたるぞ、とさらに続けた。

 机に身を乗り出して凄んでみたつもりだが、ショーヘイはただ微笑んで


「へえ、それは初耳でした」


と言ってさらっと謝罪を述べた。


「······もしかしてわざとか?」


「いえ、滅相もございません。単なる私の些細なミステイクでございます。あと他にご質問がないようでしたら、王の間にご案内します。王から直接依頼を聞くかたちになりますが、ややお時間をおかけすると思うので、その際に魑魅魍魎が跋扈する摩訶不思議なこちら側の世界について、懇切丁寧に私が説明させて頂きましょう······」




 * * *




 ショーヘイはこの建物のことを"城"と呼んだが、造りは俺から見れば"ビル"であった。

 内装は大理石に似た石造りだが、構造は日本の都市にある、会社ビルとほぼ同じだった。オフィスルームには廊下側に大きなガラスが組み込まれていて、中を覗くことができたが、日本の、スーツ姿の会社員がパソコンを叩く風景とは全く違い、麻のガウンを着た従業員が椅子に思い思いの格好でもたれて、視線の先に浮かぶ紫色のディスプレイを食い入るように見ていた。

 ショーヘイは例の調子で、正確には違うのですが、と前置きしてから「我々はあなた方に魔法、と説明しています」と語った。地上14階にあるらしい王の間に行くときに使ったエレベーターも"いわゆる"魔法で動いているらしい。

「今のところはただそれだけの理解で結構でしょう」だそうだ。


 エレベーターを降りてすぐの大きな両開きの扉を押し開けると、だだっ広い部屋のなかに、俺とショーヘイのように、日本人らしき人とガウンを羽織ったこちらの役人らしき人がペアになって列を作っていた。


「私たちも最後尾に並びましょう。10人ほどいらっしゃいますが、経験者ばかりですから、そうは長くかからなそうですね」


「ガウンじゃない方は日本人だよな」


「そうですよ。あなたと同じく、日本から任務を遂行するべく召集された方々です。といってもここにいるなかで今日が初めてのアサインなのは竹内さんだけですが」


 見回してみると並んでいるのは俺と同じ高校生ぐらいから40代程度までの日本人の男女9人だ。役人や、知り合い同士なのだろう、呼び出された者同士で小声で話している奴らもいる。そしてその先には


「これは上級任務であり、非常に難易度が高いが、北澤。君なら必ずや達成することができるだろう。期待している」


 社長机に足をのせて椅子に深くもたれ掛かっている男がいた。両脇に高級そうなガウンの従者を控えさせている彼こそがこの国の王であろう。今までの人生で感じたことはなかったが、これがオーラ、風格というものなのだろうか。老いてはおらず、むしろイメージからすれば、王にしては若すぎると感じるくらいの40代後半らしきダンディーな壮年だが、見ただけで彼がただならぬ者であることを察しとることができた。

 彼について特筆すべき点はその見た目にもある。この国の住人(出会ったのは全て役人と見られる者であったが)は皆、ガウンないしはカーディガンを羽織っているのに対し、王は地球風のコーディネートに身を包んでいた。高級そうな上下スーツにベスト、革靴、ネクタイと、このビルに似つかわしい、まさに社長然としたルックスである。さすがにオールバックにちょび髭をはやしたその顔には、狙いすぎだろと思ってしまったが。


「言うまでもないかと思いますが、あの方が私たちの国王でございます」


「だろうと思いました、ああ思ったよ。目力がすごいな。非常に鋭い。納得だよ」


 先頭の男が右奥手に消えていくと、王自ら次の者を呼んだ。


「明智、待たせたな。まえに来たまえ」


「承知しました」


 明智と呼ばれた体格の良い青年は、低い声で返事をしてデスクの側まで歩み寄った。

 対する王はお付きの者から数枚の紙を受けとると、それを見ながら半分を明智に差し出した。明智もそれを直々に受け取り目を通している。資料と見られるそれを一通り読み終えたらしい王は軽く咳払いをしてから、よく通る、芝居じみた声でこう高らかに言い放った。




「おお、勇者。悪魔バルベリスを倒してきてくれないか」




 ······What ? いきなりドラゴンクエストへのオマージュらしきセリフをぶちかましてきた姿勢の悪いジェントルマンは、呆気にとられている俺をよそにトーンを戻して続けた。


「と、言うわけでだ。明智には一昨日現れた死霊騎士、バルベリスを討伐してほしい。場所はセイプチリッヒ旧市街、まぁいつも通り依頼書を見ておいてくれ。書類上、中級任務となってはいるが強大な悪魔だ。過去の討伐例をアーカイブでしっかり確認しておいてほしい。勇ましき異界の者よ。活躍に期待している」


「ありがとうございます。それでは早速行って参ります」


健闘を祈る、と言って、すでによそを向いている王は続いて次の者を呼び出した。


 大体の把握はできた。突然の白々しい台詞は儀礼的な何かで、俺たち呼び出された者はここで王から直接依頼とやらを受けるのだろう。非効率なことだ。


「効率的ではありませんが、これも契約によるものです」


「俺の思考を読めるのか?」


「表情から推察することなら」


 ショーヘイはそう言ってまた姿勢を正し、ツンと前を向いた。

 その後も、わざとらしい依頼の要約の発表と、依頼書の受け渡しが繰り返された。任務内容の内訳はどれも、カタカタ語の名前の悪魔の討伐やら殲滅やらだった。

 どの男女も特になにも言わずに右手に立ち去っていく。


「これは本当に、必ず受けなきゃならないの?」


「任務ですか? はい。こちらの提示した任務は絶対です」


「選択肢もないのか?」


「ありません。あなたに適した依頼をします」


「適したって言われてもなぁ······失敗とかあるの?」


「残念ながら。駆除できずに逃げ帰ってきた者や、惜しいことに命を落とした者も少なくありません」


 なんか怖いこと言ったぞ。


「命を落とした?」


「はい、悪魔との交戦中に。いくらあなた方が悪魔に耐性があるとはいえ、敵からのダメージはゼロではないので」


 俺はここに来るまでの会話を思い出そうとする。


「ここに来る前に、悪魔の攻撃はこっちに効かないって言ってなかったか」


 たしかそんな感じのことを聞いた気がする。この世界では悪魔(これも便宜的な翻訳らしい)が出没し、それに対抗できる力を持っているのが俺たち地球人だと。


「いえ、悪魔の使う魔法に対し一定の耐性があり、効きづらいだけで、無効化されるわけではありません。それに、悪魔の物理攻撃、つまり引っ掻かれたり剣で斬られたりとかには耐性もくそもありません」


「野郎、だましたな」


「間違ったことはなにも。コミュニケーション不足でした。謝罪します」


「よく役人がつとまるよ」


 ショーヘイは薄く笑いながら会釈じみたことをして済ませた。本当に頭にくる奴だ。俺に個人的な恨みがあるとしか思えない。


 不意に後ろの扉が開く音がした。他の地球人だろう。反射的に振り返ると、一際大きな体をした王国の役人が、隆々とした両腕で扉を押し開いたところだった。

 この国の住民は王を含めて皆、地球のアジア人風の見た目をしているが、彼は髪の色も目の色も黒ではなく、金髪カーリーショートに堀深碧眼。同族の遺伝子由来でないことは明らかだった。


 並ぶ俺たちに一瞥をくれる彼の背後から、すっと現れたのは背の高くない女子。ありえないと思ったが、俺はセミロングにゆるくパーマをかけた睫毛の長いその子の顔に見覚えがあった。


「竹内達哉くん? 竹内くんも悪魔祓いだったの?」


「葵、さん······どうも」


 あおい双葉ふたば。同じ高校に通っている女子、もっと言うと今年のクラスメートだ。あまりワイワイしているタイプでなく、普段は仲の良い女子とばかりしゃべっているが、いかんせん顔がいいので狙っている男子は多いだろう。実際俺も超タイプだ。あんまり話したことはないけど。


「驚いたよ、知り合いに会うなんて。や、俺は今日初めて来たわけだけど」


 さっきまでのショーヘイへのイキった態度が恥ずかしくなるほど、しどろもどろになる自分に嫌気が差す。

 そんな俺のださい格好を気にも留めずに、葵は嬉しそうに話しかけてきた。


「ええー! じゃあまだ意味がわからないでしょ。大丈夫、私もまだわかってないから」


「あ、そうなの?」


「冗談じょうだん!」


超うける、と思いっきり笑われた。パンチがきついなぁ。

 そこで葵の担当の役人が彼女の肩を叩いた。


「あーごめん。ちょっとうるさくしちゃったね。いやいや、そっかそっか。まぁ、王様は心が広いから大丈夫だよ。

 で、どこまで聞いたの? はなし。私たちの特性のことは? 悪魔のことは?」


「いや、一通り聞いたんだけど、聞いたと思ったんだけど、実はあんまり」


「私から最低限伝えました」


 割り込んできたのはショーヘイだ。


「葵双葉さんですね。お噂はかねがね」


「そういうあなたはショーヘイさんですね。こちらこそ、かねがね」


「光栄です」


 謎にバチバチですやん。お互いに面識はなさそうだが穏やかならぬ雰囲気を醸し出す二人に声をかけられないでいると、この睨みあいを断つ一声が放たれた。



「次、竹内達哉。前に来なさい」



 王。気づいたら前に並んでいた人々は消えていた。

 あわてて王のデスクに駆け寄る。ショーヘイも静かに俺の横に立った。


 改めて対峙すると、王者たる威厳に圧倒されそうだ。自信と実力を兼ね揃えた責任者としての姿。王は資料をパラパラと眺めた後にゆっくりと話し始めた。


「はじめまして。竹内達哉。君たちとは別の、こちら側の世界については彼から聞いたかね。この世界で、ここセヌ王国を治めているジュリウスだ。そこのショーヘイと同じく地球風の通称だがね。

 これから君を悪魔祓いの卵と見込んで依頼をさせてもらうが、まぁ細かい話は彼や他の者に任せるから、私からは要点だけを述べさせていただく。ああそうだ、葵とも知り合いなのか? 都合がいい。彼女にいろいろ教えてもらうといいよ。葵は優秀だからな······ついてこれてるか?」


「はい。ジュリウス王。お会いできて光栄です」


 初っぱなからどんどん話されたからペースがつかめず、雑な挨拶になってしまったがジュリウスは気にしてなさそうだ。鋭い眼光を浴びせながら彼は続ける。


「こちらこそ。出し抜けに喚び出すかたちになったことはいくらか申し訳なく思ってるよ。日本はどうしてか公に説明してないらしいからな。もちろんそちらが全面的に悪いんだと開き直る気は毛頭ないがね。

 おっと、アサインの話だったな。すまないね、横道にそれてしまって。気づいてるとは思うが、やや古めかしくわざとらしい手法で依頼をさせてもらうよ。いいね?」


 唾をのみ頷く。初任務、恐ろしいなんてもんじゃない。葵と会えたから幾分安心したが、訳のわからない悪魔の討伐だ。死人も出る。

 王はもう一度資料を見てから軽く息を吸った。自然と拳に力がはいる。ショーヘイが挙措を正した。葵の靴が床をキュッと鳴らす。そして、王の口が、開かれる。














「おお、勇者。薬草をとってきてくれないか」



 ······What ?

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