誰もいない会社(ホラー)

 ある夏の夜、関口せきぐち絵里えりは一人で会社に残って仕事をしていた。もう外も真っ暗で、社内も絵里のいる場所以外は電気を落とされている。他の人は帰ってしまい、恐らく、絵里が最後の一人なのだろう。


「ああ、やーっと帰れるー!」


 時刻は夜の10時すぎ。ようやく仕事が終わり、パソコンを消したところでフロアの明かりが消えた。真っ暗になる。


「な、なに……?」


 警備員は絵里が残業中であることを知っているので、電気を消すとは思えない。突然のことに絵里は動けなかった。

 ただでさえ他の人のいない会社というのは不気味な気がするのに、真っ暗になってしまったら怖すぎる。どうして電気が消えたんだろう。

 そこでふと、向かいの席に座る小島こじまが「うちの会社って、一人で残業していたら出るらしいよ」と言っていたのを思い出した。

 出るとは、幽霊である。


「そんな……バカなね……」


 絵里のつぶやきが静かな社内に漏れる。

 とそのとき、フロアの反対側に明かりがついた。すぐに消える。今度は別の一角の明かりがつき、消える。それの繰り返しで、あちこちランダムに電気がついては消えが続いた。


「な、なんなの……」


 絵里は怖くて泣きそうだ。思わず目をぎゅっとつむり、耳をふさぐ。

 つむったまぶた越しに真上の電気がついたことに気づいた。その電気は一向に消える気配がない。

 絵里はゴクッと喉を鳴らしながら、怖々と目を開けた。

 周りの電気は消え、絵里のいるところだけついていた。最初の状態に戻っている。

 怪奇現象はこれで終わったと思っていいのだろうか。すると、「ごめん、ごめん」と男性の明るい声が響いた。


「え……?」


 出入り口にスーツ姿の男性が立ち、電気のスイッチに触っているようだった。


「営業先から戻ってきたら人がいたから、ちょっと驚かそうかなーってつい。電気つけたり消したりしたら、予想以上に驚かせてしまったみたいだな。悪かったよ」

「あーもう、びっくりしましたー」


 人のいたずらだったと知り、肩の力が抜けた。知らぬ間にこわばっていたようだ。


「こんな夜遅くに洒落にならないですから、こういうことはやめてくださいね」

「ほんと、ごめん」


 男性が顔の前に両手をやって謝るので、絵里は息をついた。


「もういいですけど」


 絵里は荷物をまとめると、その人に「お疲れさまです」とあいさつをして、廊下に出た。



「あーもう、疲れたー」


 1階におりて、体を伸ばす。ずっと座っていたので、体がかたまっている。

 絵里は警備員に社員証を見せて、「お疲れさまでしたー」と声をかける。

 警備員は人のよさそうな笑顔を見せた。


「ああ、関口さん、お疲れさま。今日は関口さんが最後の一人だったよ」

「え」


 絵里は笑った顔のまま、フリーズした。


「でも、さっき、営業の人が戻ってきましたよね」

「いえ、誰もここを通ってないですよ」

「本当に?」

「間違いないですよ」


 それじゃあ、さっき見た人は誰だったんだ……。

 そういえば見覚えのない顔だったことに気づいて、夏の夜だというのに背筋が寒くなった。

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