雨の日のお仕事(不思議)

「お父さまから合図よ!」

「みんな、行くよー」

「おー」


 掛け声と同時に、7人いる女の子たちのうち6人が一斉に飛び出した。翼を一生懸命にはばたかせ、赤、橙、緑、青、藍、紫の光を出す。すると、6人の飛んだあとにはキラキラの軌跡が残るのである。

 ただ一人出遅れてしまった女の子、レーナは慌ててみんなを追いかけた。


「ま、待って待って」


 レーナが飛ぶと、橙と緑の間に黄色の光が加わる。

 先にゴールへと到着した6人は、呆れた顔でレーナを見ていた。


「レーナ、いつも鈍くさすぎ」


 言ったのは赤の女の子、ミリヤだ。


「本当だよ。わたしたちは虹を出して、それを見た人々を幸せな気分にするのが仕事なんだよ。一色足りなかったら不完全で、幸せにできないじゃない」


 青のリリーも怒ったような声を出した。他の4人はおっとりした性格なので、「まあまあ、いいじゃない」と言ってくれるのだが、ミリヤとリリーは気が強いうえに、真面目で正義感も強いので、みんなと同じに行動できないレーナのことにイライラしているらしい。


「……ごめんなさい」


 謝りながら、レーナの瞳は涙でにじんできた。


「また泣く! 泣いて謝れば許してもらえるって思ってるでしょ」

「そ、そんなことは……」


 一体どう言えばいいのかわからず混乱してきたレーナは、余計に涙を我慢できなくなる。

 そこへ、雨の神レイダスがやってきた。


「何やってるんだ」

「お父さま! レーナがまた一人遅れたんです」


 ミリヤはレイダスに訴えた。

 レーナたち7人はレイダスの子供で、虹の妖精だ。父親が雨を降らせてあがったところに虹をかけるのが仕事である。

 ただカラフルな色を描くだけではない。彼女たちの翼から出る色のついたキラキラした光には人間の幸福感を刺激する力がある。人が闇の心に捉われすぎないようにする大事な仕事だ。

 それを全うできないなんて、とレーナ自身も自分の情けなさに落ち込んでいた。


「出遅れたって言ってもほんの少しだ。大丈夫、虹はちゃんとかかっていたぞ」

「お父さま」


 レイダスはレーナに優しく微笑みかけた。

 ミリヤとリリーは、父親がレーナに特に目をかけている気がして、気にいらない。


「お父さまがそんな風に甘やかすから、レーナは一向にうまくできないんです。次にうまくできなかったら新しい虹の妖精を作って、レーナは御役御免にしてくださいよ」

「うーん。まあ、本当に虹のかからないことがあれば一大事だし、そういうことも考えるかもしれないがなあ」

「そ、そんな……」


 レーナはショックを受けた。次に大きく出遅れたら、この仕事を降ろされる。虹の妖精なのに虹をかける仕事ができなくなったら、どうなってしまうんだろう。


「わ、わたし、がんばりますから……!」


 レーナは振り絞るように言うと、その場から逃げだした。



 出遅れなければいい。そうわかってはいても、自分では速く動いてるつもりなのに遅れてしまうので、どうしたらいいんだろう。

 レーナは次々と流れる涙を止めることができなかった。


「おや、レーナ。どうしたんだい」


 のんびりとした声が聞こえ、レーナは声の方を振り返った。


「サンク様……」


 そこにいたのは太陽の神サンクだ。父親と同じで天候を司る男神である。


「あ、あの、目にゴミが入ってしまって」


 レーナは目をごしごしと擦って、誤魔化そうとした。


「ダメだよ。そんなに擦ったら」


 サンクはレーナのすぐ前まで来ると、レーナの手を掴んで止めた。


「涙の理由を聞いてもいいかな」

「た、たいした理由ではありませんので」

「たいした理由もなく、そんなに泣かないでしょう」


 そう言いながら、サンクはレーナの目元に口づけた。レーナはびっくりして、涙が止まった。


「ああ、よかった。泣き止んだね」

「は、はい」


 太陽の神の笑顔に、レーナはドキドキする。


「それで、どうして泣いていたのか教えてくれるかな」

「実は……」


 レーナは虹を作る仕事で出遅れてしまうことを説明した。すると、サンクは顔を歪ませながら、「かわいそうに……」とレーナの翼を撫でた。


「あ、あの?」


 どうして撫でられるのかわからず、レーナは首を傾げた。


「次は出遅れることのないようにおまじないだよ」

「ありがとうございます」

「がんばって」

「はい!」


 慰めてもらって気持ちが浮上したレーナは、レイダスや虹の妖精のみんなと暮らしている神殿に戻った。



「レーナ、その翼はどうした……!」


 レイダスはレーナの姿を見た途端、慌てて飛んできた。


「え?」

「翼が消えかかっている!」

「えええっ!」


 レイダスの言葉に驚いたレーナは、翼を見ようと顔を後ろに向けた。見えない。いつもは見える翼が見えない。

 手を後ろにやって翼を探すと、翼はあった。だが、その翼は普段の長さの半分ほどしかなかった。


「な、なんで……?」


 レーナは突然のことで呆然とした。

 騒ぎに気づいた虹の妖精たちも集まり、驚きの顔をレーナに向けている。


「レーナ……?」


 ミリヤとリリーが泣きそうな顔でつぶやいた。二人だって決してレーナにいなくなってほしいわけではないのだ。


「レーナ、太陽の神に近づいただろう」


 レイダスは鋭い目と低い声で言った。


「さ、さっき会いました……」

「いつも言ってるだろう。雨の我は太陽に近づくと力が蒸発して消えてしまう、と。我の娘のおまえたちも同じだから、決して近づかないように、と」

「だ、だって、ほんの数分話をしただけですよ……?」


「翼を触られたのだろう」

「え、ええ」

「そのせいだ。翼が蒸発して消えてしまったのだ」

「そんな……」


 レーナは泣きそうになりながらも、翼を振った。しかし、黄色の光は出てこなかった。


「翼がそれだけなくなれば、虹を作る力も出せないか」

「もう虹を作れないのですか」


 真剣な眼差しのレイダスを見ていたら、レーナは恐ろしくなった。

 もう二度と大事な仕事ができない。

 自分が落ちこぼれだから仕事を奪われるのは、悲しいけれどまだ納得できる。まさかこんな風に突然、奪われることになるなんて。


 今までもサンクと少し話をすることはあった。そのくらいであれば消えかけたりしなかったので、まさか少しの接触でこんなことになるとは思わなかった。

 自分の犯してしまった大きな過ちに、レーナは目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちた。


「レーナ!」


 レイダスがレーナを抱きかかえた。


「レーナ、大丈夫!?」


 虹の妖精たちも駆け寄り、レーナの顔を覗きこんだ。

 すぐに意識を取り戻したレーナは、「お父さま、ごめんなさい」と謝った。

 レイダスはレーナを抱く力を強めた。


「お父さま……?」


 レーナは自分の中に涼やかな力が流れ込んでくることに気づいた。レイダスが力をレーナに分け与えているのだ。

 しばらくすると、レーナは力が背中に集まり、自分から溢れてくることに気づいた。


「ああ……!」


 大きな衝撃を感じて、レーナは声を上げた。そして、すぐに顔を後ろに向けた。そこには新しい翼が生えそろっていた。


「翼だ……! お父さん、ありがとう!」


 レーナは、レイダスが失った力をよみがえらせてくれたんだと気づいていた。


「もうサンクに近づいてはいけないよ。あいつは意地悪なやつだからね」

「うん。もう気をつける。明日からもお仕事がんばる。みんなもごめんね」


 レーナはミリヤたちの方を振り返った。


「……まあ、一生懸命に仕事をしてくれるなら、それでいいわよ」


 ミリヤは照れくさそうにそっぽを向いて言った。そんな反応にも今のレーナはとても嬉しそうだ。

 レイダスはレーナの笑顔を眩しそうに見つめた。

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