赤い月の夜(不思議・恋)
バイトが終わり、
「赤い月だ」
不気味に見えるほど赤く染まる月が、美央にはとても大切だ。
「行かなくちゃ」
美央は近くにある公園に足を向けた。
公園にたどり着くと、白い肌に金髪、青い瞳の青年が、ジャングルジムのてっぺんに座り込んで、空を眺めていた。
「エルク」
青年の名を呼ぶと、彼は振り返って美央を見た。その途端、物憂げだった顔が笑顔に変わる。美央も思わず微笑んだ。
「ちょっと待ってて」
エルクはそう言うと、ジャングルジムの端まで移動すると、そのままジャンプして飛び降りた。
「エルク! 危ないわよ」
「平気、平気。オレ、運動神経いいから」
「でも、もしものことがあったら……」
「大丈夫だって」
エルクは笑って、美央の頬に口づけた。
「エルク!」
美央は恥ずかしくなって、頬を押さえる。「もう」と呆れが混じったような声で言いながら、エルクを見る。
相変わらず彼は美しい。
男性に美しいというのは変かもしれないけど、体の線が細めで、瞳は大きく、髪の毛が長かったら女性と間違うかもしれない。
日本人には外国人の顔が美形に見えるだけかもしれないけど、イケメンだと思う。
エルクは赤い月の夜だけ、この公園で会える不思議な青年だ。
彼の連絡先を知らなければ、彼が普段、どこで何をしているのかも知らない。何も知らないけど、付き合い自体は長い方だ。
エルクと出会ったのは小学校のときだから。
小学校から中学受験のために塾に通っていて、その帰りにこの公園に通りかかり、エルクと知り合ったのだ。
エルクはこの通り目立つ容姿なので、夜だというのに、まるで彼が光り輝いているかのように目を惹いた。
あの日は空なんて気にしてなかったけれど、恐らくは赤い月の夜だったのだろう。
一度出会っただけなのに、彼のことが忘れられず、それから度々、公園を訪れた。
たいていの日は会えない。たまに会えるとそれは赤い月の夜だ、という法則性は何度か会ってから気づいた。
「美央、もうすぐだね」
エルクに頬をなでられ、過去を思い出していた美央は現実に引き戻された。
「もうすぐ、美央の16歳の誕生日だ」
「……うん」
「16歳になったら、オレと結婚する。約束だよ」
「わかってるよ」
前に会ったときに、エルクからプロポーズを受けた。
正直なところ、まだ結婚なんてピンと来ないし、両親の理解も得られないだろう。
結婚なんて夢物語だ。
でも……。
エルクは美央に顔を寄せると、そっと口づけた。その唇はひんやりとしていた。
唇が離れると、美央はエルクを見つめた。
「誕生日、楽しみにしてるね」
「オレもすごく楽しみだ。もうすぐで美央が手に入る」
青い瞳を光らせて笑うエルクに、美央もなんとか笑い返した。
エルクは不思議な人だ。出会ってからもうすぐ5年になるけど、彼の容姿は何も変わらない。出会ったときから今の青年姿で、どこも変わらないように思える。
もちろん、5年くらいだとたいして顔も体形も変わらない人もいるのかもしれない。青年ということは、成長の時期は過ぎているわけだし。
考えすぎだ。
そう思ってはいても、いつも冷たい彼の体に触れる度、彼は本当に生きているのだろうか、と美央は少し恐ろしくなる。
それでも、エルク以外に恋を知らない美央は、彼とともにあることを選んだ。
誕生日が過ぎ、彼の花嫁になる日。
それがたとえ美央の死ぬ日であっても。
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