柴犬のお尻愛好会(恋)
とある日の放課後。
空は雲一つない快晴で、夕方になっても青空を見せていた。7月の日差しが照り付けて、暑い。
大吾は暇を持て余していた。いつもなら今頃、グラウンドで汗だくになってユニフォームを汚しているところだが、大吾は先月に肘を壊して、野球部を退部した。
リトルリーグの頃からピッチャーだったのに、ボールを投げられなくなったんだ。
それから、やりたいことも見つからず、野球がなくなったらどんな風に時間を過ごせばいいのかもわからなくなってしまった。
「あの、中村くん」
「ん?」
女子に呼ばれて振り返ると、クラス委員をしている
「副島、どうした」
「中村くんが部活探してるって先生に聞いて」
「あーそれな」
大吾の通う高校には帰宅部なんてものはなく、必ずどこかの部活に入らなくてはいけないという決まりがある。つまり、野球部を辞めた大吾は別の部活に入部しなくてならないのだ。
だけど、他にやりたいこともない大吾は、次の部活を何にするか決められないでいた。
「中村くん、良かったら柴犬のお尻愛好会に入りませんか!?」
「は?」
副島は顔を大吾に近づけ、目を輝かせながら一気に喋った。
「柴犬のお尻愛好会ってなんだ……?」
大人しい女子だと思っていた副島のテンションに引き気味になりながらも、大吾は尋ねた。
「柴犬のお尻を愛でる同好会です」
「は?」
大吾は、再び同じ言葉を返してしまう。
今、脳が処理できなかった。何の同好会だって?
「柴犬の?」
「お尻です」
大吾が尋ね返すと、副島はにっこり笑って繰り返した。
「ごめん、俺、犬とか飼ったことないからよくわからなくて」
「大丈夫です。柴犬のお尻を見たら、どんな人でもメロメロになるはずです」
そう言いながら、副島はスマホを操作して、画面を大吾に見せた。そこには赤毛の柴犬の白いお尻が写っていた。ぷりっとむっちりしたお尻で、確かに可愛い。
「これ、うちの飼い犬のメロちゃんです。可愛いでしょ?」
「あ、ああ……」
大吾はメロちゃんという名前の由来が気になった。さっき、似た単語を聞いたところだ。まさかな…と思っていたら、副島は聞いてもいないのに由来を話した。
「ちなみに、メロちゃんのメロは、可愛らしすぎて誰もがメロメロになるからです!」
「そ、そう……」
副島ってこんな変なやつだったんだ。顔は結構可愛い方だけど、真面目で勉強ばっかしてて、男からの好意も全然気づかない鈍感で。
まさかこんな面白いやつだとは。
大吾は我慢できずに吹き出してしまった。副島は大吾の笑いの理由がわからず、首を傾げている。
「わたし、何か笑うようなこと言いました?」
「いや、ごめん」
「ま、いっか。それよりですね、入りたい部活が特にないようでしたら、うちの同好会に入ってくれませんか」
「それって他に誰が入ってんの?」
「わたしだけです」
「は?」
三度目だ。
「副島、同好会って部員一人でも成立するのか?」
副島は首を横に振った。
「今は仮設立みたいな状態です。わたしが立ち上げたんですけど、部員は三人必要で、あと一人探さないと正式な同好会にはできないんです」
「おい、部員の数に俺もいれるな」
まだ入部するとは言ってないのに、すでにメンバーとして数えてやがる。
「あ、すみません。でも、入りたい部活ないから野球部辞めてからどこにも入部してないんでしょ? なら、うちでもいいと思うのです!」
「と言ってもなあ。俺は柴犬なんてそんなに知らないし」
「大丈夫です。わが家に来てください!」
「は?」
四回目。
そうして30分後。大吾は副島の家にお邪魔していた。
なんでこうなったんだ。
「この子が、柴犬のメロちゃんです」
「お、おう……」
赤毛の柴犬がつぶらな瞳を大吾に向けて、舌を出してハッハッと言っている。
「メロちゃんのお尻を見てもらうなら、散歩に付き合ってもらうといいと思うのです。わたしの後ろを歩いてください」
「は?」
五回目。
副島は散歩の準備をすると、家を出た。大吾はその1メートル後ろを歩く。
女子のあとをついて回るって、知らない人が見たら怪しいやつと誤解されないか?
周りの視線を気にしながらもメロの尻を見ると、メロのぷりっとした尻は歩くたびに左右に揺れている。
やばっ、想像以上に可愛いじゃねえか。
プリティーなお尻についつい注目してしまう。
じっとお尻を見ていたら、突然、副島が振り返り、つられてメロも振り返った。
「どうです。可愛いでしょう?」
「あ、ああ」
「じゃ、入ってくれます?」
「それって、どんな活動するわけ?」
「えーと……」
副島の目が泳いだ。
「まさか、考えてないわけ? 一番肝心なことだろ」
「ネットで柴犬のお尻の画像を探して眺めたり、メロちゃんと散歩してお尻眺めたり?」
それってわざわざ部活にしなくてもできることじゃん、と大吾はまたもや笑ってしまった。
「中村くんのやりたいことがあったら、一緒にやりますよ」
「二人で?」
「二人で」
にっこりと笑う副島の顔を見て、相変わらず鈍感だ……と思った。
部活とはいえ、男と二人きりなんてろくなことにならんぞ。
まあ、でも、いっか。
大吾は手を差し出して、副島と握手した。
「よろしく」
「こ、こちらこそ……!」
嬉しくて頬を赤く染める副島を見ていたら、柴犬やお尻なんてのはよくわからないけど、副島を見てるのはありかもな、と思える。
暇つぶしにはなりそうだ。
そう思って笑っていたら、副島が急に慌てだした。
「あ、嘘です、二人じゃないです!」
「は?」
六回目。
「担任の先生が顧問なんですけど、先生も柴犬のお尻にメロメロらしくて、活動にいつも付き合ってくれるので、三人です!」
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