ソーダ(サスペンス)

「ねえ、知ってる?」


 麻里まりは隣を歩く信司しんじに、とあるペットボトルを見せた。


 麻里と信司は付き合って2年目。先日、信司の何度目かの浮気が発覚し、今日は仲直りのデートをしていた。

 そのため、麻里はお気に入りのワンピースにパンプス、真っ赤なルージュと気合いを入れた格好だ。対する信司は麻里にプレゼントされたリネンシャツにジーパンというラフな姿だった。


 信司は麻里の持つペットボトルをじっと見る。どこにでも売っている、とある有名な炭酸飲料だ。

 それがどうしたのか、全くわからず眉を寄せた。


「なんだよ」

「このソーダを飲んだ人は呪われて、死ぬらしいわよ」

「はあ? なんだよ、そのバカバカしい話は」

「バカバカしい?」


「そうだろ。そんなどこにでも売っているソーダを飲んで死ぬなら、今頃、周りは死人だらけのはずだ。でも、身近に誰か死んだなんて話は聞かないだろ」

「そうよね。じゃ、飲んでみせてよ」

「な、何言ってるんだ……」

「怖い?」


 そう言って笑った麻里の唇の真っ赤なルージュを見て、信司はどうしてだか背筋がゾクッとした。

 だけど、それを隠すように信司も笑って取り繕う。


「怖いわけ、ないだろ」

「そうよね、飲めるわよね。はい」


 と立ち止まって差し出されたペットボトルを受け取ることができなかった。

 麻里はため息をつくと、ペットボトルの蓋を開けて、一気飲みをした。


「お、おい!」

「なーんてね。何も起こるわけないじゃない。ほら」


 と麻里は半分ほど減ったペットボトルを信司に見せた。麻里はピンピンしている。


「そう……だよな」

「ね。だから、飲めるでしょ?」


 はい、と麻里はもう1本のペットボトルを信司に差し出した。

 呪いなんてあるわけない。現に麻里は飲んでも普通に笑っているじゃないか。

 一体、何が怖いというのだ。

 自分に言い聞かせて、信司はペットボトルを受け取った。


 そもそも、呪いなんて話はどこから来たんだ? 麻里が俺を怖がらせるために作り話をしているのか?

 麻里はどうしてこれをそんなに飲ませたいんだ。

 疑いながらも蓋を回し開け、見栄をはるように信司も一気に飲もうとした。変な味がした。吐き出す前に反射で飲み込んでしまう。喉が焼け付くように痛い。血が逆流するようだ。


「あっ……」


 力の入らなくなった手からペットボトルが滑り落ち、道路に染みを作った。

 何が起こったのか、理解をする前に信司の記憶は途絶えた。致死量の入ったソーダが信司を奪うのは一瞬のことだった。

 そばでは、真っ赤な唇で笑みを作った麻里が倒れた信司を眺めている。


「呪いなんて不確かなもの、あるわけないのに。バカねえ。でも、これであなたは永遠にわたしのものよ」

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