微熱(恋)
夏風邪をひいた。熱を出して寝込んでから一週間だというのに、
「いくらだった?」
義理の兄である
「37度2分」
「微熱が治らないな」
健一は桜の横に座って、桜のおでこに手を当てる。
桜は内心、ドキドキしていた。これではもっと熱が上がりそうだ。
「ちょっと熱いか。そうだ、いいものあるんだ。ちょっと待ってな」
「うん」
キッチンに向かう健一の背を見ながら、桜はため息をついた。
小学生の頃、桜の母親と健一の父親が再婚をして、健一と兄妹になった。歳の離れた素敵なお兄さんへの憧れが恋に変わったのはいつだったのだろう。
今は中学2年生の桜と、大学生3年生の健一。
一足先に大人になった健一にとって、桜は子供だろう。
おでこに手を当てたり、気軽に接触できるってことは、私のことを完全に子供扱いしてるってことよねえ。
桜はもう一度、はあああとため息をついた。
異性として意識していたら、きっと触ったりできないはずだ。
「どうしたんだ。ため息なんてついて」
考え事をしている間に健一が戻ってきたようだ。横に健一が立っていて、私を見下ろしている。
「なんかしんどいなーって思って」
「微熱も結構つらいもんな。これでも食べて元気だして」
健一は切った桃の入った器を差し出した。
「ありがと」
受け取りながら、健一をちらっと見る。
「風邪って人にうつせば治るって言うわよね」
「なんだ、俺にうつす気か?」
「それもありかなーなんて」
冗談よ、と言いかけた桜は息を止めた。
健一がソファの背もたれに両手をつけて、その間に桜を閉じ込める。
壁じゃないけど、壁ドンみたいな体勢だ。桜は背をそるようにして、精一杯距離を取ろうとするが、尋常じゃなく近い。
「け、健兄……?」
「風邪ってキスしたらうつるとも言うよな」
「キ、キス……」
桜は息をのんだ。
健一がこんな風に桜をからかうことは初めてで、からかわれているのか、本気なのか、判別がつかない。
健一が顔を近づけてくる。その唇を桜は見てしまう。
唇がさらに近づき、近すぎて見ていられない距離になる。もう少しで触れる……というところで、健一は止めた。
健一が笑い、息が桜の唇にかかる。桜の体は緊張したままで、体に鉄板でも入ってるかのように動けなかった。
「冗談だ。驚いたか」
健一は体を離して、桜の顔を覗きこんだ。桜は何度もうなずくことしかできなかった。
「桃、食べたら部屋に戻って横になってろよ」
健一は桜の頭をポンッとすると、リビングから出て行った。
扉が閉まって、5分はたってからようやく体の力が抜ける。
「驚くに決まってるじゃない……」
コテン、とソファに上半身を倒すと、顔を両手でおさえた。
さっきので確実に熱が上がった。
健兄は何を思ってあんなことしたんだろう。
ドキドキが治まらない。心臓が止まって、死ぬかと思った。
「あーもー!」
気持ちがおさまらなくて一人で叫ぶと、体を起こした。
健一が切ってくれた桃が目に入り、フォークで突き刺して口に運ぶ。
「……甘い。美味しい」
桃が冷たくて気持ちよかった。
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