33 ドラゴン族の長の所へ向かおう!

 どこをどう移動したのか、エウレカにはわからない。理解出来たのは白黒2色のメイド服を着た獣人――シルクスに引きずられていることだけ。目の前の景色は目にも止まらぬ速さで前から後ろへと流れている。


 時折、エウレカの足先が地面を抉った。骨折をしている右足は、足先が地面に触れるだけで激しく痛む。痛みに顔を歪ませながらも横を見れば、フェンリルが無表情のまま引きずられている。


「のう、フェンリル」

「なんだ?」

「我らはどこに向かっておるのかのう?」

「ドラゴン族の長のところだろ、多分」

「我、到着する前に倒れそうなのだが……」

「はぁ?」

「怪我した右足が、限界じゃ……」

「自業自得だろ、それ」


 シルクスは華奢な見た目からは想像が出来ない力で、フェンリルとエウレカを引っ張っていく。流石はドラゴン族、姿形は変われどその高い能力は変わらない。赤い瞳が見据えるのは地下迷宮の遥か先、ドラゴン族の長がいる場所だ。


 革靴が傷だらけになるのも気にせずに、その足が力強く地面を蹴る。足を踏み出す度に艶めかしく動く尻尾に、エウレカの目は釘付けだ。


「シルクスが味方でよかったな」

「……正体を知ってもさほど驚かぬのだな、お主は」

「力があって、エウレカにあんなに協力的で、ついでにあんたのことをからかうだけの余裕がある使用人なんて……限られてんだろ。これでも孵化したばかりの時はそばにいたしな」

「そうか? 幹部陣はあんな感じであろう? お主も含め、じゃが」

「シルクスは幹部じゃねーだろ。あれはただの、家事使用人だったはずだ。家事使用人のくせに、いつだってエウレカの傍にいたけどな」


 フェンリルの口からため息がこぼれ出た。その鋭い赤い瞳がさらに細められる。白い耳がピクピクと動いて周囲の音を拾う。


「おい、エウレカ。気付いてるか?」

「……うむ。ひしひしと感じるぞ、我に向けられた敵意をのう」

「動けそうか?」

「無理じゃ。何事もないかのように振る舞うのが精一杯じゃな。魔法くらいなら発動出来ると思うが」

「上等だ。気張れよ、エウレカ」


 それは微かな痛みを感じる程強い敵意だった。まるで刃物の切っ先を喉元にあてがわれているかのような感覚。しかも、敵意を発している者は複数いる。


「……のう、フェンリル。我は目的のために、味方と戦うべきか?」

「それが必要なら。あんたの目的は、全ての魔族が納得するわけじゃねーからな。今回みたいなことは増えてくと思うぜ」

「しかし、相手はドラゴン族であるぞ?」

「ドラゴン族相手なら、勇者助けた日に喧嘩売っちまったろ。何を今更、馬鹿げたことを」


 シルクスは言葉を発さないまま淡々と歩を進める。引きずられたままのエウレカとフェンリルは互いの顔を見て小さく頷いた。遠くからドラゴンの鳴き声が聞こえてくる。





 エウレカは敵襲に備えて身構えつつさっきを放つ。だがその殺気は複数のドラゴン相手では無意味なものだった。相手を怯ませることは叶わず、エウレカを狙った攻撃が始まる。


「痛っ!」


 最初に被害を受けたのはエウレカであった。その太ももには、どこから放たれたのかもわからない細い木の棘が刺さっている。運の悪いことに、まだ完治していない右足が被害を受けた。痛みに声を上げるエウレカ。その頭上ではすでに新たな攻撃が始まろうとしていた。


 エウレカの頭上から左右から、拳大の石が襲いかかってくる。必死に松葉杖でそれらを払い落とすも意味がない。対処しきれなかった石はエウレカの顔に命中し、その姿を消していく。そしてまた石の雨がエウレカに向かって前後左右様々な角度から襲いかかる。


 被害を受けたのはエウレカ本人だけではなかった。エウレカが大切に握る松葉杖。その末端から突如炎が上がり、瞬く間に松葉杖全体へと燃え広がってしまう。慌てて松葉杖から手を離すも時すでに遅し。松葉杖から指へと移った炎はエウレカの皮膚と衣服を燃やしていく。


 炎を消そうと指先に息を吹きかけるが、呼気ごときで簡単に消えるような弱い炎ではなかった。焦ったエウレカが必死に両腕を振るも炎の勢いは衰えない。水を使うという単純な発想を思いつく余裕もない。


「ドラゴンって魔法、使えたか?」

「似たようなものなら使えます。魔法とは原理が違うので、魔法とは言えませんね。私が使うものも、魔法ではなく魔法に似たものですし」

「……それさ、こんなにばっかりか?」

「いえ。威力も範囲も自由に選べますので」


 シルクスとフェンリルが話している間にも、エウレカへの攻撃は続く。


 今度はエウレカの頭上にのみ小さな雷雲が形成された。灰色の雲からは雨と雷が降り注ぐ。そこに、どこからともなく吹き付ける細氷が加わる。エウレカを燃やす炎は局所的な雨と細氷によってかき消された。しかし火を消しただけで攻撃が終わるはずがない。


 エウレカの頭部目掛けて氷の棘が飛んでくる。痛みに悶絶するエウレカにそれをかわす余裕はなく、氷の棘は負傷している右足に深々と刺さってしまった。だがどんな攻撃を受けてもエウレカの体から血が流れることは無い。出血しないように相手が加減しているからだろう。


「……エウレカ、完全に遊ばれてねぇか、これ?」

「遊ばれてますね。威力の低い遠距離攻撃で、様子を見られています」

「右足くらいは治療してやるべきか?」

「いえ、氷の棘が溶けてすぐに傷が塞がっています。相手にも怪我をさせる意図はないのかと」


 右足に刺さったはずの氷の棘はすでに溶けていた。氷の棘が刺さっていたはずの場所にはすでに傷跡はない。棘の痕跡は右足に巻かれていた包帯に空いた穴でしか確認出来ない。同様に火傷を負ったはずの皮膚も回復しており、焦げた衣服だけが燃やされたことを示している。


「魔王様、少し急ぎます」

「シルクス? ぬぬ! た、頼むから我が了解する前に行動に移すでない!」

「時間がありませんので」

「ドラゴンの攻撃より引きずられる方が、右足に、負担、かかるのだ……ぞ」


 ドラゴン族がエウレカに手を出した。それだけは紛れもない事実である。今でこそそこまで大きな被害は出ていないが、いつ攻撃内容が悪化するかわからない。少しでも早く移動することが唯一の解決策だった。


 松葉杖を失ったエウレカはシルクスに引きずられるがまま。右足の痛みに大声で喚くも、誰も聞く耳を持たない。


「ぬおーーー!」


 エウレカの魔王らしからぬ悲鳴がドラゴンの住処――地下迷宮に響き渡る。

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