34 ドラゴン族の事情を聞こう!

 ようやく辿り着いたのは地下迷宮の奥にある、窓のない小部屋のような空間であった。巨大な立方体の空間で異常な存在感を放っている。部屋の中央には1体のドラゴンが佇んでいる。


 黄金色の鱗は光沢を放ち、トカゲを思わせる顔には白い髭が生える。背中にはコウモリのような翼が一対、天井に向かって広げられていた。巨大な尻尾は邪魔にならないよう体に巻き付けている。


「盛大にやられましたな、エウレカ様」

「これには色々あってだな。少なくとも我は、この程度の攻撃に屈してはいないぞ」

「むしろ、この程度で諦められては困ります。今日はフェンリル、レッドドラゴンと共に、ですか」


 エウレカを遥かに凌ぐ、全長200メートルはある巨大なドラゴン。そんなドラゴンはわざわざ体をかがめてエウレカに鼻を近付けた。スンスンと匂いを嗅ぐとその表情が少しだけ和らぐ。


 エウレカのことを確認して安心したのだろう。ドラゴンの鼻先がエウレカからシルクスへ向かう。だが次の瞬間、あからさまに顔をしかめた。その鼻先はシルクスではないものに触れている。


「これがカメラとかいう、人族の生み出した道具か」

「よく出来ていますよ」

「しかし、異世界の文化だ。カメラもパソコンもiアイtubeチューブも、異世界無くして生まれなかった文化だ」

「異世界の文化はお嫌いですか? マイファーザー」

「そういう声が多い、と言いたいだけだ。ましてや異世界に寛容な魔王、勇者と共闘する魔王……異世界の文化を利用する魔王なんて、ねぇ?」


 ドラゴンが嫌悪感を示したのは、シルクスが胸の上に乗せている動画撮影用のカメラであった。鋭い赤い瞳がエウレカの方を向く。衣服がボロボロになって威厳の欠けらも無いエウレカは気まずそうに俯いた。


「手紙は見た。お主には止められぬ、ということも把握はした。単刀直入に聞こう。今、ドラゴン族の間で何が起きている?」


 エウレカの言葉に空気が凍りついた。呼吸や拍動がはっきり聞こえるほどの静寂がエウレカ達を包み込む。ドラゴンの鼻息が少し荒くなる。


「さすがエウレカ様、鋭いですね。……もはや私には、ドラゴン族を1つにまとめるだけの力は無いようです。私の力の及ばないところで、過激派が生まれました。私がいくら注意しても活動を止めず、ついには人族をさらう次第でございます」

「我をおびき出すために、だな。だが我を襲ってどうなる? 人に対して寛容なのは我だけではないぞ?」

「……レッドドラゴンが、答えですよ」


 ドラゴンの言葉に、その場にいた全員の視線がシルクスへと向いた。当の本人は微かに耳と尻尾を動かし、その顔から全ての表情を消している。エウレカの中で、時が一瞬止まった――。





 ドラゴンは器用に前足を折りたたみ、翼をたたみ、伏せの体勢を取る。ドラゴンの鼻先がエウレカの黒い巻角に触れた。


「エウレカ様、覚えていますか? 私が、あなたに卵を託した日を」

「覚えておる。卵が孵らずとも責めないと約束して、人族との争いを共に止めようと誓ったからのう」

「ですがその卵は孵ってしまいました。生まれたのは、ドラゴン族の中では非常に珍しい、メスでした。そして、私が関わった卵で唯一生まれたドラゴンです」

「誰も生まれるとは思わなかった、と」

「恥ずかしながら、私はその辺を期待されていないので……」


 ドラゴンの話が進むにつれ、エウレカの表情が険しくなっていく。


「こう思う者がいました。『エウレカはドラゴンの卵をすり替えたのでは?』と。『ドラゴン族の手から子孫を1体奪い取ったのでは?』と」

「どうしてそんなことをしなければならぬのだ!」

「いつしか仮説は悪い方へと進んでいきました。エウレカ様がドラゴン族を滅ぼそうとしてる、ドラゴンを人質にした、ドラゴン族を裏切った……『エウレカはドラゴン族の敵だ!』」


 ドラゴンの最後の言葉にフェンリルがピクリと動いた。耳を傾けて周りの音に耳をすまし、いつでも戦えるように鋭い爪を出し入れする。


「書面上ではあのように書きましたが……一部ドラゴンが許せないのは、そこのレッドドラゴンがエウレカ様の元にいることです。そして、ドラゴン族ではなくエウレカ様側についているということです」

「要はシルクスを手元に置きたいだけだろう?」

「……先日、卵が不慮の事故により割れました。その卵は、1体のメスドラゴンが命をかけて産み落とした希望の卵でした。メスドラゴンの可能性がありました。残った卵はわずか3つ。生きているメスドラゴンは2体、生まれたドラゴンは皆オスばかり。今のままでは、ドラゴン族は滅亡の危機です」


 割れた卵の話になるとエウレカは口をへの字にしてしまう。勇者を助けるためとはいえ、ドラゴンの卵を潰した事実は変わらない。ドラゴンの巣を爆発によって埋めたのはエウレカだ。卵に気付かず行動したのはエウレカの過ちだ。


「私達はメスドラゴンを切望しています。子孫のためなら手段を選ばない一派が出てきています。奪われたレッドドラゴンを取り返そうと、エウレカ様を狙う過激派が出てきたのもそうした流れからです」

「それで、我が卵を潰したから余計に事態が悪化した、と。……そのためだけに、あんな手紙を寄越したのか、お主」

「次の長は間違いなく、過激派になるでしょう。私が彼らを抑えられるのは、よくてあと数年。エウレカ様には、知る権利がございますから」


 ドラゴンはそこまで語ると一息ついた。赤い瞳がシルクスの姿を捉える。シルクスの胸元にあるカメラが微かに音を立てていた。

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