20 フェンリルに乗って

 勇者がエウレカに攻撃を仕掛けたのは午前4時半のこと。慣れない早起きに加えて緊急事態に頭を回したせいか、エウレカの体が船を漕ぐ。


 現在時刻は午前7時。縛られたまま玉座に横たわる勇者とその勇者に体重を預けるエウレカ。そんな2人の元に、扉を突き破って弾丸のように素早くかけていく影が1つ。


 2人は何者かに突進されて飛び起きることとなった。情けない呻き声と共に目を開けた勇者と魔王。2人の瞳が、突進してきた犯人の姿を捉える。


 それは、魔王や勇者とさほど変わらない大きさの狼だった。白くふわふわな長毛、血のように赤い目、柔らかなピンク色の肉球。開かれた口からは鋭く尖った犬歯が姿を見せる。


「おい、エウレカ。とっとと起きろよ。この俺様がわざわざ来てやったんだ。呑気に寝てるんじゃねぇ!」

「ん? 誰じゃ。痛いではないか」

「寝ぼけてんじゃねぇよ! ドワーフのガキに指示出したのはエウレカだろうが!」

「……その声、フェンリルか?」

「わかったなら、とっとと目を覚ませ。呑気に寝てる時間なんてねぇんだよ!」


 現れた影の正体はフェンリル。白狼の姿をした魔物であり、魔物ではあるが言語による意思疎通ができる。エウレカに忠誠を誓う、四天王の1人でもある。


「そこのあんたが、問題の勇者か?」

「だったらなんだよ。俺を食うってか?」

「……あんた、ずいぶん酷い縛り方されてんな。SMプレイ覚えたてのガキに縛られたか?」

「そこの魔王にやられたんだよ! 文句なら魔王に言え、魔王に! 好きでなったんじゃねーんだ、笑うな!」


 フェンリルは勇者の姿を鼻で笑う。エウレカの結んだ縄はマニアックな縛り方をされている。やや大人向けの青年漫画に出てきそうな縛り方。そんな妙な縛り方をしたのが魔王であると知ると、今度は鼻先でエウレカを突っつき始めた。


「起きたぞ。で、要件はなんだ、フェンリル?」

「ブルードラゴンを含む一部ドラゴンに怪しい動きだ。ハーピーはドラゴンに指示されて騒いでいたんだと。そうすれば勇者が山に来るからな」

「さらわれた人達の場所はわかったのか?」

「ゴルベーザ山山頂付近にあるドラゴンの巣。そこにいるのは間違いねぇな。ハーピー達が言うには、人が食べられる物を毎日運ばされてるんだとさ」

「どうすればよいと思うか?」

「エウレカが正面から戦うしかないんじゃねぇの? 今回のを抑え込めば牽制にはなるだろうし、人族救えるし。運が良けりゃそこの勇者が人族とエウレカの架け橋になるかもしんねぇし」


 フェンリルとエウレカの会話を聞いていた勇者は、あっという間に目を丸くしていく。目の前で繰り広げられている会話を素直に理解することが出来なかったからだ。


「おい、ゴルベーザとここがどれだけ離れてると思ってんだよ!」


 勇者の言葉が王の間に響いた。





 人の町ゴルベーザから魔王城までは、人の足で1ヶ月程かかる。道中には野生化した魔物がいたり複雑な地形があったりするため、道を進むだけで一苦労である。


 しかし、フェンリルの口ぶりではそんな道のりを短時間で行き来することが出来るみたいだ。ゴルベーザと魔王城をさほど時間をかけずに行き来し、調べることが出来たなんて、勇者にはとても信じられない。実際、勇者は頑張って1ヶ月程かけて魔王城までやってきたのだから。


「……エウレカ。こいつ、勘違いしてんじゃね?」

「お主の説明をする前だったからのう」


 勇者の言葉に、エウレカとフェンリルが呑気に顔を見合わせて笑う。


「何笑ってんだよ。本当に俺の仲間を――」

白魔術師ヒーラー黒魔術師ウィザード、空手家。うちヒーラーは美人で、ドラゴンが嫁にしようかと悩んでいたな。ウィザードと空手家の方は、ヒーラーに頼まれ仕方なく生かしてた。1ヶ月も食うのを我慢するとか、意外すぎるぜ」

「なんでそれがわかんだよ。ゴルベーザはそう簡単に行けねーだろーが!」


 勇者の言うことは最もだ。人の足で一ヶ月かかる距離。それを、勇者とさほど変わらない全長を持つフェンリルが数時間で往復出来るとはとても思えない。だが――。


「フェンリルは今でこそこの大きさだが、本来はもっと大きいのだぞ。力を解放すると、この魔王城よりも大きな狼となるのだ」

「狼じゃねぇ、怪狼だ」

「同じであろう? フェンリルが力を解放すれば、そのゴルベーザとやらへも、1時間あれば辿り着けるのだ」

「違う。そこら辺の話せねぇ生き物と一緒にすんな」


 フェンリルの本来の姿は巨大な狼である。巨体で地を駆けると、大地が激しく揺れる。そこから派生し、「地を揺らすもの」という意味を持つフェンリルの名を付けられた。


「で、あんたは仲間を助けたいのか?」

「当たり前だろ!」

「……エウレカ、勇者、そこに隠れてるシルクス。全員外に出て俺様に掴まれ。連れてってやるよ、ゴルベーザまで」

「なんで――」

「勇者を助けるんじゃねぇ。エウレカを裏切った奴に制裁を与えるだけだ。そのために共闘するだけ。それなら文句ねぇだろ?」


 フェンリルの言葉を聞いた勇者は開いた口が塞がらない。そんな勇者にフェンリルはさらに言葉を続けた。


「迷惑なんだよ、こうやって他の魔物のせいでエウレカが襲撃されるの。エウレカのこと、誤解されんの」

「誤解?」

「……エウレカは、ただ人族と仲良くしたいだけ。裏切り者のせいでエウレカの夢が叶わないなんてこと、この俺様が許さねぇ」

「……たしかに、話してみるとあんま魔王らしくなかったな」

「だろ? でも、それがエウレカだ。ま、申し訳なく思うなら、本当のエウレカの姿を人族に広めてくれよ。そうしてくれると、俺様も助かる」


 フェンリルの言葉がエウレカに届いているかは定かではない。だがエウレカを襲撃しに来たはずの勇者は今、これまで抱いていた魔王像が崩壊していくのを感じていた。勇者の仲間を助ける魔王だなんて、エウレカに会うまでは想像すら出来なかった。だけどそんな魔王が今、勇者の目の前にいる。


 フェンリルが王の間を飛び出す。それに続けて、勇者、エウレカ、シルクス、の三人が王の間から出た。向かうはゴルベーザ山。勇者の仲間を救い、裏切り者に制裁を課すべく、世にも奇妙な勇者と魔王の共闘が始まる――。

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