第五章 真犯人をこらしめよう!
21 ゴルベーザ山にて
目が覚めるほど澄んだ青空。山頂に近付くにつれて、山道を進む人へと吹き付ける風が強くなる。木々の少ない山道は黄土色一色に染められている。
変わり映えのない急な坂道を駆け上がる1匹の白狼がいた。大型トラック程の大きさをしたその白狼は、その巨体からは想像も出来ない速さで大地の上を走っている。
風になびく白銀の体毛。切れ長の赤い瞳が山頂近くにある洞窟の入口を捉えた。首に繋がれた赤い首輪とリード。リードの持ち手は白狼の速さに耐えきれず、宙に浮いている。
「ふぉうふぉふふぇーふぁふぁんふぁふぇふぃふぁのふぁよ(もうゴルベーザ山まで来たのかよ)」
「ふぇんふぃふー、ふぁふぁふぃ、ふぁふぁふぃふぉー。ふぁふぇふぁ、ふぉふぁふぁふぇ……(フェンリルー、速い、速いぞー。我が、飛ばされ……)」
「黙れ。何話してるか全くわかんねぇから時間の無駄だ。せいぜい俺様に飛ばされないように頑張るんだな、勇者にエウレカ」
白狼フェンリルが走っているのはゴルベーザ山。フェンリルは魔王城から出発する際、勇者とエウレカ、シルクスにリードを持たせた。綱引きの紐を思わせる赤いリードは、3人が紐を握ってもまだまだ余裕がある。
フェンリルは魔王城の外に出ると、すぐに魔王城と変わらない大きさにまで巨大化。ゴルベーザ山まで駆け抜けると、今度は今の大きさとなって山道を駆け上がる。その間、リードを持っていた3人は凧のように空高くを舞っていた。
「魔王様、動画を撮影していますので何かリアクションを」
「ふぉーふぁ(動画)?」
「魔物……いえ、魔族の制裁に向けて何か一言」
「ふぁ、ふぁふぉふぉふぃふぁふぁふぇふふぉー(ま、まともに話せぬぞー)」
「これくらいの風圧で、情けないですよ?」
「よくエウレカの言葉を理解出来るな、シルクス。俺様には全然わかんねぇわ」
全速力で地を駆けるフェンリル。そんなフェンリルに引きずられるように宙を舞うエウレカ、勇者、シルクスの3人。彼らに襲いかかる風圧は並のものではない。エウレカや勇者のようにまともに話せなくなるのが普通である。
フェンリルは怪狼である。疾走に伴う風圧にも当然慣れており、走りながら話すのも苦ではない。しかし猫のような特徴を持つ魔族、シルクスは違う。彼女はエウレカや勇者と同じく、速さに慣れていないただの魔族でしかないはずなのだ。
フェンリルの足は速い。エウレカと勇者は両手両足で極太のリードにしがみつかなかければ振り落とされてしまいそうだった。だがシルクスはリードにしがみついたまま、器用にも両手でカメラを構えている。ただの獣人ではなさそうである。
「魔王様、こっちを見てください」
フェンリルの風圧の中、シルクスが笑う。白い猫耳が荒々しい風に吹かれて小刻みに揺れた。
そこは山道の途中に現れた巨大な洞穴だった。空洞の先は暗く、目視では中の様子を確認出来ない。フェンリルの耳が洞穴の奥から聞こえてくる微かな声を拾った。
洞穴の入口には、3つの頭を持つ大きな犬――ケルベロスが待機している。ケルベロスの背にはアイスブルーの髪をした幼女――ドワーフのエルナが乗っかっている。場所を間違えてはいないことをケルベロスの鼻が告げていた。
「遅いのです! エルナは突撃したくてうずうずしてたですよ!」
ツーサイドアップを構成する2つの毛束。その根元の方を指先で弄びながら、エルナが叫ぶ。エルナの背丈ほどもあるハンマーはベルトによってしっかりと背中にくっついている。
エルナを乗せているケルベロスは3つある頭のうち2つからベロを出していた。だらりと垂れた涎が地面を濡らす。疲労からなのか、興奮からなのか、ケルベロスの呼吸は荒い。
「この洞窟の奥に、ドラゴンの巣がある。救い出せるかは勇者、エウレカ、あんた達次第だ。特別にこの俺様が援護してやる。光栄に思うんだな」
「勝手に我の名を使ったこと、後悔させようではないか! と、言いたいが……あいにく我は今、魔法しか使えぬのだ」
「仕方ねぇな。もう1回俺様の背中に乗せてやってもいいぜ」
「嫌じゃ! フェンリルの速さではまともに動けぬ! 我が飛ばされる!」
「誰がこんな狭いところで全力で走るかっての! せいぜい攻撃かわす程度にしてやるって。安心して俺様に身を預けな」
エウレカは黒いマントの下に傷跡を隠している。ケルベロスと戯れた際に食らった噛み傷である。表情には欠片も出さないが、傷はまだ完治しておらず体を動かせば傷口が痛む。
そんなエウレカのことを知ってか、フェンリルの体があっという間に小さくなった。自転車ほどの大きさになるとエウレカの前で背を下げ、少しでも乗りやすいようにする。フェンリルの背に乗って魔法を放てということだろう。
「……勇者よ」
「なんだ?」
「我らが先に行く。隙を作るが故、お主は我らに構わず仲間を助けよ。我らは、この騒動を引き起こした犯人を制裁しなければならぬ。仲間を助けたら、後ろは振り返らずにとっとと町へ帰るのだ。よいな?」
「……お前達はどうすんだよ」
「なに、罪人に相応しい罰を与えるだけじゃ。心配するほどのことはない。お主は仲間を全員連れ帰ることだけを考えよ」
エウレカがフェンリルの背に乗った。エウレカの目がケルベロスを捉える。勇者は2匹の魔物にまたがった魔族を無言のまま見守ることしかできない。
フェンリルの白い足が大地を蹴った。白狼が洞穴の奥に向かって突進していくとケルベロスがそれに続く。カメラを構えたままのシルクスだけが困ったように洞窟の入口に佇んでいた。
「暗視カメラを忘れました」
シルクスの言葉に少し肩を落とした勇者が、何事も無かったかのように洞窟の奥へと走っていく……。
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