14 龍魚の卵を実食しよう!

 運ばれてきた最後の品は、冷たい皿に乗せられていた。中央に盛り付けられたパスタ。その周りには、1口サイズにカットされたトマトが散らされていた。そしてパスタの上部には――小さく黒い卵が乗っかっている。


「『龍魚の卵の冷製パスタ』である! そしてパスタの上、ど真ん中に乗っているこの黒い物体が『龍魚の卵』なのだな」

「魔王様。正しくは『龍魚の卵』を塩漬けにしたものです。あと、パスタに絡めてあるのも『龍魚の卵』です」

「あまり変わらんだろう。どれ、まずは卵単体を……」


 エウレカの持つスプーンが小さな黒い卵の山をすくい上げた。照明に照らされ輝く、直径1ミリ前後の卵。数粒だけ舌に乗せ、口の中でその感触や味わいを堪能する。


「これだけでもだいぶしょっぱいのう。が、塩分越しに濃厚な味がする。意外と柔らかい食感で、噛むと中身が出てきてふわっと卵の旨みが広がるのだ! そして海の香りというのだろうか。潮の香りがほんのり香るのもよいぞ!」


 食感を例えるならイクラに近い。プチっと卵の殻を破れば、中から出てきた液体が舌の上に広がる。ねっとりととろけるような食感と臭みのない濃厚な魚卵の味に、誰もが舌鼓を打つに違いない。程よい塩分と卵の味のバランスが絶妙だ。


 卵単体で味わったエウレカは、メインとなる冷製パスタへと手を伸ばす。フォークとスプーンを使って麺を絡み取れば、パスタにくっつくようにトマトと龍魚の卵が登場した。


 何重もの円を描いてフォークに巻きついたパスタ。宝石のように存在を主張する具材に気付くも、エウレカはそれを1口で食べてしまう。次の瞬間、顔がわかりやすくニヤけていた。


「パスタがシンプルな味付けだ。おそらく塩、コショウ、オリーブオイルだけだろう。パスタがシンプルだからこそ、トマトの程よい酸味と、キャビアの強い塩味の旨みを引き立てている。こんなに上手いパスタ、初めて食べたぞ!」


 すでに2品を平らげたというのに、胃袋にはまだ余裕があるらしい。エウレカは味わいながらもフォークを進める。皿に盛り付けられた冷製パスタが次から次へと、エウレカの口内に消えていく。


 言葉など出てこない。美味しさはエウレカの見せる笑顔が語っていた。パスタをすする音、トマトと龍魚の卵を咀嚼そしゃくする音。それ以外の物音は何一つない。美味しすぎて何も言えず、笑顔が溢れるばかり。





 3品目を平らげると、エウレカは無言のまま胸元で手を合わせた。しばし目を閉じて、味わったばかりの料理の余韻に浸る。舌で歯をなぞれば、隙間に挟まった龍魚の卵が口の中に現れる。それを堪能してまた笑みを浮かべた。


「『龍魚の卵』は勇者が伝えた珍味『キャビア』に似ているそうです」

「きゃば? ぎゃば?」

「キャ・ビ・ア、です。チョウザメという動物の卵を塩漬けにしたものだとか……。龍魚の卵は、塩漬け以外にも調理法があるため、先の2つ程は似ていません」


 「先の2つ」という言葉に、エウレカはすでに腹の中に収まった珍味を思い出す。コカトリスの肝臓、コボルトのキノコ、の2品をそれぞれ調理したものだった。お茶の苦味で次の料理に味の余韻を残すことはなかったが、食べた時の印象は今もまだエウレカの中に残っている。


「ちなみに龍魚とはなんだ? 我は初めて聞いたぞ」

「東方に生息する魔物です。龍のような鱗を持つ魚で、めったに取れない魔物になります。取れる場所も川だったり湖だったり海だったりするため、生態が不明とされています。余談ですが、鱗の説明で述べた龍は、東方の翼がない方の龍です。ドラゴンではありません」

「ドラゴンとは違うのか」

「違います。東方の龍は翼のない細長い生き物です。主に海に生息しているらしいです。本当かはわかりませんが」


 シルクスの丁寧な説明に、エウレカは一瞬考える素振りを見せた。だがすぐに両手をポンと叩き、目を輝かせる。


「その龍魚なのだが、卵以外は食べれぬのか?」

「食べられるとは思いますよ? 数が限られますが」

「せっかくなので、今度は身の方を東方の料理として食べてみたいのう。刺身、天ぷら、などという勇者が好む料理にしたらさらに美味しくなりそうじゃ」

「……食費に余裕があるか、検討してみましょう。今回の企画のためにかなり予算を使ってしまいました」

「そんなことはしなくていい! これ以上城の予算を使うでない。そんなもの、我の貯金で取り寄せる。我のわがままのためだけに無駄な金は使うでない。その資金は他に回すのだ。魔王城敷地を囲う壁の建築費、居住区の拡張、やるべきことはたくさんあるぞ」


 エウレカは今日に至るまで三大珍味を食べたことがなかった。食べるのは庶民的な家庭料理ばかりで、米と漬物と梅干しがあれば充分。時折貴族との話し合いでコース料理や高級食材を食べるのが数少ない贅沢なのである。


 魔王城に必要な経費は主に国民による税金と魔王城が行うビジネスの利益で賄われている。魔王が贅沢をすればするほど、それが国民の生活を圧迫する。それ故に、エウレカは経費の無駄遣いをしないよう心がけていた。


「三大珍味、どれが1番美味しかったですか?」

「どれも甲乙つけがたいのう。濃厚なソテー、香り高いリゾット、シンプルでいて味のバランスが良いパスタ……我にはどれが1番と断言できぬぞ」

「では、魔王様の好みに1番合っていたのはどれですか?」

「……最後に食べた『龍魚の卵のパスタ』だな。我は元々麺類が大好物であるが故、余計に惹かれた」


 エウレカが好みを述べると、シルクスがいつの間にか用意していた筆記用具で内容を記録する。「麺類が大好物」との発言にシルクスが嬉しそうに微笑んだことを、エウレカは気付かなかった。

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