13 コボルトのキノコを実食しよう!

 苦いお茶をどうにか飲み、必死に水で苦味を緩和する。1品目のメニュー「コカトリスの肝臓のソテー」の味は、キレイさっぱりエウレカの口から消え失せた。そんな時に、2品目が運ばれてくる。


「2品目は……コボルトのキノコのリゾット、だそうだ」


 運ばれてきたのは深さのある楕円皿に盛られたリゾット。牛乳をベースとしたソースを使用しているらしく、パセリがかかっていなければ白い皿に白ベースのリゾットが埋もれていただろう。


 スプーンを使ってリゾットを1口分すくい上げる。すると、ご飯に紛れてキノコと思わしき円形の物体が見え隠れする。どうやらキノコには2種類あるらしく、1つは黒いキノコ、もう1つは白いキノコ、であった。


「白と黒があるぞ!」

「コボルトのキノコには白と黒、2種類あります。今回、白、黒、共に生のままトッピングしました。2種類の違いを是非ご堪能ください」


 シルクスに言われ、エウレカはまず黒いキノコを単品で口に含む。十分に味わうと、今度は白いキノコを単品で味わった。が、食べ終えてから首を傾げてしまう。


「黒はサクサクコリコリとした歯ごたえがあるが、白は黒より柔らかい。どちらも香りがよいが、白の方が香りが濃いように思う」

「魔王様、どんな香りか説明を」

「どちらもベースは同じで、新鮮な土の匂いと言うのだろうか。こう、雨上がりの森の中でむわっと香るあの匂いを強くした感じだな。白の方はそこにカレーとかに使うような強いスパイスの香りを混ぜたような、一瞬匂いが強すぎて悪臭と勘違いしそうになる匂いだ。……むう、例えようのない独特な香りが故、実際に嗅ぐのが1番だと思うぞ」


 エウレカは香りについて長めに語ると、一呼吸置いた。首は傾げられたまま、視線を上に向けて考える仕草を見せる。


「正直なところ、白も黒も思ったほど味がしない。コカトリスの方は濃厚な味わいだったが故、真逆だな。香りはとてもよく、食欲がそそられる。だが、キノコ単品としての味はと聞かれると……ほとんど無い、としか言えぬぞ」

「えー、コボルトのキノコは香りが特徴的で、味は魔王様の言うようにほぼ無いようです。あくまで香り付けに用いる、といった感じですね」


 コボルトのキノコそのものは香りこそ高く評価されるが、味はイマイチ。今回のリゾットにも、あくまで香りを付けるためと飾りのために使用しただけである。


「むう。リゾットそのものは美味いぞ。シチューに近い味だな。牛乳がメインなのであろう。ホットミルクに塩と旨みを加えた感じだ。チーズも入っているようだが、ほとんど分からないのう」

「キノコの風味を生かすため、チーズの量を減らしたそうです」

「なるほど。確かに、チーズの匂いがキノコの香りを阻害してしまっては意味がないからな」


 リゾットそのものの味付けはシンプルだ。コメの硬さは少しだけ芯が残る、柔らかすぎず硬すぎずの絶妙なバランス。コボルトのキノコの香りに誘われ、リゾットを食べる手が止まらない。





 エウレカが食事を終えた。コックが皿を片付け、すぐさまシルクスが深緑色の苦いお茶が入ったコップを置く。本日3回目となるお茶に、もうエウレカは抵抗しようとしなかった。


「『コボルトのキノコ』は勇者の伝えた珍味『トリュフ』によく似ているとされています」

「トリュフはチョコレートとやらのことではなかったか?」

「……魔王様、それはトリュフに形を似せて作られたトリュフチョコレートです。異世界の若者が作るとされるチョコレートの1種です」

「確か輸液にも似たような名前があったような」

「それはトリフリード輸液と呼ばれるもので、トリュフとは何一つ関係ありません。どこでそんなマニアックな言葉を覚えたんですか? しっかりしてください」


 シルクスはエウレカの胸元にコップを近付けた。深緑色のお茶を前にして暴れたり文句を言ったり、ということはなくなった。だが、エウレカの手が自発的にそれに伸びることはない。


「キノコは地下に埋まっています。地下に住むコボルトが、そのキノコの匂いを感じ取り、掘り当てて、出荷するのです」

「……コボルトってあの、体は人族だが頭は犬の、鉱石が大好きな魔族であるな? 二足歩行をする犬とすら言われる、犬族より魔物寄りの、あのコボルトだな?」

「はい。そのコボルトが唯一、鉱石以外に掘り当てるのがこのキノコです。見つけるのも、傷つけずに掘り出すこともコボルトにしかできません」


 コボルトは魔族の1種であり、魔族の中では親切な一面を持つ方だとされている。親切なコボルトは人助けならぬ魔族助けをすることで知られているが、悪戯なコボルトは人にも魔族にも悪さをする。その見た目のせいか魔物又は獣人と間違われることも多い。


「親切な方のコボルトが一部のエルフ族と手を組んで市場に出しているようです。つまりこのキノコはエルフの里に自生しているわけですね。その濃厚な香りこそが珍味の所以でして、味はあまり重視されません」

「どうやって出回っておるのかのう?」

「コボルトがキノコを見つけて、キノコが枯渇しないようにと考えながら採集しているようです。大変希少なもので、流通量そのものが少ない珍味になります」


 コボルトのキノコ。それは、広葉樹の根に寄生する地下生型のキノコ。育成条件は今日に至るまでわからず、コボルトや魔族に出来るのはキノコが絶滅しないように気をつけて収穫することだけ。


「いまのところ、香りはキノコ、味はコカトリス、だな。……うむ、何度飲んでもこの苦味は慣れぬ。シルクス、水を……」

「こちらが水になります」


 コボルトのキノコを実食したエウレカは、次の珍味のためにと苦いお茶を飲む。強烈な苦味に舌が慣れることなどないが、3種の珍味を公平に評価するともあれば、魔王エウレカが体を張らないわけにはいかなかった。


 残るは1品。エウレカは無事に三大珍味を堪能することかできるのか。カメラを構えたシルクスは、祈るような眼差しでエウレカを見ている。

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