12 コカトリスの肝臓を食べよう!
ようやくお茶の苦味が口から消え去ったところで、エウレカによる魔族の三大珍味の実食の始まりである。コックがエウレカの前に料理を運んでくる。
「一品目は……コカトリスの肝臓のソテー、だそうだ」
それはステーキを思わせる一品であった。皿の中央に盛られているのは厚さ2センチほどのやや歪な楕円形。焦げ目のついた、やや黄色いその物体こそが「コカトリスの肝臓」である。
よく焼かれたコカトリスの肝臓。その上には香ばしいワインの匂いを放つ黒いソースがかかっていた。付け合わせとしてリーフレタスがソテーの周りに添えられている。
「ラズベリーのような甘い香りに少しバニラの香りが混ざっておる。微かにレモンのような匂いもするが、これはレモン汁のものかワインのものか、判断しかねるぞ。……うーむ、西部のトラジャ産ワイン、かのう?」
「正解でございます、魔王様。こちらのソースは、トラジャ産の赤ワインに
大きさはエウレカの手と同じくらい。さっそくナイフとフォークを器用に使い、コカトリスの肝臓を一口サイズに切り分ける。そして切り分けた肝臓をワイン醤油に絡めて口の中に放り込んだ。
表面はパリッとした食感。だが一度噛めば、柔らかな食感と同時に肉が口の中でとろけていく。濃厚な旨みが口全体に広がり、気がつけばエウレカの顔に笑みが浮かんでいた。
「おお、味が濃い! が、ワイン醤油のおかげでそれほどこってり感はないぞ。ワイン醤油と絡めてこのこってり感……相当油っこいのだな。ワイン醤油や酢といったあっさりめのソースと合わせることをおすすめしたい」
味の濃さのせいだろうか、肝臓が油っこいせいだろうか。1口食べるだけで胃にたまる。口休めにと、ワイン醤油ついたリーフレタスに手を伸ばした。口休めがなければとても完食は出来ないほど、味がこってりしている。
だしの旨みと醤油の程よい塩分。そこにワインの香りが加わり、あっさりとしつつも濃厚な味わいのソースとなったワイン醤油。そのワイン醤油が柔らかな葉に絡みつき、軽い食感でありながらも付け合せとして申し分のない味を演出する。エウレカ的には肝臓よりリーフレタスの方が好みである。
「あくまでメインは肝臓であるぞ。だが、リーフレタスの軽い食感は肝臓の味を邪魔せず、むしろ箸休めとして食べることで食欲がそそられるのだ」
画面越しに伝えられるのは映像と音声のみ。料理の香りや味は、エウレカが口で伝えるしかない。簡単なように見えて実は難易度の高い食レポ動画。その難しさを実感しながらもエウレカの料理レポートは続いていく。
エウレカが食事を終えた。そのタイミングを見計らって、シルクスが料理の解説をすべく口を開く。空いた皿はコックが無言で厨房へと運んだ。
「『コカトリスの肝臓』は勇者が伝えたとされる珍味『フォアグラ』に似ているとされています」
「ふぉーぐら、は確かなにかの肝臓を肥大させたもの、だったか?」
「ええ、その通りです。今回魔王様が食べたものは、実はコカトリスの肝臓を
コカトリスは鶏と蛇を合わせたような姿をした魔物だ。触れた相手に石化を付与するガスを吐くとされている。この特性のため野生のコカトリスへの遭遇を嫌う魔族は多く、好んで飼育する者はまずいない。そのような背景から、コカトリスを飼育する農家は非常に稀であった。
「珍味とされるのは、コカトリスの飼育農家が少ないこと、コカトリスの数を維持するために流通量が少なくなること、が原因です。野生のものを牧場で飼育、繁殖させますからね。肝臓を肥大させるのが最大の難関なんだとか。その分高くなります」
「なるほど。しかし、味は申し分ないのう。この濃厚な味わいはクセになる。高くても買いたくなる者もいるのもわかるぞ。肝臓は肝臓でも、他の生き物の肝臓と違うのだ。コリコリしておらず、苦味や臭みも少ない」
「臭みが少ないのは調理法によるものだと思います」
エウレカはコカトリスの肝臓をよほど気に入ったらしい。珍味とされる所以とその味に満足し、笑みを浮かべる。そんなエウレカの眼前に、深緑色のお茶の入ったコップが置かれた。先程、コカトリスの肝臓を食べる前に飲まされた苦いお茶だ。青臭い独特の匂いが鼻につく。
「シルクスよ、さっき同じものを飲んだと思うのだが?」
「この青汁――いえ、お茶の苦味でコカトリスの肝臓の味を一旦忘れてください。その上で水で口を直してから、次のメニューにいってください」
「今青汁と聞こえたような……。間違いなく青汁だろう、これは。って、な、なな、なんだと?」
「気のせいです。肝臓の味が口に残ったままでは、次のメニューを公平に評価できませんよね? 魔王様ならきっと、三大珍味の味を全て公平に評価してくださいますよね?」
「いやいや、苦味に耐えてから水を飲むというのは無駄に思えるのだが?」
「苦さで美味しいのを全部忘れましょう、魔王様。同じ条件で食べなければ公平とは言えませんよ?」
シルクスの顔には「いいからお茶を飲んでください」と書いてある。赤い瞳は瞬きもせずにエウレカのことを見つめていた。少しの間見つめ合って互いの顔色をうかがうも、ついにエウレカは苦いお茶――青汁の入ったコップに手を伸ばす。全ては次の珍味のために。目をつぶってお茶を一気飲みし、その苦さに顔をクシャクシャに歪めるのだった。
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