15 三大珍味の撮影を終えて
魔族の三大珍味――「コカトリスの肝臓」「コボルトのキノコ」「龍魚の卵」の3品を実食したエウレカは今、王の間にある玉座でだらしなく横たわっていた。
石で造られた玉座は背もたれも座椅子も何もかもが硬く、座るのにも横たわるのにも適していない。サイズも初代魔王に合わせて造られたため、よほどのことがない限りエウレカが玉座を使うことは無い。
「うむー、うーごーけーぬーぞー」
硬い座椅子に仰向けになり、苦しげに声を上げるエウレカ。その両手は大きく膨らんだ腹にあてがわれている。玉座に座るだけの事態が起きていた。もっとも、全てエウレカの自業自得なのだが。
「……3品も食べた後に平然と夕食まで食べるからです」
「食べられると、思ったのだ」
「食べ過ぎないように気をつけてくださいと、いつもコックに言われていませんでしたか?」
「うむ、すまぬ……気持ち悪い、お腹痛い、動けぬ……」
「自業自得です!」
三大珍味を食しただけでなく夕食も完食し、胃袋の限界も考えずに食事をした結果……エウレカは動けなくなっていた。胃が苦しくて座ることも厳しい。かと言って床に寝そべるわけにもいかず、仕方なく玉座で横たわっている。
エウレカの様子にシルクスが呆れた顔で言葉を紡ぐ。これでもかと豊満な胸をエウレカの額に乗せ、上からその顔を見下ろす。2人の鼻は今にもくっついてしまいそうだ。
「シルクス……距離が、近くないかのう?」
エウレカが問いかけるも声は返ってこない。代わりに、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。赤い瞳をした色白の顔が、至近距離でエウレカを見つめている。
シルクスの顔が優しく微笑んだ。白い猫耳がピクピクと動く。長い銀髪は、黒いリボンによってうなじで束ねられていた。時折、後れ毛を指で弄ぶ仕草を見せる。
「のう、シルクス。距離が……」
「近いんじゃありません。
「なぬ! わざとなら早く止めるのだ! 我にも、限界というものがあるぞ」
「……人の気持ちに気付かない魔王様が悪いんです」
シルクスと距離を取ろうにも、食べ過ぎて重くなった体は言うことを聞いてくれなかった。柔らかな胸の感触に、意識せずともエウレカの顔が赤らむ。ボソリと告げられたシルクスの言葉は、混乱しているエウレカの耳に届かない。
エウレカがどうにか動けるようになったのは、夕食を終えてから3時間が経過してからのことだった。ゆっくりと体を起こせば嫌でもシルクスの姿が目に入る。先程までその胸が額に乗っかっていたかと思うとどうも鼻頭が熱くなってしまう。
「具合はどうですか?」
「だいぶ良くなった。ケーちゃんにやられた傷も、治ってきているようだ。今日は動いても痛みを感じないぞ」
「それは良かったです。次からは怪我だけでなく食べ過ぎにも気をつけましょう」
「そうだな」
膨れた腹が衣服を圧迫するため、エウレカは上半身裸となっていた。あらわになった皮膚には痛々しい噛み傷や爪痕が残っている。それは先日、ケルベロスとの撮影をした際に負ったもの。
食べ過ぎても、怪我を負っても、嫌な思いをしても。エウレカは動画撮影を止めようとしなかった。シルクスを動画撮影のために動かし、「
エウレカの作成した「まおうチャンネル」。始めたばかりの頃は1桁しかチャンネル登録者がいなかった。だが今では、もうすぐ登録1000人を達成しようとしている。
「初投稿から1ヶ月ですね。おめでとうございます!」
「シルクス……お主がいなければ、ここまでチャンネル登録者が増えることは無かったと思う。ありがとう」
「いえ、私は魔王様の指示に従っただけです」
「わざと従わない時もあるであろう? お主のそうした判断が、視聴者にとってウケがいいらしい。見よ、視聴回数も1万回を越えているぞ!」
エウレカは動画撮影の知識があるわけではない。動画投稿サイト「itube」に精通しているわけでもない。動画編集だって、シルクスが手伝ってどうにか形になっている。
実は魔族の三大珍味を実食した本日は、エウレカがチャンネルを開設してからちょうど1ヶ月が経過した日。いわゆる1ヶ月記念日である。この短期間で登録数900人超え、累計再生回数1万回ごえを達成したのは奇跡的なことであった。
要因の1つは現魔王であるエウレカ本人が映っていることにより、人族を主とした視聴者の間で話題になったことにある。だが1番の要因は、エウレカのリアクションや動画の内容がどういうわけか人族に好評だったからであろう。
「魔族の『
「うむ。もっと動画を公開し、人族に魔族の誤った認識を変えてもらわねばのう。魔族も人族と変わらぬというのに。我らは過去を反省し、人族と交流したいだけだというのに」
エウレカの夢はあくまで魔族と人族の間を取り持つこと。動画公開はその手段の1つであり、人族に魔族のことを伝えるのが主である。そして将来的にはどうにか人族と話し合いの場を設け、魔族との関係を良くしていきたいと考えている。
夢を実現するための道のりはまだまだ長い。目標を達成するには、チャンネル登録者数も累計再生時間も足りていない。だがエウレカは、まだ見ぬ魔族の新たな未来へ向かって小さな歩みを止めるつもりはなかった。
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