第三章 魔族の三大珍味を実食しよう!
11 実食前の口直し
圧倒的存在感を放つは部屋のど真ん中に置かれた大きな木製のテーブル。だがテーブルの大きさに反し、座るのは1人だけ。1人が使うには大きすぎるそのテーブルに違和感を抱かずにはいられない。少し視線を左右に散らせば、撮影のためにとテーブルと椅子が端に積まれている。
ここは厨房に隣接する食堂だった。正方形のテーブルには白いクロスがかけられている。テーブルの周りには12脚の椅子があるが、現在使われているのは1脚だけ。席に着いているのは、黒い巻き角を生やした男性魔族だった。魔族の証である赤い瞳がキョロキョロと左右に動く。彼こそが現魔王、エウレカである。
エウレカの真正面には、カメラを構えたメイド服の魔族がいた。銀髪に赤い瞳、頭には猫耳を生やした魔族の女性、シルクス。カメラ越しにエウレカに笑いかけると、豊満な胸が揺れ、背中越しに白いふさふさの尻尾が艶めかしく動く。
「我こそは、130代目魔王、エウレカだ。我が偽物だと思う者は魔王城まで来るがいい。本物かどうか確かめられるぞ」
3回目の撮影ということもあってカメラに慣れたのだろう。1番初めの決まり文句を言う様は実に堂々としている。カメラに向かってピースサインをする余裕も出てきた。
「今日はだな、魔族の三大珍味というのを用意してみた。えーと、『コカトリスの肝臓』、『コボルトのキノコ』、『龍魚の卵』というものらしい。異世界から来た勇者が伝えた三大珍味によく似ているとの噂でな、我は非常に楽しみなのだ」
エウレカの目の前にはフォーク、ナイフ、スプーンが並べられている。布ナプキンは、立体的なバラの形となるように折られていた。もちろんこんなふうに準備が整っているのはエウレカが魔王だからで、他の使用人は食器を各々でセッティングする。
「ちなみに、三大珍味を食べるのは初めてだ。貴族とかであれば食べるのかもしれぬが……魔王だからといって高価なものをいつも食べられるわけではない。ちなみに我の好物は自家製の梅干しであるぞ」
どこから持ってきたのだろう。エウレカは卓上に自身の頭ほどもある茶色い壺を置いた。蓋を開ければ、シソと梅干しの匂いがふわんと香る。
瓶から顔を覗かせる紅く染まったシワシワの梅干しに、エウレカの顔が綻ぶ。指で梅干しとシソをつまみ口に含むと、その酸味に顔が歪んだ。口から梅干しの種を吐き出すと、幸せそうに目を細める。
「やはり、梅は自家製に限るな。好みの塩加減、味つけ。これに勝る食べ物を我は知らぬ。ちなみに使用している梅は、東方の国から取り寄せたものだぞ。いつか、異世界の梅、南高梅とやらも漬けてみたいものだ」
呑気に梅干しを堪能するエウレカは気付かない。その背後で、殺気の混ざった笑みを見せる部下がいることを――。
エウレカの頭部が突然重みを増した。頭頂部に柔らかで重量感のある何かが乗っかっている。角越しに感じるふにふにとした柔らかな感触に、エウレカは視線を上に向けた。
「魔王様、実食前に梅干しで味覚をおかしくするのはどうかと思います」
「梅干しは美味であるぞ! 決して、味覚をおかしくするものではない!」
「そんな酸っぱい物を先に食べてしまったら、三大珍味の本来の味がわからなくなります。というわけで、口直しにこちらのお茶をお飲みください。梅干しの壺は一旦預からせていただきます」
エウレカの後ろにいたのは、恐怖を感じるほどわざとらしい笑みを浮かべたシルクスであった。エウレカの頭部に大きな胸を乗せ、エウレカの眼前にお茶の入ったコップを差し出す。
そのお茶は、葉っぱも顔負けの濃い緑色をしていた。黒に近い深緑色の液体は、コップを少し傾けるとゆっくりと動く。その強い粘性は、かつて苦戦したスライムを思わせる。一気に顔が青ざめた。
「な、なな、なんだ、この気味悪い飲み物は」
「お茶、でございます」
「どう見てもお茶ではないぞ! お茶はもっと滑らかだし、もっと薄い緑色をしておる」
「なんてことのない、ただのお茶、です」
「絶対良くないお茶であろう? 我は飲まぬぞ!」
お茶を飲みたがらないエウレカ。だがシルクスは、そんなエウレカの反応など見向きもせずにコップを口元に近付ける。シルクスの細長い指がエウレカの口を無理やりこじ開けた。
微かに開いた口へ、どろりとした深緑色の液体が流し込まれる。コップが口元から離れるのと、液体が舌にまとわりつくのはほぼ同時だった。口一杯に含んだそれを吹き出すわけにもいかない。
エウレカの幼さの残る顔が一瞬にして歪む。乱雑に丸められた新聞紙よりもくしゃくしゃになったその顔に、魔王の威厳はない。ゴクリゴクリと少しずつ飲み込んでいく。そして口の中が空になってから叫んだ。
「にっ、苦いではないかーっ! 水、水を寄越すのだ、早く、水を」
「こちらが口直しの水でございます」
お茶の苦さに悶絶するエウレカ。その眼前に突如差し出された、透明なコップに入った透明な液体――水。エウレカの手は迷うことなくコップを掴む。
ゴクゴクと豪快な音を立てて水を一気に飲み干す。お茶の苦味を緩和することしか考えていないエウレカは、頭上でシルクスが微笑んでいることに気づかなかった。
「この苦さ、勇者を殺せるぞ! 口直しに飲むものではない!」
「素敵なリアクションありがとうございます。こちらの映像はしっかりと配信しますね」
「なっ! シルクス、お主、謀ったな?」
「魔王様のこういった素の表情やリアクションも大事だと、先日読んだ参考本に書いてありましたので。ケルベロス動画の反省を生かして、です」
まだ口に苦味が残っているらしい。エウレカはシルクスを責めるより先に、水で口直しをしなければならなかった。苦味が落ち着くまでに1時間を要したのは、シルクスとエウレカしか知らない話である。
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