第二章 地獄の番犬ケルベロスを紹介しよう!

6 魔王様のペットはケルベロス

 魔王の住む魔王城は灰色のブロック石を積み上げて造られた4階建ての建造物だ。王の間や魔王のプライベートルームがあるのは、魔王城最上階にあたる4階である。


 魔王エウレカは今、魔王城4階の廊下にいた。いくつか部屋が並ぶ廊下。その灰色の石壁には絵画や花瓶などの献上品が飾られている。しかし特筆すべきはそれらではない。


 4階最奥には王の間へと繋がる木製の扉がある。襲撃してきた勇者達が一番に目指す王の間。その扉の前には3つの頭を持つ犬――ケルベロスが立っていた。


 全高3メートル、全長10メートルの漆黒の体を持つケルベロス。普通自動車と大差ないその巨体は初めて見るものを威圧させるには十分である。その首には血を思わせる真っ赤な首輪が付けられている。首輪には銀色のトゲトゲが数えきれないほどついており、かなり厳つい見た目となっている。


「我こそは、130代目魔王、エウレカだ。我が偽物だと思う者は魔王城まで来るがいい。本物かどうか確かめられるぞ」


 エウレカは照れ隠しからか、頭部から生えている2本の黒い巻角を触りながら決め台詞を告げた。赤い瞳が捉えているのは部下シルクスが構えている撮影用カメラ。エウレカの背後にはケルベロスの3つの頭が見え隠れしている。


「今日は我のペット、ケルベロスのケーちゃんを紹介したいと思う。見よ、これがケーちゃんだ!」


 エウレカが体を横にズラせば、カメラにケルベロスの巨体がはっきりと映り込む。3つの頭のうち1つは寝ているらしく、下を向いたまま。だが残り2つの頭はカメラを捉え、キャンキャンと大きな声を上げた。


 ケルベロスが口を開けば、呼気と共に紅き炎が吐き出される。スンスンと鼻を動かして何かを探すその姿は犬と大差ない。ケルベロスの赤い瞳がシルクスの姿を捉え、唸り声を上げる。頭の1つがエウレカとシルクスの間に割り込んで威嚇する。


「魔王様。私達、敵として認識されていませんか?」

「それはない。ケーちゃんは我に懐いておるからな」

「……どう見ても、私に威嚇してるようにしか思えないのですが」

「そうか? ケーちゃん、シルクスは我の部下であるぞ。敵ではない。今回はな、我とお主の動画を撮ってくれるぞ。だから威嚇はやめるのだ」


 シルクスに言われて渋々ケルベロスを宥めるエウレカ。エウレカの言葉を聞いたからだろうか。ケルベロスの動きが大人しくなっていく。吠えるのを止めた。口から火を吐き出さなくなった。荒い鼻息が落ち着いた。尻尾を高い位置に突き上げ、その先端が斜め上を向く。


 ケルベロスがカメラやシルクスを警戒しなくなったことでようやく、本日の撮影が始まったのだった。





 ケルベロスの毛はそのほとんどが短毛で、撫でてもモフモフ感はあまりない。毛も硬くゴワゴワしている。だがたわしを思わせるその触り心地は慣れてくるとちょっと癖になる。そんなケルベロスの頭部をエウレカは1つずつ丁寧に撫でていく。


 カメラを持つシルクスは離れたところからその様子を撮影。そのままケルベロスを刺激しないように少しずつ距離を詰めていく。足音を立てずにそろりそろりと歩くのだが、ケルベロスの視線はシルクスの姿を追いかけている。


「ケーちゃんはメス。今年で120歳になる。ケルベロスの寿命は280歳くらいだから、人族に換算して30歳くらいではないだろうか」


 エウレカに頭を撫でられたケルベロスはうっとりとした表情を見せた。しかしエウレカに近寄る銀髪の魔族――シルクスの姿を捉えた瞬間すぐさま警戒態勢に入り、口から炎の息を吐く。シルクスを意識しているのは間違いないだろう。ケルベロスはまだ落ち着いていないようだ。


 ケルベロスに威嚇されたシルクスはその場で足を止め、カメラのズーム機能を使用してみた。だがズーム機能では手の震えのせいか映像がかなりボケてしまい、何を撮影してるのかわからなくなる。良い映像を撮るにはある程度近くでカメラを構えなければならない。


「魔王様、ケルベロスに警戒されて近寄れません。おそらく私のことをよく思っていないのかと」

「なんだと! ケーちゃん、どうしたのだ? シルクスのこと、嫌いなのか?」

「いえ、嫌いというのではなく、どちらかというと、その……嫉妬の部類ではないかと……」


 シルクスが近付けば口を開いて牙を剥き出しにする。炎こそ吐き出さないが、低い声で唸る。耳がピンと立ち、尻尾の振り方はどこか硬い。いつ炎でカメラを燃やすかわからない状態だ。遠くから撮影する分には問題ないのだが、そうすると主役であるエウレカがかなり小さくなってしまう。


「し、嫉妬? なぜケーちゃんがシルクスに嫉妬する必要があるのだ?」

「……魔王様に期待した私が馬鹿でした。魔王様、警戒を解くための策を考えてください、早急に。近寄らないと良い映像が撮れません。ここからでは何を撮っているのかわからなくなります」


 ついにシルクスの頭目掛けてケルベロスの2つの首が向かっていった。だがケルベロスの牙はシルクスの長い銀髪を噛みちぎることしか出来ない。シルクスが紙一重で攻撃をかわしたのだ。


 咄嗟にケルベロスと距離を取ったシルクスに余裕はなかった。鋭い口調でエウレカに指示を出すと、カメラを守るべく1歩ずつ後退していく。その間にもこれまで撮影した映像が無事であるかの確認を怠らない。


「仕方あるまい。いくつか、方法がある。一旦厨房へ行くぞ」


 シルクスが離れていくことから、このままでは撮影が出来ないことに気付いたらしい。エウレカはすぐさま行動に出た。


 黒いマントをひるがえし、駆け足でシルクスの元へと向かう。そのままシルクスの手を掴むと魔王城4階の廊下を一気に駆け抜けていく。途中、ケルベロスの遠吠えが城全体に響き渡った。

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