5 スライムとの撮影を終えて

 エウレカがスライムを使って動画撮影を行った日の夜。王の間にて、エウレカとシルクスが話し合っていた。


 灰色のブロック石を積み上げて作られた魔王城。灰色1色の壁に色白の肌が映える。2人は立ったままの状態で話しており、座るのに不向きな玉座はただの飾りとなっている。


「なぁ、シルクス。お主に頼みがある」

「なんでしょうか?」

「我は、動画配信で魔族について伝えようと思うのじゃ。そこで、シルクスに手伝ってほしい。今日助けてくれたのも何かの縁。我が決意した時に偶然居合わせたのもシルクスだったからな」


 エウレカがニシシと歯を見せて笑う。下から見上げる赤い瞳に、シルクスはついエウレカから目を背けた。頬が微かに赤みを帯びている。


「『iアイtubeチューブ』でしょうか。それは、どのようにすればよいのですか?」

「どうって、動画を投稿するだけじゃ。さっき一緒に編集したであろう? 実はお主のアイデアを採用したら、動画がかなり評判でのう。我にはこのようなセンスはない。だからこそ、お主に手伝って欲しいのだ」

「私は動画編集も動画撮影も初めてですが、お役に立てたならよかったです。ちなみに魔王様のおすすめ動画はありますか?」

「たくさんあるぞ。我を狙う勇者達も沢山使っておってな、面白い動画がありすぎて困るくらいじゃ。ちなみに我のオススメはこの『勇者コック』じゃ。ほれ、見てみよ」


 エウレカは小脇に抱えていたパソコンを立ち上げると、動画を再生してシルクスの眼前に突きつける。


 画面いっぱいに映っていたのは、とある勇者が料理をしているシーンだった。料理と言っても魔物を調理するわけではないし、凝った料理を作っているわけでもない。「手抜き料理」と呼ばれる、手軽に作れる料理を作っている。


 「時短レシピ」と呼ばれる料理の作り方を解説。完成した料理は、その日共闘したパーティーメンバーに振る舞われる。たったそれだけの動画だが、レシピや作り方などが実用的でウケがいい。手間をかけず簡単に美味しい料理が作れるとなれば、真似する者が多いのも頷ける。


「これは料理ものだが、他にも魔物との戦い方や魔法の使い方などの動画がある。勇者が無謀な挑戦を行う、というものも見ていて面白いぞ」

「ちなみに魔王様は何を目指していらっしゃるのですか?」

「特に考えてないぞ。魔族の知恵や知識について広めたい、そして人の魔族に対する誤解を解きたい。敵意のない魔族もおるし、人が好きな魔族もおるし。そんなことを伝えていきたい。ただそれだけなのだ」


 エウレカがさも当然であるかのように告げる目標。それは、決して簡単ではない、けれどなんとしてでも叶えたい夢。シルクスはエウレカの夢を笑うことはせず、小さく頷いてみせた。




 エウレカの指先がキーボードの上を動く。他人の動画を映していた画面は、いつの間にかエウレカのページを映し出すようになっていた。


 エウレカが作ったという「まおうチャンネル」。チャンネルアートにもアイコンにも、エウレカ本人の写真が使われている。だが、シルクスの目を引いたのはそこではなかった。


 「まおうチャンネル」には投稿動画が1つだけある。タイトルは「【130代目魔王エウレカ】人族は知らない、正しいスライムの使い方【初投稿】」という、長めの動画だ。サムネイルにはスライムに怯えるエウレカの顔が映っている。


 この動画は本日撮影したものをシルクスとエウレカの2人で編集し、つい先程アップしたばかりのもの。すでに何人かに閲覧されており、コメントもいくつか書き込まれている。


「ちょw 魔王本人の登場やんw」

「スライムどんだけ嫌いなんだwww」

「スライムゼリー、作ってみようかな」

「12:52 魔王、スライムと一緒に浴槽まで焦がす」

「とりあえず梅干しから離れろしwww」

「12:52 がやばい」


 人に見てもらえただけ、コメントをもらえただけ、マシな部類なのだろう。次の動画も上手くいくとはわからない。動画を見てもらえたとして、それによって人間の魔王に対する誤解が解けるかはわからない。


 パソコンから視線を逸らすと、瞳を潤ませたまま笑うエウレカの姿が目に入った。


「先は長いかもしれぬ。だが、我は諦めぬぞ。このような動画投稿サイトが登場した現代だからこそ、チャンスなのだ。携帯にパソコンにカメラ、インターネットなるもの。昔はなかった技術がある今だからこそ、人族と魔族の仲を……」

「先代も先々代も。もう100年以上受け継がれてきた夢、ですものね」

「うむ。現状は、話し合いをしようにも人族に断られてしまうのだがな。上手くいかないものじゃ。だからこそ、動画を使ってだな。名を上げつつ、敵意がないことを示そうと思うのだ。そして我が代で、人族と魔族の親交を深めたい」


 シルクスはその言葉を聞いて、エウレカの前にひざまずいた。エウレカの手がシルクスの銀髪に優しく乗せられる。


「私は魔王様の夢を応援します。それが動画投稿の手伝いというのであれば、喜んで支援します」

「ありがとう、シルクス」

「私は、魔王様のことが大好きですから」


 シルクスが頬を赤らめる。長い銀髪が、下を向いたままのシルクスの顔を隠す。だが、エウレカはシルクスの真意に気付かない。


「ではさっそく。ワームやサーペントなどの調理動画か、ケルベロスやドラゴンといったペットの紹介動画か……。何がよいだろうか?」

「わ、私は――」

「シルクスは我のが好きなのだろう? ならば、協力してくれないか? お主の力が必要なのだ」


 悪意のないエウレカの言葉に、シルクスはがっくりと肩を落とす。嬉々として笑うエウレカの顔を見上げ、シルクスはポツリと呟いた。


「ケルベロスでいいと思います」


 ケルベロス。それは地獄の番犬と謳われる、3つの頭を持つ生き物。シルクスの一言によって決まった次の撮影に、エウレカは嬉しそうだ。高らかな笑い声が王の間に響いた。

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