第154話 【閑話】委員長の恋バナ!?

 キーンコーンカーンコーン。


 午前の授業の終了を告げる鐘の音が学校中にこだまする。

 と、同時に教室の中がざわめき出す。

 気の早い生徒は既にお互いの机同士をくっつけさせたり、購買へ走り出したりしている。


 彼ら、彼女らは別に大人気のパンが売り切れそうだとかそういうことではなくて、ただ単に早く昼ごはんを終わらせて遊びたいだけなのだ。

 パンの争奪戦なんて物語の中だけの出来事でしかない。

 と、私は思っている。


「委員長、一緒にお弁当食べよっ」


 隣の席の橋本さんが机を寄せながらそう提案をしてきた。

 他にも数人の女子があっという間に私の周りに集まって近くの机や椅子を持ってくると即席のランチ会場の出来上がりである。


 女の子らしい小型のかわいい弁当箱は中崎さん。

 弁当と同じ様に小柄な女の子だ。

 彼女自身、身長があまり伸びないことを気にしているみたいだけど可愛いは正義だと思う。


 逆に男の子のお弁当かと思うようなボリューム満点の弁当箱は伊野田さん。

 その弁当箱からは想像できないが、スラッとしたショートカットの女の子だ。

 彼女は陸上部で短距離走をやっていると聞いている。

 毎日運動しているからこれくらいの量が無いとお腹が空いて大変なのだそうだ。


「さて、今日のパンはこれだ!」


 橋本さんはそう大げさに宣言して自分のカバンからパンを取り出す。


 ど~~ん!という効果音を期待したい勢いで机の上に置かれたそれを見て、みなはそれぞれ驚いたり呆れたり複雑な表情を浮かべる。


「あんこマーガリンカレーパン……ってなんなのよこれ」

「今日はまた一段とヤバそうなものを持ってきたわね」

「名前見ただけで食欲失せるんですけど~」


 私達のそんな反応に満足したのか、彼女はなぜかドヤ顔風味で説明し出した。


「ふっふっふ、これはね。先週末にランララポートでやってた新製品発表会で試験販売で売られていたものなのだよ!」


 ランララポートというのは、最近出来たばかりの大型ショッピングモールである。

 といっても近くにできたわけじゃないのだけど、彼女はそこに出向いてこれを買ってきたようだ。


「ひゃくぱーせんと試験販売で終わりそうだよねそれ」


 伊野田さんが自分の弁当の包みを開きながらそういうと、続けて中崎さんも「私もそう思う~」と同意の声を上げた。

 正直私もこれがコンビニの商品棚に並ぶ姿は想像できない。


「ふっふっふ、見かけと名前だけで敬遠していたら新たな発見は無いんだぞ!」


 たしかに正論だ。

 私だって世界の銘菓展とかに出かけたら、異国の見たこともないお菓子に興味を惹かれるし。

 でもそれは完全にその味が見かけも含め未知なるものでも、銘菓展で売られているものだからハズレはないという安心感があるからだ。

 しかし目の前のこれはそれとは違う。

 というか橋本さんの場合私とは珍しいものに対する方向性が違うのだ。


 一言で言えば彼女は世間で『ゲテモノ』と言われている物に興味を示す女の子である。

 メーカーが悪ふざけで作ったとしか思えない食べ物を買ってきてはこうやって披露するのが好きなのだ。


 たとえばショートケーキ味のラーメン。

 みたらし団子味の焼きそば。

 彼女はそういった物を見つけては私達の目の前で食べて後悔する。


 そう、後悔するのだ。


 彼女は決して味覚がおかしくてそういうゲテモノ料理が好きなのではない。

 そこが私達にはよくわからない所だった。


 彼女いわく「自分の同志はネット上にもたくさんいる。その証拠にこの手の食べ物は次々と発売されるでしょ?」とのこと。

 確かに全く売れないのならメーカーも発売しないだろう。

 と、思う。


 でも大抵の場合そういうゲテモノ系、おもしろ系は数カ月後に叩き売りされているのだけど……。


「まぁ、あんたがそれでいいってんなら私達はどうでもいいんだけどね。無理矢理一口食べさせようとか飲まそうとかしなければさ」


 そう言って顔をしかめる伊野田さん。

 彼女は前にキュウリ味のコーラとか言うのを騙されて飲まされて盛大に吹き出し、大変な目にあったことがある。

 事前に説明されてたのに手を出した彼女も悪いのだけど。


「私は委員長が食べてみて大丈夫そうだったら食べてみたいな~」


 かわいい顔と体をして結構鬼畜なことを言う中崎さんの事は置いといて、私は自分の弁当箱を開ける。

 昔はお母さんに作ってもらっていたけれど、最近は自分で作ることが多くなった自作弁当だ。

 今日のお弁当はかなりの自信作である。


「わ~、委員長のお弁当かわいい~」

「相変わらず女子力高いな委員長は。でもそんな量じゃあ夕方になる前に腹鳴らね?」

「ぐぬぬ、私のパンの発表会を潰す気かー! でも美味しそう、あとで少しちょうだい」


 三者三様の反応だが、かなりの高評価に私は満足する。

 そして橋本さんに奪われる前に食べなければならない。


「いただきます」

「いただきま~す」

「んぐ、うめぇ」

「あっ、ちょっと私のパン見なさいよ!」


 そんなこんなで食事は進む。

 案の定、あんこマーガリンカレーパンを口にした橋本さんが微妙な表情を浮かべて私の方に助けを求めるような視線を送ってくるが無視すると、彼女はすべてを諦めたような顔で食事を続けた。

 なぜこの娘は反省しないのか。


 しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは中崎さんだった。


「ところで委員長ってさ、田中くんと付き合ってるの~?」

「えっ!?」


 私は思わず手に持ったお箸を取り落としそうになった。


「そうよ、それそれ。ずっと聞きたいと思ってたのよね」


 お茶で口の中のゲテモノパンを流し込んだ橋本さんが追随する。


「むほはほがほげはふはほ」


 口の中にご飯を詰め込んでリスのようになっている伊野田さんは何を言っているのか分からないが、多分ほかの娘達と同じような事に違いない。


 はぁ。


 私は一つため息をつくと、一度お弁当と箸を机の上に置いてから「付き合ってるわけないじゃない」とそっけない返事を返した。


「怪しいなぁ」

「そもそもどうして私と田中くんが付き合ってるって話になってるのよ」

「それは~」

「もごもごもぐ」


 伊野田さん、せめて口の中のものを飲み込んでから喋ってよ。


「前に委員長と田中くんがアエリオンで一緒にキャッキャウフフしてたのを見たというタレコミ情報がありましてねぇ」

「誰よ、そんな事言ってるの」

「それ以外にも田中くんの家の近くの公園で一緒にいる所を見かけたとか~」

「んごんごっくん……他にも田中んちに宿題を運ぶだけじゃなくそのまま部屋の中に入っていったとかいうのも聞いたぞ」

「そ、それは……」


 くっ、一応全部本当の事だ。

 でも。


「たしかにそういう事もあったかもしれないけど、その時は他にも一緒に人がいたはずよ? 決して田中くんと二人っきりなんかじゃなかったわ」

「他に?」

「どんな人~?」

「三角関係か!?」


 私が田中くんと一緒にいる時は大抵の場合山田さんかスズキさんもいたはず。

 部屋については目撃者が見てたかどうか知らないけど、高橋さんも大体一緒だった。

 特に山田さんとスズキさんは目立つ。

 なのになぜ私と田中くんが二人でいた事になっているのか納得行かない。


「その情報源の人にきちんと聞いてもらえばわかるけど、背の高いスラッとしためちゃくちゃイケメンの男の人か、スーパーヒーローみたいなガッチリした男らしい人のどちらかも一緒にいたはずだよ。ふたりとも田中くんの知り合いなんだけど」



 私のその言葉に三人は顔を見合わせて、それから同時に口を開く。


「「「そんな人見なかったよ」」」


 えっ、それってどういう事?

 というか、情報源ってこの子達なの?


「やだな~、嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきなよ~」 

「そうだよ! わたしゃしっかりきっかり委員長と田中くんがふ・た・り・き・りで会ってたのをみたんだから」

「私も一人暮らしの田中の部屋に入っていくのを見たぞ」


 そんな三人の言葉が右から左へ通り過ぎる。


 一体何がどうなってるの?

 山田さんは?

 スズキさんは?

 高橋さんは?


 彼らの存在がまるで彼女たちには認識されていないということ?

 私の頭はそんな『なぜ?』でいっぱいになってしまった。


 もしかしたらユグドラシルカンパニーの謎技術で彼らの姿については認識障害でも起こさせているのだろうか。

 ありえる。

 その割にヤオチューブに出演したりもしてるのが不思議だけど、あれももしかしたら私達のように彼らを知っている人たち以外には別物に見えているのかもしれない。


「そういえばその田中くん、今日は休みなんだね」

「みたいだね、委員長と一緒に問い詰めてやろうと思ってたのにな」


 たしかに今日、田中くんは休んでいる。

 出席日数ギリギリで休んでいる場合ではないというのに。

 でも彼が休んでいる理由は城之内先生から聞いている。


「あの事故で行方不明だったご両親が見つかったから会いに行ったらしいね~」

「事故ってあの世紀のミステリーと言われた飛行機まるごと行方不明になった事件でしょ?」

「詳細はわかんないけど良かったよ」


 そう、今日彼はご両親に会いに海外へ向かった……事になっている。

 本当は異世界であるスペフィシュに行くのだと昨日電話で高橋さんから聞かされていた。

 その時はただ単に田中くんにスペフィシュを見せてあげるだけのただの旅行だと聞いていたのに。

 もしかして私だけ本当の事を知らされてないのかなと城之内先生から話を聞いて疎外感を覚えたものだ。


「田中くん、今頃ご両親に無事会えているといいな……」


 私がそんな事を口にすると、まるで言質を得たりといった表情で三人娘が黄色い声を上げ私をからかいだす。


「もうやめてよねっ、私の好みのタイプは田中くんとぜんぜん違うんだからっ!」


 そんな私の無駄な抵抗は、昼休みが終わるまでの間、ずっと続くことになったのだった。


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