第144話 箱の中身はなんだろな、です。

「さぁ、入って入って」


 俺は所長さんに促されるままに『所長室』と描かれた部屋のドアを開けた。

 まず目に入ってきたのが壁一面に取り付けられた棚。

 そしてその棚に整然と並べられた見たことのあるゲーム機たち。

 といっても俺にとって実際に触ったことがあるものはほとんど無いけれど。


 ゲーム機が並んでいる反対側の壁にはそのゲーム機のソフトだと思われるものがズラッと並んでいるのがまた壮観だ。

 山田さんから所長はゲームマニアだと聞いてはいたけどコレほどまでとは。

 異世界なのに一体どうやってこれだけの数を揃えたのだろう。

 本当に謎の人物である。

 

 俺が入り口で立ち尽くしていると「早く中に入るのじゃ! お菓子もお茶も用意してあるのじゃ」とコノハに急かされた。

 確かにこんな所で立ち尽くしていても仕方がない。

 面白そうなゲームがあったら後で貸してもらおうと思いながら俺は部屋の中へ足を進める。


 中では既に他の三人がソファーに座って待っていた。

 高橋さんに運ばれて無理やり座らされたのであろう山田さんは、まだ顔色が悪かったものの意識は取り戻していたようで、部屋に入った俺にぎこちない笑みを浮かべ自分のとなりに座るように促す。


「大丈夫なの?」

「はい、先程は恥ずかしいところをお見せいたしまして心配をおかけしました」

「いや、別に構わないんだけど、本当にドワドワ研の宴会って山田さんのトラウマなんだね」


 前に過去の嫌な思い出として教えてもらった時もそういえば心ここにあらずな状態になってた事を思い出し苦笑する。


「なさけないのじゃー」

「ですです、そろそろ慣れてもいいころですです」


 そんな山田さんに対して無責任二人組はそんな事を言いながら机の上に用意されていたお菓子を食べている。

 色々なお菓子がアソートされた皿を見ると、何個か見覚えのあるお菓子も入っているようだ。

 コノハがその中の一つを小さな体で持ち上げて、自分の口に入るくらいの大きさに割るとそのまま口の中に放り込む。


 俺はその姿を見ながらなんだか違和感を感じた。

 なんだろう。


「せかいじゅの葉まんじゅうは美味しいのじゃー」

「共食いですです」

「ワシの葉っぱもこんなに美味しいのじゃろうか?」


 そんな二人のやり取りを見ながら俺が違和感の正体に首をひねっていると、入口のドアを閉めた所長さんがそんなコノハたちを見ながら口を開いた。


「驚きましたか?」

「えっ」

「コノハさんですよ」


 俺はもう一度モグモグと口いっぱいに饅頭を頬張りながら、俺たち二人を「なんなのじゃ?」といった表情で見ているコノハに目を向ける。

 やっぱり違和感があるな。

 というかコノハのこんな姿って今まで見たことあったっけ。


「あっ」

「お気づきになられましたか」


 俺はほっぺいっぱいにリスのように食べ物を詰め込んでいるコノハを指でつまみ上げる。

 コノハはその扱いに不満だったのか俺を睨むが、口の中いっぱいの食べ物のせいで文句を言うことも出来ないようだ。


「お前、その姿なのになんで食べられるんだよ」


 そうなのだ。

 さっきから感じていた違和感、それはコノハが依代体のままお菓子を食べていることだった。

 ミユたちミニ世界樹は、ミニ世界樹育成ケースの吸収口からしか食べ物は摂取出来なかったはず。

 なのに目の前にぶら下がっているコノハは間違いなくその依代体まま食べ物を口にしている。


「ああっ! そういえばそうですね。驚きです」


 山田さんが俺の隣で驚きの声を上げる。

 というか山田さんも初めて知ったのか。


「はははっ、山田くんも初めてかねぇ。まぁ、わざと秘密にしていたのだがねぇ」

「いやいや、こういった大事な研究はきちんと教えておいてくださらないと困りますよ」


 山田さんが所長さんのその言葉に少し怒ったような顔で詰め寄る。

 そんな俺からすると珍しい表情の山田さんに対して、所長さんはまったく動じもせず「まぁまぁ落ち着きたまえ山田くん」と彼の肩に両手を乗せてソファーに座らせる。


「実はねぇ、この機能は木之花咲耶姫様からのたっての希望で研究開発することになったんだよ」

「咲耶姫様がですか……またあのお方はそんな無理難題を」


 所長の言葉を聞いてソファーに深く沈み込みながら山田さんは頭痛を抑えるように額に手のひらを当てながら溜息をつくようにつぶやく。


 木之花咲耶姫といえばこの世界を支える世界樹であり、ミユたちの母親みたいなものだ。

 俺自身は転移者の里で一度だけコノハの依代体に憑依した彼女としか会ったことはないが、たしかに結構すっとんだ性格をしていたのを思い出す。


「その彼女から『後で山田を驚かせたいから完成するまで秘密ね♪』と言われましてねぇ」

「はぁ」

「すっかりその事を忘れてて今バラしてしまったわけだけどねぇ」

「そういえばそうだったのじゃー」


 俺の目の前でブラブラ揺れながら口の中のものをすべて食べきったコノハがあっけらかんとした口調で話に入ってきた。

 ある意味この世界の神とも言える世界樹様の言いつけを破ったというのに軽い……。


「というわけで山田くん」

「なんでしょうか?」

「咲耶姫様の所にこの後行くのでしょう?」

「ええ、行きますけど何か?」

「実はその時に本来ならコノハ、というか新型依代体のこの機能をサプライズ発表する予定だったのですよ」

「でしょうね」


 山田さんはげんなりした顔でそう答えると「それで私にどうしろと?」と所長に問い返す。


「いまここで見たことは全て『見なかったこと』にして、そこで初めて知ったように驚く演技をお二人にはお願いしたい」


 所長さんはそういうと少し深めに俺たち二人に向かって頭を下げる。

 少し憮然とした表情だった山田さんだったが、そんな所長さんを見て少し表情を和らげると「はぁ、しょうがないですね」といつものように肩をすくめ答えた。


「田中くんもよろしいでしょうかねぇ」

「山田さんがそれでオーケーなら」

「ありがとうございます」


 所長さんはもう一度頭を下げると俺達の前の椅子に腰を下ろした。


「それはそれとして所長さん」

「なんでしょうか」

「コレは一体どうなってんのかなと」


 俺は目の前にぶら下げていたコノハを机の上に降ろしながら尋ねた。


「んぐっ――コレとはなんじゃコレとは!」


 机に降ろされたコノハが口の中に頬張っていたお菓子を飲み込むと机の上で地団駄を踏みながら抗議するがもちろん無視だ。


「知りたいですか?」

「もちろん」

「私も詳しく聞かせていただきたいです」


 山田さんと二人で目の前の椅子に座った所長さんに詰め寄る。


「詳しい原理は開発主任であるこの高橋くんが説明……って、高橋くんはどこへ?」


 先程まで所長さんの隣りに座ってお菓子を食べていたはずの高橋さんが消えていた。

 俺たち三人が部屋の中を見回すがもちろん何処にもその姿はない。


「高橋ならさっき『残りのお酒の回収を忘れてたですですぅ』とか言いながら出ていったのじゃ」


 机の上で次に食べるお菓子を物色しながらコノハが言った。

 そういえば酒瓶の回収を後でするとかなんとか言ってた気がする。

 さすがドワーフ、酒に目がない種族だ。

 なのになぜあれほどまでにアルコールに弱いのか。

 あれか? 猫にまたたび的なやつか?


「しかたありませんね。代わりに私が簡単に説明させてもらいますがよろしいですか?」


 お酒に目がくらんでいる高橋さんを待つのも呼び戻すのも面倒くさいので、俺と山田さんはその所長さんの言葉に一も二もなく頷き返す。


「簡単に言えば世界樹、つまり木之花咲耶姫様のネットワークを利用しているだけなんですがね」

「世界樹のネットワーク?」

「ええ、こちらの世界では世界中に木之花咲耶姫に繋がるネットワークが存在しているのです。詳しく説明するとかなり長くなるのではしょりますけどね」


 なんだかよくわからないけどインターネットみたいなものが世界中に張り巡らされているイメージでいいのだろうか。

 そういえば高橋さんがよく利用している『異世界ンターネット』ってもしかして……。


「今のコノハくんはそのネットワークに直接接続した状態になっていましてね。口から吸収された物を魔素変換した上で、そのネットワークを通じて本体であるミニ世界樹へと送っているのですよ」


 先程からどう見てもコノハの体の中に治まりきらないくらいのお菓子は、そうやって本体の方へ転送されてたのか。

 多分あの小さな口の中にミニ世界樹育成ケースの上についてる物と同じような装置が入っているのだろう。


「その装置ってうちのミユにもつけることは可能なんですか?」


 俺はコノハが食べ物を食べている姿を見たときから思っていたことを口にする。

 それが可能であればミユも今のコノハみたいに人のように食事ができるようになるわけで。


 俺のその言葉に所長さんは「まってました!」とばかりに立ち上がり、ソファーから自分のデスクへ向かうと、一番上の引き出しを勢いよく開け放ち中から箱を取り出した。

 取り出した箱を大事そうに抱え、彼はソファーまで戻ってくると箱を机の上に置く。


「何ですかそれは?」

「こんなこともあろうかと!ってこの台詞、一度は言ってみたかったんですよね――」


 いったい何処の真田さんだよ。

 確かに日本人なら一度は言ってみたい台詞TOP3には入るだろう台詞だけど、あなた異世界人ですよね?

 あれ? そういえば前に咲耶姫様も同じような事を言ってたような・・・。


 そんなこんなが頭に浮かんだが、次の瞬間所長さんによって開けられたその箱の中身を見て言葉を飲み込んだ。

 なぜならその箱に収められていたのは――。


「ギャーッッ!! 生首っ!?」


 ミユと同じ顔をした生首が、カッと目を見開いた状態で俺の方を見て笑みを浮かべていたのだった。

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