第143話 壊滅!ドワドワ研究所です。
「なんなんだこの状況は」
俺たちがドワドワ研究所にたどり着くと、その玄関の前に大量の死体が転がっていた。
高橋さんと同じくらいの背丈しかない白衣を着た人々……多分ドワドワ研の研究員であるドワーフ達だと思われる。
所々から「うぅぅぉぉぇぇ」「うぼぁぁぅぇぇぇ」という地の底から聞こえてくるような唸り声もする。
声が聞こえるということは、どうやら死んではいないようだが、そんな男女が十人以上も地面に転がりうごめいている姿は確実にトラウマ物である。
「いったい何があったの山田さん」
俺は先にドワドワ研にたどり着いて立ち尽くしていた山田さんの背中にそう問いかけるが反応がない。
いや、その背中は何か微妙にカタカタと震えているようだ。
「山田さん?」
俺は不思議に思い彼の前に回り込むとその顔を見上げる。
「っ!?」
カタカタと体中を震わせながら立つ彼の顔は、今まで見たこともないくらいに青ざめていた。
いや、一度だけ近い顔を見たことがある。
そうあれは確かドワドワ研の宴会に巻き込まれた話を聞いた時だっただろうか。
「はぁ~、あれほど先に宴会始めちゃだめって言い聞かせておいたですですのに」
「仕方ないやつらなのじゃ」
振り返ると死屍累々の山の前にしゃがみこんだ高橋さんが、地面に落ちていた何かを持ち上げていた。
その頭の上でコノハも興味深そうにそれを覗き込んでいる。
「しかもこれ所長秘蔵の而魂じゃないですですか! こんな貴重なお酒をがぶ飲みとかっ」
どうやら死体(?)影に転がっていたせいで気が付かなかったが、よく見るとそこかしこに一升瓶やらビールっぽいものやら、ワンカップっぽいものまで転がっていた。
そして流れてくるアルコールの匂い。
どうやら彼らドワドワ研の研究員共はなぜか研究所の玄関前で酒盛りというか、高橋さんいわく宴会をおっぱじめて、酒に弱い彼らはすぐに酔いつぶれてこの有様になったようだ。
転がっている酒瓶を一つ一つ拾いながら中身を確認している高橋さんと、固まったままの山田さん。
多分彼は目の前のこの光景に過去の宴会に巻き込まれた時のトラウマスイッチが入ってしまったに違いない。
さてどうしよう。
眼の前の研究員共は全く役に立ちそうにないし、山田さんもこの有様ではしばらく使い物にならない。
俺がそう思案していると研究所の玄関から一人の男ドワーフが出てくるのが目に入った。
どうやら宴会の生き残りがまだ残っていたらしい。
彼は玄関を出た所で、そこら中に転がっている研究員を一通り見渡した後、俺達の方へ歩み寄ってきた。
正直この世界の住人は見かけだけでは正しい年齢なんてわからないのだが、見かけだけでいえば高橋さんたちよりかなり年上に見える。
体躯も他のドワーフ達と比べて大きく、白衣と瓶底眼鏡がなければこの研究所の関係者とは思えなかったかもしれない。
もしかして彼が?
「やぁ、こんにちは山田くん……と、君は田中くんだね?」
俺は未だ固まっている山田さんを横目に「こんにちは」と挨拶だけ返した後「あなたは?」と彼の正体を確認するために問いかけた。
まぁ、だいたいわかってはいるけれども。
「自己紹介がまだだったね。私はドワドワ研の所長の土井といいます」
彼は白衣のポケットから少しよれた紙を取り出して俺に手渡した。
どうやら名刺のようだが、ケースに入れずに直にポケットに入れていたせいで角がふにゃりと曲がっている。
いつもどこでもきっちりした名刺を用意している山田さんとは全く違う人種なのがそれだけでも伝わってくるようだ。
「はじめまして、田中です」
挨拶を返した後、俺は受け取った名刺に目を向ける。
シンプルイズベスト。
その名刺はまさにその言葉がぴったりのもので、会社名と役職と名前と連絡先しか書かれていない。
そしてやはり名前の欄には『土井』と名字だけしか書かれておらず、下の名前は無記入である。
さっきの山田さんの話から、どうやらこの世界の住民は日本から転移してきた英雄によって名字は与えられれたものの、名前の概念は伝わってなかったらしい。
中途半端な。
「ところでこの状況はいったい……」
俺は周りを見回しながら尋ねる。
玄関前に大量に横たわる泥酔者達と、その間を介抱するわけでもなく酒瓶を回収しては中身を確認するという作業を繰り返している高橋さん。
この場所で宴会を始めて酔いつぶれたのはわかるが、なぜこんな所でという謎が解けない。
「本日あなた達がこのドワドワ研究所を訪れると聞きまして、歓迎会を開くのだと朝からなにか準備をしていたらしいのですよ。それを聞いた私も秘蔵のお酒を彼らに手渡したのですが、それが良くなかった」
所長はそう言うと一つため息を付いて続ける。
「何しろ我々ドワーフ族はお酒には目がない種族でしてね、そこにめったに飲めない秘蔵のお酒などというものを出してしまったら歯止めが効かなくなったらしく……」
それで勝手に先に宴会を始めてしまったと。
正直俺の想像以上にこの研究所は駄目すぎる。
そもそも俺は未成年で酒なんて飲んだこともないのにお酒を用意して出迎えようとか、完全に俺をダシにして宴会したかっただけなんじゃ……。
今まで見聞きしてきたドワドワ研究所の話で大体理解していたつもりだったけど、実際目の前に酔いつぶれてうめき声を上げる集団を前にすると破壊力が半端ない。
そして隣で震えたまま固まっている山田さんのトラウマも少し理解できる。
本当なら所長にあったらまずメカさんのことについて問いただそうと思っていたけれど、正直こんな地獄からはさっさとおさらばしたい。
何より頼りの山田さんがこんな状態では……。
とにかくこの場所からいったん移動しなければどうしようもない。
「それでですね、なんだか山田さんが固まったまま動かないんで一緒に研究所の中まで運んでいただけませんか? 多分トラウマスイッチ入ってて、この場所にいると復活しなさそうなんで」
「ええ、かまいませんよ。しかし山田くんまだ宴会のときのダメージが治ってなかったのだね」
所長さんは少し目を細めてそう言うと、玄関前の死体の山から中身の入った酒瓶をかき集めていた高橋さんに「高橋くん、それは後でいいからまずは山田くんを所長室まで運んでくれないか?」と指示した。
「わかりましたですです」
両手に抱えていた大量の酒瓶を一旦地面に置いて高橋さんはそう返事をすると猛ダッシュで走ってきて、固まったままの山田さんを小脇にかかえて研究所内に入っていった。
早い。
知ってはいたけど、やはりドワーフ族というのはとんでもない力持ちだ。
しかしその持ち方はひどい。
いや、お姫様抱っこされるよりはマシかもしれないけれどさ、まるで『山田は持ったな!』『おぅっ!』みたいな感じでいたたまれない。
「では我々もいきますかな」
高橋さんを見送った後、所長さんはそう言うと軽い足取りで死体の山をひょいひょいっと軽快に避けつつ玄関に向かって歩き出し、俺はそれを慌てて追いかけた。
こんな亡者どもがうめき声を上げている地獄に一人置いていかれたらたまったもんじゃない。
俺のドワドワ研初訪問はそうして始まったのであった。
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