第145話 答えはあなたの向かう先です。

「というお話だったのさ」

「おばあちゃん、その後勇者様たちはどうなったの~」


 暖炉の中で薪がパチパチ音を立てる中、おばあさんはずれていた眼鏡を直し閉じた本の表紙を眺めながら孫たちに語りかける。


「それはね――」


     ♣     ♣     ♣


「……はっ!? いま一瞬意識が飛んで、唐突な打ち切りエンドな未来が見えた」


 たしかあの作品はあとでなぜかその後の話もアニメ化されたはずだが、今はそんなことはどうでもいい。

 俺は目の前に差し出された生首入りの箱を指さして所長さんに質問をする。


「これは一体なんですか?」

「ミユさん用の新型素体です。ただしまだ未完成品でして、エネルギー変換装置を内蔵した頭しか出来上がってないのですよ」


 所長さんはそう応えながら箱の中からミユの生首をつまみ上げる。

 なかなかホラーなその光景に俺が言葉を失っていると、隣りに座っていた山田さんがなにかに気がついたかのように声を上げた。


「所長、この新しいミユさんの顔なのですけれど」


 そんな頭があんこ入りパンなヒーローみたいな表現はどうかと反射的に突っ込みたくなったが、続く彼の言葉を聞いてもう一度俺はミユのその新しい顔に顔を向けた。


「現在のミユさんの顔より少し大きい気がするのですが」


 確かに言われてみればそんな気もする。

 現状比べる対象がこの場に居ないので確実にそうだと言いきれないのだけど、何か表情も少し大人びて見える。


「そこに気がつくとは流石山田くんですね。さす山!」


 山田さんの質問になぜか少しテンションを上げた所長さんは、一旦新型ミユヘッドを左手に持ち替え、空いた右手を白衣のポケットに突っ込むと何かを取り出して俺たちに突きつけるように見せた。


「ヒッ」

「……これはコノハさんの?」


 所長が取り出したのは今も一生懸命机の上でお菓子を食べているコノハ……の頭だった。

 というかそんな物ポケットに入れて持ち歩くとか、この所長って人物はやはり何処かおかしい。

 まぁ、この変人&マッドサイエンティストの巣窟であるドワドワ研のトップなのだから、まともな人物ではないのは予想の範囲内だが。


「ええ、これが以前のコノハくんの頭部パーツです。咲耶姫様のせいで内部装置は壊れてしまっていますがね」


 そう言いながら彼は、先程のミユの頭の横にコノハのそれを並べるように持つと俺たちに「いかがです?」とマッドな笑顔を見せた。


 以前のコノハはたしか、背丈とか顔の大きさもミユとほとんど変わらなかったはず。

 しかし目の前に突きつけられた二つの頭はこう並べられるとはっきり解るが、新型の方が一回りほど大きくなっている。


「確かに新しい顔の方が大きくなってますね」

「だね。あと『新しい顔』って言い方はやっぱりアレ思い出すからやめて」


 俺と山田さんがその二つの顔を交互に見比べながら、先ほど感じた印象が間違いではなかったことを確認すると、所長さんは旧型コノハの生首を白衣のポケットに無造作に放り込む。

 いくら壊れてもう使わない物とはいえ扱いが雑すぎる。


「建前上はミニ世界樹達の成長に合わせて大きくしたと咲耶姫様には伝えたんだけどね」


 この人今さらっと『建前上は』とか言い切ったな。


「実際はエネルギー変換吸収用の装置の小型化が不完全でね。なんせ今回の開発はドワドワ研ナンバーワン技術者の高橋くんにも内緒で行わなければならなかったわけでね」


 ナンバーワン技術者……高橋さんってそんなに優秀なのか。

 いや、確かにミユの無茶振りに毎回きっちりと答えて色々なものを一人で作り上げたりしてるし、見かけといつもの言動でつい色眼鏡で見てしまっていたけど優秀なのは間違いないんだろうな。


「なんの話をしてるですですか?」


 まるで計ったかのように部屋のドアが開き、両手に大量の酒瓶を抱えた高橋さんが帰ってきた。

 よくもまぁ小さな体でそんなにも持てるものだと感心するやら驚くやら。

 やっぱり彼女はこう見えても怪力自慢のドワーフ族なのだな。


「いやね、今回のコノハくんとミユくんの新型素体開発は高橋くんにも秘密だったという話をしていたんだよ」

「ああなるほど、その話ですですか。それならとっくに知ってましたですですよ?」

「えっ」


 高橋さんの予想外の言葉に先程まで飄々としていた所長さんの顔が固まる。


「だって、プロジェクト開発主任の加藤ちゃんから何度もヘルプが入ってその度に色々アドバイスしてましたですですし」

「……」

「そうじゃなければコノハちゃんがお菓子を食べまくってるのを、私が普通にスルーするわけないじゃないですですか」


 所長さんは彼女の言葉を聞いて両手で自らの頭を抱え込み「高橋くん、加藤くんを呼んでくれたまえ」と絞り出すような声でいった。


「加藤ちゃんならさっき玄関前で屍の山の中に埋もれてたですです。多分あと半日は動けないと思うですですよ」


 そう答えると高橋さんは酒瓶の山を持って、所長室の奥へ消えていった。

 どうやらそこが酒蔵になっているようで、扉が開くと同時にアルコールの匂いが部屋の中まで流れてきた。


「あああ、そうでした……山田くんたちを宴会に巻き込まないように先に秘蔵酒まで出して彼らを酔い潰させた作戦が裏目に」


 どうやらあの宴会自体は山田さんに対する嫌がらせでは無く、むしろ逆に彼がトラウマである宴会に巻き込まれないようにと所長さんが配慮した結果だったようだ。

 まぁ、そのせいで所長さん以外の職員全てが使い物にならなくなったわけだけど。


「こんな事なら最初から高橋くんもプロジェクトメンバーに巻き込んでおくべきでしたね」


 所長さんは顔をあげると「やれやれ」と言った表情でそう言うと、新型ミユヘッドを入れた箱の蓋を閉め立ち上がると、そのまま元の場所へ箱をしまい込んだ。


「本当はドワドワ研の中を案内してあげたい所だけど、今回は時間がなくなってしまったよ。新型素体の話は完全に私の予定外だったからね」

「すまぬのじゃー。コノハがお菓子の魅力に抗えなかったせいなのじゃー。もぐもぐ、美味しいのじゃー」


 全く反省している様子が一切ないコノハを見て俺たち三人は苦笑を浮かべるしかなかった。


「山田くん、これから咲耶姫様の所にいくのだろう?」

「ええ、世界樹下町を散策しながら向かう予定になってますね」


 所長さんの言葉に、山田さんはいつもの愛用手帳をめくりながら答える。


「私も玄関前の連中を中に運び入れ次第咲耶姫の所に向かうよ」

「わかりました」

「高橋くんにも手伝ってもらうから、そんなに遅れることはないと思うけれど」


 俺はそんな二人のやり取りを聞きながら、さっきから何かを忘れているような気がしてならない。

 なんだったっけ。


 何やら軽い打ち合わせをしている二人のそばで首をひねりながら俺は脳内で『スペフィシュでやりたいことリスト』を検索し続けた。


「あっ!」


 思い出した。


 俺が突然声を上げた事に二人の異世界人が驚いた顔でこちらを見る。

 やめてくれ、注目されるのは苦手なんだ。


 いや、そうじゃなくて。


「所長さんに一つどうしても聞いておきたいことが有ったのを思い出したんで聞いてもいいですか?」

「なんだい? 答えられることならなんでも応えてあげるよ」


 ん? 今なんでもって言ったよね?

 つい、そう返してしまいそうになったのを堪えて俺は質問を投げかける。


「それじゃあメカ高橋さんのブラックボックスについて教えていただけませんか?」


 正直この質問についてはたとえ聞いたとしても答えが返ってくるとは思ってはいない。

 なんせ彼が高橋さんにさえわからないようにブラックボックス化したのだ。

 よほど秘密にしておくべきことなのだろう。

 明確な答えが返ってくる可能性どころか、ノーコメントでも仕方がないと思っていた。


「その答えはこれから君が向かう先にあるよ」


 だから、俺のその質問に彼が全く動揺すら見せず、むしろ何かを慈しむような表情でそう応えが返ってくるとは思わなかった。


「向かう先?」

「そう、これから君が、君たちが向かう先。母なる世界樹『木之花咲耶姫』様の所にね」

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