第124話 彼氏彼女募集中です。

 俺は人前に出るのが苦手だ。

 いや、もう少し小さい頃はむしろ学校の文化祭でも舞台に出たがる方だった記憶がある。


 全てはあの日、両親を見送ったあの時から変わってしまったのだと思う。


 偶然当たった海外旅行のチケット。

 仲の良い二人は若くして俺を身ごもったために新婚旅行に行くことはなく。

 それを知っていた俺は、お爺ちゃんと二人で渋る両親を説き伏せて、遅い新婚旅行を後押しした。


 出発の日、何度も家の戸締まりを忘れるなだの、火の始末には十分注意するようにだの玄関を出てもなお言い募る両親。

 その背中を無理やり押し出し旅立たせたあの日が二人の顔を見る最後になるとはその時の俺には思いもよらなかった。


 知らせは三日後に訪れた。

 両親が乗った旅客機が行方不明になったという。


 当の航空機に日本人は俺の両親だけが搭乗していたせいもあってか、マスコミによる報道が一時加熱することになった。

 その彼らの傍若無人な振る舞いの一番の被害者となったのは俺とお爺ちゃんである。


 大々的な捜査の甲斐も無く、一ヶ月、二ヶ月、やがて半年が過ぎても痕跡すら見つからず、その行方が杳(よう)として知れないミステリアスな飛行機事故は、世間の興味を引くには十分なものだったのだろう。

 連日に渡って取材の申込みの電話が鳴り響き、学校前にまでマスコミ関係者が張り込む日常。

 現実を受け入れられなかった俺と、現実を突きつけて言葉を引き出そうとする彼ら。

 最初は真摯に受け答えていたお爺ちゃんも堪忍袋の緒が切れたのか数日後からは一切の取材を断っていた。


 勝手に許可もなく晒された個人情報を素にテレビのコメンテーターたちは無責任に囃し立てるばかりで建設的な意見など一つもありはしなかった。

 俺が人の目を避け、引きこもり始めたのはこの頃だったと思う。


 やがて世間の流れは、続報もないそんな事故の話なんて忘れたかの様に芸能人の不倫話とか他愛のない話題へシフトしていった。

 まるで俺の両親の事など全て無かったかのように……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お父さん、ふぁいとっ!」


 俺は可愛らしい愛娘の応援に背中を押され舞台への階段を登る。

 一瞬舞台袖から見えた人の群れに尻込みするが、背中から聞こえてきたコノハの「あれはみんなジャガイモだと思うといいのニャ」という言葉を聞いて、そのあまりのテンプレ発言に一気に張り詰めていたものが抜けていくのを感じた。


 今どきジャガイモとか人の字を手に書くとかどうなのよ?


 そう突っ込みたいが、石川さんが居るので出来ない。

 そんな心を抑えて俺は舞台の端に立つ。

 

 舞台上ではイトキンへのQ&Aがそろそろ締めに向かっていた。

 俺は深く一つ深呼吸すると舞台上の山田さんに目を向ける。


「それでは時間も押してきましたので次の質問で最後にさせていただきます」


 俺の準備ができたことを確認した山田さんはそう告げると会場に詰めかけていた客の中から小学校高学年くらいの女の子を指名した。

 その子は緊張気味に会場内スタッフからマイクを受け取ると『イトキンってパピヨン執事さんと付き合ってるんですか?』と最後の問いを投げかけ、会場から黄色い悲鳴が上がる。

 小さくても女の子なんだなぁ。


「私も気になるの!」


 何故か真実を知っているはずのミユまで前のめりでその質問に食いついている。

 ミユさんや、君の中では彼らは伊藤さんと山田さんでは無い別人扱いなのか?


 舞台上では伊藤さんが何時ものイトキンモードで軽く『そんなわけないじゃーん!』とその質問を軽く流していた。

 しかし、続けて『二人共彼氏彼女募集中だぜ~い』などと余計な事を言うものだから会場のボルテージがおかしな方向へ盛り上がっていく。

 さっきまでの黄色い声にくわえ、何故か野太い男どもの声も聞こえてくる。


 ええ……伊藤さん、というかイトキンって男性陣にも人気あるのかよ。

 けっこうケバいメイクだから男性ウケはあまりしてないと思っていた。

 まぁ、俺の趣味的な問題もあるんだろうけど、個人的にはメイク前の伊藤さんの方が好みではある。

 楽屋の方からは石川さんの「芸能人にスキャンダルはNGよぉ~」という悲痛な声が聞こえてくるが、正直ヤオチューバーの恋愛ってスキャンダルになるのかね?


 最後の質問のあと変に盛り上がっている会場を舞台袖から眺めてふーっと息を吐く。

 正直この後舞台に出るとか凄くやりづらいんですけど。

 

「お父さん! お父さん!」

「なんだいミユ」


 何故かこちらも興奮した様子でミユが俺の側まで飛んできて頬をペチペチ叩く。

 その目が何か無茶苦茶キラキラしていて怖い。


「お父さん! イトキンと結婚しようよ!」

「は?」


 ミユが、さもナイスアイデアだと言わんばかりの顔で俺に詰め寄ってくる。

 いやいや、この娘はトチ狂って何を言い出すのだか。


「結婚すれば伊藤の美味しいご飯が毎日食べられるようになるのかニャ?」


 いつの間にやら足元に寄ってきていたコノハが俺を見上げながらそんなことをのたまうが、コイツまで伊藤さんの料理に餌付けされていたようだ。

 ミユが共感覚スキルを得てからコイツは何かにつけて食い物を欲しがって仕方がない。


 確かに時々『作りすぎちゃったので……』と伊藤さんが俺の部屋に料理を持ってきてくれることは何度かあった。

 だが、伊藤さんの目的は俺ではないと断じて言える。

 なぜなら彼女は何時もその言葉の後に『や……山田さんにも分けてあげてください……ね』と微かに頬を染めながら言って立ち去っていくからである。

『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』というやつだ。

 って、俺は山田さんの馬じゃねぇ。


「素敵な質問ありがとうございました。それではQ&Aコーナーはこれにて終了となります」

「みんなの疑問にきっちり答えられたかな?」


 会場のざわめきが収まるのを待って、山田さんがコーナーを〆にかかる。

 さぁ、次がオレの出番だ。


 急遽覚えた台本の内容を心のなかで反芻しながら山田さんの合図を待つ。

 大丈夫、台本と言っても俺自信にはセリフなんかはないのだ。

 そして演ることと言えば前に伊藤さんの手伝いでやったことのあるものばかりですでに経験済み。

 それが人の目の集まる舞台上であるという事さえ除けばなんの問題もないはず。


 心臓が激しく脈打つのを感じるが、先程までの足が動かなくなるような緊張感はなくなっている。

 ミユやコノハのおかしな言動に心の中でツッコミを入れていたおかげだろうか?


「それでは次のコーナーはイトキンの実演コーナーです」

「今までで人気があった動画を今、ここで、な・ま・で演ってやんよーっ!」


 オオオーッ。

 伊藤さんにの煽りに観客席もノリノリで応える。


「今から実演コーナーの為にもう一人のアシスタントを呼びますので盛大な拍手でお迎えください」


 山田さんもその雰囲気に呑まれたのか余計な言葉を追加する。

 いやいや、ただの無名なアシスタントを呼ぶのに拍手とかいらないから!

 というかそんなセリフ台本に無かったじゃん。

 俺は舞台袖に用意してあった小道具を積んだワゴンの取っ手を掴みながら心のなかで絶叫した。


「それではお呼びしましょう。アシスタントのパピヨン少年さんです」


 彼はそう言うと俺の居る舞台袖を手で示しながらいつもの様に軽くウインクを飛ばしてくる。

 ええいっ、もうどうにでもなれっ。


 俺は会場の注目を一身に浴びながらワゴンを押して舞台上に躍り出た。


「うわっ」


 そして次の瞬間、俺の背丈的に長すぎたヴァンパイアマントの裾を思いっきり踏んづけてすっ転んだ。


 もうやだ、帰りたい……。


 

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