第122話 事件の真犯人はアナタです。

 ステージの始まりが告げられるのに合わせて、いつものジャパニーズビジネスマンスーツにパピヨンマスクを付けただけの山田さんが舞台に向かう。

 つい先程までそこら辺を野面(のづら)でウロウロしていた時にも、整ったその顔に女性陣の潤んだ瞳と男性陣の嫉妬に満ちた目を集めていた彼が、あのパピヨンマスク一つで変装していても余り意味がない気がする。

 せめてヤオチューバーとかがよく使う馬の被り物とかならバレないだろうけど。


 山田さんが舞台に上がると、一見その変態仮面の様な姿に会場が静まった。

 まぁ、たしかにイトキンのショーを見に来たのにパピヨンマスクの変態紳士が現れたのだから予想外だろう。

 しかし、そうこうしているうちに一部の、主に女性陣から少しづつ黄色い声が上がりだした。


「えっ、嘘っ」

「あれってまさかパピヨン執事様!?」

「もう二度とお目にかかれないって」


 山田さんは会場をざっと見渡した後口上を述べる。


「会場にお集まりの紳士淑女の皆様、長らくおまたせいたしました。只今より『人気ヤオチューバー イトキンの公開収録』を始めさせていただきたいと思います」


 よく通る耳に心地よい声音で彼が告げると会場の黄色い声のボルテージが一段上がった。

 これもう誰がステージの主役かわかんなくなってきてないか?


 舞台袖から会場に集まった人達を覗いてみる。

 さっき俺達が外に居た時よりかなり人が増えていて、更に通りがかった買い物客も舞台上のイケメン変態紳士に足を止める。

 足を止めるのは主に女性だが、イトキンの名前を聞いて子どもたちが親に見ていきたいとねだる姿も見える。


「見る限りだとやっぱり山田さんのファンは女性陣が中心のようね。 私のファン層のメインは子どもたちだからファン層が違う彼がずっと手伝ってくれたら視聴者数が跳ね上がるんだけどね」


 いつの間にやら準備を終え、ショッキングピンクがメインの派手派手な衣装に身を包んだ伊藤さんことイトキンが俺の横に立っていた。

 確かにマスクをしていてもわかる長身イケメンな山田さんが加われば鬼に金棒だろうけど。


「まぁ、あの人今本業が死ぬほど忙しいんで無理でしょうね。今日もその合間の貴重なお休みですから」

「ほんっっとうにゴメンね」


 両手を合わせて謝る伊藤さんに俺は「どうせ舞台を見に来たわけだし、上に居ても下に居ても一緒じゃないかな? 彼の場合」とフォローをしておく。

 山田さん、何気にこういう人前にたって何か演るというか注目を集めるの大好きっぽいしね。

 ファッションショーとかもノリノリだったし。

 むしろこっちの方が仕事のストレス解消になっているんじゃないだろうか?


『わたくし、本日このステージの司会進行役をさせていただくことになりましたパピヨン紳士です。一部の方々はすでにご存知かと思いますが――』


 ステージから聞こえてきたその言葉に俺は思わず咽かけた。

 パピヨン紳士が正式名称になっちゃった。


 舞台裏で伊藤さんに背中を擦(さす)られている間にも山田さんは順調に台本をこなしていく。

 俺が落ち着いた頃、ちょうど彼は一通り本日の舞台の説明と注意事項を伝え終わったようだ。


『以上が本日のこのステージのお約束事です。それではもう一度拍手の練習をしますね』


 会場から山田さんの合図に合わせて拍手が起こる。

 TVとかの生放送前によく演るやつだなコレ。


『皆さん素晴らしい! 本番もその調子でお願いしますね』


 からのその声を聞いて伊藤さんが大きく息を吐きながら伸びをする。


「さぁ、これからがアタシの出番ね」


 そう呟くと今までの伊藤さんとイトキンが混じっていた表情から一転して完全にイトキンモードに彼女は切り替わる。

 見かけは変わらなはずなのに纏う空気までもが別人のようだ。


『それでは皆さん、大きな声でイトキンを呼びましょう! せーのっ』


 まるでヒーローショーか何かのような掛け声に少し苦笑してしまう。

 実際彼女はファンにとってはヒーロー・ヒロインなのだろう。

 俺の頭の上でその中の一人が大興奮して叫んでいるわけで。

 というかミユ、きちんと念話モードになってるんだろうな?

 今通常会話モードになったら誤魔化すのが大変だから、せめて舞台に彼女が上がってからにして欲しい。


「それじゃ田中くん、台本の8ページめからキチンと読んで準備しておいてね」

「えっ? それってどういう――」


 伊藤さんに言葉の意味を問いただそうと彼女の方を向くと、すでに舞台へ上がっていくところだった。

 人気ヤオチューバー・イトキンの登場にボルテージが上がった歓声の中俺は慌てて山田さんから受け取っていた台本のページを捲った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分後、俺は楽屋の中の物を漁っていた。

 今この姿を誰かに見られたら完全に泥棒扱いされてもおかしくはないだろう。

 幸い、ラジオの公開録音と言っても数人のスタッフが居るだけだし、彼らも今は本番が始まってステージ脇で機材をいじっているからこちらに来ることはない。


「ああっ、もうっ」


 俺は誰にではなく悪態をつく。


「田中煩いのニャ、お昼寝もおちおちしてられないのニャ」


 ステージを舞台脇から見つめたまま微動だにしないミユと違って、こののんびり猫はこの楽屋に着いてからずっと何かのケースの上で丸まって眠っていた。

 最初に一人で忍び込んで偵察しただけで彼女は満足したらしい。

 もともとグウタラなところのあったコノハだが、日を追う毎にどんどん猫に侵食されていっている気がする。

 こいつもしかしてすでに自分が世界樹だってことすら忘れているのではなかろうか?


「そのひきこもりニートを見るような目はなんニャ?」


 俺がジト目で見ているのに気がついたコノハがむっくりと状態をもたげ気だるそうにそう呟く。


「少しは手伝え居候の無駄飯喰らい」

「コノハは何も喰ってないニャぞ」


 まぁ確かに、コノハはこちらの世界ではミユとの共感覚を使って味わうだけで実際喰ってはいないのだが、スペフィシュ側にある本体には日々ドワドワ研製の栄養ドリンクが注ぎ込まれていると聞く。


「それにニャ」

「それに?」

「引きこもりニートとは去年までのお主のことニャぞ」

「うるさい、今は違うだろ! というか前だって普通に学校行ってたから違うわ!」


 ザッ!

 俺がコノハ相手にムキになっていると突然楽屋のカーテンが開いた。


「田中さん。今本番中だからお静かにしてください」


 石川さんに怒られた。


「す、すみません」


 謝る俺を尻目に彼女は楽屋の中を見渡すと頭にハテナマークを浮かべて俺に問いかける。


「あれ? 田中さんお一人ですか?」

「も、もちろん一人ですよ」


 実際にはコノハとミユも居るのだが彼女には見えていない……ハズだ。


「それじゃあさっきのは独り言だったんですか」


 何故だか凄く可愛そうな人を見るような哀れみを含んだ目線が俺を射抜く。


「ち、違うんですよ。ほら俺これから舞台に上がらなきゃ成らないじゃないですか。だからその練習というかなんというか」


 そうなのだ。

 伊藤さんに指示された台本の8ページ。

 そこにはイトキンがアシスタントと協力して動画でも人気のあった幾つかの『芸』を生で行うと書かれていたのだ。

 そして、彼女の口ぶりからしてそのアシスタントは俺らしい。


「――舞台に出ていただけるのですか田中さん」


 おや……石川さんの様子がおかしいな。


「ええ、台本の8ページからきちんと読んで準備しろって伊藤さんがさっき言って出てったので」


 俺が台本のページを開いて彼女に見せると、直後彼女は表情を一変させ満面の笑顔を浮かべた。


 なにこの人怖い。

 そう思っていると彼女に突然両手を握られる。


 えっ、えっ。


「ありがとう田中さん。貴方なら経験者だっから適任だって伊藤さんも言ってたわ」


 何? 何なのこの人。


「いや、突然お礼言われても何が何やら」


 俺が戸惑っていると彼女は「ごめんなさい」と言って手を離し「実は……」と話してくれた。


 本当なら今回のステージの実演アシスタントは彼女が演る予定だったと言う。

 ラジオ番組の低予算を舐めてはいけない。

 使えるものはジャーマネでも使うのだ。


 だが、彼女は俺が感じた通り慌て者でおっちょこちょいなドジっ子気質なので、練習ではうまく行っても本番でやらかすのではないかとずっと不安だったらしい。

 そこに伊藤さんのアシスタントを経験していた俺たちが登場。

 まさに渡りに船だったようだ。


「ずっと伊藤さんには相談してたんだけど、彼女はなんとか手は打ってみるって言ってくれてたんですけど本番当日になって諦めてたんです……」

「それは大変でしたね」


 俺はそんなありきたりな言葉を返しつつ、頭のなかに浮かんだある疑問に意識が向いていた。


「今日も朝から準備中もずっと心配で、それでも伊藤さんが『大丈夫、準備は万端だから安心して』と声をかけてくれて。でも今度は本番直前になって司会進行役の人が急病で倒れて来れないってなってパニックになっちゃって」


 そこに都合よく俺たちがやって来たというわけだ。

 ああ、本当に都合よく司会進行が出来る山田さんと、アシスタント経験のある俺の二人が。


『ふにゃ~、まんまと伊藤にハメられたニャ』


 後ろからあくび混じりの声でコノハが俺にだけ聞こえる声で喋る。

 そうなのだ、あまりに都合が良すぎるではないか。

 俺は、俺達は完全に伊藤さんに誘導されて今ここにいるというわけだったのだ。


 未だにありがとうといい続ける石川さんを尻目に俺は舞台脇に走る。

 舞台の上では今『イトキン Q&Aコーナー』が行われていて、主に子どもたちが憧れのイトキンに様々な質問をぶつけているところだった。


「あれ? お父さんどうしたの?」


 舞台脇でそれを見ていたミユが俺に気がついてそう尋ねてくるが、それに返事もせず舞台の椅子に座る二人に目をやる。

 すると、丁度俺の方が見える位置に座っていた山田さんが気がついてこちらを向いた。


 そして……パチンッと一つウインクをする。


 ああ、わかった。

 今完全にわかったぞ。


 今回の真の仕掛け人はコイツだっっ!!!!




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