第120話 ここが超巨大ショッピングモール『アエリオン』です。
コノハのせいで予定より三十分遅れでたどり着いた巨大ショッピングモールアエリオン。
前に来たときと変わらずかなりの人の波に頭がクラクラしそうだ。
「田中さんは私の後ろをついてきて下さいね」
山田さんが俺の先を歩いて人波をかき分けて歩き出すと、その後をコノハがちょこちょこと追いかけながら俺の方を振り返り言った。
「田中はちっこいから、きっと迷子になるのニャ」
「なんだと! 迷子になる可能性が一番高いのはお前だろ」
「迷子なんてなるわけないのニャ」
自信満々に答えるコノハだが、このアエリオンに来るのは初めてのはず。
外観だけでもかなりのデカさを誇るアエリオンだが、その中に入って感じる広さは予想以上のものである。
正直この店が徒歩圏内にあったら毎日ウォーキングはこの中だけで済むレベルで、実際に店内の案内所には「アエリオンウォーキングラリーマップ」と表されたリーフレットすら用意されているくらいだ。
「さて、伊藤さんのトークショーは『第3ステージ』でしたね」
「そうなの、間違いないの」
山田さんが入店してすぐの所に置いてあるフロアガイドを手に取りながらそう尋ねるとミユが速攻返事を返した。
「ありました、この入口から入って左に向かって2つ目のエスカレーターを昇った先ですね」
「レッツゴーなの」
「なのニャ」
三人(?)がそう言うとさっさと目的地へ向けて歩き出すのを俺は慌てて追いかけるのだった。
ミユのやつ、すっかり自分の『本体』が俺の背中のリュックの中だということを忘れているんじゃなかろうな?
「ちょっとお前ら待てって――うおっ」
三人の後を追おうと足を踏み出したその時、まるで示し合わせたかのように突然人混みから一人の女性が飛び出してきたのだ。
山田さんたちの後ろ姿に気取られていたせいでその人に気が付くのが遅れ、慌てて体を捻り衝突をかろうじて避けたもののバランスを崩して俺はその場に倒れ込んでしまった。
なにげに背中に背負っているミユの本体が重いせいもあるが、それにしても危なかった。
顔を上げると周りで心配そうに俺を見ている人々の顔と、血相を変えてこちらに走ってくる山田さんの姿が見えた。
外から微かに救急車のサイレンが聞こえた気がしたが俺には不要ですよ?
周りを見渡しても既に先程飛び出してきた女性の姿は見えない。
一体何だったんだろうか。
こんなショッピングモールの中、しかもかなりの人混みがある所を走っていくなんてよっぽどのことだと思うんだが。
もしかしてトイレとか?
そんな……漫画じゃあるまいし。
俺はとりあえず周りの人たちに「大丈夫です」と頭を下げてから立ち上がると山田さんの方へ向かうことにした。
「田中さん、何かあったんですか?」
早足でやって来た山田さんはそう言うないなや俺の体を一通り見回して「怪我はなさそうですね」と、みるからにほっとした表情を浮かべる。
外野から女性たちの黄色い声が聞こえたがいつものことで流石に慣れた。
「いや、突然女の人が走ってきてぶつかりそうになったんだよ」
俺の言葉を聞いてミユが山田さんの肩から俺の方に飛んでくると何やら興奮したようにまくしたてる。
「ミユそれ知ってるの」
「知ってるって何を? あの女の人のことしってるのか?」
「違うの」
「じゃあ何を知ってるんだ?」
「きっとさっきの人はスリなの。人混みの中いきなりぶつかってくる人はスリだって相場が決まってるの」
いや、それ何処の相場だよ。
というかそもそも俺はあの女の人とぶつかったわけじゃ……。
そう思いつつも少し心配になってポケットとか調べてみるが、やはり何も取られたものはなかった。
「ミユには悪いけど、やっぱり何も取られてないみたいだ」
「むーっ、ミユの好きなお話だとそこから物語が始まるはずなの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
未だ不満そうなミユを肩に乗せ、今度は慌てず急がず第3ステージへ向かう。
まぁ俺だって一度くらいは登校途中に曲がり角で可愛い女の子にぶつかってからのラブストーリーを夢見たことがないと言えば嘘なのでミユの気持ちもわからなくもない。
現実にはそんなことは起こるはずはないんだけど、今現在俺の目の前を歩いている存在たちの事を思うと、妄想だと一概に切り捨てられないわけだが。
その存在の一人である山田さんが立ち止まると前方に見えてきたステージに向けて「あっ、あそこですね」と指差した。
ステージ上には少しおしゃれな赤い椅子が二脚置いてあり、ステージの背板には「話題のあの人に会いたい~公開収録~」と大きく書かれていた。
「話題のあの人に会いたい? というか公開生放送って何なんだ」
「もしかして田中さんはご存知じゃなかったんですか? 今回は日曜お昼のラジオ番組のコーナーゲストとして伊藤さんが呼ばれたのです」
「ラジオ? いやいや、俺はトークショーとしか聞いてなかったよ」
ステージ開始までまだ20分ほど時間はあるのだが、既にステージ前にはかなりの人だかりが出来ており、子供連れの姿も目立つ。
そのラジオのリスナー層はよくわからないけど、多分親子連れは伊藤さんことイトキンが目当てなのだろう。
時折その人だかりの中から『イトキン』という名前が聞こえてくるから間違いない。
本当に人気者なんだな伊藤さん。
ふと上を見上げると、吹き抜けになったステージの上の階の手すりにもかなりの人が既にスタンバイしているのが見える。
少しの間お手伝いをして、あとはミユからの情報と言う名のイトキン賛美しか聞かされてなかったから、そこまで人気があるとは思わなかった。
「むーっ、遅かったの。先頭列を狙ってたのに~悔しいの~」
「だいたいコノハのせいだな。ミユにはコノハを罵る権利をやろう」
「あれ? そう言えばコノハさんどこ行ったんでしょうか」
山田さんのその声にあたりを見回すが、確かにコノハの姿が見当たらない。
あいつ、あれだけ自信満々だったくせにまさか迷子になったんじゃあるまいな?
その時、ステージ上に設置されたスピーカーから後十分で始まる旨のアナウンスが流れると、更に近くを歩いていた人達がステージに集まってきて俺にはステージが全く見えなくなってしまった。
周りから頭一つ高い山田さんと、空を飛べるミユには関係ないだろうが。
「肩車しましょうか?」
「おことわりします」
流石にこの年になって肩車とか冗談じゃない。
俺がどうしようかと思案にくれていると、突然頭の上に何かがのしかかるような感覚を覚えた。
頭の上に感じる柔らかい肉球の感触。
「コノハ、どこ行ってたんだ。というか頭に乗るな」
「ああ、コノハさん探しましたよ」
山田さんが俺の頭の上に向けて話しかけているが、この姿って周りから見たらどう見えるのだろうか?
何もない空間に話しかけている危ないイケメンなのだ。
まぁ世の中イケメンなら何をしても許されるという話もあるが。
爆発しろ。
「ちょっとステージ裏に行ってたのニャ」
「ステージ裏って伊藤さんの所か」
「そうニャ」
コノハの尻尾が首裏をパタパタこすってくすぐったい。
「それでそれで、イトキンどうだったの?」
ミユがイトキンの楽屋の話と聞いて割り込んできた。
目の色が変わっていて怖い。
「どうだったと言ってもいつものイトキンモードの伊藤さんが準備しているだけなんじゃ……」
「何かわからないけどトラブってたみたいだったのニャ」
俺の言葉に被せるようにコノハが不吉な言葉を吐いた。
「トラブルですか」
「そうニャ。なんでも司会の人が急病になったとかにゃんとか」
そりゃ大変じゃないか。
『皆様にお知らせいたします。本日この後予定しております公開収録ですが、準備が遅れており。開始時刻を20分ほど――』
ステージ上のスピーカーから今度は開始時刻が遅れるという放送が流れると、観客席が少しざわついた。
大丈夫なんだろうか?
そう思っていると不意に俺の右袖が後ろへクイックイッと引っ張られた。
「ん?」
振り向くとそこに居たのはいかにも怪しげなローブを目深にかぶった一人の女性だった。
俺が誰だろう? と首を傾げると、彼女は少しだけローブをずらし、俺達にだけ見えるように顔を見せた。
「伊藤さんじゃないですか」
その女性は、これからあのステージ上に立つはずのイトキンこと伊藤さんだったのだ。
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