第116話 私こそユグドラシルカンパニー随一の天才 山田です。

 カツン……カツン……。


 省エネのために蛍光灯が8割ほど消された薄暗い廊下に私の足音だけが響いている。

 騒がしい下階と違い、ここには人の気配はありません。

 私の耳に入るのは、所々にある部屋の扉から微かに聞こえ来るサーバー群の動作音と自らの足音だけ。


 カツン……カツン……。


 機械音のみが醸し出す独特の雰囲気の中、階下への階段もエレベーターも素通りし一番廊下の突き当りにある部屋の前で足を止めた。


 私が扉の横に設置されている生体認証装置に手のひらを当てると「がちゃり」という解錠の音が静かな廊下に響く。

 扉を開き中に一歩足を踏み入れると、暗かった室内に自動的に明かりが灯りました。

 後ろで自動的に閉まった扉から「がちゃり」という鍵が閉まる音が聞こえ、同時に部屋の壁面にズラッと並んだモニターが一斉に息を吹き返したように起動する。


 私はそのモニターの内、ある一つを見ながら思った。

 長かったな……と。


 我々エルフ族の寿命からすると僅かな時間のはずなのに、この数年間は私の一生の中で他の全ての時間よりも長く感じました。

 それももうすぐ終わる。

 いや、もしかしたらこれからが本当の――。


 私の目が一つのモニターの上で止まった。

 そこに映っているのは私にとって全ての始まりであり悔恨の証。


「田中さんにそろそろきちんと話さなければなりませんね」


 そう独り言をつぶやくと私は今屋上で吉田さんと二人で楽しい時間を過ごしているであろう彼のことを思い浮かべ、少し笑みを作る。


「異世界の女神様がお嫁さん候補だなんて、きっと驚くでしょうね……」


 そんな平和な未来を実現させるために、最後にひと踏ん張りをしなければなりません。

 絶望的な状況からやっとここまでたどり着いたのですから、最後の最後で失敗する訳にはいかないのです。


 私はコンソールが並んだ机の前の椅子に腰を下ろし、何時ものようにボタンを操作する。


 ぴぴぴっ、ぴぴっ。

 そんな音とともに手元に設置してある小さなモニターに一人の少女の姿が表示されました。


「やっほ~、山田ちゃ~ん。咲耶姫ちゃんだよ~」


 モニタ脇のスピーカーから脳天気な声が聞こえてきました。

 私はその軽い彼女の言葉に少し頭を押さえながら『転移者帰還計画』の進捗状況を伝えるいつもの業務を続ける。

 そして今日は最後に一つ重大な案件を彼女に伝えます。


「咲耶姫様」

「はいは~い、まだなにかあるの?」

「例のもう一つの計画のことです」


 私がそう言葉にすると彼女は先程までのお調子者な雰囲気をスッと収めて「聞かせてもらおうかしら」と落ち着いた声で言った。


「現状、各国への根回しと関係各所への通達はほぼ完了しています」

「思っていたより早かったわね」

「各国の担当者がそれぞれユグドラシルカンパニーの精鋭ですから」

「ふふっ、でもそれを束ねている貴方はどうなのかしら?」


 咲耶姫様は私の先程の一言だけで私が何を隠しているのかをお察しなされた様でした。

 何時もはおちゃらけた風を装って……いや、アレはアレで素だと思うのですが、それでも流石世界を統べる世界樹様といったところでしょうか。


「お恥ずかしながら、現状スタッフの中で私が一番準備が遅れているのが実情です」

「そんなに田中くんに本当のことを話すのが怖い?」


 私はその言葉にゆっくりと顔を上げて一つのモニターを見つめる。


「ええ、とても……とても怖いです」


 私の声が少し震えてしまったのは仕方がないことでしょう。

 田中さんと出会い、今まで約半年。色々なことがありました。

 積み重ねてきた月日が私の口をどんどん重くしていったのは間違いないでしょう。


「もしかしたら出会ったあの日に本当の事を伝えるべきだったのかもしれません」


 私の呟きに被せるようにモニターの向こうから咲耶姫が言葉聞こえます。


「でもあの頃は今回の作戦が実際成功するかどうかは五分五分だったわ。それでもし計画が頓挫したらと考えると貴方のやり方は間違ってなかったと私は思うの」

「そう……でしょうか」

「そうよ。スペフィシュの世界樹である私がそう言うのだから間違いないにきまってるじゃない」


 咲耶姫様がいつもの様に少しおちゃらけた空気を出して私を慰めてくれました。


 私はつい先程まで緊張で張っていた肩を緩ませもう一度目の前のモニター群に向き直る。


 モニターの中にはたくさんの人々が映し出されていた。

 ただし、その人々はすべて黄金色の物体の中で眠るように目を閉じた状態で微動だにせず、まるでモニターに写っているのは静止画の様。

 しかしその人々は間違いなく生きているのだ。

 その密閉した空間の中で、たしかに彼ら、彼女らは生きている。


 私はもう一度、一つのモニターへ目を向けると椅子から立ち上がり軽く頭を下げ、そして誓う。


「田中さん、私は必ずあなた達を息子さんの元へお帰しいたします。あと少しの間待っていてください」


 その誓いの言葉の間、咲耶姫様は黙って聞いていてくれたようで、私が顔をあげた途端にいつもの調子で話しかけて来た。


「お~い、山田ちゃ~ん」

「はい、なんでしょうか?」

「いっつも思うんだけどさ~」

「はい?」

「山田ちゃん暗すぎっ、あと真面目すぎっ。もっと気楽に行こうよ~気楽にっ」

「よく言われます」


 彼女はあえていつものように軽い調子で私を元気づけようとしてくれているのが伝わってきます。

 いつも私は彼女に振り回されっぱなしで――。


「でもその優しさについつい甘えてしまいそうになってしまいます」


 私のそんな微かな囁きは通信用マイクが聞き取れるはずもなく。

 今度はマイクの向こうにいる木花咲耶姫様にきちんと届く声量で感謝の言葉を告げるのだった。


「私はユグドラシルカンパニー随一の天才、そしてユグドラシルカンパニージャパン 最高責任者の山田ですよ」


 そして本来の自分を取り戻すため自信に満ちたアルカイックスマイルを浮かべ胸を張り。


「必ずこの計画も『転移者帰還計画』も全て成功させてみせます」


 そう彼女に、そしてモニターの向こうの今は声なき人々に宣言するのだった。






「転移者帰還大作戦だって言ってるのにぃ~」


 颯爽とした足取りで部屋を出て行く私の背中を咲耶姫様のそんな言葉が追いかけてきたが当然スルーした事だけ最後に付け加えておきますね。



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