第117話 一方その頃、田中くんと吉田さんは屋上です。
バレンタインの後、短期バイトで貯めたお金を使ってバレンタインデーにチョコをくれた皆にわたすクッキーセットを何個か買った。
手作りとかハードル高すぎて、そんな黒炭を作り出す錬金術など試すよりも、そのハードルの下をくぐり抜けたほうが安全なのだ。
一応わが校のバイトは許可制なのだが、俺の場合家庭の事情もあってその点はなんの問題もなく許可がもらえるのがありがたい。
まぁ、バイトする理由を「ホワイトデー用のクッキーを買うため」なんて正直には言わなかったけど、学生的には青春を健やかに過ごすための必要経費とも言えるから問題ないだろう。
ここで手を抜いて全ての交友関係が爆弾マークで埋まるなど悪夢でしか無い。
それに余った分は結局生活費に回すんだし無問題。
そんな短期バイトが終わった後のホワイトデー前最後の休みの日に、俺は一人街外れにある神社に向かうことにした。
ミユに「吉田さんに渡すプレゼントを買いに行く」と正直に告げると、よく時代劇で旦那さんを送り出すお嫁さんが打ち鳴らす火打ち石をどこからか持ち出してきて、カチン!カチン!と打ち鳴らし「行ってらっしゃいませ、お父様」などと時代劇風に送り出してくれた。
どうせまたテレビの影響だろう。
しかしいつの間に火打ち石なんて珍しいものを手に入れたのかと後で聞いたら、正月の伊勢参りの時に寄ったおかげ横丁で買ったらしい。 ※火打ち石は本当に売ってます。
ちなみに出かける人に火打ち石でカチカチするのは、その飛び散った火によって厄除けや魔除けをするという意味らしいが、それを神に近い力を将来的に持つであろう世界樹様がやったら本当に効果がありそうだよな。
今俺のステータス画面が見れたなら色々なバフ効果のアイコンが並んでいそうだ。
ミユにカチカチと火花を飛び散らせて送り出された後、微妙に江戸役人気分のままアパート近くからバスに乗り目的の神社へ向かう。
正月などはかなり混み合っていたらしい近場で一番人気の神社は、流石にこの時期はそれほどの参拝客はいないだろう。
たどり着いた神社は、俺の予想よりは参拝客はいるものの、それほど混み合っては居なかった。
他の参拝客のやり方を見よう見まねで二拝二拍手一拝(にはいにはくしゅいっぱい)し参拝を終えた後、一路お守り売り場へ。
巫女すがたの多分アルバイトのお姉さんから目的の『交通安全祈願』のお守りセットとやらを買い、その後もう一つ自分用のお守りを購入してから帰路についた。
別世界の神様にこの世界のお守りを渡して効果があるんだろうかと気がついたのは、既に帰りのバスの中だったが後の祭りである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして今、俺の目の前でそのお守りに付いた紐を指先でぶら下げて潤んだ目で見つめている吉田さんが居る。
どうやら喜んでもらえたようで一安心である。
「どうしてお守り……なのかな?」
嬉しさのあまりだろうか? 少し震えた声でそう問いかける彼女に俺は交通安全のお守りを選んだ理由を教えてあげることにした。
多分聞き終わったら「そこまで私のことを大切に思ってくれてるなんて! 嬉しいっ」といって抱きついてくる可能性も微レ存である。
「いやぁ、これからティコライの運転で世界と世界の間を飛び回りまくらないと行けないでしょ? だから必要かなってさ。ほら俺って前までは神頼みなんて信じなかったけど実際に世界には神様がいるってわかっちゃったから」
「へ、へぇ……」
「商売繁盛とか家内安全も考えたんだけど結局これが一番かなって。この前の休みに交通安全で有名な所まで行って買ってきたんだよ。人が多くて大変だったけど吉田さんのためにがんばったんだよ俺」
嬉しさで肩を震わせている吉田さんを見ながら俺はいかに吉田さんのためにこのお土産を選んだのかを語る。
「お守りセットだから他にも交通安全ステッカーとかもその箱の中に入ってるはずなんだけど、よく考えたらそれ何処に貼ったら良いのかわかんないよね。ティコのケースにでも貼ればいいのか、それとも」
「田中クン」
「ん?」
箱の中のステッカーを確認しようと覗き込んでいた俺は、吉田さんの呼びかけに顔を上げた。
そして何故か瞳から輝きが一切感じられない彼女と目が合った。
あれ? 感激して抱きつくイベントは無いの?
吉田さんの様子が予想と違ったことに困惑した俺はその顔を見ながら「どうしたの?」と口にしていた。
すると彼女の輝きをなくした目が驚いたように見開かれ――。
「どうしたの? じゃないよね」
「えっ」
彼女の瞳に一瞬怒りの炎が浮かび、直後何やら諦めたかのようにため息を付いてから手に持っていたお守りを箱に仕舞い直す。
「しかたないか、田中クンだもんね」
吉田さんはそのまま交通安全祈願のお守りセットの入った箱をポケットに入れ「とりあえず貰っておくよ、ありがとうね」と言ってから俺の目を見つめ――。
「はぁぁぁぁぁ~~」
もう一度今度は大きなため息をつくと、一転して顔を何か決意したような表情に変え、俺の腕を捕まえてエレベーターホールへ引っ張って行く。
「えっ、ちょっと吉田さん?」
「いいからっ、しばらく会えなくなるんだしいつまでもこんな所で顔つき合わせてる場合じゃないでしょ」
彼女はそう言うとエレベーターの呼び出しボタンを押すと俺の手を離して振り向いた。
「せっかく田中クンがバレンタインデーのお返しに奢ってくれるんだし」
「いやいやいや、俺そんなお金ないよ」
そもそもそんな約束は一度もした記憶はないんだが?
「しかたないなぁ、じゃあ今日はお姉さんが奢ってあげよう!」
「それもなんか違くね?」
「男の子が女の子の誘いを断るつもり? さぁ早く乗った乗った」
ちょうど到着して扉を開けたエレベーターの中に吉田さんに背中を押され詰め込まれる。
「女の子?」
「何か文句ある?」
「いっいいえ、文句なんてこれっぽっちもありませんとも」
「じゃあ決まりね」
やがてエレベーターの扉が閉ままり少しの浮遊感とともに下降し始めると、隣にいる吉田さんをちらっと見て「もしかしてコレはデートと言うやつでは?」と改めて認識して顔が熱くなるのを感じた。
ホワイトデーに夜の街でのデートという俺にとっての非日常が今始まろうとしていた・・・・・・はずだったのだけど。
――吉田さんが無駄にハイテンションで飲みまくり、酔いつぶれゲロイン化し、挙句には山田さんに回収を頼むハメになろうとは……。
「吉田さん、条例とか色々鑑みて保護者的立場の貴女が酔いつぶれてどうするんですか」
「ごめんなさいぃ」
翌日、朝になって目が覚めた吉田さんは宿直室に様子を見に来た山田さんにこっ酷く叱られたとのこと。
しかし山田さん、また泊まり込みで仕事してたんだね……。
社畜乙!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます