第111話 チョコレートはエルフの完全食です。

「よ、吉田さん!? どうして」


 つい声が裏返ってしまった。恥ずかしい。


 男子高校生の部屋に美女と美少女が四人も揃うとか、これなんてハーレム展開?

 まぁそのメンツの一人は娘で一人は論外なのだが。


 俺の思考を読んだのか高橋さんが睨んでくるが今はそんな事を気にしている場合ではない。

 なぜ吉田さんがここにいるのだろう。

 山田さんからも吉田さんがこっちの世界へ来るなんて話は何も聞いてないぞ。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 こういう時は手のひらに「人」という文字を書いて素数を数えればいいはずだ。


 二人、三人、五人、七人、十一人……何か違う気がする。


「田中くん?」

「あっ、ハイ」


 少し意識が場外ホームランしていた俺を不思議に思ったのか吉田さんが心配そうな声音で声をかけてくれた。


「いや、吉田さんが帰ってくるとか何も聞いてなかったから少しびっくりしちゃって」


 俺はわたわたと手を振りながら答える。

 委員長達の生暖かい視線が気になるが、今は無視だ。


「それにしても吉田さん、例の計画で忙しいんじゃないんですか?」


 この場にはユグドラシルカンパニーの秘密を知っているメンバーしかいないのでこういった話も普通に切り出せるのはありがたい。

 ただし委員長だけは「例の計画?」と首を傾げている。

 そういえば委員長には転移者帰還計画について何も話していないんだったか。

 まぁ、あの計画自体には、委員長も俺も実際関係ないわけだし、話す必要もなかったからだけれども。


「たしかに忙しかったんだけど、今日この日のために頑張って一区切り付けてきたんだよ」


 彼女はそう答えると俺に向かって軽くウインクしてみせる。

 今日この日のためにって、まさか俺にチョコを渡すためだけに忙しい中駆けつけてくれたというのか。

 これは何かね? 完全に脈アリだと思っていいのかね?

 俺がそんな妄想に勝手にドギマギして顔を少し赤らめていると、彼女はさらに言葉を続ける。


「だってボクはミユちゃんたちとのチョコ交換会をずっと楽しみにしてたんだからね」


 わかってた。

 多分そうなんだろうという事はわかっていたんだよ。

 でもね、少しくらい夢見たって良いじゃない。

 男子高校生だもの。


 少しがっかりしながら吉田さんを見ると、何やらニヤニヤとイタズラっぽい顔で俺を見ている。

 これは完全にからかわれたな。

 あのユグドラシルカンパニージャパンビルの屋上での事といい、吉田さんは俺をからかってばかりだな。

 俺が年上のお姉さん好きなのを知って完全に手玉に取ってきやがりますねこの美女(ひと)は……。

 からかい上手の吉田さんめ。


「あははは、顔真っ赤ですですぅ」


 そんな俺達を見て高橋さんが腹を抱えて笑い出すと、釣られるように委員長が口元を抑えてクスクスと小さく笑う。

 その傍らで世界樹育成ケース『そだてるん』の上に座っていたミユは、意味がよくわかってないのか、頭にはてなマークを浮かべて周りの反応に戸惑った様な表情をしていた。


「ごめんごめん、ちゃんとキミへ渡す分のチョコは用意してあるから心配しないでくれ」


 吉田さんが少しばつが悪そうな顔でそう謝ってきたが、違うそうじゃない。

 俺は別に自分の分のチョコがないかもという不安でがっかりしたんじゃなくて、吉田さんの本命チョコがですね。


 苦笑いで「あ、ありがとうございます。わ~い、嬉しいなぁ」と返事を返す俺と、先ほどとは打って変わって吉田さんを微妙な目で見つめる高橋&委員長コンビ。

 多分彼女たちは吉田さんが俺の淡い恋心を知ってからかっているものだと思っていたのだろう。

 俺もそう思っていた。

 高橋さんに至っては露骨に「うわぁ~、ないわぁ~」みたいな顔をしてドン引きしているが、そんな顔をしたいのは俺の方だよ!

 そして、相変わらずミユはなんのことかわからずキョトンとした顔をしていた。


「田中くんに喜んでもらえるなら、一生懸命頑張って休暇をもぎ取った甲斐があったってものだよ」


 眩しい笑顔でそんな事を言う彼女に俺はもう何も言えなかった。

 がんばれ俺、まけるな俺。

 戦いは始まったばかりだ。

 思い描いているリア充生活目指してこれからも頑張るぞ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その後、女子四人のチョコ交換会とやらをベッドに座りつつ眺めていた俺は、彼女たちから交換用以外に持ってきていた俺宛のチョコを受け取りニヤニヤしていた。

 委員長からはデスマーチ中の山田さんにわたす分も受け取ったのだけど。

 何故だろう、多分気のせいだと思うけど俺宛のチョコより豪華じゃありませんかね?

 あと、それを手渡す時だけちょっと頬を赤らめたように見えたんだけど、それも気のせい?

 やっぱり顔か! 顔なのか!?


「本当は直接渡したかったんだけど」


 でしょうね。


「ゴメン委員長さん、ボクがまとめて仕事を押し付けてきちゃったから」


 どうやら吉田さんがこの日のために一気に仕事を進めたせいで、その後に続く仕事が山田さんの元に一気に押し寄せてしまったらしい。

 吉田さんと高橋さんは既に朝からユグドラシルカンパニー社内で山田さんにはチョコを渡し済みなのだそうで、山田さん曰く「チョコというのは完全食なのですよ。 ありがたくいただきます」と言って書類の山に親指を立てながら埋もれていったらしい。


 アイル・ビー・バック。


「書類の山の横にチョコの山もあったですですから」

「なにそれ」

「どうやら彼は出勤途中で老若男女、沢山の人達からチョコを貰ったらしいよ」


 え? 老若男女って、男も入ってるんですがそれは……。

 俺は山田さんの尻を熱い視線で視姦しているガチムチお兄さんの姿を頭に浮かべてすぐに振り払った。


「とりあえず手作りのチョコは何が入っているかわからないから食べないようにとは注意しておいたんだけどね」

「ですです、今回のバレンタインデーというものを調べるにあたって異世インターネットを使ったんですですけど髪の毛とか爪とか血とか、他にもいろんな物を混ぜる人がいるとかなんとか」


 高橋さんと吉田さんはぶるっと体を震わせている。

 この二人は一体どんなサイトを巡回したんだ?

 確かにそういう話はよく聞くけど実際に見たことはないからいまいち実感がない。

 まぁ、見知らぬ女性からチョコを貰うなんて経験はしたこと無いからね。しかたないね。


「そんなことより早くチョコたべよーよ、私おなかすいちゃってもう我慢出来ない」

「たべるのー」


 俺たちの話がなかなか終わらない事に業を煮やしたのか、委員長とミユから抗議の声が上がる。

 委員長の声に微妙に怒気が混ざっているように感じるのは、もしかして山田さんがチョコをいっぱい貰っているって聞いたからだろうか。

 ただミユの方もなにやら怒ってるような?

 何故だ。

 はっ!? まさかミユも山田さんのことを……いや、まさかそんなはずは……。


 そんな事を考えていると、当のミユが俺の方にふよふよ飛んできて俺の顔の前で止まるとミユが自分で作ったらしいチョコを指さして言った。


「ミユのチョコにはチョコ以外何も入ってないの!」


 どうやらミユは先程の会話から、手作りチョコはすべからく危険だと俺たちが思っていると勘違いしたようだ。

 ミユのチョコにそんな物が入っているわけがないだろう。

 むしろ逆に世界樹の雫とか葉とかが入っていたとしたら、それはそれでとんでもない食べ物なのではなかろうか。

『世界樹の雫入りチョコレート』とか、大抵のバッドステータスが完治してしまいそうだ。


「ミユの雫ならなんの問題もないぞ」


 俺はミユを安心させようとそう返した。


「……田中くん……」

「キモイですです」

「さすがにそれはちょっと」


 途端に女性陣三人から気持ち悪い人を見るような目で見られた。


「い、いやそういう意味でなく」


 彼女たちのそんな反応に自分の『失言』に気がついた俺は、それから十分以上もかけて弁明することになってしまった。


 その後、チョコ交換会と称した『みんなで持ち寄ったチョコレートを食べる会』は和気藹々(わきあいあい)の内に終わり、委員長が帰った後も高橋さんがいつの間にやら持ち込んでいた日本酒で酔いつぶれるまで吉田さんやミユと一緒にどうでもいいことを語り明かしその日は終わったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、となりの山田さんは結局その日の内に帰ってくることはなく、次に憔悴しきった彼と再会したのは四日後だったという。


 俺は冷蔵庫に保管しておいたミユと委員長のチョコと、ついでに俺からのバレンタインデープレゼントとして朝採れたてほやほやの世界樹の雫を手渡した。

 いつものパリッとしたジャパニーズビジネスマンスーツが、まるでくたびれた中年オヤジの様になっていて見てられなかったからであって、別に俺が山田さんに特殊な感情を抱いているわけじゃないことは明記しておこう。

 だって、自慢(?)のエルフ耳までもくったりとたれているのを見たら、誰だって放ってはおけないでしょ?


 そして山田さんは俺の手から世界樹の雫を受け取ると「ありがとうございます」とかすれた声で礼を告げた後、一気に世界樹の雫を飲み下した。

 その姿はまるでかつて「なつかCM特集」で見た事のある『24時間戦えますか?』な栄養ドリンクという名のドーピング剤を飲んでいる社畜の姿のようだと感じたが、あまりに酷いと思い口にはできなかった。


 しかし、かなり強力になったミユの世界樹の雫でも疲労は完全に治る事はなかったようで、先程よりはしっかりしたものの、彼はまだふらつく様な足取りで自分の部屋に入っていった。

 今度またミユと一緒に世界樹の雫入りカレーでも作って差し入れしに行ってあげよう。

 俺はそんなことを思いながら自分の部屋に戻るのであった。



 ちなみにバレンタイン当日に山田さんの部屋の前にうず高く積まれたチョコレートの山は、翌日高橋さんと吉田さんによって危険が無いかどうかを厳重にチェックされ仕分けされた上で、会社の山田さんの所へ届けられたのだった。


 一方、仕分けられた危険物入りらしいチョコの方は、いったい何が入っていたのか気になったものの怖くて聞けないうちに高橋さんの手によって科学的に破棄処分されたらしい。

 科学的にって一体何があったんだろうか。


 それは永遠に謎のままにしておいたほうが幸せだろう。


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