第112話 【閑話】エルフの山田さん(♀)

 何も変わらない毎日だった。


 その日までは。





 夏も終わりが近づいて耐えられないほどの暑さも和らいだ午後、何の前触れもなくアパートの俺の部屋の呼び鈴が鳴った。


 ぴんぽーん。


 俺は無駄に時間を潰すだけのために見ていたネット動画を一時停止して玄関へ向かった。


「楽々さんから荷物でも届いたのかな? 何か注文してたっけ? N○Kだったらファッキング」


 ぶつぶつ独り言を言いながら玄関のドアの覗き穴から外を見る。

 魚眼レンズの先にはその歪んだ視界でも判るほどの超絶美人のお姉さんが、何やら荷物を持って佇んでいるのが見えた。

 しかも外人さんだ。

 ナイスバディな外国人美女だ!


 どうやら楽々さんからの荷物ではなさそうだけど。

 どうみても運送屋さんにも見えないし、やっぱり何かのセールスかな?

 だったら無視するのが一番だが、こんな美人のお姉さんをスルーするなんてもったいなさすぎる。

 もしかしたらセールスじゃない可能性もあるんじゃないか?

 だったとしたら俺はみすみすあんな美人さんと出会うチャンスを逃すことになる。

 俺は少し考えた後一応声をかけてみる事にした。


「何か御用ですか? セールスならお断りですよ?」


 言葉の内容と逆に、微妙に浮かれ気味な声が出てしまったせいか、レンズの向こうの美人さんが少し微笑んだ気がした。

 俺がその様子にドギマギしていると、扉の向こうから返事が帰ってくる。


「あ、あのすみません。わたし昨日隣に引っ越してきましたのでご挨拶に伺いましたの」


 鈴を転がすような声とはこの事かと思うような美しい声音にドキッとしてしまう。

 そういえば昨日隣の部屋に誰か引っ越してきたらしいと、学校から帰ってきた時に表で会った一階に住む佐藤さんが言ってたのを思い出す。


 二階建てのこのアパートはそこまでボロいという外観ではないけれどそれなりの年月が経過している。

 立地も都市部から少し離れている為に部屋数10の内、入居者は現在3人しか居なくてこの山田さんで4人目となる。

 空き部屋に入る住人も俺を最後に一人も居ず、一部の部屋は大家さんの物置状態という体たらくだ。


 だが、当の大家さんは現状に特に不満も無いようで無理に住人を集めようとしていない。

 すでに悠々自適の年金暮らしをエンジョイしているのだろう。

 

 そんなアパートの久々の住人、しかも超絶美人のナイスバディお姉さんが引っ越してきたという事実に俺の心が浮足立つのも仕方がない。


「どうもわざわざすみません」と慌ててドアの鍵を開けて彼女を玄関に招き入れた。


「失礼します」と流暢な日本語を口にしながら入ってきた彼女は、何処からどう見ても外国人にしか見えない。

 身長も170センチはあるだろうか。

 かなりの長身だが、外国人女性ということを考えると普通なのかもしれない。

 他に外国人女性を知らないから比べようがないのだけれども。


 因みに俺は165cm。中学時代のあだ名は想像通りだ。あえて言わない、言いたくない。


 俺は改めて彼女の姿を眺める。

 先程レンズ越しに見た以上に実物の彼女は美の化身とも言うべき姿だった。

 肩まで掛かるプラチナシルバーの髪は、外から入り込んだ陽光を反射してキラキラ煌めき、その美麗すぎる整った顔も含めまるで女神のよう。

 少し視線を落とすとそこには豊満な双丘。

 スレンダーなボディからは想像もできないほどのボリューム感、しかし決して奇乳ではない。

 なんだこの完璧なボディは。


 一方、そんな美人さんが着ているのはどう見ても普通のOLさんがよく着ているスーツだ。

 とても引越しの挨拶に回る時に着る服ではないだろう。


 もっとこう……あるだろ。

 俺がそんな事を考えていると彼女が引っ越しの挨拶を始めた。


「引っ越しの挨拶が遅れてしまいましてすみません」


 外見はどう見ても外国人なのに、その口から出る言葉は完璧な日本語である。

 違和感が半端ない。


 彼女はそう言うと斜め45度に深々と頭を下げる。

 もちろん俺の目はワイシャツから零れ落ちそうなアレに釘付けになってしまいそうだったが、気力を振り絞ってなんとか目線をそらし返事を返す。


「こ、こちらこそよろしくおねがいしまします。た、田中です」


 俺がしどろもどろでそう言うと彼女は姿勢をもとに戻してから、おもむろに胸の間に手を差し入れると、そこから一枚のカードを取り出した。

 え? そんな所に謎収納が? 俺も収納されたい。

 突然の彼女の行動に俺の脳内が煩悩に支配されかかったが、健全な男子高校生なのだから仕方がない。


「わたしは山田と申します。以後お見知り置き下さい」


 彼女が懐から取り出したカードを俺に両手で持って差し出しそんな事を言った。

 どうやらそのカードは名刺のようだ。


「これはこれはご丁寧に」


 俺は咄嗟にTVドラマでよく見るサラリーマンの真似をしながらそれを受け取る。

 少し生暖かい。

 一瞬また煩悩が頭に浮かび始めたが、名刺と、さきほど彼女が名乗った名前に引っかかりを覚えた。


「え? 山田さん……ですか?」

「はい、山田です」


 俺はもう一度彼女を上から下までサッと見たが、何処からどう見ても外国人にしか見えない。

 なのに名前が山田とかギャップが凄い。

 俺はもう一度手元の名刺を確かめてみたが、名前のところには確かに『山田』としか書かれていない。


「山田……さんってハーフとか?」

「ハーフ? ああ、混血種ってことですか? ちがいますよ私は純血種です」


 どうやら彼女はハーフではないらしい。

 だったら山田って名前は何処から来たのだろうか。

 凄く気になるけどこれ以上聞いたら彼女に嫌われそうだ。

 俺はとりあえずその疑問を横においておくことにした。


「それでですね、引っ越しのご挨拶に私の国の名産品を持ってきたので受け取ってもらえますでしょうか?」


 彼女が足元においていた少し大きめの箱をしゃがんで持ち上げながら上目遣いでそう尋ねてきた。

 俺の目はその箱……ではなく、その箱を隠してしまいそうなモノにまたも吸い寄せられそうになりつつもなんとか自我を取り戻し「もちろんいただきますとも!」と返事を返した。


「契約成立……っと」

「え? 山田さん今なにか言いました?」

「いえ何も。 それよりもこの包をさっそく開けて下さいませ、ちょっと特殊なものなのでせっかくですからいろいろ説明もさせて頂きたいので」


 彼女は箱を持ったまま俺の近くに寄ってくると、そのまま箱を俺に押し付ける。

 ついでにその箱の上に乗っていた二つの丘も揺れる。


「はっ、はひっ」


 俺は慌てて箱を受け取ると、キッチンの机の上に乗せて包み紙を急いで剥がしにかかった。

 包み紙を開くと中からは全く予想していなかったものが出てきた。


「これは?」


 俺が戸惑いながら山田さんに尋ねると彼女は満面の笑顔で「それは私の国の名産品『ミニ世界樹』ですよ」と返事が帰ってくる。

 たしかに机の上にある透明なケースの中に入っているソレは木だった。

 しかもかの有名な「この木なんの木」でお馴染みの木を縦に少し高くしたような外見で、青々と葉が茂っている。

 最近はやっているミニチュア盆栽というのがあるらしいが、目の前のケースの中の木はどう見ても普通の木をそのまま小さくしたような外見である。

 造花みたいなモノなのだろうか?

 しかしよく出来てるなこれ。


「いやぁ、すごく精巧なミニチュア模型ですねこれ。まさに職人の技ってやつですね」


 正直、引っ越しの挨拶に木のミニチュアを持ってくるとか謎のセンスすぎて驚くけれど、彼女の国の風習なのかもしれないし下手なことは言わないほうが良いだろう。

 俺はとりあえず当たり障りのない言葉を並べるしかなかった。


 しかしどうやら俺のその返答は彼女には不満のようで、少し怒ったような顔で俺に詰め寄ってきた。


「それは『ミニ世界樹』であって、ミニチュア模型なんかじゃありません!」


 ち、近いっ。あと胸が当たってるっ!

 当ててんのよってレベルじゃねーぞ。


「えっえっ」

「私達の世界を支えてくださってる世界樹様の枝をいただいて作った神の分身とも言える『ミニ世界樹』を、そんじょそこらの模型みたいに言わないでっ」


 彼女に襟首を掴まれて前後に揺さぶられる俺は混乱の極みに有った。

 何故なら、俺より彼女のほうが身長が高いせいで揺さぶられる度に目の前に彼女のその豊満な胸が迫って離れてを繰り返していたからだ。

 正直彼女の言葉なんてまったく耳に入らない。


 当たりそうで当たらないという焦らしプレイを何度か繰り返された後、彼女は「ハッ」とした顔をして俺の襟首から手を離し「ご、ごめんなさいっ」と頭を下げた。

 何故謝るのか。

 俺はこんなに幸せな気分だと言うのに。


 その時、頭を勢いよく下げたせいか彼女の髪がふわっと舞い上がり……。


「えっ……」


 垣間見えた彼女の耳に俺は目を奪われた。


「その耳は?」

「えっ? 耳?」

「いや、今さっき山田さんの耳が見えたんだけど、まるでエルフの耳みたいな形だったからびっくりしちゃって」


 一瞬のことだったから、もしかして見間違いかもしれないと言ってから気がついたがもう遅い。

 山田さんにもエルフの耳とか中二病妄想乙って思われたんじゃないだろうか。

 うわ~恥ずかしい。


 恐る恐る山田さんの顔を見ると彼女は少し微笑んだ後こう言った。


「ええ、私はエルフ族ですから」


 その日から俺の日常は、自称エルフの山田さんと彼女の持ち込んだ『ミニ世界樹』によって大きく変わっていくことになるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「という夢を見たんだ」


 朝からミユの朝食をタカりに来た山田さんと高橋さんに今朝見た夢の話をすると、皆一様に微妙な顔をしていた。


「TSとか、そんなオカルトありえないですです。あと山田さんが女体化とか普通にキモいですです」

「田中さんがそんな目で私のことを見ていたなんて……」

「お父さん、きょにゅーがすきなの? でもミユはぺったんこなの」


 結論。

 夢の話は人に聞かせるものではない。 





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