第110話 もしかしてリア充ハーレムです?

 遂にこの日がやって来た。

 二月十四日が。

 そう、待ちに待ったバレンタインデーである。


 今まではリア充以外には関係ない怨嗟を撒き散らすだけの日だったが今年は違う。

 そう、今年の俺にはミユというかわいいかわいい愛娘がいるのだ。


 おっと待ってもらおうそこの君。

 今俺のこの浮かれっぷりを聞いて『これは結局もらえないフラグwww』と思ったのではないか?


 うんうん、許す。

 今日の俺はそんな君の浅はかな考えも全部許そう。

 だって今日俺がミユからチョコを貰えることは確定的に明らかだからだ。

 何故ならジャストナウ、今、ミユが俺の目の前で俺のためにチョコケーキを作ってくれているのだから。


 俺は買ってきた板チョコを湯煎で溶かしているミユの姿をにやにや眺めながら思う。

 幸せって手の届く所にあったんだな。


「もう、お父さんまた見に来たの~」

「もう出来たかなと思って」

「そんなに早く出来るわけないの。それより早く学校に向かわないと遅刻するの」


 俺はスマホを取り出し時間を確認する。

 たしかにそろそろ登校しないと行けない時間だ。


「はいはい、それじゃ行ってくるよ」


 俺は下駄箱の上に用意してあった鞄を持ち上げつつミユに「いってきます」と声を掛けるが、彼女は一生懸命湯煎中のチョコの様子を見ているようで、こっちも見ずに「いってらっしゃいなの」と言うだけだったのが哀しい。

 しかしそれもしばしの我慢だ。

 帰ってきたらミユの美味しいに違いないチョコが待っているのだ。


 俺は既に遅刻ギリギリの時間を指し示すスマホの時刻表示を一瞥すると、大きく深呼吸をしてスマホを胸ポケットにしまう。


 さて、走るか。


 その日俺は、この高校に通い始めて一番のコースレコードを叩き出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 がばっ。


 俺は終業のチャイムに突っ伏して眠っていた机から顔を上げる。

 どうやら今日は教師が早めに授業を終えていたらしく、すでに教室の扉から廊下へ出ていく彼の姿が目の端に映った。


 俺は慌てて机の上に申し訳程度に開いていた教科書とノートを閉じて、筆記用具と一緒にまとめて鞄に放り込むと席を立つ。

 今日は補習のない日なのでまっすぐ家に帰ることが出来る。

 そして家にはミユと、彼女の作った愛情たっぷりのチョコレートが俺を待っているはず。


「おーい田中ぁ、どうせお前も彼女とか居ないんだろうしカラオケでも行かねぇ?」


 こんな日に限って珍しくクラスの非モテ同盟会長の矢野が声を掛けてきた。

 いや、むしろこんな日だからだろうか。

 彼女も居ない非モテ者同士、傷の舐めあいをしようという事なのだろうが、今年の俺を去年の俺と同じに思ってもらっては困る。


 俺はスッと左手を少し上げ「すまないな、今日はもう予定が埋まっているんだ」と少し格好をつけて返事をしてやった。

 矢野は予想外の返答に少し驚いた様子だったが何かを察したのか寂しそうな顔をして「それじゃあ仕方ないな」と言い残して去っていった。

 去り際に小さな声で「リア充爆発しろ」という怨嗟の籠もった言葉が聞こえたが、今の俺にはそんな言葉すら凱歌に聞こえる。


「さて、行くか」


 改めて鞄を持ち直し俺が教室から出ようとすると、今度は委員長が声を掛けてきた。


「田中くん、ちょっといいかな?」


 その瞬間、一瞬教室の空気がざわめいたような感じがしたが気のせいだろうか。


「何?」

「今から田中くんの部屋に行くから」


 ――ッ!?

 委員長のその言葉に教室が静まり返る。


「え? 何で?」


 俺は委員長の突然の言葉にキョドってしまう。

 これはまさか、もしかして委員長は俺のことを?

 いやだめだ、俺には吉田さんという心に決めたような気がする女性ヒトがっ。


 予想外の出来事に俺と教室中の皆が唖然としている間に、委員長は俺のすぐ側まで歩いて来る。

 そのまま顔を俺の耳元に近づけると、周りに聞こえないような小さな声で――。


「ミユちゃん達とチョコ交換会する約束してるからね」


 それだけを言い残し彼女は俺の横を通り過ぎ教室を出ていったのだった。


「お、おい田中。おまえ……委員長と……」


 顔面蒼白の矢野がフラフラと俺の方に近寄ってきたが、その姿はまるでゾンビのようだなと俺は呆けた頭で考えつつ教室に目を向ける。

 まだ中に残っていた同級生たちの目は、驚きと嫉妬が混ざり合い、そしてその全てが俺に向けられていた。


「いや、違うんだよ。そういうんじゃなくて」


 俺は慌てて言い訳をするが、目の前まで迫ってきていたゾンビ矢野にはその言葉は全く信じて貰えそうにない。


「じゃあどういう事なんだよ! お前さっき今日の予定は埋まってるって言ってたけどそれって委員長とっ!?」


 矢野が血走った目をして俺の両肩に手を載せてガクンガクンと揺さぶりながらそんな事を叫ぶ。

 教室の中にいる奴らはそんな矢野を止めるどころか彼の言葉にさらに嫉妬心を高ぶらせた様子。


「リア充死すべし! 慈悲はない!」

「そうだそうだ!」

「ちくしょーめ」

「バレンタインデー反対!」


 シュプレヒコールが巻き起こる中、よく見るとクラスのリア充どもがとっくに姿を消している事に俺は気がついた。

 奴らは俺をスケープ・ゴートにして見事に抜け出し、今頃は何処か人目のつかないところでいちゃこらしているに違いない。


 とりあえずここは逃げたほうが良さそうだ。

 俺は両方にかかる矢野の手を振りほどいた。


「違うって言ってんだろ! 委員長は今日俺の部屋でチョコの交換会をするだけだよ!」


 そう捨てぜりふを残し教室を飛び出した直後「リア充爆発しろ!」という皆の声が一斉に教室の窓を割らんばかりに廊下に鳴り響いたがもう振り返りはしない。


 グッバイ非モテども。

 おれはリア充への階段を上り詰めるぜ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいまー」


 非リア充の怨嗟の声を聞き流しながら帰宅した俺は、玄関にきれいに並ぶ三足の靴を見て首を傾げた。

 さっき委員長が言っていた「チョコレート交換会」とやらのメンバーだろうけど、一足は委員長で、もう一足は高橋さんだと思うけど、後一足は誰だろう?


 いつもなら出迎えてくれるミユの姿は無い。

 奥の部屋から女の子たちのきゃいきゃいした声が漏れ聞こえてくるところを見るに、どうやら俺が帰ってきたことにも気がついていない様子。

 俺は仕方なく少しさみしい気分になりながら下駄箱に靴をしまってから、その声のする方へ向かうことにする。


「ただいまー」


 俺はもう一度そう声を掛けて引き戸を開いた。


「おかえりなのー」


 ミユがそう言って振り返る。

 部屋の中には四人の女性がちゃぶ台を囲んで座っていた。

 正確にはミユはちゃぶ台の上に乗っているが、残りの三人は委員長・高橋さんという銘菓コンビ、そして最後の一人は……。


「やぁ田中クン、だいたい一ヶ月ぶりかな?」


 俺のあこがれのお姉さん、女神様こと吉田さんがそこにいたのだった。


 バレンタインに自分の部屋で美女・美少女が集まるなんて、それなんてギャルゲ?

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