第98話 転移者達のサンクチュアリです。
社務所の裏口から入った山の中のはずのその場所は、とても洞窟の中とは思えないほど広かった。
東京ドーム二分の一くらいの広さの、その天井を見上げると、何箇所かから外の光を取り込んでいるらしく、薄っすらとだが太陽の光が空間を照らし出し始めていた。
時間的にはそろそろ日の出の頃だろうからこれからどんどん明るくなっていくのだろう。
外から見た限りでは興玉神社横の山の中にこれほどの空間があるとは到底思えなかった。
というかたしか真ん中あたりにトンネルとか通っていたはずだが、そんなものが有るようには見えない。
俺達は入り口で十人ほどの人たちに出迎えられた。
エルフ族とドワーフ族は予想していたけれど、まさか普通に日本人にしか見えない人たちもその中に混じっているのは予想外だった。
てっきり案内役のおっさんは一番日本人顔だから案内役に選ばれただけで、実際はドワーフ族なんだと思ってたけどガチで日本人だったのか?
そう思っておっさんに聞いてみると。
「No.私は pure 日本人です」
そう答えてくれた後「よくmistakenされまーす HAHAHAHA!!」と豪快に笑いだした。
純粋な日本人ってまじかよ。
いや見かけだけじゃなくその英語交じりの謎の喋り方とか。
ルー◯柴かよ。
出迎えてくれた人たちの内、ドワーフ族の二人とエルフ族の四人は世界間衝突事故に巻き込まれた異世界人で間違いないらしい。
残念なことに猫耳や犬耳などのケモノ系種族は居なかった。
後で聞いた話によると、獣人族や、人に紛れ込むことが出来ない人外系の人達は出雲の方の里に住んでいるらしい。
それを聞いて次回の旅行先はもふもふの里だと心に決めた。
ただ人外というのがどれ位のレベルなのかだけが心配で、最悪SAN値に影響が出ないとも限らないので下調べは十分にしておかなければなるまい。
あと残りのどう見ても普通の人達については転移者たちの子孫や、今いる人達の身内なのだそうな。
今日は年末年始の里帰りも兼ねてやって来ているということだった。
異世界人の子孫と言うからにはハーフエルフだったりドワーフ体型だったりでもおかしくないのだがどう見ても普通の日本人にしかみえなかった。
というのも何故か異種交配で生まれた子供は、ほぼ通常のこの世界の人間として生まれてくるらしい。
遥か昔から世界間衝突事故によってこの世界にはいろいろな人達がやってきていた。
その中で、この世界に順応し、そして子孫を残していった人達がいる。
逆にこの世界に馴染めず消えていった人達もいただろう。
もしかしたらそういう人達が神話や伝説のモチーフとなった例も有るのではないか?
神として、英雄として……もしくは悪鬼として。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やがて俺達は出迎えの里の人達によって里の中央にある集会場らしき場所に案内された。
先頭を歩いていたおっさんが引き戸を開け中に入っていくと、里の人達も後に続くように入っていった。
「私達も中に入りましょう」
山田さんはそう言って、今まで耳を隠すために被っていた帽子を脱ぐと俺たちをその建物の中に入る様に急かした。
俺はミユとコノハを両肩に乗せたまま中に入る。
後から高橋さん、最後に山田さんが入ってくるとそっと引き戸を閉めた。
「ようこそいらっしゃいました。若き世界樹様と契約者様」
中に入るなり俺たちに向けてひどく弱々しい声が聞こえてきた。
その声の方を見ると部屋の中央奥に一人の老人が椅子にもたれかかるように座ってこちらを見ていた。
どうやら先程の声は彼のものらしい。
「私がこの里の長老の藤原と申すものです」
そう名乗った彼の耳は長く、その顔は年老いてはいたものの若い頃はさぞイケメンだったであろうことを伺わせていた。
その姿から彼の種族はエルフであることは間違いないだろう。
長命種の中でも一番の寿命を誇るらしいエルフが里の長老になるのは自然のことなのだろう。
ただ、山田さん達が未だ知らない別世界にはさらなる長命種が存在するのかもしれないし、吉田さん達のような『神』であればエルフ族を上回るかも知れない。
神様が事故に巻き込まれて転移するということは流石になさそうだけど。
「お久しぶりです藤原さん」
山田さんはそう言うと彼の側まで歩いて行き、その皺の寄った手を握った。
「一年ぶり位ですかな」
「ええ、大体それくらいになりますね」
藤原さんは嬉しそうに目を細め山田さんと少し会話した後俺の方に目を向けた。
「彼が君の言っていた?」
「はい、この世界の新たな世界樹様の契約者の田中さんです」
「どうも、はじめまして田中です」
俺が軽く会釈すると、両方に乗っているミユとコノハも真似をして藤原さんに向かって頭を下げた。
「はじめまして、ミユなの」
「コノハなのじゃー」
「ドワドワ研の高橋ですです」
ミユたちの声に部屋にいる一同がざわめく。
今のミユたちは既に光学迷彩のように身を隠すスキルを完全にオフにしている。
つまり今ミユとコノハの姿と声は、この場所にいるすべての人達に伝わっている状態だ。
山田さんが手招きするので俺たちも藤原さんの元まで歩いて行く。
ちなみに入り口の土間で全員靴は脱いでいる。
ミユとコノハの靴は小さすぎるので無くしてしまわないように俺のポケットの中だ。
一通り挨拶を終えたあと、藤原さんからこの転移者の里に付いて色々と教えてもらうことが出来た。
まずこの転移者の里が出来たのはいつごろなのか。
実はそれは定かではないらしい。
藤原さんが転移事故によってこの世界にやって来た時には既に存在していたのだそうな。
当時、この土地に来て既に三百年以上は経つという長老(彼もエルフ族だったらしい)すらも自分が来たときから存在していたと言っていたらしい。
「もしかしたら神様が作ってくれたものなのかもしれません」
「私もそう思います。これほどのものが作れる者が他にいるとは思えない」
山田さんが藤原さんの言葉に同意するように言った。
「そんなに凄いの?」
たしかに入り口の謎システムや、洞窟の中なのに外の光が入ってくる仕組みは不思議だけど、それくらいならユグドラシルカンパニーくらいの技術力があれば可能だろう。
俺のそんな疑問に藤原さんではなく山田さんがこの里の保つ力について教えてくれた。
前に俺が吉田さんの世界に『落ちた』時に知ったように、基本的に世界が違えばその世界に満ちる魔素も別物である。
世界樹の加護を持たない者たちが別世界に落ちてしまうと、その魔素が瘴気となってやがて命が奪われてしまう。
わかりやすく言えば淡水で生きていた魚は海水では生きられない。逆に海水で生きていた魚は淡水では生きられない。
稀に鮭のように淡水と海水両方で生きていける魚が存在するが、それがスペフィシュで言えばエルフとドワーフなのだそうな。
つまるところそれ以外の種族は別世界に飛ばされると、そう長く生きられず死んでしまう運命である。
「しかし、この里の中だけは魔素による侵食現象がほぼ抑えられているのですよ」
藤原さんがこの世界にやって来た五百年ほど前。
その頃は今よりもっとまだ世界樹の生み出したこの世界の魔素が世の中に存在していたらしい。
藤原さんがこの里へ『救出』された時、この場所には他の種族も何人か住んでいた。
その中には世界樹が存在しその加護を受けて育ったスペフィシュのエルフ達と違い、加護が薄くそして魔素の変化に弱い者たちも少なくなかった。
そんな彼ら彼女らもこの里の中では何の問題もなく生きていけたのだ。
つまりこの里の中はいわば海水魚でも淡水魚でも生きていける『好適環境水』で満たされた様な場所になっているらしい。
流石のユグドラシルカンパニーでも魔素の侵食をここまで抑えられる仕組みはまだ作れて居ないらしい。
「でも近いうちには必ず実現させます」と山田さんと高橋さんの研究バカコンビは意気込んではいたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます