第99話 それがユグドラシルカンパニーの真の目的です……か?
「この場所では別世界の魔素侵食は抑えられています。ですので私のような世界樹の加護を持つ種族でなくてもこの世界で生きていけるのです」
逆に言えば加護を持たない人たちが事故に巻き込まれ、里にたどり着けなかった場合は悲惨な未来しか無いのか。
俺は彼の語る言葉から導き出される結論に恐怖を感じた。
自分も一度吉田さんの世界に跳ばされた経験があるわけで、あの時ミユの加護と吉田さんというあちらの世界の『女神』が居なければかなり悲惨なことになっていたに違いない。
しかもあの世界は巨人達の世界だ。
進撃を食い止めるとかそういうレベルではない。
というか吉田さんが居なければあのまま海に落ちて即死だったろうし、無事地上に降りたとしても魔素侵食がどうのこうの以前に巨大な獣がうろつく森の中で生きていけたとは思えない。
まぁ、そもそも吉田さんが居なければあの事故に巻き込まれることもなかったわけだけど。
「この里を作った人は私の想像でしかありませんが、後の世で私達のような異世界人を守るためにこの場所を作ってくれたのだと思います」
彼の言うとおりだとするとこの里を作った人はまさに聖人と言えるだろう。
「この里のもう一つの力がなければ私達異世界人がこの里にたどり着くことも出来ませんでした」
「もう一つの力?」
「はい、これです」
藤原さんはそう言って後ろを振り返ると、集会場の奥を指し示した。
そこには今まで気が付かなかったが神棚のような物が置かれており、その中に直径三十センチほどの鏡が安置されていた。
「あの鏡がもう一つの力ですか?」
ぱっと見た感じだと普通の青銅鏡のようだけど。
「菊池さん、鏡を持ってきてくださいますか」
「Rogerしました」
あの案内役のおっさん、菊池さんっていうのか。
そういえば名前聞いてなかったな。
菊池さんが神棚の前で一礼し、安置されていた鏡を手に取るとそのまま藤原さんの所まで持ってきて手渡す。
鏡の裏面は教科書とかで見たようにきれいな装飾がされていたが、色合いはイメージと違い美しく輝く銀色をしている。
それは多分ずっと大切に手入れされてきた証なのだろう。
「この鏡は簡単に言えばレーダー装置でして、この世界に迷い込んだ異世界人を探し出すことが出来るのです」
「さしずめ異世界人レーダーといったところでしょうか」
山田さんの補足のせいで某有名マンガの7つの球を探す装置みたいなものしか頭に浮かばない。
まぁ、多分似たようなものなんだろうけど。
藤原さんが手に持った鏡の鏡面をくるりと回して俺達の方へ向ける。
そこには特に何も映ってはいない。
いや、鏡を興味深げに覗き込んでいる俺と両肩に乗っているミユとコノハ、そして高橋さんが映ってはいるのだけどそれだけだ。
ただ俺達が普通に使っている鏡と違ってすこし膨らみがあるのか、写っている俺達の顔が微妙に歪んで見えるくらいだ。
移り方が中心から外に向かっていくほど歪んでしまうので普通の鏡としては使いにくそうだ。
「普通の凸面鏡にしか見えないけど……」
頭を動かして映り方を変えてみても特にレーダーっぽい何かが映ることはない。
「あははは、変な顔なのー」
「動くと形が変わるのじゃー」
俺が動く度に鏡に映る顔が変形するのが楽しいらしい。
自分の顔を両手でむにーっと引き伸ばしたりして変顔をして遊びだした。
世界樹とは言えやはりまだ生まれて一年も立たない子供なのだな。
一方高橋さんは静かにその鏡を見つめている。
完全に研究者モードに入っているようだ。
「この鏡はですね、普通に見るとただの凸面鏡にしか見えないんですが……菊池さんお願いします」
藤原さんが目をやった方を見るといつの間にやら菊池さんが部屋の隅に移動して藤原さんの言葉に頷いて返すと、横に垂れ下がっていた紐を一気に引いた。
「うおっ、まぶしっ」
その紐が引かれると同時に部屋の中に光が差し込む。
どうやらあの紐はこの集会所の天窓を開くためのものだったらしい。
喋っていて気が付かなかったけど、今年最後の日の出ショーは既に終わってしまったのだろう。
突然明るくなった光に目が慣れず、しばし視界を奪われていると俺の肩にいたミユが「うわぁ~すごいの~」と感嘆の声を上げた。
何が凄いんだろう。
おれは急く気持ちを抑えて光に目が慣れるのを待つ。
徐々に光に目が慣れてくるが目の前の藤原さんは先程と変わらないままそこで鏡を持っているだけだ。
俺が不思議そうな顔をしているのに気がついたのか山田さんが「田中さん、横を見てください」と教えてくれた。
「おおっ」
集会場の横の壁、そこには一面に大きな日本を上から写した航空写真の様な映像が映し出されていた。
「凄いでしょう? この鏡に光を当てるとこうやって映像が映し出されるようになっているんですよ」
藤原さんがそれを見て感嘆のあまり声も出せずにいた俺に教えてくれる。
つまり昔ニュースで見たことがある卑弥呼の魔境みたいなものなのだろうか。
あれも同じように光を反射すると模様が浮かび上がるというものだったはずだ。
しかしそういうものと比べても、目の前に映し出されている映像があまりに鮮明すぎる。
光が反射して壁に映し出されているというよりも鏡自体が光をスイッチに動作するプロジェクターみたいなものなのではなかろうか?
なんというオーバーテクノロジーだろう。
いや、もしかしたら科学の産物ではなく……。
「そしてこの青銅鏡の後ろにあるボタンを押すと」
藤原さんのその言葉と同時に、壁一面の日本地図上に数多くの様々な色をした丸い点が表示された。
「この通り、地図上に現在この世界にやって来ている異世界人の現在地が表示されるのです」
どうやらこの点一つ一つが異世界人の現在居る位置らしい。
中にはゆっくりと移動している点もあるが電車かなにかで移動中なのだろうか。
その事実からこの地図はリアルタイムで更新されていることが解る。
そして、やはり一番その点が集まっているのはこの場所と出雲のようだ。
しかし一体どうやって位置情報を得ているんだろう。
まさか全員GPS端末を持っているわけでもあるまいし。
それに。
「この色は何か意味があるんですか?」
「その色はですね、それぞれがどこの世界から来たのかを示しているみたいなんですよ」
「そんなことも判るんですか?」
「ええ、私が伝え聞いた所に寄ればこの機械……魔道具と呼ばれているのですが、どうやらそれぞれが持つ魔素を感知して表示しているようなのです」
なにそれ凄い。
「我々ユグドラシルカンパニーの技術を持ってしても遠距離からこれだけ正確な魔素を感知する事は未だにできていません。一体何をどうやっているのやら」
「ですです、何とか再現しようとドワドワ研でも研究を進めているですですが数百メートル範囲が精々なんですです」
二人揃って悔しそうだ。
毎度のことながら技術で自分たちより上回るものを見ると目の色を変えるなこの二人。
それにしても。
「こんなに日本だけでも転移者がいるのか」
伊勢や出雲にある転移者の里あたりは点が重なっているので正確な人数はわからないけれど、それ以外でも北海道から沖縄までざっと見ても十以上の点が輝いている。
特に多く動いているのがピンク色の光だ。
「転移者の数は現在だと合計で二十人程度ですね」
「え? でもこの地図の光はもっとありますよね?」
俺が地図を指差してそう尋ねると山田さんがその中に光る内、活発に動いているピンク色の光の一つを指差して答える。
「それはですね、我々ユグドラシルカンパニーの社員が現在日本中にいるからですよ。つまりこのピンク色の点が我々スペッフィシュ住人の色なんです」
たしかに日本中にバラけて存在している点の殆どがピンク色だ。
ユグドラシルカンパニー社員って会社に引きこもってるだけじゃないんだな。
しかし一体日本中で何をしてるのだろうか。
やはり色々と謎な組織だ。
気になった俺は山田さんに聞いてみることにした。
「山田さん、このピンク色の殆どがユグドラシルカンパニーの社員だとしたら、この人達は一体何してるの?」
俺のその質問に山田さんは何故だか一瞬目を泳がせた後、いつものイケメンスマイルを浮かべて教えてくれた。
ユグドラシルカンパニーの社員は現在日本中に散らばって住んでいる転移者と連絡を取り合って、それぞれ元の世界への帰還について打ち合わせているのだそうな。
そっか、ユグドラシルカンパニーは既に世界間転移装置を持っているわけだから転移者を元の世界へ戻す事が可能なわけだ。
山田さん達の目的は第一にこの世界へ失われた世界樹を移植し育てることだとは知っていたけれど、こちらの世界に飛ばされた人達の『救出』も大事な目的なのだろう。
いや、もしかしたら本来はそちらのほうが真の目的で、世界樹による世界固定と魔素の回復はそのために必要な要素だというだけなのかもしれない。
普通に考えれば解ることだった。
「実際問題、なかなか元の世界へ帰還させるのは難しいのですけど」
「ですです。すでに固定されている世界間なら今の技術でなんとかなるですですけど、目的の世界が移動中で、しかも世界間が遠く離れすぎていると近づいてくるまでは転移出来ないですですし」
俺が吉田さんの世界に飛ばされた時もそうだったな。
そんなことを思い出しながら俺はもう一度転移者達の光が瞬く日本地図を眺めた。
この人達全て元の世界へ……彼ら彼女らを待つ人が居る世界へ無事に帰ることが出来ますようにと願いながら。
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