第97話 目指すは夫婦岩とカエル……そして安土城です。
ホテルから朝早くタクシーに乗り込んだ旅の一行。
走り出して五分もせずに後ろの座席で高橋さんが大口を開けて眠ってしまった。
ミユたちの話だとかなり遅くまで女子会という名の『実験』を行っていたらしいので仕方が無い。
完全に眠りこけてしまった高橋さんを視界の外に俺はミユと一緒に流れていく車窓を見ていた。
(お父さん、お父さん)
(ん?)
(あんな所にお城が有るの!)
(え?)
ミユが前方を指差しながら俺に念話で話しかけてきた。
確かにミユが指差す方にある山の上になにやら大きなお城が見える。
伊勢城とか聞いたこと無いけど何なんだろう、しかもなんか見覚え有るフォルムだなと思っていると山田さんが後ろも振り向かず念話で説明してくれる。
(あれは伊勢にある安土桃山城下町という戦国時代をモチーフにしたテーマパークの目玉『安土城』ですね)
実はこの念話は昨夜の女子会(けんきゅうかい)で生み出されたものらしい。
ミユを中継器にしてそれぞれの意識を繋ぎ、パーティチャットのような物を構成しているのだ。
人の多い場所でミユ達と『会話』するのに非常に便利なこの機能を考えだした高橋さんはやはり天才なのかもしれない。
まぁ、その天才は今横で大口を開けてよだれを垂らして馬鹿面を晒しているのだが。
人を見かけで判断してはいけない(戒め)。
(安土城って信長の城だよね? 名古屋とかあっちの方にあるんじゃないの?)
(信長と言えば名古屋というイメージでよく勘違いされますが、安土城が実際にあったのは今の滋賀県の安土町なんですよ)
(へー、それは知らなかった)
(授業で覚えてもイメージで上書きされますからね)
(で、それがなぜこんな所に? というか本物の安土城はもう無いんだっけ)
(そうですね、本能寺の変の後焼失しましたからね。復元したくとも建築法とか色々な問題で元の場所では出来ないらしく……一応現地近くの記念館では『VR安土城』という物があってそれで城下町から城まで見て回ることが出来るらしですが)
VR安土城……最近はVR大和とか言うのも有るらしいしそういうものなのかな?
(なぜ伊勢に安土城を作ったのかは私も知らないのですが、つい最近経営者が代わってテーマパーク全体がかなりリニューアルされたらしいですよ)
山田さんも知らないのか。
謎すぎるぜ伊勢の安土城。
(時間があったら寄ってみようかなと調べておいたのですが今回は残念ですがスケジュール的に行けそうにないんですよね)
(ざんねんなのー)
ミユから本当に残念そうな感覚が流れてくる。
子供目線からしたらお城とか行ってみたいだろうしな。
(あと、リニューアルの時に大浴場も作られたらしくてですね。しかもそのお風呂の床が畳になっているらしんですよ)
(畳って濡れてもいいの?)
当然の疑問だろう。
(転移者の里の方から聞いたのですが、見かけは畳のマットなんだそうです。でもふわふわしてて普通の風呂の石床などより余程いいとおっしゃってましたね)
そりゃそうか。本物の畳だったら風呂の床になんて出来るわけないもんな。
でも気になる。なんとか時間を作って風呂だけでも行ってみたくなってきた。
伊勢にある謎のテーマパークについて山田さんと念話している間にもタクシーは走る。
やがてタクシーは大通りから狭い道に入ると堤防沿いを進み目的地である興玉神社にたどり着いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二見興玉神社。
この神社の目玉と言えるのが縦に海岸と山沿いに長いこの神社の敷地の真ん中あたりの海にそびえ立つ二つの岩。
通称『夫婦岩(めおといわ)』だ。
この興玉神社の夫婦岩がつとに有名では有るが実はこの夫婦岩という物は日本中に何箇所もあって、全国でそれぞれ観光地となっている。
その観光地が集まって開催される全国夫婦岩サミットと言うものもあるらしい。
なんだか凄い。
そしてこの神社の神使、つまり神の使いというのが……。
(お父さん!カエルさんがいるのー!)
ミユが参道沿いの堤防にデン!と乗っかっている大きなカエルの石像の上で手招きしている。
そう、ここ興玉神社の神使はこのカエルなのだ。
なので参道沿いのそこかしこに様々なカエルの石像があるのだ。
ちなみに伊勢神宮の神使は鶏なのだが、天照大神を天岩戸から引っ張り出す時に活躍した暁を告げる長鳴鶏(ながなきとり)が元らしい。
境内で放し飼いになっていて、人が寄っても逃げないのだそうな。
なお、興玉神社で本物のカエルは見かけなかった。
横が海だからね……。
まだ朝も早いというのに思ったより沢山の参拝客がいる中を山田さんを先頭に俺たちは歩いていった。
しばらく歩いた所にある手水舎(てみずや)で手を清める。
カエルが神使の神社なので予想はしていたが手水舎はカエルで溢れていた。
もちろん石像だが、水の中にもカエルの像という隙きを見せない構えである。
山田さんが周りの人が見惚れるような所作で両手と口を清め、俺達もそれを真似る。
問題はミユとコノハだが、流石に彼女たちが使えるサイズの柄杓はなかったので、周りの人が見ていない間にこっそりと二人の手に水をかけてやる、
そこから更に進むと本殿があり、そこでもまた山田さんが作法を教えてくれたのでそれに習う。
山田さん、真面目だからこの日のためにいろいろ調べてきたんだろうな。
それどころか完璧な所作を見るに、もしかしたら練習とかもしてきたのではなかろうか。
エア手水、エア参拝を部屋でする山田さんを少し想像してしまったのはここだけの秘密だ。
本殿での参拝を終えた後は本殿と社務所の間にある細い道を進む。
左右に大量の絵馬が飾られているのを横目にその狭い道を抜けるとついに夫婦岩とご対面と思いきやまたもカエルが目の前に立ちふさがった。
いや、別に道の真中にあったわけではないのだけど。
しかもこのカエルの石像、今までのカエルと面構えが違う。
なんというか凄くかっこいいのだ。
目が丸じゃなく四角っぽいので一見ヒーローメカにも見えなくもない。
頭の上に子ガエルを左右に二匹乗せているのがまたサブメカかダブルキャノンかそんなものに見えてしまう。
ふてぶてしく、大きい口が開けば中からミニメカが大量に出てきても違和感はないだろう。
そして、そのカエルが背にしている夫婦岩のシルエット。
この場所にこのカエルを設置した人は絶対狙ってやったに違いない。
「ここが目的地です」
俺がそのカエルと夫婦岩の影を交互見ていると、山田さんが徐ろにそのカエルに近づいて行き二匹の子ガエルの間に手を置いて俺を振り返ってそう言った。
「このカエルが?」
「ええ、このカエルが転移者の里への連絡装置になってまして、こうやって頭の上に手を置いて少し魔力を流すと……」
まさかこのカエルが動き出すんじゃないだろうな。
流石に周りに人がかなりいるこの状況でそんな事になったら大騒ぎになってしまうし、山田さんがそんな迂闊なことするとも思えない。
いや、たまに迂闊なことをするような気もするけど。
「流すとどうなるの?」
俺は少し心配になりながらそう口にした。
「あっ、来ましたね」
山田さんはその問に答える前に俺の後ろに目線を向けた。
「来たって誰が」
俺が後ろを振り返ると社務所の方から小柄な神社の職員らしい装束のおっちゃんが向かってくるのが見えた。
おっちゃんは少し小走りで人の間を縫うように俺たちのところまでやってくると山田さんと一言三言話した後、今度は俺の方を向き喋りかけてきた。
「New世界樹様とその契約者様、私達はYou達をずっとwaitingしてました」
「え? うえいてぃんぐ?」
完全に和装の上、顔も日本人そのものっぽい姿なのに英語交じりで喋るおっさんという予想外の展開に俺の頭は混乱した。
「Oh! 貴女がNew世界樹様なのですか」
そしてミユとコノハが俺の両肩に飛んで来たのを目にして感無量といった表情を浮かべた後、少し首を傾げた。
「Why 世界樹様が二人?」
どうやらコノハの情報は彼らにはまだ伝わってなかったようだ。
「それも含めて中で話しましょう」
このままこんな所で喋っていても周りの注目を変に集めるだけだろう。
山田さんがそう言うとおっさんはやっと自分の役割を思い出したのか「Pleaseこちらです」と社務所へ向けて俺たちを案内するように歩き出した。
社務所の横、少し人の目の死角になっている場所にその扉はあった。
山田さん曰く、先程のカエルに魔力を流して里に連絡を入れると普段は物置の入り口でしかないこの扉が何故か里へ繋がるようになるらしい。
多分魔法の力とかそういうやつだろう。
俺もそういうことに大概慣れてきたのであまり疑問に思わなくなってきた。
おっさんが扉を開く。
扉の向こうはなにやら洞窟のようになっており、奥の方は暗くてどうなっているのか見えなかった。
「では行きましょうか」
山田さんがそう言うと、まずはおっさんが扉をくぐって中に入っていった。
その後に続いてミユとコノハを乗せた俺、次に朝からずっと寝ぼけ眼の高橋さん、最後に山田さんが中に入った後に扉を閉めた。
扉が閉まると同時に洞窟の中に薄っすらと明かりが灯る。
足元も普通に舗装されているようで、少し暗めながら歩くのには何の問題もなかった。
十メートルほど歩いた所に曲がり角があり、そこを曲がるとまた扉がある。
そしてその扉の先にそれはあった。
とても山の洞窟の奥とは思えないその光景に俺は絶句した。
そして『田中様御一行 Welcome to the 転移者の里』と書かれたプラカードを高々と掲げた人達の姿にも絶句した。
空港のロビーかよ!!
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