第96話 早起きは三文のなんとやらです。

 大晦日。


 ビジネスホテルで目覚める朝は早い。


 というか、強制的に起こされたわけだが……。

 しかし目覚ましアラームも無しに時間通りに目覚める事ができる山田さんは凄い。

「会社員なら当たり前ですよ」などと彼は言うが、流石にそれは嘘だ。

 もしくは山田さんのようなレベルのカンスト社畜にとっては基本技能なのかもしれないが普通の社会人にはそんな技能は無いはずだ。



 無いよね?



 俺は眠い目をこすりながらベッドで半身を起こすが、無理やり起こされたのでまだ頭がはっきりしない。

 ぼーっと虚空を見つめつつ頭の中のモヤが晴れていくのを待つ。


 基本寝起きは悪いほうじゃないのだけど、夜更かしの後に登校時間ギリギリに目覚めるのがデフォルトな高校生なので早起きは慣れていないのだ。

 一応昨夜は日付が変わる前に無理やり消灯させられたわけだけど、流石に慣れない早寝に眠るまでに一時間位はかかった。


 隣のベッドでは山田さんが猫型ロボットの親友もかくやのスピードで夢の世界に旅立っていったのは驚きだったが、それもまたビジネスマンなら当たり前の技能だとしれっと言いそうではある。


 一瞬で眠りについた山田さんはそのまま朝までいびきも歯ぎしりも無く、微動だにしないまま眠り続けた。

 二人以上で同じ部屋に泊まるような旅行で一番重要なのはイビキや歯ぎしりをする人よりいかに早く入眠するかなのだ。

 その戦いに敗れると最悪朝まで眠れず苦しむ事になり、翌日の観光は眠気との戦いがメインとなってしまい台無しになってしまう。

 その点、山田さんはほぼ無音だった。

 そう、目覚めるまでかすかな息遣い以外の無音を貫いたのだ。


 俺は昨夜の直立不動の姿勢で横になり、直後から全く微動だにしない山田さんの寝姿を思い出す。


 一瞬「し……死んでる!?」と本気で思ってしまうくらいだった。

 胸のあたりが微妙に上下しているのが唯一彼がまだ生きている事を教えてくれてはいたものの、寝息すら聞こえないのだ。

 部屋の隅から微かに聞こえる空気清浄機の音に完全にかき消されるほどに。


 もしかしたら異世界人って寝返りとか打たないのだろうか?


 いやしかし、酒に酔って眠りこけていた時の高橋さんは無駄にゴロゴロ転げ回っていた記憶がある。

 最終的に簀巻きにしてやろうかと思うくらい鬱陶しかった。


 だとするとエルフ族特有の特徴なのだろうか?

 イメージ的にはエルフって森のなかで暮らしていて、物語によっては木の上に家を作って住んでいる場合がある。

 もしかすると山田さんも木の上暮らしのエルフ族なのではなかろうか?

 そして木の枝とかをベッド代わりにして育ってきたとしたら寝返りなんて打とうものなら、最悪地面に真っ逆さま。

 そんな環境の種族だとすればあの寝方も納得がいく。


 同じようにドワーフ族の高橋さんの場合はイメージ的に坑道みたいな所で暮らしていたから何処に転がっても問題ない生活だったとか?

 どっちも勝手なイメージで実際はどうなのか知らないけれど、正直山田さんの眠り方は心臓に悪いので止めてほしい。


 そんな事を考えている内に頭が冴えてきたのでベッドを降りるとそのまま洗面所へ向かう。

 ベッドサイドのデジタル時計はまだAM4:00を示しているので窓の外は寝る前と変わらず闇が広がっているだろうことはカーテンを開けなくてもわかる。


 洗面所で備え付けのアメニティを使って顔を洗い歯を磨く。

 山田さんが使ったのかユニットバスが濡れている。

 このホテルの場合、大浴場は朝五時からしか使えないので、今回のように早く出かけるときはユニットバスしか使えない。

 あと朝食も今日は申し込んでいないので、途中でコンビニに寄って適当に買うしかないだろう。


 洗面所から出ると山田さんがスマホを耳に当てながら険しげな顔をしていたが、多分間違いなく電話の相手は高橋さんだろう。


「あっ、高橋さ……ミユさんですか?」


 っと、違ったようだ。相手はミユらしい。

 しかしミユって携帯電話なんて持ってなかったよな?


「高橋さんに代わってもらえます? え? 寝てる?」


 これはあれかな。高橋さんの携帯にミユが出たってことだろうな。

 そして思った通り高橋さんは寝坊中と。

 そう考えるとミユたちを高橋さんの部屋に預けたのは大正解だった。

 彼女たち世界樹は基本的に睡眠を必要としないから、どれだけ夜更かしに付き合わされてても寝坊する事はないからな。


「とにかく急いで彼女を起こしてくださいますか。ええ、それで四時半過ぎに下のロビーで合流とお伝え下さい」


 最新式のビジネスホテルでなのでカードキー管理な上に、男性女性で階まで別れているので直接起こしに行くわけにもいかない。

 もし、ミユたちを預けていなければ眠りこけている高橋さんを起こす手段がなかったわけで、昨日の俺マジグッジョブだ。

 いや、高橋さんからの申し出だったけど、許可を出したのは俺なので実質俺の手柄とも言えるだろう。



 異論は認めて素直に反省する所存。



 時計を見るとAM4:15となっていた。


 今から高橋さんが目覚めて支度すると考えると、女性の支度時間としては短すぎるかもしれないが自業自得だ。

 そもそも彼女がそこまで化粧とかしているイメージはないので大丈夫だろうとは思っているが。

 見かけは小柄な娘さんだが、結局中身は人外のドワーフ族なのだし、人族と同じように見えて実際は違うのだろう。

 スペフィシュのドワーフ族がどうなのかは聞いてなかったのでわからないけれど、物語によっては女性ドワーフもヒゲモジャというパターンも少なくない。

 スキンケアとか化粧の前にまず伸びた髭を剃ることから始める可能性もあるのではなかろうか?


 そうなると15分程度では間に合わないかもしれない。

 もしかしたら寝ぼけて髭を剃るのを忘れて来たりして。


 俺は頭のなかに髭を生やした高橋さんの顔を思い浮かべて「ないな」と振り払いながらベッド脇のリュックから着替えを取り出す。


「五時に予約しているタクシーがホテルの前に来るはずですので最悪それまでによろしくお願いしますよ」


 山田さんがやっと起きたらしい高橋さんにそれだけ言うと愛用のガラケーを懐へ仕舞い、俺に「昨日きちんと彼女には伝えておいたはずなんですけどね」と苦笑した。

 きっとミユたちとの実験にばかり意識が向いてて山田さんの話を聞き流していたんだろうな。

 俺は彼のその苦笑に対して「いつもの事ながらどうしょうもないね」と表情で返した。


 俺たちは準備を終えて一足先にロビーに降りると、予想通りそこにはまだ高橋さんは到着していなかった。


 五時のタクシーに間に合えば良いので俺はロビーに置いてある備品や最近流行りらしい好きな枕を選んで部屋に持っていける『まくらBAR』を色々眺めながら、こんな時間なのに既にカウンターで業務を始めていた受付の人と何やら会話している山田さんと共に高橋さんを待つことにした。


 高橋さんが何やら肩で息をしながらロビーに現れたのは五時十分前だった。


 俺は彼女からミユの本体が入った猫耳尻尾リュックを受け取ると背中に背負う。

 なんだかんだとこのリュックにも慣れてきたなぁと思いつつもカウンターの受付さん(男)の視線が気になる。

 多分自意識過剰なのだろうけど男子高校生が背負うにはあまりに不釣り合いなのは間違いない。


 高橋さんたちと合流した俺達が一階へ降りると、そこには既に予約してあったタクシーが待っていてくれた。


「五分前行動……さすがです」などと山田しゃちくさんが何やら感心している。

 いつも思うけど山田さんって絶対参考にしたサラリーマン像の年代を間違えてると思うわ。


 後ろの席に俺と高橋さんと世界樹ミユ、前の席に山田さんと、その肩の上にコノハという布陣だ。


「それでは興玉神社までよろしくお願いしいます」


 山田さんが運転手さんにそう行く先を告げるとゆっくりとタクシーが動き出した。


 興玉神社? 聞いたことが無い場所だけどそこに転移者の里があるのだろうか。

 俺は流れる車窓の景色を眺めながら、まだ見ぬその地に思いを馳せるのであった。




 後で聞いたのだけど高橋さん達スペフィシュのドワーフ族女性に髭は無いらしい。

 ついでにエルフ族も木の上では寝ていないし、普通に寝返りも打つとか。

 つまりあの寝相って山田さんだけなのか……ひくわー。

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