第88話 真のサプライズはこっちです。

『賞与』と書かれたその封筒をミユから受け取った俺は、何故か何時もお得意の無い胸を張ったドヤ顔ポーズをしているコノハをちら見してからそれを開ける。


 どうやら特に糊で封をしてあるわけでは無い様なので左手でパカリと口を開け、中を覗き込む。


 二つ折りされた紙が二枚と、なにやらチケットっぽいもの、そして電車の切符みたいなものが入っているようだ。


 俺はそのまま手に持った封筒を逆さにしてちゃぶ台の上にその中身を雑にばら撒いた。


 その中で二つ折りにされている手紙の様な物の片方をコノハが開いて俺の方へ差し出すと「さぁ、これを読むのじゃー」と急かすように言った。


 俺はその手紙のようなものを素直に受け取ると書かれている文面に目をやる。


 そこに書かれていたのは手紙と言うより業務連絡みたいな堅苦しい文面だった。



「えっと賞与支払通知書?」



 どうやらユグドラシルカンパニージャパンから俺に対して何やら賞与が与えられるというような内容だった。



「賞与ってボーナスってことだよな? でも俺別にユグドラシルカンパニーの社員でもなんでもないんだけど」



 首をひねっているとコノハが苛立たしげに「そんな細かいことはどうでもいいのじゃー! さっさと次を読むのじゃー!」と俺をまた急かす。



「まぁ慌てんなって」



 コノハを制しつつ文面の続きを読む。


 ビジネステンプレートのような文章を要約すると、俺自身はユグドラシルカンパニーの社員ではなく協力者として登録されており、今までの働きのお礼として今回特別に『賞与』が出ることになったのだそうな。


 常識的に考えると勝手に登録されている現状に抗議すべき自体ではあると思うのだけど、そもそもミニ世界樹を無理やり押し付けて来た経緯を思い出すと彼らにそれを言っても暖簾に腕押し糠に釘だろう。


 そもそも異世界人である彼らの倫理観とかこちらの世界と同じとも思えない。


 ため息を付きつつ文面を更に読み進めていくが賞与の詳細については何処にも書かれていない。


 文章の一番最後には受取人の署名欄と捺印欄があるだけだった。


 いくら貰えるとか書いてないのにサインだけ求める書類とか斬新だと思っていると右下に小さく「二枚目に続く」と記載されている文字を見つけた。


 その文字に気がついたタイミングを見計らったようにコノハがもう一枚の紙を開いてまた俺に手渡してきた。



「サンキュー」



 どうやらこちらの紙に賞与ボーナスの内訳が書かれているようだ。



「えっと……」




==============

 賞与 内訳。


 青春18切符 1枚(4日分)

 指定ビジネスホテル宿泊券 2日分。

==============



 俺はその内容を見て絶句した。


 賞与ボーナスが現金じゃない事についてはとりあえず横に置いとくとして、この内容は完璧に俺に『旅に行け』と言っているようなものじゃないか。


 やられた。


 俺はちゃぶ台の上のドヤ顔世界樹を見て全て腑に落ちた。



「これが本当のサプライズなのじゃー」



「真のサプライズなのー」



 後で聞いた話だが、今回のサプライズ発表会の本当のオチはこの『賞与』だったのだそうな。



「タカハシ連続殺人事件をお父さんが見事解決した後に渡すはずだったの」



 残念そうに語るミユと「ミユお姉ちゃんの計画を台無しにしてしまってすまなかったのじゃー」とうなだれるコノハ。


 正直あんな訳のわからない『寸劇』が実行されていたとして、ミユの計画通りいったとは到底思えなかったが。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「さぁ、さっさと旅行の用意をするのじゃー」



 何やら俺をはめてやったとでも言うかの様に自慢げなドヤ顔世界樹が指を突きつけてくる。


 正直コノハだけなら無視してこの賞与ボーナスをこのまま金券ショップに売っぱらう選択肢もあったろう。


 というか一瞬勝ち誇ったようなドヤ顔世界樹にイラッと来て本当にそうしようかと思ったのだが、そんなコノハの隣で瞳をキラキラ煌めかせて俺の方を期待に満ちた目で見つめてくるミユを裏切る様なことは俺には出来なかった。


 

「はぁ、仕方ないなぁ」



 今回だけはコノハの策略(?)に乗ってやるとするか。


 正直に言えばこのアパートに引越してきてからは旅行どころかほぼ遠出すらしなかった。


 この先も卒業するまでは学校行事以外で遠出をする事は無いだろうと山田さんがやって来るまでは思っていたくらいだ。


 今思い返すと本当に酷い生活をしていたなと少し遠い目をしてしまう。


 山田さんが来て、ミユが来て、高橋さんが現れて、今はコノハまでいるこの現状をあの頃の俺が見たらどう思うだろうな。


 そんなことを考えながらふと調査報告書を仕舞い込んである机の引き出しに目が行ってしまった。



「お父さんは楽しくないの?」



 俺の表情の変化に気がついたのだろうか? ミユが不安気な表情で俺の顔を見つめていた。



「いや、なんでもないよミユ」



 そっと手を伸ばして人差し指と中指でミユの頭を撫でてやる。


 本当ならもう吹っ切る時期なのかもしれないな。


 今の俺にはミユという新しい家族も居る。


 いつかはそうやって全てを思い出に変えて前に進むべきだとあの頃の俺でも理解ってはいた。


 それでも一人、この誰もいない部屋に学校から帰ってくると、その気持は心の奥に沈み込んでしまっていた。



 でも今は……。



「お父さんはミユ達が来てくれて本当に嬉しいし、いつも楽しいよ」



 精一杯の感謝を込めてそう言った。



「本当? 旅行嫌いじゃない?」


「嫌いじゃないよ。大好きな家族と一緒に行く旅行が嫌いなわけないじゃないか」



 その言葉を聞いてミユの顔が少し前のキラキラした笑顔に戻る。


 俺はこの笑顔を守りたいと心から思った。



「お主、今『ミユ達』といったのじゃ? つまりワシもその中に入っているのじゃろ? 大好きな家族とか照れるではないか」


「……」



 空気の読めないドヤ顔世界樹。



「な、なんなのじゃー! その目はなんなのじゃー!」



 さっきまでのドヤ顔はどこへやら、ちゃぶ台の上で駄々っ子のようにジタバタする。



「まぁ、お前は家族というより居候だろ?」


「ぐぬぬ……言い返せないのじゃー」



 そんな風にコノハをからかっていると、をミユがそんなコノハを優しくハグしてから「コノハちゃんも大切な家族なの。お父さん意地悪しちゃダメなの」と俺を睨む。


 娘に怒られると地味に凹む。



「ごめんなコノハ」



 俺は素直にコノハに謝るとその頭をさっきミユにやってやったように撫でてやった。



「子供扱いは止めるのじゃー」



 そんな文句を言うくせに俺の指を払いのけようともせず、微妙に口の端がニヤけているのが子供っぽいよな。


 実際の中身は途方も無いくらいの年寄りのロリBBAなのに。



「コノハも『一応』家族だよ」


「一応ってなんなのじゃー」


「お父さん!」



 また怒られた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺達がじゃれ合っていると突然「ぴんぽーん」と呼び鈴が鳴り、直後返事も待たず玄関の扉が開かれた。



「話は聞かせてもらいました」



 そこには予想通り山田さんと高橋さんの二人が立っていた。


 流石にこのパターンにも慣れた。



「話?」



 俺とミユとコノハが頭に「?」を浮かべていると山田さんはそのままズンズンと俺達の前まで歩いてきて少し涙目になりながら叫ぶ。



「私、私も家族の一員ですよね!」





「は?」


「え?」


「のじゃ?」



 山田さんの突然の家族発言に俺たち三人は目線を交わし……。



「「「いや、流石にそれは違うと思う」の」のじゃ」



 その言葉を聞いた途端に崩れ落ちるように座り込む山田さんと、その後ろでお手上げポーズで頭を左右に振っている高橋さん。



「ところで」



 俺はそんな二人を交互に見てから先程から疑問に思っていたことを口にした。



「なぜに二人は人の部屋に聞き耳を立てていたのかな?」と。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る