第87話 みんなと一緒に旅行に行きたいです。

 前回同様にコノハを布団から引っこ抜いた後、目を覚まして額を痛そうにさすっている高橋さんとミユにも事情聴取をした。



 どうやら今回のサプライズは『高橋さん連続殺人事件』という寸劇をやるつもりだったそうな。


 そもそも光学迷彩のスキルをコノハが習得できた事を発表する為になぜそんな寸劇が?


 あと、高橋さんが連続で殺害されるってどういう事なんだよ。


 しかも最終的に犯人は俺というオチだったのだそうな。


 まったくもって聞けば聞くほど意味がわからない。




 とにかくそのサプライズ寸劇の用意が思ったよりかかってしまい、俺がドアノブを開ける音を聞いて慌てたコノハが飛行ユニットの操作を誤ってあの惨状とあいなったらしい。


 まるでコンビニにアクセルとブレーキ踏み間違えて突っ込む老年ドライバーのようなコノハに俺は心底呆れていた。


 たしかにコノハの本体の実年齢で考えればかなりの老樹ではあるのだが。




「はぁ、とりあえずさっきの惨状はどうして起こったかは理解した。だけど何故そんな寸劇をやろうとしたのかに関しては理解不能だ」


 俺はそう言うとコノハの方に目線を移し尋ねる。


「で、光学迷彩のスキルは習得できたのか?」


「それは完璧に習得したのじゃー」


 コノハはそう答えながら立ち上がり、ちゃぶ台の上でスッと姿を消す。


「おおっ」


「これは見事ですね」


 山田さんも一瞬で姿を消したコノハに感心した声を上げる。


「ですです。コノハちゃんの光学迷彩はミユちゃんをも上回ってるですです」


 たしかに俺もコレには驚いた。


 日頃からミユの光学迷彩を見慣れている俺だが、コノハのソレはたしかに高橋さんが言ったように能力として上回っていた。


 例えばミユの場合、意識して注視すれば少し景色に揺らぎが見えて、そこに何かがいると解るレベルなのだが、コノハの場合は全くといってその揺らぎが見えない。


「本当にそこにコノハちゃんはいるんですか? もしかして空間転移とか使って何処かに移動しただけじゃないですよね?」


 隣の山田さんはそう言いながらコノハがさっきまで居た場所に人差し指を伸ばす。


「いるに決まっておるのじゃー」


 確かにコノハの声はさっきまでと変わらない場所から発せられているように聞こえる。




 つんっ。




 山田さんが指先でその空間を突っつく。


「たしかにここにいらっしゃいますね」


 更にツンツンと指でコノハらしきものを突っつく。


 その指が突然バシッという音を立てて振り払われるとコノハが姿を現して叫ぶ。


「何度も何度も人の胸を突っつくとは、山田はとんだド変態なのじゃー」


 己の無い胸を守るように腕で抱きしめたままジト目で山田さんを見るコノハだが、唇にはにやけた表情を浮かべている。


 これは怒ったふりをして山田さんをからかっているだけだな。


 それに対して山田さんは彼女が期待した反応を全く見せず顎に手を当てて何やら思案中だ。


 どうやら彼の技術者魂に火が付いたようで小さな声で光の屈折率がどうの、魔力による変化がどうのとブツブツ独り言を繰り返している。


「むーっ、山田はやっぱりつまらん男なのじゃー」


「それには激しく同意するけど、山田さんがここまで興味を示すなんてミユが初めてレベルアップした時以来じゃないか?」


 俺のその言葉にミユが「あの時のヤマダは気持ち悪かったの」と微妙なジト目で言う。


 ああ、あれはミユの目からしてもおかしく見えてたのか。


「いつもはどんなことが起こっても無駄にクールな反応しかしないからね。ファッションモデルとかはノリノリだったけど」


「それは聞いたことがあるのじゃ。ワシもその姿を見てみたかったのじゃー」


「ですです。他にも伊藤さんの動画に出演した時も楽しそうにしてたですです」


 高橋さんのその言葉に突然ミユがコノハの隣までやってきてその腕をつかむ。


「コノハちゃん、そのイトキンの動画ならヤオチューブで見せてあげるの!」


 一部で人気のヤオチューバーであるらしい伊藤さんことイトキンの熱烈なファンのミユが話に食いついてきた。


「い、イトキンって何なのじゃー!」


 ミユに勢い良く腕を捕まれたまま空中に浮かんでパソコンの前まで連行されていくコノハを見送りつつ俺は『ファッションショーの時の写真も佐藤さんに頼んで借りて見せてあげたら喜ぶだろうか?』と心のなかで思うのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「旅に行きたいのじゃ」


 何やら思案にふけったままの山田さんと、額を押さえながら『まだ微妙に頭がクラクラするですです』が部屋に帰るのを見送った後、コノハが俺に向かってそう言った。


「そっか、行ってらっしゃい」


 俺は即答でそう答えた。


 さようならコノハ。


 君のことは数日くらいは忘れない。


「何を言っておるのじゃ。お主も一緒に行くに決まっておるじゃろ」


 当たり前のように俺の同行を求めるコノハに俺は「は?」と素で反応してしまった。


「決まってるわけないだろ」


「いいや、決まっておるのじゃー。ミユお姉ちゃんと三人で一緒に行くのじゃー」


 駄々っ子のように両手をバタバタさせてゴネるコノハ。


 とても樹齢ン万年どころではない歳のヤツがやることではないだろう。


 俺は一つ溜息をつくとコノハに告げる。


「そもそもそんな旅行に行けるような無駄金はない」


 流石に金もないのに旅には行けない事くらいはコノハも理解したのか、彼女は駄々をこねるのを止めた。


 そして、やおらむっくりと起き上がると、さっきまでの泣き顔が嘘のようにドヤ顔で「つまり旅行資金さえあればいいのじゃ?」とのたまう。


「言っておくがお前の世界の金は使えないぞ」


 俺は先回りして釘を刺しておく。


 こんな成りをしているが、一応コノハは山田さんの世界をある意味支配するレベルの存在だ。


 お供え物とかをくすねて大量のお金を持っている可能性もある。


 ん? 自分自身に供えられたものだから取っても問題はないのか?


 そんなことを考えているとコノハが「そんな事くらい知っておるのじゃー、馬鹿にするでないのじゃー」と、ふくれっつらでそう反論して来たので俺はもう一つ付け加える。


「ちなみにお金じゃなくて宝石とかも駄目だからな。未成年の俺がそんなものをお金に変えられるわけがない」


「ぐぬぬ、それも解っておるのじゃ。そういうこっちの世界の『常識』については山田と高橋の二人からきっちり教えてもらったのじゃからな」


 高橋さんはどうでもいいとして、山田さんに教わったというならその点は安心してもいいかな。


 まぁ、光学迷彩を使えなかったせいでほとんどこの部屋と左右、そしてユグドラシルカンパニーとの往復位しか外出経験のないコノハがどこまで実際に理解できているかは不安だけど。


「というわけでお金も無いのでコノハ一人で旅行に行けば良いんじゃないか? その完璧な光学迷彩なら乗り物に乗ってもバレないだろ」


 ミユと違ってコノハには世界樹本体からの距離の縛りは無い訳だし。


 そもそも本体は異世界スペフィシュにあるわけで、旅行先で何か事故に遭った所で最悪でも今の依代よりしろボディが失われるくらいの事でしかない。


「正直な所を言えばワシはミユお姉ちゃんと二人でも構わないのじゃー。だがワシと違ってミユお姉ちゃんには本体を運んでくれる荷物持ちが必要なのじゃー」


 荷物持ち……。


「最初は山田に頼もうとも思ったのじゃが、ミユがどうしてもお主と一緒じゃないと嫌だと言うのじゃ」


 つまりミユの中では今でも間違いなく『俺>>>>>>>>>コノハ』なんだな。


 最近少しコノハにミユを取られたような気がして微妙に嫉妬していたけれど、今のコノハの言葉を聞いて心の中の闇が一気に晴れた気がした。


 だからといってコノハと一緒に旅に出るつもりは無いけど。


 実際、この週末の連休を利用すればそれなりの所には行けるだろう。


 でもさっきから言っているように先立つものがないのだからどうしようもない。


 俺だってミユとどこか旅行には行ってみたい。


 そもそもミユがやってきてから一番遠出した場所といえば巨大ショッピングモール『アエリオン』位だ。


 よく考えると本当にひどいな。


 半引きこもりに近い状態だったのだから仕方がないとは言え我ながらひどい。


 俺がそんな思考の迷宮ラビリンスに陥っていると、ちゃぶ台の上からコノハが突然飛び上がる。


「うおっ」


 俺はコノハがそのまままた操作を誤って頭に突っ込んでくるのではないかと一瞬身構えたが、予想に反して普通にミユと同じように綺麗に飛翔するとそのままミユのケースへ向かって翔ぶ。


 そのケースの上には俺達の会話の成り行きを見守っていたミユが座っていた。


「ミユお姉ちゃん、アヤツに例のものを」


「はいなの」


 例のもの?


 俺がその言葉に首を傾げていると、ミユがケースの裏側から一通の封筒を取り出してコノハと共にちゃぶ台の上まで飛んできた。


「お父さん、これ山田さんから預かってたの」


「山田さんから?」


「そうなの」


 俺はミユからその封筒を受け取ると表に書いてある文字を見て頭をひねった。




 そこには山田さんらしい几帳面できれいな字で大きく『賞与』と書かれていたのだった。



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